『不定期写真日記』バックナンバー

平成13年7月〜10月分

これまでに掲載した写真日記の一部をバックナンバーとして再掲載しておくことにしました。
賞味期限の切れていないネタと店の紹介だけをチョイスしてあります。
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7月31日、千と千尋の神隠し。
8月11日、付記を追加。

 CHIHIRO1 CHIHIRO2


 TV Watchでメイキング番組だけを見ていろいろと書いてしまったので、一刻も早く本編を鑑賞し、きちんとした作品評価をしなければと思っていた。そこで、さっそく映画館まで足を運んできた。しかし、客を集めているねえ、この作品。すばらしい。わたしは11時50分からはじまる回を狙い、11時20分に映画館に到着したため、センターのかなりいい席を確保できた。館内は、上映開始時刻にはほぼ満席。そして、終わって外にでたら、映画館前に長蛇の列ができていた。つぎの回は、もう立ち見状態である。他の映画館ではそういうことが起きていない。ということは、ひとり勝ちということだろうか。感心するほかはない。

 で、作品についてだが、まず声優に関してメイキングで感じた印象を少し修正する。千尋はへた。これは同じ。お父さんもへた。かなり棒読みである。が、お母さんがいい。沢口靖子さん、うまいとはいいがたいが、意外にも(失礼)雰囲気がよくでている。声質も危惧したほどには悪くない。菅原文太さんもよかった。最近、あまりお姿を拝見していないせいだろうか。「もののけ姫」の森繁久彌さんや三輪明宏さんのように、絵の上に役者さんの顔がかぶってしまい、うんざりしてしまうようなことはなかった。湯婆婆の夏木マリさんは、やはりだんとつである。ハクは、長いせりふがつらかったね。この人もうまくはないけど、雰囲気がでている声。でも、滑舌が悪すぎるので、せりふの細部が落ちる。もっと練習して録音に臨んでほしかった。

 作品全体の出来は「もののけ姫」よりもずうっといい。ただ、カット割りには「紅の豚」ほどの切れ味がなかった。「おお」とうなるような編集のうまさも、残念ながら見られなかった。「もののけ姫」のように「カットとカットがつながってないじゃないか」というレベルではないけど、編集は凡庸だった。「耳をすませば」で見られたあの名人芸は、もう目にすることができないのだろうか。問題は、制作時間の余裕の有無にあるのではないかと思う。編集しようにも、素材の量がぎりぎりじゃ何もできないんだから。

 なお、作品のテーマそのものとはあまり関係ないが、ちょっと興味を持った部分が2か所ほどあった。ひとつは、「えんがちょ」を切るシーン。もうひとつはとつぜん、風呂場の掃除を命じられたことに対し、リンという女性が「それは蛙の仕事だろ」と文句を言う部分。このふたつのシークエンスは、差別の意識と密接につながっている。「えんがちょ」は「穢れ」を断つための儀式である。わたしは名古屋出身なので、子供のころに、この「えんがちょ」を体験していない。後になって、こういう儀式(というか習俗)があることを知った。これがどういうものかは、平凡社世界大百科事典や三省堂の大辞林で調べることができない。わたしは平凡社の「大辭典」で確認した。これくらい古い辞書でないと、引けない言葉である。引用しよう。

「えんがちょ。汚穢(けがれ)。東京小児用語。略してえんがともいふ」

 犬の便などを子どもが踏むと、これを見た子がその子を囲み、「えんがちょ」とはやしたてて仲間から外す。穢れに汚染された者を差別するのである。ただし、「切る」という行為については、ふたつの例がある。「切る」ことによって当事者が「えんがちょ」状態から脱するケースと、「切る」ことで、周囲の者が「えんがちょ」に陥った者からの伝染を断ち落とすケースである。インターネットで体験者の談話を探してみた感じでは、少し後者のほうが多いように思われた。後者は、明らかに差別行動である。千尋は、前者の形で「えんがちょ」を切った。しかし、いずれにしても、この儀式が日本人固有の差別意識と密接につながっていることは間違いない。切ろうが、切るまいが、穢れに触れたものは「えんがちょ」なのだ。インターネットでは「いまから考えると、あれはいじめだったなあ」と述懐している人が、少なからずいる。日本人は、その意識の根底から「穢れ」の思想を排除することができない。これは、井沢元彦さんが「穢れと茶碗」といった著書等でいつも主張されていることである。肉体がひどく変形する病に罹った者は、「穢れ」に憑かれた者だ。だから、「えんがちょ」にされなくてはいけない。それが、どれほど不合理で、非人道的なものとわかっていても、日本人はそれをやる。やりはじめたら、えんえんとやめない。科学的に誤りが証明されても、方針を変えようとしない。方針が表向き変えられても、面と向かえば、それが挙動にあらわれる。消し去るまでに、何十年という時間を必要とする。

 もうひとつのほう。「蛙の仕事」はどうか? 考察してみる。

 蛙は、ヒエラルキー低位者の象徴である。映画を見ている人は、それがどういう仕事かを画面上で示される前、リンが「蛙の仕事だ」といった瞬間に「ああ、蛙の仕事を押しつけられたんだな」と納得する。そして、納得したあとで風呂場の様子が映しだされる。なるほど。やはりそうだった。これは「蛙の仕事」だ。ある種のダメージを与えるために、湯婆婆が千とリンにこの仕事を押しつけた。そう思い、観客はごくごく自然に物語の流れの中へと入りこんでいく。ヒエラルキー下位の者がする仕事が何かを、日本人は「蛙の仕事」と耳にしただけで、確実に理解するのだ。そういう意味では、これは穢れとまったく同じである。日本人のメンタリティに刻みこまれた差別の構造が、このシークエンスによって、みごとにあらわにされている。

 宮崎監督は、「えんがちょ」と「蛙の仕事」の2点で、日本人の心を奥底から鷲掴みにした。おそらく、このことを認識してこの映画を見ている人はほとんどいないはずだ。それほどに、このシークエンスは日本人のツボにぴたりとはまっている。「千と千尋の神隠し」は、まさしく日本のクリエイターによる、日本人のための映像作品である。それ以外の何ものでもない。この作品は、「もののけ姫」を超える大ヒットとなることであろう。


 ●付記

 上記一文を公開してから、友人たちより質問がいくつか寄せられた。ひじょうに参考になる内容だったので、その質問と回答を付記として掲載することにした。友人たちには、深く感謝している。

Q.「蛙の仕事」の意味がよくわからない。「蛙」が賤民の呼び方のひとつなのかと思ったが、辞書等で調べても、そういう意味はなかった。映画は未見である。

 A.言葉足らずで、申し訳ない。あの一文は、映画をすでに見られた方を対象にし、スクリーン上でのみ得られる情報をもとに、観客がどう感じるかを考察して述べたものだ。したがって「蛙」や「蛙の仕事」にそういう意味があるということで書いたわけではない。「蛙」がヒエラルキー下位者の象徴として観客に無意識に受け止められていくことを感じていただくには、すべての外部情報をシャットダウンした上で、映画を見てもらうのがいちばんだ。それ以外にいい方法はない。いまさら言うのもなんだが、そのようにして映画を見てから拙文を読んでいただけると幸いである。

Q.あの映画の中では、油屋の男衆は蛙の化身、女衆はなめくじの化身であるという情報をどこかで目にした。それに即して考えれば、風呂関係は蛙(男)の仕事、お座敷関係(仲居や座敷の掃除)はなめくじ(女)の仕事ということになる。あのせりふは、そのことを言っているだけではないのか?

 A.十分にありうる考察だ。映画の中で、男衆はすべて蛙の化身、女衆はすべてなめくじの化身であると明示的に示されていれば。しかし、それは見当たらなかった(パンフレットに書かれているらしいが、もちろん、作品にとってはなんのフォローにもならない)。前述したとおり、わたしが書いたのは、映画を見ている観客が、目と耳から与えられた情報をもとに、どうやって無意識下の映像解釈をおこなっていくかの一考察である(だから「作品のテーマそのものとはあまり関係ない」と前ふりを入れた)。画面上で蛙と言われて観客が蛙だと思うのは、「青蛙」とクレジットされているキャラだけだ。つまり観客が蛙の仕事と聞いて思い浮かべるのは、その青蛙のことになる。その意味を考え、一文を記した。映画の中で示されていない情報を持ちだして問われても、白紙状態で見ている観客を想定しているわたしには考察のしようがない。


8月18・19日、第40回日本SF大会 SF2001

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 21世紀最初の日本SF大会である。今回の会場は幕張メッセ。参加者は2000人くらいだろうか(よく知らなかったりする)。写真は開場直前の様子。すでに参加者の列ができている。幕張にきたのはこれがはじめてなので、けっこうあれこれと珍しい。

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 開会セレモニーを前にした小松左京さんと鹿野司さん@控室。小松さんは今回の大会の名誉実行委員長である。大会の売りのひとつであるオープニングアニメの完成が(おおかたの予想どおり)間に合わなかったため、小松さんの挨拶のあと、すぐにオープニング企画の「ライブ『教養』」がはじまることになっている。とても緊張しているのは、わたし(高千穂)と鹿野さん。まさかオープニング企画になるとは思っていなかったなあ。小さな会場でひっそりとおこなうつもりだったのに。トホホ。

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 食事は、幕張メッセの向かいにあるビルでとることが多かった。写真は、食べにいった店のひとつであるインド料理レストラン。カレーのバイキングランチがおいしかった。しかし、写真がこれだけではさみしいので、おまけで山田正紀さんのお姿を追加しておく。山田さんは、今回の企画でご自分の名前がいまひとつインパクトに欠けることに気がつかれ、真剣に改名を考えられているらしい。とりあえず、仲間内では「手籠(てごめ)正紀」「山田触媒」といったあたりの名前が好評だった。カリスマに似合った、衝撃的な名前を思いつかれた方は、ぜひ山田さんに教えてあげてほしい。ひじょうに喜んでいただけるはずである。たぶん。

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 18日の夜、幕張プリンスホテルでパーティがひらかれた。こういうパーティはファンとプロの交流を兼ねた、いい出会いの場となる。今回は、参加者全員に専用の名刺が渡されたので、その名刺交換により、さらに会話が弾むようになった。さすがはSF大会のベテラン、武田康廣大会実行委員長である。アイデアがすばらしい。で、写真だが、1枚目は菅浩江さんと野田昌宏さん。菅さんは、星雲賞の日本長編部門を受賞された。めでたい。めでたい。野田さんの背後、写真の右端には武田大会実行委員長もいる。野田さんは、実に何(十)年ぶりだろうか。SF大会の名企画「戦略的ファンダム論」を復活させた。知っている人は知っているこの企画は、そのむかし、まだ女性の参加者が少なかったころ、参加している女性をすべて壇上にあげ、あれこれ質問攻めにしていくという野田さんの得意技演目であった。しかし、スタッフも含めて女性参加者が2、30人しかいなかった時代と違い、いまは約半数が女性参加者である。女性をみな壇上に呼びあげたら、パーティ会場ががらがらになってしまった。しかも、その全員に質問するとなると、かかる時間が半端じゃない。「21世紀になったんだなあ」としみじみされていた野田さんであった。
 なお、武田大会実行委員長はパーティの司会進行役も兼任されていた。2枚目の写真が、その様子である。なんだか、ガードマンの隊長みたいだね。

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 SF大会といえば、元祖コスプレだ。今回は「コスチュームショー」という名称で、コンテスト形式ではなく、ただ披露するだけという企画になっていた。これはこれで十分に楽しい。写真は、このページの男性読者のために、「リッジレーサーのレースクイーン」と「キューティハニー」を掲載した。世間には、おもしろいことを考える人もいるというわけで、コスプレしてプロレス興行をおこなうという集団が出現した。このふたりは、そのメンバーである。もちろん、大会会場で、そのプロレス・デモンストレーションも開催されていた(らしい)。うーん、21世紀だなあ(本当か?)。で、2枚目は女性読者のために用意した「チビの〜てんき」である。演じているのは、菅浩江さんと武田大会実行委員長の一粒種、悠乃(ゆきの)ちゃんである。両親の指導の甲斐あり、みごとにポーズも決められるようになった。成長したら、きっと正義のために活躍してくれることであろう。

 8月21日 、第40回日本SF大会 SF2001 Part2

 先のミニレポートでも書いたが、今回の大会では、参加者全員に専用の名刺が配られた。この名刺は、裏にイラストが印刷されている。名刺を集め、それをつなげると、3点のイラストが再現されることになる。帰宅して、さっそく組みあげてみた。が、惜しいことに4枚足りない。思わず、「うらめしや」と言ってしまうようなくやしさである。とりあえず、組みあがったぶんを画像ファイルにしてみた。ここに掲載されているのは、小さいファイルだが、画像の上でクリックしていただくと、もう少し大きいイラストを見ることができる。黒い部分が欠落カードだ。ああ、どこかに足りないぶんをダブって持っている人、いないかな。……などと独り言を言ってみたりする、きょうこのごろであった。
 

追記(01/08/23)
 欠落名刺、友人たちから連絡があり、完全にそろうことになりました。そろい次第、こちらに完全版画像を掲載いたします。ご協力くださった方々、連絡をくださった方々、心からお礼申し上げます。感謝。感謝。

 8月24日、第40回日本SF大会 SF2001 Part3

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 名刺イラスト、完成。

 9月6日、ホシヅルの日

 OHARA KANBAYASI IZUBUTI

 9月6日は、故星新一さんの誕生日である。そこで、日本SF作家クラブではこの日を「ホシヅルの日」と呼び、会員が毎年、お墓参りをすることとした。写真左は、青山墓地で挨拶をされている大原まり子日本SF作家クラブ前会長。写真中は墓石をバックに立つ、神林長平新会長。墓参のあとで総会がおこなわれ、そこで任期満了に伴う会長の交替が発表された。事務局長に就任されたのは、嶋田洋一さんである。でもって、写真右は、その総会会場での出渕裕さん。こちらは先の総会でクラブに入会され、今回が総会初出席となった。しかし、初なのに、思いっきり遅れてきた。どれくらい遅れたかというと、会場に入り、挨拶をしたところで、総会が終了したという遅れ方である。大物じゃないか。さすがは「或樹名(仮名。とくに名を秘す)」というアニメの精神的バックボーンや成立に関して蔭で暗躍されていたという噂が絶えない人だけのことはある(注・本人は介入を強く否定されている。それはもう不自然なくらい、必死で否定されている。本人の名誉のため、きちんと付記しておく)。感服した。

 10月1日、第2回小松左京賞授賞式

 BUTAI SEJIMA

 角川春樹事務所の創立5周年祝賀会と、同社が主催している小松左京賞の第2回授賞式が都内のホテルでおこなわれた。舞台で挨拶をされているのは、瀬島龍三氏である。「おお、本物だ」ということで、ワンショットの写真も撮ってしまった。先日、某パーティで杉浦幸雄さんのお姿も拝見し、ここ数日、戦後史をさまざまな面で噛みしめさせていただいている。ありがたや、ありがたや。

NAGAIGO02 MASAKI TWOSHOT

 パーティ会場でのスナップ。1枚目は永井豪ちゃん。9月6日に56歳になられたはずだが、いやあ、若い。ひたすら若い。これなら、あと30年くらいは「豪ちゃん」と呼んでも差し支えないんじゃないかな。
 2枚目は、いつもの山田正紀さん。SF大会レポートで掲載した写真が気に入らないと言う。老けて映っているとクレームをつけられる。そうじゃないんだよね。客観的に見ると、あのように年輪を重ねられた風貌になっているの。それが本人の認識とずれがあるから、気に入らなくなってしまう。あらためるべきは写真ではなくて、ご自身の認識なのである。現に、赤いシャツを着て出席されたため、会場で「おや、早くも還暦のお祝いですか」とネタを飛ばしたら、それを本気で信じる人がいた。見た目は、まさしくそれくらいなのである。しかし、山田さんがどうしても満足できないと言われるので、写真を撮りなおした。これは、その場で確認していただき、本人の了承を得た写真である。前の写真と、どこも変わってないでしょ。そういうものなのだよ。
 で、3枚目。これも恒例の堺三保さんのツーショット写真。永久に結婚できない宿命……というか、彼女ができない宿命を負った堺さんだが、これまでは偶然いあわせた心やさしい女性たちの好意で、なんとか擬装ツーショット写真を撮りつづけることができた。が、それももう限界である。今回は、イオの乙部順子さんのご協力をいただき、このシリーズをつづけることが可能になった。でも、つぎは本当に厳しい。この場を借りてボランティアを募集しておこうかなあ。

 10月13〜15日、飛騨めぐり

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 義父の一周忌ということで、高山、下呂温泉方面に行ってきた。中央高速道がすぐ近くを走っているわたしの家からだと、高速バスが便利だ。渋滞さえなければ、5時間ほどで高山に着く。バスは車体に高山祭のイラストがペイントされていて、けっこう外見が派手。土曜日の出発なので、中央高速は少し混雑している。途中休憩の諏訪SAに着いたときが45分遅れであった。天気はほぼ快晴である。諏訪湖を一望して車に戻った。

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 第2途中休憩地点の平湯温泉。標高が高いので、もうかなり紅葉が進んでいる。とはいえ、見た目ではこの程度の色合い。1週間くらい早かったかな。この時点でほぼ1時間遅れである。ツーリングしているバイクグループが意外に多い。むかしは、わたしも750でこのあたりを走った。いまは頸椎椎間板ヘルニアのおかげでヘルメットをかぶることができない。残念である。

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 高山着。特急待ちのあいだに食事をする。観光客向けではなく、地元の人が通う店に入る。「肉玉子入焼そば(特上)」を注文。焼きそばというよりも焼きうどんに近い。味つけも少しくどめ。好みとしては、いまいちね。高山ラーメンにすればよかったかな。しかし、店はけっこう混んでいた。高山の人には、この味が合うのだろうか。ちなみに、わたしが高山に行ったのは、これがはじめて。秋の高山祭は、先週終わったばかりである。

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 一周忌法要が終わり、いきなり下呂温泉に飛ぶ。ここまできたら、やはり温泉に入らねば画龍点睛を欠く。というわけで、妻の実家に一泊したあと、下呂温泉に移動した。写真は駅前の風景である。天気はずうっと快晴。タクシー乗場の前に、下呂温泉の象徴である白鷺の像がある。これは温泉泊した翌日の朝。ここからまた高山に戻り、高速バスに乗る。

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 高山でバスの出発時間を待つあいだ、市内観光をする。「飛彈の里」という合掌造りの家屋を移築したテーマパークに向かった。着くと、そこから「崇教真光 総本山」が見える。すごいね、この建物。思わず、写真を撮ってしまった。で、「飛彈の里」に入る前に、しばらく周囲を散策する。道を少し下ると、そこにレストランがあった。「古里古里の国」と書いてある。どうやら地ビールの工房に付属しているレストランのようだ。飛騨牛で地ビール。これはナイスである。飛騨牛は肉骨粉を与えていないので、狂牛病の心配はない。しかし、このレストランの屋根に並ぶソーラーバッテリーの群れは迫力があるね。おもしろそうなので、「飛彈の里」を見たあとで立ち寄り、食事をした。牛串焼きは、やはり少し味つけが濃い。高山は小京都でも、味つけは京風ではないのだろうか。謎だ。

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「飛彈の里」のスナップ。天気がよすぎて、どれも光がかぶってしまった。あちこちから移築された飛騨の旧家の数々は壮観である。以前、下呂の合掌村も見たことがあるが、レイアウトや雰囲気はこちらのほうがいいね。季節が季節なので、赤トンボがいっぱい飛んでいて、案内図を広げると、その上にふわりととまったりする。すばらしい。写真の3枚目は、やはり移築されてきた道祖神。形状を見てわかるように男根信仰の神像である。右横の掲示板には、ずばり「俗称 チンボ石」と書かれている。おおらかだねえ。

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「飛彈の里」の近辺には、いろいろな施設が集まっている。これもそのひとつ、「テディベア博物館」。なぜ高山でテディベアなのかというと、それなりのいきさつがある。詳しいことは省くが、そのいきさつにより、ここにテディベアの博物館ができた。でも、時間の都合で中には入っていない。かわりに、そのとなりにあるテディベアショップを覗いてきた。そこで、目についたのが、限定版の「くまぼぼ2001」である。飛騨名物「さるぼぼ」のテディベア版だ。これの出来がすごくいい。反射的に1体を購入してしまった。帰宅して、さっそくふうちゃんに挨拶をさせる。ふうちゃん、「なんだ、こいつは」という目で見ているが、猫パンチを食らわせたりはしなかった。まずは、めでたく共存できそうである。


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