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 ●疋田智さんの真摯な訴え(差し替え版)。

 疋田智さんが発行されているメールマガジン「週刊 自転車ツーキニスト "Weekly Bicycle Tourkinist"」の270号が12月1日に届いた。「【緊急】幽霊が幽霊でなくなった」と題されている。

 一読して、これはただならぬ事態であると感じた。そこで、疋田さんにお願いし、この号のメインの記事を転載自由にしていただいた。ここへの転載許可をいただいただけではない。転載自由である。誰がどこに転載してもいい。ただし、この文章は疋田智さんの著作物である。必ずその旨を明記して全文を引用し、文章に改変を加えないよう注意してほしい。これは絶対に守っていただきたいルールである。よろしくお願いする。

 2006年12月15日、疋田さんからの要請により、転載自由とした訴えを「【緊急】真面目に憂慮すべき271号」に差し替えた。こちらのほうが内容的により詳しく、より正確になっている。以前の訴えをこちらから転載された方も、できれば、この文章に差し替えていただきたい。よろしくお願いする。

-----引用開始---------------------------------

      【緊急】真面目に憂慮すべき271号

 本当にマズいことになりそうだ。
 もちろん、前回ここでも取り上げた、警察庁「自転車対策検討懇談会」による「提言」の話である。

 私は週末、いろいろと考えてみた。情報も集めてみた。その結果を書いてみた。

 次にあげるのは、本来、次号の月刊「BiCYCLE CLUB」誌に掲載するべきものだった。
 だが、編集部および編集長のご厚意により、雑誌発売に先駆けて、メルマガで発表することにした。雑誌発売は20日。そこまで待っていられない。もう一刻の猶予もならない、という気持ちからだ。

 "SHARE THE ROAD"という企画記事と「現場から生中継」というコラムである。

 どうか、このメルマガをお読みの方だけでも、ご精読していただきたい。
 少々長い。また、多少、前回のメルマガとの重複もあるが、その辺りはご勘弁いただきたい。
 この提言、そして、それをもとにした、来年提出の法案には、将来に大きな禍根を残す、実に大きな問題があるのである。

"SHARE THE ROAD"「これは自転車を標的とした『治安維持法』だ!」

 出たな妖怪。
 それも一見、耳当たりよく、柔らかでたおやかな衣をまとって、我々自転車人の前に現れたぞ。
 件の警察庁「自転車対策検討懇談会」の話だ。11月30日発表で、懇談会は次のような提言を行った。警察庁はこの提言をベースに、来年早々の通常国会に「道路交通法改正案」を、提出するのだという。
 我々に関係ある部分を要約すると、次の通り。

 自転車は、
1. 子どもや高齢者、買い物目的などでの利用の場合
2. 交通量が多く、車道が特に危険な場合

 の二つの場合に限り、歩道での通行を認める。

 詳しくは警察庁のサイトを見ていただきたいが(「自転車の安全利用の促進に関する提言」について)、一見すると「あれ? 前からそうではなかったの? これって当たり前のことじゃない。老人子どもは危険だし、歩道でもいいよね」などと思われがちなところが、危ない。
「提言」の中身をつぶさに見ていただければ分かるが、この提言は「自転車は世界各国を見ても車道通行が通常である」というようなことにきちんと言及しているようなフリを見せながら、そこに「日本独特の自転車利用のあり方」などを論い、その上で、危険な条項がチラチラと「衣の下の鎧」として散見できるのである。
 いいですか、たとえば、一番の例をあげるならば、次の部分だ。

第4、2(4)「自転車が車道を通行することが特に危険な場合は、当該道路の自転車通行を禁止することなどの措置を講ずること」

 お分かりだろうか。
「特に危険」と判断されるならば、自転車は、車道通行を禁止されてしまうのである。
 一見、自転車のために必要な措置だから、と、勘違いされがちな本条項だが、その「特に危険」という判断は、誰が行うのか、そして、その「特に危険」は、どこまで解釈が可能なのか。そこの部分があえて無視されている。だが、その判断の主体が警察当局になるであろうことは、火を見るより明らかだ。
 また、その書き方において、「特に危険な場合の措置」は、あくまで「例外的措置」のように見えるのだが、それが「例外」である保証はまったくない。
 いや、この「例外」は、必ず「将来の標準」になるために用意されていると見た方が妥当だ。
 何しろ、警察は、こと自転車に関しては、「例外」を、実質的な「標準」に、「標準」を実質的な「禁止条項」にしてきた、大きな実績があるのだ。
 1978年の悪夢を思い出してみれば分かるだろう
 悪名高い道路交通法第63条は「自転車は原則的には、車道の左側を通行するべきもの、しかし、指定された『自歩道』だけは歩道通行可」と定めている。
 つまり、自転車の歩道通行はあくまで「指定された歩道だけの例外的措置」だったのだ。ところが、その結果、78年以降、この国において実際には何が起きただろうか。
 日本のあらゆる歩道が、自転車で溢れ、歩道の状況は絶望的な混沌状況に陥ってしまったのは、誰が見ても明らかなとおりだ。自転車は実質的に「歩道を走るべきモノ」となり、ママチャリという奇妙な歩道専用車が生まれ、本来走るべき車道からは、実質的に排除されてしまうことになった。警察官が「キミキミ、危険だから、歩道に上がりたまえ」というのは、自転車乗りならば誰もが一度は経験したことがあるはずだ。
 また周囲の一般的な人々に聞いてみるがいい。
「自転車はどこを走るべきものですか?」もしくは「自転車でどこを走っていますか?」と。
 100人が100人「歩道です」と答えるはずだ。なぜなら「車道は危険だから」。
 おかしいじゃないか。
 あれから30年も経ったはずなのに「車道は危険」のままなのである。そもそも78年の改正法は、いつかは自転車は世界標準の如く車道に戻すはずの緊急避難的な暫定措置だった。道路インフラが整い、自転車の走行空間が確保され次第、自転車は車道に戻るはずだったのだ。ところが、それが30年放置され、あろうことか、その30年後の今「自転車は歩道」が保証されるかの法案が提出されようとしている。
 本末転倒なのである。だが、例外を標準に、標準を実質禁止に。これが日本の警察の自転車に対する態度なのだ。
 この改正道路交通法が国会を通過するならば、必ず自転車は実質的に「歩道だけしか走ってはならないモノ」となってしまう。
 我々は騙されてはいけない。

 この提言は、実質的に「自転車の車道からの締め出し」を狙っている。

 そもそもの原則論で言おう。
「特に危険な道路」の場合、当該の道路が「特に危険」であることを改善するためにはどうすればいいだろうか。
 当たり前のことだが「危険の素になっているものを排除する、またはそこに対策を講じる」のが、至極当然の話だろう。つまりそういう不良道路に関しては、クルマの方を規制するのが当たり前なのである。
「危険な道路ならば、安全な道路にすればいい」のだ。
 ところが、本提言では逆を言う。すなわち「自転車を通行不可にする」である。本末転倒と言うべきか、言語道断であろう。すなわち本提言の「第4、2(4)」は、立脚点からしてまったくの誤りなのである。
 だが、我々にとって、何より恐いのは、今後、この「第4、2(4)」がどのような適用のされ方をするかだ。
「特に危険」な道路とは、どのような道路か。
 おそらくは都内の幹線道路はほぼ全部であろう。なぜならば、自転車の通行について何の知識もない無法ドライバーが跋扈する都内の幹線道路は、事実として「特に危険」だからだ。これは皮肉でも何でもなく、単なる「事実」を言っている。
 そして、その危険な道路について、どのような方策が講じられるか。
 今回の提言によれば、当然のことながら「当該道路の自転車通行を禁止することなどの措置を講ずる」のである。つまり都内の幹線道路は今後、実質的に自転車通行禁止になる可能性が非常に強いのだ。

 このコーナーの前身となった短期集中連載「道路は誰のものですか?」(05年6月号-10月号)を思い出していただきたい。あの連載の発端は「警察庁に、自転車・車道締め出しの動きがある」という内容を事前にキャッチできたことにあった。あの時には、何だかんだで、彼らはいったん法案提出をあきらめたように見えた。だが、甘かった。
 前回の中心メンバーと、今回の懇談会の「警察部分」は、ほぼ同一人物たちである。
 亡霊は生きていた。
 この法案は、自転車をターゲットにした「治安維持法」なのである。

 続きは「現場から生中継」で。

 現場から生中継「これは自転車を標的とした『治安維持法』だ 2」

■"SHARE THE ROAD"からの続き

 さて、今回の提言、私がほとほと呆れ果てるのは、次の点だ。
 この提言の中には「(主に歩道上の)自転車が加害者としての事故が激増している」という現実がきちんと明記されているのに、その解決策が「歩道上の自転車解禁」としていること。
 にわかには信じがたい論理展開なのだが(提言の上では「問題点」と「解決策」の場所を大きく離してあり、パッと見には気づき難いようになっている)、ちょっと考えてみれば分かる。誰がどう考えても論理矛盾だろう。
 論理矛盾、というより、間違っている。というより、本末転倒、というにも足らず、ただ単に知能が低いとしか思えん。どこの国の人に聞いても、お国の警察は気でも違っているんですか? というだろう。
 こうした「提言」「法案」などというものは、各人の思惑の調整、とか、妥協、とか、そういうことで、ポリシーと文言が大いにねじ曲がるということは、往々にしてあったりするものだが、こと今回の話については、ちょっと違う。
 そこには明らかな意志があるのだ。焦点は現状の「問題点」にあるのではない。「解決法」にこそある。
 つまり、この話はあくまで「自転車の車道規制(もしくは禁止)」という解決法ありきで始まっているのだ。

■「提言」が語るところと「解決法」が語るところ

 この提言はある意味、非常によくできたもので、自転車は本来、車道を通るべきもの、ということをうたい、世界各国の例をあげ、ポリシーとしては、自転車活用の推進にすら言及している。いわゆる「総論賛成」というヤツだ。
 だが、現状の問題解決策としてあげられている「各論」においては、結局のところ「自転車の車道通行規制(もしくは禁止)」というところに話は落ち着く。
 どうにも奇妙な話だ。
 だが、警察庁の本当の思惑は、全体を眺めてみると分かるのだ。

「ポリシーは良し」とするならば、今回の提言を精査し「では、マズいところを排除してみよう、つまり、トゲを抜いてみよう」と考えてみる。
 たとえば"SHARE THE ROAD"でも取り上げた<第4、2(4)「自転車が車道を通行することが特に危険な場合は、当該道路の自転車通行を禁止することなどの措置を講ずること」>などの部分を排除してみればどうか、という話である。
 提言の中で「ここはどうかな」と思うのは、ほかに「歩道通行を(条件付きながら)解禁する」という部分などであろう。それらをすべて排除してみる。
 すると、どうでしょう。
 残ったのは、あら不思議。「現状維持」というだけなのである。現在の状況と、まーったく変わらないのだ。
 ならば、なぜ、あえて今さら改正案を提出しなければならないか。
 答は簡単だ。排除された「トゲ」の部分にこそ、今回の改正案のキモはあるからだ。
 諸君、分かっていただきたい。今回の提言は、美しい言葉こそ確かに散りばめられているが、本質はそこにはない。本質は「これはどうかな?」と疑問に思う部分。そこにこそある。
 繰り返すが、この提言、そして新たな法案の本質的な部分は、

「自転車の車道締めだし」

 に尽きるのである。これは断言できる。
 何しろ私の知り合いのとある「関係者」(私だってダテに17年もマスメディアにいるわけではないのだ)の「お墨付き」だ。

 彼は冗談めかしながらも、私にこう言った。「バレたか」。

■今後のシナリオ

 もはや話は明らかだろう。今回の改正案の向こうにあるのは、確実に次のような流れとなる。

歩道解禁(老人子供など)→歩道解禁(一般にも)→車道規制(一部に)→車道規制(全般に)→車道原則禁止→車道全面禁止

 なぜならば、この改正案を作った人たちがそれを望んでいるわけだから。
 前回の「車道締めだし」の動きとは異なり、今回の提言は、ある意味、ウマいところを衝いているといえる。
「車道禁止」ではなく「歩道解禁」。甘い文言だ。人口に膾炙されやすい。
 だが、その裏にはきちんと「特に危険な道路については、車道禁止」というものが、くっついているのである。
 また、もう一つ、前回と違って、今回は、来年の通常国会に、確実に道交法改正案として提出される。その動きはもはや止めようがない。
 では、国会に実際に提出されたのち、国会議員たちが否決することが可能だろうか?  私にはここも絶望的だと見えてしまうのだ。現在の議員たちのほとんどは自転車のことなんてマトモに考えたこともないし、興味もないから。
 だいいち先にあげた「78年の悪夢」という例が、もう一つの驚くべき現実を語っている。
 ご存じだろうか。
 自転車を歩道に上げた道交法63条の改正について、衆参両院は、なんと「全会一致」で可決したのである。
 全会一致ですぞ!
 あの悪名高き「道路交通法63条」が……!
 実質的に、何の議論も経ずに、いきなり全会一致で可決。これが日本の立法の現状なのである。

■圧倒的に交通行政の失敗なのに

 78年、そして、今回の判断が間違っているという端的な例がある。それは先進各国の中で、日本だけが自転車を歩道に上げているという事実。そして、その日本こそが、自転車乗車中の事故率・先進各国中ダントツのナンバーワンを誇っているというもう一つの事実だ。
 このことは、どう考えても、現在の交通行政の失敗と断じざるを得ないだろう。
 その失敗の本質は、自転車を歩道に上げてしまって、自転車を「無責任な交通機関、歩行者と同じくモラルとルールがゆるい」という存在にしてしまったところにある。
 弱者優先の大原則を誤って運用し、車道をクルマの聖域にしてしまったところにこそ、問題の本質はあるのだ。
 だが、今、提出されようとしている法案は、明らかに、その失敗をさらなる失敗に導く法案だといえる。
 自転車レーンを作らなければならない。そうでなくとも、車道の左側は「自転車優先」というのを徹底しなければならない。その上で、自転車のルールとモラルを確立しなくてはならない。これこそが王道だ。
 だが、そういった「今、本当にやらねばならないこと」つまり、道路インフラの整備などの当たり前のことをまったくやらず、ついに政府当局は、世界に冠たる糞バカな「法整備」とやらに乗り出してしまった。
 何という絶望。
 問題の根底には「縦割り行政」「事なかれ主義」「天下り」「エセ無謬主義」「役所内の先輩後輩意識」「失政隠し」といった日本の役所のサイテーな点がすべて表れているといえよう。

■目の前で行われる過ちを許すな

 現実として、歩道上の自転車対歩行者の事故は増えている。いや、激増している。
 高齢化が進み、歩道を歩く(運動能力に劣る)お年寄りが増えた今、そこを走る凶器たる自転車は、目の前にある分かりやすい大問題だ。
 そのお年寄りたち、そして、子供たちを守らなくてはならない。私が何度も述べてきたことを繰り返そう。歩道は歩行者の聖域でなければならないのである。これは世界の常識だ。
 だが、その歩道が「自転車解禁」となる愚かしさ。日本だけの非常識がまさにここにある。
 地球環境ということを考えてみても「歩道の自転車」は、大きく間違っている。これらのことはどう考えても日本の恥だろう。
 それなのに、警察庁の一部勢力は、それを推進するのだ。それも「手っ取り早く、見た目の(死亡事故の)数字を合わすためだけ」さらには「車両のスピード規制の見直しのため」。つまりは省庁益、そしてある特定業界の利益のためだけに、だ。
 恥を知れ、国賊。
 ことは我々自転車人に限った話ではない。日本国民のために、その利益と幸福追求のために、今回の過ちは、断じて看過してはならない。

-----引用終了---------------------------------

 ●提言原文を読んで。

 疋田さんが懸念を表明されていた「自転車の安全利用の促進に関する提言」だが、この原文を読んでみた。
 最初に浮かんだのは、「やはりね」という言葉だった。実にうまく書かれているが、どこかがへんである。どこがへんか? 自転車の歩道走行が前提になっている上に、自動車側の具体的な対策が書かれていない。

 車道というのは、車両が走る道である。車両といってもいろいろとある。牛馬車、自転車から大型ダンプ、超大型トレーラーまで大小さまざまだ。だせる最高速度も大幅に異なっている。これは、ひじょうに危険な状態だ。そこで、安全走行をうながすために、優先順位を設けた。より小さくて遅い車両を弱者とし、弱者を優先するとしたのである。強者は弱者を保護し、いたわるように走らなくてはいけない。

 この原則が、いま守られているのだろうか? それが守られれば、自転車を歩道にあげる必要はまったくない。ほとんどの自転車は車道を安全に通行できるようになる。だが、提言はこう書く。

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 ○ 第二に、歩行者の安全を確保しつつ、自転車の安全かつ適正な利用を促進するため、歩道において歩行者と、車道において自動車との適切な共存が図られるような通行環境と実効性のあるルールを整備する
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 先に述べたように、自転車の歩道走行が最初から前提になっているのだ。車両は車道のみを走らせるというまっとうな発想がない。

「自転車は、歩行者や自動車と並び、実態として、我が国交通社会における主要な交通主体の一つとなっている」と言い、自転車を尊重した交通社会への提言をおこなうのなら、自転車のことではなく、自動車がどうすればいいかをまず書かなくてはいけない。「車道走行を安全にさせられるよう弱者優先方針をドライバーに徹底させろ」とか「可能な限り自転車通行帯をつくり、自動車と自転車を車道上において分離させろ」とか「自転車のスムースな車道走行を妨害した自動車の罰則規定を強化しろ」とか、そういう提言だ。自動車に対するそういった具体的かつはっきりした施策がないままに、制限なく自転車は歩道を走ってもいいという法律ができたら、どうなるか。法律に「自転車(軽車両)は車道左側端を走れ」と明記されていて、歩道走行は「自転車通行可とされている歩道なら走ってもいい」という暫定処置のいまでも、ネットには「車道を走っていたら警察官に歩道を走れと注意された」とか「幅寄せしてきたトラックの運転手に自転車は歩道に行けと怒鳴られた」といった体験談が少なからずアップされているのが現状だ。そこに「幅員等の要件を満たし自転車歩道通行可の規制が行われている歩道以外の歩道であっても、児童・幼児が運転する場合や自動車交通量が多く自転車が車道を通行することが危険な場合などには、歩道通行を認め」るなんて内容の法律ができたら、何が起きるのだろう。とくに後半の「自動車交通量が多く自転車が車道を通行することが危険な場合など」が問題だ。疋田さんが書かれているように、最大の懸念はここにある。

 昨夜、ここを読んでおられるドイツ在住の方からメールがあった。自転車先進国でおこなわれている取り組みについて書かれていた。それを抜粋し、紹介したい。

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(ドイツでは) 道路の多くに自転車レーンが設けられている。車道の端にある場合もあれば、歩道の一部に設けられている場合もある。色が塗られているので、一目でわかるようになっており、歩道に設けられている場合でも、歩行者はそこを歩いたりしない。歩行者が自転車レーンを横断するときも、自転車が来ないか、よく注意して渡る。

 自転車レーンがない場合、自転車は車道の右端(右側通行なので)を走る。腕による方向指示も実践されており、必要に応じて腕信号を出した上で、自転車が自動車の前を横切っていく。右端のレーンが右折専用レーンになった場合、直進したい自転車は、右から2番目のレーンに移動する必要がある。そのときも、自転車はあわてず騒がず腕信号の後、隣の車線に移っていく。自動車のほうも、それをわきまえて注意しながら走行する。
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 こういうことだ。アウトバーンのある国で、俺さまが車道の主役だとばかりに自動車が我が物顔に弱者を蹂躙して走っているということはない。
 その状況をつくりだしているのは、子供のころからの系統だった安全教育だ。

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 ドイツ南西部の町マンハイムでは、小学4年時に学校で自転車教育が行われる。教育のステップは以下のとおりである。

(1)安全な自転車とは何かの学習
 自転車各部の名称などを覚える。ポイントは、どういう自転車なら安全か、どの部分に注意すべきかを知ることにある。ライトや反射板の他に、ブレーキがきくこと、タイヤの形状が正常であることなどの大切さを学ぶ。

(2)交通ルールの学習
 基本的な交通ルールの他、交通標識を学ぶ。表に標識、裏にその意味が書いてあるカードを使って、ほとんどすべての標識の意味を覚える。自転車が車両である、という位置づけがはっきりしていて、標識の意味についてはテストが行われる。

(3)交通センターでの実地訓練
 半日かけて市が設けている交通センターに出かけていき、実際に自転車に乗って訓練を受ける。警察官が指導にあたる。ポイントは曲がる際の腕による方向指示。日本では右手か左手か、どちらか片方だけを使えばいいことになっていて、右手を使う場合、左側へ曲がる合図は、肘を直角に曲げて指先を上に向けることによって行うが、ドイツでは、右に曲がるときは右腕を、左に曲がるときは左腕を、その方向斜め下にまっすぐ出すことになっている。したがって、どちらの手でも片手運転ができなくてはならない。交通センターでの訓練は、数週間の間をおいて4回行われる。

(4)最終試験
 交通センターでの訓練の最終回に、試験が行われる。交通ルールについての筆記試験と、センターから出て外の車道を走る実技試験をする。その両方を警察官がみて、合格すれば「車道で自転車に乗ってもよい」という証明書がもらえる。
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 かりにも、「自転車の安全利用の促進に関する提言」と銘打ってだすのなら、これくらいのことは書いてほしかった。自転車の歩道走行などを前提にする前に、打つ手はいくらでもあるのである。

 ところで、もしかしたら、今回公開されたこの提言を法律そのものだと思っている方がおられるかもしれないが、それは違う。これはあくまでも理想を描いた提言である(ドイツでいま実際におこなわれていることと比べても、貧弱な理想だけど)。美辞麗句で飾られているこの理念が、そのまま法律になるわけではない。いま最低の悪法として糾弾されている障害者自立支援法も、法律になる前までは実に立派な言葉が関係者の間で飛び交っていたのである。……というか、施行にあたっても、まだおいしいことがずらずらと記述されていた。検索すると、たくさんでてくる。読むと、笑ってしまうね。「障害者自立支援法の成立により、いずれの障害をお持ちの方も、地域において共通の福祉サービスを受けられるようになります」とか「サービス費用をみんなで支え合う(原則1割負担)」「働きたい人の支援」「身近な地域でサービスを利用」「障害の種類によらない共通のサービス」云々。それが現実はどうなってしまったのか? それも検索すればわかる。悲惨な状況である。提言を鵜呑みにするのはやめよう。法律は提言を具現化させない。

 ●法律のつくり方。

 障害者自立支援法をつくった者がやりたいことはひとつしかなかった。
 介護保険の支出を減らしたい。
 それだけだ。

 介護保険が危機的状況にあることはたしかだ。それは認める。
 その原因は、介護保険の濫用にある。それも違法な濫用だ。おいしい稼ぎ場所ができたとばかりにつぎつぎと出現した怪しい事業所が、とにかく金をもぎとろうとして、やる必要のない介護を利用者に押しつけ、保険料を請求しまくった。事業所が架空の請求をでっちあげている例も少なくない。介護関係者に取材すると、その手の話がいくらでもでてくる。産經新聞でも、これについて連載している。

 支出を減らすのなら、まずそれをつぶせばいい。きちんとつぶせば、介護保険制度は、おおむね立ち直る。少なくとも、いまのような危機的状況は解消される。
 でも、それはやらない。手間がかかるから。たいへんだから。面倒だから。公務員は、そんなうざったいことをいちいちやらないんだよ。

 そこで、強引に支出を減らす手を思いついた。
 足りなきゃ、利用者からどんどん金をとればいい。あるいは保険をほとんど利用できないようにすればいい。
 もちろん、それだけを記した法案をだすことはできない。そんなことをしたら、世間は当局の狙いにすぐ気がついてしまう。
 やりたいことは小さく、さりげなく書き、かわりに、どうでもいい理念や、適当に考えたきれいごとをいっぱいやりたいことのまわりに散らしておく。そういう提言をつくり、それをもとにやりたいことだけが必ずできるにした法案を作成して国会で通す。

 作戦は成功した。障害者自立支援法が無事に成立した。
 結果、起きたことは、いま盛んに報道されているとおりである。

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 警察庁(の一部の役人)は、車道での対自転車事故を減らそうと考えた。

 いま車道の交通状況がひどく乱れていることはたしかだ。それは認める。
 その原因は、道路交通法が軽視されていることにある。警察は楽に処理できる速度違反取り締まりはまめにやっている。だが、それ以外の取り締まりはほとんどやろうとしない。都心のごく一部の地域では減ったかもしれないが、いまも主要幹線道路は違法駐車車両だらけである。自動車は弱者である軽車両に対し、クラクションを鳴らしまくるし、自転車も平気で車道を逆走する。傘をさして走り、信号を無視する。

 事故を減らすのなら、まずこれらの違反をすべてつぶせばいい。きちんとつぶせば、事故の多くが起きなくなる。少なくとも、いまのような交通地獄状態は解消される。
 でも、それはやらない。手間がかかるから。たいへんだから。面倒だから。公務員は、そんなうざったいことをいちいちやらないんだよ。

 以前、甲州街道の交差点で、逆走自転車に突っこまれそうになった。ふと見ると、交差点の脇に警察官が立っている。わたしはその警察官の前に行き「どうして逆走を注意しないんだ」と言った。警察官は、こう答えた。「いろんな人がいますから」。そして、そのあともつぎつぎとやってくる逆走車には目を向けようともしなかった。

 警察庁は、真面目に取り締まって事故を減らすかわりに、もっと楽な方法を思いついた。
 自転車の事故が車道で起きるのなら、自転車が車道を走れないようにすればいい。
 もちろん、それだけを記した法案をだすことはできない。そんなことをしたら、世間は当局の狙いにすぐ気がついてしまう。

 やりたいことは小さく、さりげなく書き、かわりに、どうでもいい理念や、適当に考えたきれいごとをいっぱいやりたいことのまわりに散らしておく。そういう提言をつくり、それをもとにやりたいことだけが必ずできるにした法案を作成して国会で通す。
 そういう作戦を考えた。ついでだから、より念入りに手を打った。やりたいことは提言全文に入れておくが、概要や要旨には書きこまない。読みにくいお役所口調で書かれた全文だ。報道機関の記者も、そっちは読み飛ばす。目を通すのは概要か要旨だけ。うるさいやつらは絶対に気がつかない。

 作戦は成功した。道路交通法はつつがなく改……。

 ●こういうことだよね。

 最近、この町では強盗や窃盗事件が増えている。殺人も起きた。つまり、この町はとくに危険な地域になった。そこで、ポリスはここに市民が居住することを禁じることにした。犯人検挙? 防犯努力? 治安維持? 何それ? そんなこといちいちしませんよ。住民がひとりもいなくなれば、犯罪者を野放しにしていても、この町の犯罪率は低下する。うまくいけば、ゼロになる。それでいいじゃないですか。

 え、強制退去させられる人たちが困る? 馬鹿言っちゃいけません。重要なのは犯罪率をゼロにすることです。防犯努力や治安維持なんてことしていたら、時間がかかるでしょ。労力もかかるし、そもそも面倒です。

 ここにいた住人が他の町に行き、人口の急速増加であらたな問題が起きる? それはそのときの話だね。こっちは、すぐにこの町の犯罪率をゼロにしろと、上からやいやい言われているの。かったるいマネしている余裕はどこにもない。この町以外のことなんか知ったことじゃないよ。一気にやって、この町の犯罪率だけを一気にゼロにする。これがみなさまのポリスなのです。

 ●運転免許更新講習。

 友人が運転免許の更新に行ってきた。3点違反だったので、ビデオ(DVD)を2本見せられ、講習を受け、その報告がメールで寄せられた。以下が、そのあらましである。

 ・ここから
 自転車通行について特に言及していた。DVDでは、まず静止画がでてくる。車道を走っている自転車の絵。ここで「自転車は法律上の軽車両なので、自動車と同じ車道を走ります。運転する際は十分気をつけましょう」みたいなことを言う。そのあと、青バックの親子と自転車のイラストが入った標識が大写しになって、「この標識のある場合は、歩道を走りましょう」といったナレーションが流れる。見ていて、自動車主体の話なのか、自転車主体の話なのか、曖昧だった印象がある。

 歩道「も走れます」とか「(走行)可」とは言わなかったと思う。記憶で書いているので、語句としては断言できない。その標識の映像のだし方からして、見た人 は「あの標識があったら、自転車は歩道を走るものだ」と思うような気がする。わたしも「車道ダメなんだ」って見ていた。

 講師の話の中には「車対自転車事故の8割は車道通行時の事故だから、特に注意するように」という言葉があった。ただし、この講師は語尾がぶれる人なので、断言してるのか、「そういう風」などといった傾向を話してるのか、よくわからないところがあった。
 ・ここまで

 事実なら、ひじょうに問題のある講習ではないだろうか。DVDの内容が友人の言ったとおりだった場合、現行の法律を無視した一種の洗脳ナレーションということになる。

(普通自転車の歩道通行)第63条の4
 普通自転車は、第17条第1項の規定にかかわらず、道路標識等により通行することができることとされている歩道を通行することができる。

「歩道を走りましょう」ではない。

 また、講師の話にあった「車対自転車事故の8割は車道通行時の事故だから、特に注意するように」は、すでに疋田さんによってそのごまかしがあばかれている。こちらを読んでいただきたい。現状は、いま問題になっている提言の4頁に、わざわざこう記されているくらいの有様なのだ。

「この10年で自転車関連事故は、1.3倍に増加しているが、このうち自転車対自動車の事故は約1.2倍の増加であり、自転車対歩行者の事故は約4.6倍に急増している。」

 これから運転免許更新があり、かつ、講習を受けなくてはいけない状況にある方、ぜひDVDの内容と講師の話を細かくチェックしてきていただきたい。もしも友人の言うとおりなら、これはかなり深刻な状況である。友人は自転車乗りではないため、ざっと流して聴いてきただけだった。ゆえに、これが事実であるかどうかを断言することができない。確認された方の報告に期待している。

 ●国会議員の反応。

 友人が今回の道路交通法改正提言問題で、自民党の木原誠二衆議院議員(東京20区)にメールをだしたところ、丁重な返事があった。オランダに住んでいたこともあり、海外の自転車事情にも詳しい国会議員だ。返事は真摯な内容で、やや楽観的な部分はあるものの。法案が国会にあがってきたら、与党としてしっかり検証するとの言葉も入っていたという。20区にお住まいの方は、木原議員に意見を送ってみたらいかがだろう。真摯に対応してくれる議員には、こちらも真剣であることをしっかりと見せなくてはいけない。

 また、民主党の加藤公一衆議院議員からも返事があったようだ。加藤議員は自転車交通問題に関するよいアイデアを求めておられるらしい。疋田さんのメールマガジンのバックナンバーを読んでいただくのがいちばんいいのだが、それをまとめて送りつけるわけにもいかない。なんとか自力で読んでほしいなあ。

 わたしは個人レベルで国会議員にメールしても、さほどの効果は得られないだろうと思っていた。しかし、友人のおかげで、きちんと応対してくれる議員の方も存在することがよくわかった。あとは、これが単なる一個人からの要望ではなく、思いを同じくした個人が世間にはたくさんいるのだということをよりはっきりとさせたい。国会が一段落したら、わたしも鈴木陽悦参議院議員と連絡をとるつもりでいる。その上で、組織的運動が活性化すれば、杞憂が杞憂で終わることも夢ではない。この問題については「大山鳴動して、世の中事もなし」が、理想である。ネズミ一匹でも、残してはいけない。

 ■追記。

 国会議員を動かすのはひじょうに有効であるという情報が疋田さんのメールマガジンによってもたらされた。

 国会議員から役人への問い合わせは最優先対応事項になる。与党議員からの問い合わせだと、さらに効果がある。

 ……ということだ。
 どんどん陳情し、どんどん警察庁に問い合わせてもらおう。そして警察庁の役人を右往左往させよう。提言は矛盾だらけだ。突っこむ箇所はいくらでもある。

 ●転載の場所。

 疋田さんの訴え、「転載自由。誰がどこにでも」と書いたけど、他人が管理しているところに転載するのは避けたほうがいいと思う。転載には、それに伴う責任というものがあり、それをまっとうできるのは、基本的に自分が管理している場所だけである。転載する本人が運営しているサイトやBBSなら問題はない。でも、それ以外のBBSやコミュニティにいきなりまるごと転載というのはお勧めできない。管理者の許可をとるとか、掲載場所のURLを伝えるだけにするとか、それなりの気配りを持つべきであろう。わたしも、全文を載せたのは、ここだけである。蛇足かもしれないが、とりあえず一言記しておく。