日々是口実

日々是口実

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 2006/11/30 (Thu)

 6時半起き。きのうと同じ時間に起きたかったが、ベッドの中でうだうだしてしまった。起きたら、また体調が悪い。喉が痛み、鼻水だらだら、くしゃみを連発。わたしの場合、寝て起きると症状が悪化している場合が多い。といって、寝ないでずうっと書斎にこもっているのは不可能。困ったものである。

 天気は曇り。ときおり小雨。気温は思ったほど低くはない。食事をして書斎へ。すぐに執筆に入りたいが、ちょっとくらくらする。寝直すほどではないけど完全安静ということにし、そのまま書斎にこもった。夜までずうっと書斎。ひたすら書斎。テレビはほとんど横目視聴。ときどき椅子の上で意識が途切れる。

 夜はNARUTOからTVチャンピオン、とんねるず。これも横目視聴。頭がうまく働かない。食わず嫌いが終わったところで、店仕舞いし、22時に寝た。

 2006/11/29 (Wed)

 6時20分起き。曇り後晴れ。起きた時点で道路はまだ濡れていた。食事をして書斎へ。きのうから溜まっているもろもろをとりあえず片づける。まったく、外出すると、どうしてこんなになにもかもが滞ってしまうんだろう。うかつに外にもでられない。

 10時15分に5500で家をでた。きょうはルート調査のため、二子橋に行く。そこから246に入り、道路状況を見る。すごくよくない。このコースはだめだね。路肩が狭くて、大型トラックが多い。長津田でUターンして帰ってきた。

 13時15分に帰宅。着替えて書斎に戻り、執筆に入る。しかし、すぐに詰まってアイデア構成のやり直し。夜までその状態。テレビもとくになく、ストーリーをいろいろいじりまわす。そういえばテレビ、ただつけてあっただけの「ためしてガッテン」が、意外によかった。ほうれんそうの知識が身についてしまった。ついてどうなるといわれると困るが、ほうれんそう、好きだから、ちょっとうれしい。

 で、気がつくと、22時半を過ぎている。しまった。早く寝ようと思っていたのにと、あわてて店仕舞い。23時くらいに寝た。

 ●「SF書籍データベース Ver.02」CD-ROM for Windows。

 1945年8月から2000年12月までの戦後55年間に日本で発行された殆ど全てのSF書籍と、そこに含まれるSF作品を収録。書籍そのものや作品や作家についてのさまざまな情報も収録されている。ひじょうに貴重なデータベースである。

 収録数は。
 SF書籍 約36000冊
 SF作品 約100000篇

 石原藤夫さんが過去40年以上にわたって収集してきたSF書籍の記録集だ。

 頒価は7000円(送料共)申し込みは以下へ。

 郵便振替 00220-0-16059 SF資料研究会

 高千穂注:「for Windows」となっているが、Accessなどのデータベースソフトにインポートして使うデータなので、Macでも使用可能ではないかと思う。確認はしていないが。

 「水からの伝言」を信じないでください 。

 多くの人に伝えたいというメッセージがあったので、紹介する。血液型性格診断ともそうだけど、この手のエセ科学にはうんざりだね。もちろん、スピリチュアルとか、地獄に堕ちるわよにもうんざりである。ぜひこちらを読んでいただきたい。

 ●ダーティペアのDVDいろいろ。

 11月にまとめて発売されることになった。

 VapからでるDVD-BOXがこれ

 ブックレットに新作短篇を書き下ろした。ふたりの経歴の一部が、またまた明らかになる。

 ダーティペア DVD-BOX

 バンダイでつくられたOVA「謀略の005便」ほか1作もDVD化される。

 ダーティペア 謀略の005便

 ダーティペアの大勝負 ノーランディアの謎

 ●ラジオでダーティペア?

 コンセプトはダーティペアだけど、タイトルは「ラブリーエンゼル」というラジオドラマが10月1日からスタートした。放送時刻は毎週日曜日の24時30分。局はfm osakaである。「イトクボのパーティロード」内のFMサウンドシネマって番組ね。

 基本的にわたしは制作にタッチしていない。内容的にも、ダーティペアとは完全に異なっている。本当に主役ふたりのコンセプトだけを独自世界に移植したドラマだ。そういう事情のため、主役の声のみ決まる前に聴いてくれということで、聴いて意見を述べた。その結果、決定したキャストがこのふたりである。

 ユリ:堀江由衣
 ケイ:皆川純子

 2007年3月いっぱいまで放送される予定である。また、2週間遅れで、このドラマのみのストリーミング放送もおこなわれる。詳細はfm osakaサイトでチェックしていただきたい。

 2006/11/28 (Tue)

 6時45分起き。さすがに昼間あれだけ寝ると、夜の眠りが浅くなる。何度も目が覚め、結局、7時前に起きだしてしまった。風邪、かなり回復している。でも、これは何かするとすぐにぶり返す状態。とはいえ、きょうは外出日。無理せざるをえない。天気は小雨。朝食を食べて書斎へ。

 朝から午後までは、ずうっと書斎。こもりっきりで、雑事や執筆をおこなう。まあ、雑事がほとんどだったんけど。で、16時に家をでた。雨はやんでいる。17時過ぎに銀座着。所用をすませ、九段下へ。九段会館でおこわなわれる小松左京事務所、イオの25周年記念パーティに行く。

 パーティは大盛況。知り合いも多い。すぐに帰るつもりでいたが、気がつくと、あっという間にお開きの時間。こういうパーティは久しぶりだなあ。20時半過ぎ、帰途についた。森下一仁さんと一緒である。自宅着が21時半。書斎に入り、鑑定団を少し見てから入浴などしたら、もう23時である。腰痛がひどい。立食パーティは本当に腰にくる。湿布薬、貼りまくりである。店仕舞いして、23時15分に寝た。

 2006/11/27 (Mon)

 7時起き。体調、よくない。喉痛く、鼻水だらだら。天気は雨。朝食を食べ、風邪薬を飲む。朝のもろもろをすませ、まずは様子見。10時過ぎに雨がやんだので、急ぎ銀行、整形外科、スーパーをまわってくる。11時15分に帰宅。昼食を食べ、薬をまた飲み、ベッドに入る。16時過ぎまで寝る。その後ちょっと起きだして軽食を食べ、寝直す。

 1時間ほど寝て、再度起きだす。今度はベッドの乾燥。ちょっと寝汗をかいた。書斎に入り、雑事を片づける。原稿は書けない。ぼおっとした感じだ。21時からのだめを見る。オーバーアクション演技、未だに不出来だと思うが、それよりもなによりも、今回はもじゃもじゃ組曲がおなら体操に変えられたことが気になった。細かいアレンジは独立した映像作品としておこなっていくのは当然のことだが、もじゃもじゃが外されたのは、かなり納得がいかない。これはのだめが作曲の基礎がまったくできていないことの伏線となる重要なエピソードである。どういう事情で変更したのか、理由を聞いてみたいね。まさか作曲がたいへんなんて、あほらしい理由ではないと思うが。

 のだめのあとは店仕舞い。それから入浴し、からだを軽くさましてから、23時にベッドに入った。

 2006/11/26 (Sun)

 6時起き。曇り。起きたら、喉が痛い。鼻水もだらだらとでる。目が腫れぼったい。風邪の兆候である。本来なら日曜だから走行はないのだが、きょうは友人と走る予定がある。とりあえず、倒れるのはそのあとからにする。きょうはサスケがおとなしいので、朝食後はさっさと書斎に入る。

 雑事を片づけ、9時半に家をでた。ちょっと早めに待ち合わせ場所到達。でも、すでにひとりきている。Mさんだ。この人は一緒に走らない。新車撮影担当である。挨拶をして、時間調整のためもうちょっとだけ走ってくる(待っていると冷えてしまうから)。集合時間5分前に戻ると、すぐにもうひとり、Kさんがきた。Kさんの新ロードをMさんが写真撮影して、儀式は終了。Mさんは味スタに向かい、Kさんはわたしと尾根幹を走る。

 尾根幹を往復して、多摩サイに戻る。府中四谷橋のセブンイレブンに行き、そこでまたべつの人と合流。こちらも撮影担当者。そう。きょうはKさんの新車撮影日なのだ(ちょっと違うかな)。雨がぽつぽつときているというので、撮影はすぐにおしまい。帰路につく。

 12時半くらい(よく覚えていない)に帰宅。書斎に入り、以降はヒッキーとなる。体調は朝よりも少しまし。夜まで原稿を書く。テレビは競馬(ジャパンカップ)だけ、真剣に見る。東京・浦和戦は心臓に響くため、最後のみ。優勝を阻止できて、ほっとする。

 夜はまた体調悪化。喉の痛みではなく、くしゃみが止まらなくなる。典型的な鼻風邪状態。まずいので、21時半に店仕舞い。22時に寝た。

 2006/11/25 (Sat)

 6時半起き。6時くらいに目が覚めたが、きょうも粘った。朝食を食べ、サスケの遊べコールを却下して書斎に入る。きょうはゲラチェック。9時から彩雲国物語。10時40分くらいに家をでてスーパーへ。2軒まわって帰宅。書斎に戻り、正午に昼食。以降はずうっと書斎。ひたすらこもって、ゲラを読む。

 夜までゲラ。実にもう単純な1日。テレビもこれといった番組はとくにない。しかし、テレ東で放送された競馬、ジャパンカップダートはすごくよかった。本当にいいレース。見られて幸いである。で、夕食後は執筆に移行。文章をあれこれいじくっているうちに22時になった。疲れたので、店仕舞い。22時半に寝た。

 2006/11/24 (Fri)

 目覚ましセットせずに寝て、6時45分起き。6時半と読んでいたのだが、まあいいか。天気は晴れ。でも、路面がまだ濡れている。朝食後、サスケのもっと遊んでくれえコールを振りきって書斎へ。サスケに付き合っていると、それだけで午前中が消える。

 9時半に友人のJさんが来宅。「じてんしゃ日記」にサインする。Jさんはこれから蛮ちゃんちに行って、そこでもサインをもらう予定。サインのはしごである。

 11時に定例走行スタート……のつもりだったが、いろいろやることがあって、11時15分に出発した。風が強い。多摩サイと尾根幹往路は横風。尾根幹帰路はうんざりするような向かい風。足、よれよれになる。完全に売り切れて、多摩サイに戻ったあとは、ただ流すだけ。しかし、多摩サイ往路も向かい風になっていた。クランク、ぜんぜんまわせない。

 と、そこへ奇跡のように蛮ちゃんちから戻ってきたJさんがあらわれた。反射的に「引いてくれ」と叫ぶ。いやあ、助かった。引いてもらって万願寺渡船場跡に到着。休みながら蛮ちゃんのサインを見せてもらう。Jさんとは、そこでお別れ、わたしは帰路につく。帰りは横風と追い風。ほとんど横風だったが、最後の最後で追い風になり、一気に走りきった。

 帰宅は14時ちょい前。腰から下がだるだるである。でも、まだ外出がつづく。着替えてママチャリに乗り、整形外科に行く。牽引治療を受けて16時ジャストに戻る。しばらくしてから、弟が来宅。しばし雑談。

 17時以降は書斎。ケロロ軍曹、また見損なった。この時間帯はよくないなあ。夜まで執筆。テレビはポチたまから誰ピカ。誰ピカはマリック特集。おもしろかったので、そのまま最後まで見てしまった。23時前に店仕舞い。23時10分くらいに寝た。

 2006/11/23 (Thu)

 6時起き。でも、ベッドの中で10分粘って6時10分起き。朝食後に書斎。眠い。うつらうつらしながら、もろもろを片づけていく。進みが悪い。たらたらしているうちに午前中が終わり。

 12時半から「自転車少年記」を見る。すでにあちこちのサイトで「がっかりした」という感想が多く流れているが、本当にそうだね。国産ドラマの悪いところが凝縮されている。いちばんだめなのが、役者をしごいていないこと。主人公が高校生ローディのトップクラスだったという設定なら、そう見えるようにさせるのが監督のつとめだ。この手間を完全に放棄している(注・本当にトップライダーにしろという意味じゃないよ。そう見えればいいだけ。上体の振れをとり、両脇を締めさせ、アタックするときはきちんと下ハンを握らせるという程度でも、あの10倍くらいは速く見えるようになる)。おかげで、挫折が挫折にならない。「競輪学校落ちた」→「当然だよな。あのレベルじゃ」になってしまう。役者に対する指導の手抜きが、そのままテーマの成立に直結していくんだね。で、これが最終的に作品の出来を左右してしまう。映像作品の怖いところだ。欧米の俳優が、役になりきるためにこれだけのことをしたなんて記事をしばしば目にするけど、この作品でそういう記事がでることは絶対にないんだろうな。

 見終えて、14時にママチャリで家をでた。大友克洋さんちまで行く。「じてんしゃ日記」の配送だ。奥様に手渡した。奥様、わたしを見て「あらあ、本当に別人!」と言われる。Uターンして帰宅。15時4分に戻った。

 以降はずうっと書斎。……のつもりだったが、きのうチェーン鳴りがあったことを思いだし、チェーンをチェック。思いっきり伸びている。すぐに交換作業開始。ちょっとしたミスがあり、18時近くまでかかってしまった。まいったね。

 書斎に戻り、執筆。夜まで書く。店仕舞いは22時15分。22時45分に就寝。テレビはとんねるずとダウンタウン。横目だったので、内容はちょっと覚えていない。

 2006/11/22 (Wed)

 6時起き。晴れ。朝食。ひげ剃り。9時に家をでるつもりだったが、サスケのトイレ処理のため遅れ、9時10分に出発した。尾根幹を走り、万願寺渡船場跡に着いた。いつもどおりクッキーを食べる。食べていたら、コルナゴのクロスバイクに乗ったご老体がわたしのすぐ前に停まった。ご老体、わたしの顔をちらちら見ている。で、いきなりこちらにやってきて、「高千穂さんですか?」と訊いてきた。

「そうです」と答えたら「わたし、あなたの本の読者です。73歳。以前は自転車に乗っていたものの、ここ10年以上はぜんぜん乗っていなかったのですが、本を読んでまた乗る気になり、これを買って走っています。自転車はすばらしい。挫骨神経痛に苦しんでいたんですが、半年乗っていたら癒りました。あなたのおかげです。ありがとう」と言われた。

 いやあ、これはうれしい。「自転車で痩せた人」、本当に書いた甲斐があった。「じてんしゃ日記」でも、こういう反応があるといいなあ。

 11時半ちょっと前、待ち合わせ場所である府中・郷土の森近くに到着。取材ということで、某雑誌の編集者と会う。多摩サイでは写真撮影だけ。その撮影をはじめようとしていたら、背後からいきなり「ご無沙汰です」の声が聞こえた。振り返ると、ウィリエールにまたがった大友克洋さんがいた。「アメリカにいたんじゃないの」と訊いたら、きのう帰ってきたと言う。いやもうびっくり。きょうはびっくりが多いね。でも、ちょっとタイミングが悪かった。撮影がなかったら、しばらく一緒に走りたかったのに。残念である。

 撮影は12時に終了。12時20分に帰宅。すぐに着替えて、再外出する。今度は駅前の喫茶店でインタビューだ。14時に終了。頼まれもののチェックをするため、スーパー2軒をはしごして、14時半に帰宅した。でもって、軽食を食べ、再々外出である。またもや駅前。本屋で雑誌を買ってから整形外科へ。牽引療法を受けてから、スーパーに行く。先にチェックしておいた頼まれものを買って家に戻る。ああ、もう本当にあわただしい。

 夕方、ようやく書斎に入る。溜まっていたあれこれを片づけはじめる。やること山積みで、茫然状態。ばたばたしまくる。テレビどころではない。あっという間に夜。それでも何ひとつ終わらない。店仕舞いは22時20分くらい。くたくたになり、22時45分に寝た。

 2006/11/21 (Tue)

 6時10分起き。快晴。とりあえず、やるべきもろもろを片づけ、9時から出発準備。9時半に家をでる。ちょっとした用で皮膚科に立ち寄り、それから信濃町に向かった。石川賢ちゃんの告別式である。10時半に千日谷会堂着。告別式の席に着き、開式を待つ。きのうと同じく、みなさまに挨拶。

 11時開式。経歴紹介、来賓による弔辞、参列者献花とご家族の別れの言葉と進み、屋外にでる。出棺。ここで、斎場に同行するよう言われる。恐れ多いが、しっかりとお別れしたいので、行くことにした。バスに乗り、霊柩車とともに出発。ダイナミックプロの近くを通過して、落合斎場に着いた。

 最後のお式もつつがなく完了し、再びバスに乗って千日谷会堂に戻る。ここで精進落とし。桜多吾作さんから、ダイナミックプロの昔話を聞く。内容は……とてもここには書けない。16時過ぎ(だったと思う)、ご遺族に挨拶してから座を辞し、帰路につく。JR、京王線を乗りついで、17時ちょい過ぎくらいに帰宅した。着替えて、ニュースを見る。しみじみ感が強い。もう出版社のパーティに行っても、賢ちゃんには会えないんだよね。

 夕食を食べ、書斎に入る。かなり疲れている。何をしたのか、よく覚えていない。ぼおっとしていたのかな。気がつくと、22時。とても眠い。22時半に寝た。

 2006/11/20 (Mon)

 6時起き。強い雨。寒い。朝食後に書斎に入る。まだ暖房を入れずにがんばっているが、そろそろまじに限界だ。ああ、部屋を片づけるのがおっくう。9時半、雨がほとんどあがったので、急いで外出。整形外科とスーパーと本屋をまわる。牛乳やら自転車雑誌やらをかかえて帰宅。

 昼食後、13時からローラー台。5セットちょいまわした。14時過ぎに終了。16時前から着替え開始。16時半に家をでる。石川賢ちゃんのお通夜だ。式場は信濃町の千日谷会堂である。17時半に着いた。受付の方に案内され、席に腰を置いた。ご遺族の方や、豪ちゃんをはじめとするダイナミックプロの方々に挨拶をする。

 18時から開式。無宗教でおこなわれるため、読経はない。最初に賢ちゃんの経歴が語られ、その後、豪ちゃんら親しかった人びとが弔辞を述べる。豪ちゃんの長い弔辞を胸を打つ。豪ちゃんも涙。聞くほうも涙。賢ちゃんは、本当にすばらしい人だった。栃木訛りで、口調は常に穏やか。怒っているところは、見たことがない。

 弔辞が終わり、参列者が献花をする。その後、通夜ぶるまいで奥の座敷にあがらせていただく。故人の話が尽きない。20時に座を辞し、帰路につく。21時過ぎに帰宅。22時まで書斎にいて、23時に寝た。

 2006/11/19 (Sun)

 6時起き……のつもりだったが、10分ほど粘ってしまった。寒かったから。天気は曇り。でも、起きてみると、きのうほど寒くは感じない。食事をし、書斎に入ってあれこれ。天気予報と気象レーダーを見ると、少なくとも9時くらいまでは降雨がないことがわかる。じゃあというので、Kさんに電話。うちにきてもらって、ペダルの交換をすることにした。

 8時前に、Kさんが来宅。すぐに作業開始。とにかく降雨開始時間との戦いである。ペダルを交換し、クリートをつけ、ポジションをだして8時40分に終了。雨は降っていない。練習もそこそこに外へと送りだした。

 13時、再びKさん来宅。今度はネットのことをいろいろいろと教わるためである。雨、なかなか降りださない。たしか、この時点でもまだ降っていなかったんじゃないかな。朝、あんなにあせる必要なかったなあ。話をしながら、東京国際女子マラソンを見る。それを見て、東京の降水状況を知る。Qちゃん、途中で失速した。ふくらはぎの故障悪化が原因らしい。解説陣、手足の冷えで体力が消耗したとかいろいろ言っているが、実際は大外れ。でも、これはふつうにあること。ネットでもそう。むかしアニメ界で起きたことや、わたしが何かしたことに対してあれこれ推測し、「これが原因だ」なんて書いている人がいたりするけど、99.999%、外れている。正しい推測情報は、ほとんど見たことがない。もちろん、その逆も同じで、わたしが推測で書いたことのほとんどが外れている。それくらい何かを推測して真相に迫るというのはむずかしい。重要なのは、この「外れている」という自覚があるかないかだ。こういうのは、もって他山の石としたい。

 Kさんは14時過ぎに、帰宅された。わたしは書斎にこもってもろもろおこなう。執筆とアイデア構成の二本立てだ。BGVは、久しぶりにプロレスにした。新日本の録画ね。午後から夜までずうっとひきこもり。21時からNHKスペシャル。メタボリックシンドロームへの挑戦だ。みなさん、苦労されている。自転車に乗ればいいのに。しかし、北海道在住はやはりたいへんだね。地域的ハンディは予想以上に大きいと思う。22時半に店仕舞い。22時45分に寝た。

 耳より情報に「じてんしゃ日記」のデータを追加した。ついでに誤植情報も掲載(早っ)。購入されたら、ぜひカバーをはがして、その下も読んでいただきたい。

 2006/11/18 (Sat)

 6時起き。5時半に目が覚め、寝直しに失敗。でも、ベッドの中で粘って、6時に起床。寒い。天気は快晴。朝食を食べて書斎へ。もろもろをすませ、9時から彩雲国物語を見る。おもしろい。9時45分に家をでて、神金さんに向かう。友人のKさんのFELT F5が納車されるからだ。10時ちょい前に到着。神金さんはひらいたばかりである。ややあって、Kさんも到着。登録や支払いなど、納車儀式を見る。

 1時間弱で儀式完了。Kさんが納車されたF5に乗って自宅に帰る。とりあえず心配なので拙宅近辺まで誘導し、野川で別れた。11時に帰宅。昼食を食べ、一休みしてから駅前に行く。整形外科で牽引。きょうで集中牽引はおしまい。来週からは1日おきになる。13時過ぎに家に戻って、書斎に入る。椅子に腰かけたら、いきなり眠くなった。

 午後はずうっと書斎。眠けと戦いながら原稿を書く。がんばって書く。夜まで書く。こんなにいい天気なのに。でも、午後から少しずつ雲が広がってきた。

 夜も書斎で執筆。テレビはとくになし。録画してあったBS-iの「銀輪の風」などを流したりする。22時40分くらいに店仕舞い。寝たのは23時過ぎだった。もう少し早く寝るつもりだったが、目にゴミが入り、遅れた。痛かったよお。

 2006/11/17 (Fri)

 5時20分起き。こんなに早く起きるつもりはなかったが、5時過ぎには目が覚めてしまい。粘ろうとしたが失敗。じゃあというので起きだしてしまった。天気は曇りところによって青空。寒い。朝食を食べて、書斎へ。そろそろストーブを発掘しないとつらいな(腐海の底に埋もれている)。

 もろもろをすませ、多摩サイの出発準備をはじめる。2日休んだので、少し距離を走りたい。でも、所用で出発時間が9時と遅くなったため、あまり長距離にするわけにもいかない。で、決定したコースが以下である。

 自宅→尾根幹→橋本→413号→牧馬峠→鼠坂→412号→413号→橋本→尾根幹→自宅。

 牧馬峠は、この前ヤビツに行ったとき足がつってしまってまともに走れなかった峠。だから外せない。でもって、大垂水峠に抜けると距離が長くなる。結果、こうなった。

 予定どおり9時に家をでて、走る。雲、空全体に広がって晴れ間はほとんどなし。気温も低いまま。先があるので、尾根幹はいつもより抑えて走る。途中、黄色いウインドブレーカーを着たローディがいた。見た感じ、若い人ではない。坂をゆっくりと登っているので、抜いてしまった。登れば、下りになる。行手の信号が赤になったので減速した。すると、下りになって楽になったのか、さっきのローディが加速してわたしを抜いていった。信号赤なのにと思って見ていたら、ローディ、信号を無視して突っ走っていく。法律ひとつ守れない馬鹿ローディだ。やれやれである。

 牧馬峠から鼠坂は寒かった。また足がつるかもと思ったが、そういうこともなく、ふつうに通過。うかつに休憩はとらない。淡々と走って、13時45分に帰宅した。自転車から降りて走行距離、実走行時間を確認しようとする。げ、フライトデッキの計測が途中で止まっているぞ。どうやら走行中に誤ってボタンを押してしまったらしい。うーむ、きょうは何キロ走ったんだろう。ぜんぜんわからない。100キロくらいかなあ。

 コーヒーでからだを温め、15時過ぎにママチャリで再外出する。整形外科で牽引。16時に帰宅。以降は書斎にこもる。「じてんしゃ日記」の見本が届いていたので、それを読んだりする。あと、ニュースも見たりしていたら、ケロロ軍曹を見逃してしまった。録画してあるんだけど、あとで見るのはおっくう。在庫になるかもしれない。

 夜はポチたま、所さん、誰ピカ。テレ東コースである。本田美奈子.特集の誰ピカは真剣に見てしまった。石川賢ちゃんのこともあるので、気持ちが入ってしまう。途中でやめるつもりだったが、最後まで視聴した。22時55分に店仕舞い。寝たのは23時10分くらいだった。

 2006/11/16 (Thu)

 6時起き。晴れ。道路が濡れている。空気が冷たい。朝食を食べて書斎へ。メール等をチェックする。Yabさんから「事実かどうか不明だが、ネットに石川賢さんの訃報が流れている。何か知らないか?」という問い合わせがあった。むろん、知らない。あわてて調べる。かなり信憑性の高い情報だと感じた。

 8時に永井豪ちゃんに電話した。留守電になっていたので、事情を話し、事実なら連絡してほしいと吹きこんだ。9時に豪ちゃんから電話。訃報は事実だった。きのうの22時、病院で死亡が確認された。甲府のゴルフ場でラウンド終了後、入浴し、酒宴の席で倒れたという。救急車ですぐに病院に運ばれたが、間に合わなかった。

 電話のあと、執筆に入ろうとした。だが、頭がまったく働かない。かなり動揺している。それならということで、整形外科に行き、牽引治療を受けてきた。10時40分に帰宅。なんとか心が落ち着いた。書斎に戻り、ようやく執筆に入った。多摩サイ走行はキャンセルした。

 14時過ぎ、豪ちゃんから電話。詳しいいきさつを聞いた。倒れたのは、宴席ではなかった。夕食時の酒量はひじょうに少なく、その後カラオケに行った。賢ちゃんは1曲歌ったあと、ソファに腰かけていて、いきなり前のめりにぱたんと倒れたらしい。

 店の人がすぐに救命処置を施し、救急車を呼んだが、その時点でもう心肺停止状態だった。病院で調べた結果、身体に異常なし。血管の塞栓、脳内出血、狭心症などの兆候は皆無であった。いわゆる原因不明の突然死である。いっさい前兆のない心臓麻痺で、死因は急性心不全となる。

 電話を終えたあと、しばらく言葉がなかった。ため息しかでてこない。浮かんでくるのは「残念」という一言だけだ。いまのところ、それ以外に言いようがない。本当に残念だ。

 午後から夜までは執筆。テレビはNARUTOではなく、「クローズアップ現代」のクリント・イーストウッド監督インタビューを見た。とてもじゃないが、アニメの気分ではない。NHKはインタビューであっても、クリント・イーストウッド監督の吹き替えに野沢那智さんを起用する。朝のニュースのときからそうだった。この姿勢はすばらしい(山田康雄さんというわけにはいかないからねえ。栗田貫一さんはルパンだけとご自身で決められているようだし)。民放にも、こういう方針を持っていただきたいものである。

 とんねるずの食わず嫌いを横目で見ながら、22時に店仕舞い。22時半に寝た。賢ちゃんの通夜、告別式が月曜、火曜日に決まったという連絡があった。

 2006/11/15 (Wed)

 6時25分起き。目覚ましは15分になっていたが、10分ほど粘ってしまった。朝食後は書斎。9時過ぎに家をでて、まずは動物病院へ。サスケの薬をもらい、今度は整形外科に入る。牽引治療を受けてからコンビニに寄り、10時半に帰宅した。天気は快晴。でも、風が強い。

 昼食をはさんで、午後まではネット関係の設定作業。13時に終わった。以降はずうっとアイデア構成。途中、14時過ぎから15時前までスーパーとドラッグストアで買物。家に戻ったあとは、またアイデア構成。夜までつづける。テレビはためしてガッテンくらい。大腸癌の検診、ひじょうに参考になる。店仕舞いは22時15分。22時半に寝た。

 2006/11/14 (Tue)

 6時起き。晴れ。てきぱきと動く。朝食を食べ、即書斎へ直行。一気に朝のあれこれを片づける。で、9時20分くらいに家をでて多摩サイへ。きょうも尾根幹コース。日曜日の疲れが残っているので、もう1日休もうかと思ったが、暖かかったので行くことにした。足はだるだるだったけど、なんとか走りきった。帰り、最後の多摩サイの風が強かったなあ。

 正午ちょい前に帰宅。すぐに昼食。15時前まで書斎でアイデア構成。15時になったところで、ママチャリに乗って再外出。整形外科へ行き、牽引療法。終わってから神金さんに寄り、そのあとスーパーにも行く。帰宅は17時過ぎていた。もう空はかなり暗い。あっという間に日が暮れるね。

 書斎でアイデア構成のつづき。夜のテレビは鑑定団だけ。22時半に店仕舞いし、23時に寝た。足は相当にだるい。あすは6時起きできないな。

 2006/11/13 (Mon)

 6時40分起き。目が覚めたのは5時半。そこから粘ってじっくりと寝た。ちょっと寝すぎだが、まあいいや。息子も起こして、サスケの尿を採取する。うまくいった。朝食を食べ、書斎に入る。

 9時過ぎに家をでる。動物病院に行き、採取した尿を預ける。忘れ物があったので、いったん帰宅。すぐに折り返して駅前の整形外科へ。腰痛の件で相談する。レントゲンを撮影。とくに重大な異常は見当たらない。脚の運動機能検査も問題なし。症状としてはごく軽いものなので、腰椎牽引を試してみてはいかがだろうと言われる。牽引にはトラウマがあるが、それは40年も前の話なので、最近はもっとよくなっているのだろうと思い、了承する。説明も入れて、牽引は20分ほどで終了。

 治療のあとはスーパーに寄り、さらに動物病院でサスケのフードを受け取って、正午ちょい前に帰宅する。サスケの検査結果は良好だった。ようやく治療や対策が効いてきたらしい。天気予報を見てから昼食。その後は書斎に入る。以降はずうっと書斎。ツールのDVD-RをBGVにアイデア構成をおこなう。最初は不調だったが、夕方過ぎたら調子がでてきた。なんとかまとまりそうかな。

 夜はコナンとのだめ。Sオケダーティーペア(音引きあり)のコスプレがなんでガンダムなんだと突っこみを入れてしまう。とはいえ、あのふたりでDPをやられても困る。公序良俗に反する行為になるから。

 のだめを見終えて、すぐに店仕舞い。22時半に寝た。昨夜寝すぎたので、ちょっと寝つきが悪かった。

 2006/11/12 (Sun)

 5時起きの予定だったが、4時45分に目が覚めたので、そのまま起きた。ここで寝直すと、あとで痛い目に遭う。晴れ。星がきれいだ。予報どおり風が強い。すぐに食事をし、書斎に入る。てきぱきと出発準備をする。

 きょうは加藤直之さんが参加する峠走行会だ。ただし、初心者向けを意識してコースを設定したので、峠らしきものはあるが、峠と名のつくところは通らない。7時15分に家をでた。多摩サイに入り、待ち合わせ場所に向かう。府中四谷橋の手前でトイレに入ろうとしたら、参加者のひとりであるCさんと遭遇した。

 Y'sバイクパーク横のセブンイレブンには7時53分に到着した。もう、今回のリーダーであるJさんも、加藤さんもきている。じゃあというので出発。第二集合地点である橋本駅近くの公園に野猿街道経由で向かう。

 集合時間は9時だったが、10分近く早く着いた。補給食を食べながら、待っていると、電話がかかってきた。横浜参加組のひとりの後輪がパンクしたという。しばし修理待ち。15分くらい遅れて、横浜組のふたり、GさんとNさんがきた。これで、全員がそろった。正式に出発する。

 きょうのコースは。新小倉橋から県道65号、国道413号、国道412号、県道517号、県道76号、県道520号を経て上野原を過ぎ、県道33号に入って甲武トンネルを抜け、武蔵五日市まで。正式解散は睦橋である。

 激しいと予報されていた風は、思ったほどつらくはなかった。道を囲む木々がけっこうさえぎってくれたからだろう。それよりも、腰痛が問題だった。いろいろ治療したり、腰にテーピングしたりして対処はしてきたつもりだったが、相模湖の先の鼠坂で、もうぴしぴしと痛みはじめた。下ハンを握ってのごまかし走法に切り換える。ただし、濫用はできない。首に響くからだ。腰と首の両方をやられているのがだめだね。

 上野原のデイリーヤマザキで昼食休憩。気温があがり、快適になった。風も心なしか少し弱くなっている。ここまでくれば、坂はもうひとつだけだ。甲武トンネルまでの4キロ強の登りである。

 再スタートしてすぐにわかった。腰が痛い。この前登ったときよりも、もう少し痛い。この前はアプローチが短かった。大垂水経由だったので、いろいろ余裕があった。しかし、今回は日曜日ということもあり、大垂水峠を回避して少し遠回りをした。それが腰に影響している。

 途中からほとんど下ハンで登った。ギヤも軽くした。テーピング、期待していたのにだめだなあ。金曜日のマッサージ効果も、アプローチで霧散している。また何か新しい対策を考えないといかんね。とりあえず、あした整形外科に行こう。

 Jさんにつづいて、甲武トンネル前に着いた。後続を待つ。Gさんが到着。Gさん、バイクから降りようとして足がつった。つりやすい体質のわたしとしては、他人事ではない。GさんのあとにNさん、そして加藤さん、Cさんがやってきた。しばし休憩し、いよいよ帰路につく。で、自転車にまたがりスタートしようとしたら、わたしの右ふくらはぎがつった。うーむ、待っている間に筋肉が冷えてしまっていた。でも、慣れているので、すぐに回復。再スタートして、道を下った。

 下り、寒い。新聞紙がほしい。トンネルの中が、とくに寒い。震えながら、走る。武蔵五日市の手前のセブンイレブンで休憩。肉まんとあんまんを食べた。うまいよお。あったまるよお。再出発し、武蔵五日市駅前で横浜組が離脱。他の者は、そのまま睦橋まで走る。睦橋で解散。わたしは多摩サイを走って帰る。追い風なので、足が楽だ。でも、疲れているのでてろてろと走る。15時45分前後に帰宅。走行距離は130.47キロで、実走行時間は5時間36分。いつもどおりだね。腰痛と強風のわりには、あまり変化がなかった。

 帰宅して片づけをすませ、ママチャリでスーパーに行く。ビールを調達。かえって、すぐに飲む。ああ、うまい。思えば帰りの多摩サイでは頭の中が完全にビールになっていた。今度からは先に用意しておこう。夕方から夜までは、あまり記憶がない。夕食はおでんだった。食べ終えてすぐに入浴し、またビールを飲む。功名が辻は半分ほど見た。寝るのは23時にしようと思っていたが、無理。21時を過ぎたら、もう眠い。我慢できない。22時にダウン。そのまま寝てしまった。

 2006/11/11 (Sat)

 5時半起き。曇り。すぐに雨が降りはじめるらしい。朝食前にコーヒーを飲み、すぐに書斎行き。7時から朝食。からだ、思ったほど軽くなっていない。足もだるい。

 9時から彩雲国物語のライブスペシャルを見たあとはずうっと執筆。緑川光さんのボケまくりがおもしろい。BGVは2004年のツール。

 14時前から5500の洗車。15時までかかった。待ち時間が長いからね。15時からは、また書斎で執筆。きょうも日記的には、あまりおもしろくない。16時から新極真会の全日本選手権を見る。選手の経歴を映像で流すのだが、これがなかなかいい。試合は判定が多かったね。

 夜も執筆。とっても真面目な作家である(本当か?)。テレビはとくにこれといったものがない。21時半で店仕舞い。22時に寝た。あしたは5時起きである。

 2006/11/10 (Fri)

 5時25分起き。5時半に起きる予定だったが、5時前に目が覚めてしまい、寝直しに失敗したので、とりあえず起きだした。快晴。朝食後に書斎。あれこれを片づける。

 9時15分くらいに5500で家をでた。尾根幹コースを走り、11時50分に帰宅。天気がいい。ちょっとかすんでいるけど、冠雪した富士山も見える。気温もそこそこ。こういう天気がずうっとつづいてくれるとうれしいなあ。

 昼食を食べ、書斎に戻って執筆など。午後いっぱい続行。で、16時前に駅前まで行く。マッサージを受けるためだ。ネットで見つけた治療院。いつも行っている整体のそれではない。スポーツマッサージをしてくれるとこ。前から試してみたいと思っていた。でも、ちょっと予想と違っていた。わたしが期待していたスポーツマッサージではなかった。指圧系のマッサージである。もちろん、それで悪いわけではない。からだはちゃんとほぐれる。ただ、わたしがやってほしかったマッサージとは異なっていたというだけのことだ。「マイヨ・ジョーヌへの挑戦 ツール・ド・フランス100周年記念大会」DVDの中でTモバイルの選手が受けていたあれである。近所にあれをやってくれるスポーツマッサージの店がないかなあ。

 17時半に帰宅。全身がだるい。何もやる気にならない。とっとと風呂に入って寝てしまいたが、そうはいかない。執筆、夕食、入浴、また執筆で、ようやく22時に店仕舞い。22時半にぐったりとなって寝た。

 2006/11/09 (Thu)

 6時起き。寒い。快晴。朝食後に書斎。朝のあれこれをすませ、DVD-Rをいくつか焼き直す。で、午後までずうっと執筆。ま、雑誌も読んだりしたけどね。しかし、特筆すべきようなことは何もなし。14時くらいにママチャリで神金さんに行く。帰りにスーパーにも寄る。15時半に帰宅。

 夜まで書斎。テレビはNARUTOととんねるずくらい。きのうに引きつづき、ごくふつうの1日となった。店仕舞いは22時。22時半に寝た。ああ、文章が短いなあ。これが作家の本当の日常なんだけど。

 2006/11/08 (Wed)

 6時半起き。5時過ぎに目が覚めたが、早すぎるので寝直し。でも、うまくいかなかった。いまひとつ熟睡できなかったため、朝からかなり眠い。天気は快晴。風も弱くなった。朝食を食べて書斎へ。冷えこみがきつい。きょうから膝掛けをする。暖房はもう少し我慢したい。

 10時5分に家をでて多摩サイに。きょうも尾根幹コース。12時40分に帰宅。風が弱いという予報だったが、帰路はかなりの向かい風だった。すごくいや。

 帰宅後は、書斎にヒッキー。見るべきテレビもなく、淡々と過ごす。原稿を書き、ため息をつき、原稿を書く。22時に店仕舞いし、22時38分に寝た。

 2006/11/07 (Tue)

 6時10分起き。曇り。かなり強い雨が降ったらしく、道路も家もびっしょりと濡れている。ちょっと走るのは無理だね。風も強いし。とりあえず朝食。きょうで55歳になった。四捨五入すると60歳である。トホホ。でも、55歳で5500に乗るっていうのはちょっといいかも。とくに意味はないけど。

 書斎に入り、メールをチェック。ついでにプロアトラスをちょいといじる。げ、おかしくなってしまった。朝から大騒動。あわててバックアップからデータを戻して復旧。気がつくと9時である。外が明るい。すっかり晴れになっている。しかし、道路は乾いていない。やむなく執筆に移る(やむなくかよ)。

 お昼を食べて、13時過ぎからローラー台に乗る。結局、外を走るのはやめた。電車が運休するくらいの強風だからね。きょうはセット方式ではなく連続で30分まわし、そのあと10分ほど追加した。

 ローラー台後は書斎に戻り、執筆を再開。16時過ぎ、友人のKさんがきた。ふたりでママチャリに乗り、神金さんに行く。Kさんがいよいよロードを注文するのだ。神金さんで発注。それから近くのスーパーに行き、そこの喫茶コーナーでパーツ類の打ち合わせ。帰宅したのは18時ちょい前くらいだったかな。外出していた家内から電話がある。京王線が事故で止まった。帰れないと言う。

 19時過ぎ、家内が帰宅。それから夕食の準備。少し遅めの夕食になった。夜のテレビは鑑定団からガイアの夜明け。どちらも横目視聴だね。22時半に店仕舞いし、23時に寝た。

 2006/11/06 (Mon)

 目覚ましなしで起きたら、6時35分だった。また8時間睡眠だね。でも、まだまだ寝られそう。それくらい眠い。天気は晴れ、ただし雲が多い。朝食を食べて書斎へ。9時にペンキ屋さんがきた。きょうは最終仕上げである。壁の塗り替え、けっこう時間がかかったなあ。

 8時にクロネコさんの宅急便がきた。20〜21時の配達時間指定便である。12時間ずれてるよ。クロネコさん、仕事がいいかげんである。いったん返そうかと思ったが、それも面倒なので、やむなく受け取る。置場に困るから時間指定したのに、どういうことなのかね。もっと社員教育をしたほうがいいよ。それとも、会社そのものがたるんでいるのかな。どっちだろう。

 10時過ぎにママチャリで駅前に行く。書店とスーパーをまわって11時に帰宅した。昼食後は再び書斎。そのままヒッキーとなる。ジャパンカップを見たり、原稿を書いたり、雑誌を読んだり、原稿を書いたり、ワイドショーを見たり、原稿を書いたり、腹筋をしたり、原稿を書いたりして、夜になる。

 夜はコナンとのだめ。よく寝たので、きょうはあまり眠くならない。22時45分に店仕舞いし、23時過ぎに寝た。

 2006/11/05 (Sun)

 6時起き。晴れ。きのうの約束があるので、その準備をする。朝食を食べ、新聞を読んでから、リビングに固定ローラー台を置く。Gさんのペダル交換とセットアップのためだ。置いたら、あとは自宅待機である。しかし、約束した8時になってもGさんはこない。9時になってもこない。携帯は呼びだしコールの回数オーバーで留守電になってしまう。

 9時過ぎに電話があり、9時15分くらいにGさんがきた。遅れた原因は、フロントがとつぜんシフトできなくなったためだった。シフトメカは動いている。だが、チェーンがアウターにかからない。というか、まったく移動しない。原因は不明である。

 とりあえず、インナーでまわせるので、10時過ぎたら神金さんに行くことにしてペダルを交換した。クリートをシューズにつけ、位置を確認する。それから、固定ローラー台でポジションチェックをおこなう。シートポストをあげたり、サドルを後退させたりする。ステムも長くしたいが、これは後の課題だ。パーツ交換になってしまうからね。

 セッティングが完了したので、クリートに慣れてもらうため、しばらく脱着を繰り返してもらうことにした。これができないと、神金さんに行けない。わたしはひまなので、自転車ウェアに着替えた。着替えて、しばらくしたとき、Gさんが声をあげた。なにごとかと思ったら、何かパーツが落ちたという。左クランクのキャップだ。さらに、クランクそのものも抜け落ちた。シューズにペダルとクランクがぶらさがっている。

 シフトできなくなった理由がわかった。どうやらここにくる途中で、すでにクランクシャフトがずれていたらしい。それでチェーンリングが外側に動き、アウターにチェーンがかからなくなった。そして、まわしているうちにずれがどんどん悪化し、ついには左クランクが抜けてしまった。

 すぐに神金さんに電話した。10時はとっくに過ぎている。事情を説明し、車で引き取りにきてもらうことにした。自走は不可能である。Gさんも助手席に乗って、神金に行く。わたしは、急ぎ準備をすませ、5500であとを追った。

 神金に着くと、原因が判明していた。自転車に装着されていたコンパクトクランクユニットに問題があった。シャフトが短くて、クランクのネジ2本のうち、1本しか軸を噛んでいないのだ。これではすぐにネジがゆるみ、動いてしまう。一種の構造的欠陥である。

 クランクユニットをシマノのFC-R700へと、まるごと交換した。外したユニットは代理店に戻す。今回は、幸運に恵まれていた。とにかく路上で抜けなかったのがよかった。きのう、成り行きでペダルとシューズを買ったため、きょう、我が家でインストール作業をおこなうことになった。もしも、これがなかったら、どこか路上でクランクが抜けていた。その場合、大事故につながった可能性が高い。メインストリートだったら、生命にもかかわっていただろう。それくらい危険な事故である。

 グリース切れになっていたチェーンの手入れもしてもらい、正午過ぎにGさんのバイクは走れる状態に戻った。ローラー台での脱着練習、途中で終わっていたが、なんとしてでもいまビンディングペダルに慣れてしまわないと、Gさんは自宅に帰れない。

 そのまま、多摩サイ→尾根幹走行会へと出発した。走りながら慣れる。これしかない。コンビニでパンを食べ、甲州街道の歩道をゆっくりと走って多摩サイに向かう。Gさんはわたしのうしろでビンディング操作の練習だ。クランクが外れるまで、30分ちょっとくらいはローラー台で練習したので、なんとか操作ができている。

 是政橋から尾根幹に入った。きのうの余波で、足がだるい。でも、幸いなことに腰痛はでなかった。わりと順調に走って、折り返し地点であるバーミヤン前に着いた。Gさんも、ほんの少し遅れただけで到着。差は、感覚で1分くらいかな。もうちょっとひらいたかもしれない。ロード歴2か月でこれなら、かなり前途有望である。

 コンビニで補給をおこない、帰路についた。Gさん、帰りにちょっとミスをした。車に気をとられ、下り坂でブレーキングが遅れたのだ。止まりそこない、先行するわたしに向かって突っこんできた。追突である。おかま掘られちゃったよ。ショックが軽かったので、わたしは大丈夫だった。しかし、Gさんは落車した。

 しばらく停車して、からだと自転車を点検。Gさんは無傷だったが、自転車は左ハンドルのバーテープが一部破れていた。新品のペダルも少し削れていた。5500の後輪にはとくに異常がない。再スタートし、多摩サイに戻った。わたしは一気に走って、多摩川原橋で多摩サイ離脱。Gさんはそのまま家に向かう。わたしは、また神金さんに行った。5500を念のためチェックしてもらう。問題なしで、帰宅は15時過ぎだった。

 家に帰ってからは、ずうっと書斎。競輪を見ながら、あれこれ。きのうもつぶしてしまったので、とにかく溜まっていることが多い。おかげで、うっかりジャパンカップの放送を見逃してしまった(録画セットはしてあった)。21時からはNHKスペシャル。「ラストメッセージ」というタイトルで手塚治虫さんを取りあげている。見終えたところで、眠けがどどっときた。原稿を書きつづけたいが、限界である。22時に店仕舞いし、22時38分に寝た。あしたは朝寝してやる。

 2006/11/04 (Sat)

 4時57分に自然に目が覚めた。起きだして外を見る。よくわからないが曇りっぽいね。朝食を食べて、急いで外出準備を開始。サイクルモード2006に行く。会場は幕張メッセ。遠い。

 7時半に家をでて、駅前に行く。改札の内側でKさんと待ち合わせ。乗り換え案内の指示どおり、8時過ぎの急行に乗るが、これがちょっとまずかった。何かあったらしく、ダイヤが少し乱れている。新宿で中央線への乗り換えにあせる。ぎりぎりでセーフ。東京駅からは京葉線。これは楽勝。しかし、東京駅でめちゃくちゃ歩く。この時点ですでに足だるだる+腰痛である。ああ、車椅子がほしい。

 京葉線は混んでいた。が、舞浜でいきなりがら空きになる。さすがはディズニーランドだね。で、予定どおりに海浜幕張に到着。さっそく幕張メッセに行くと、そこはもう長蛇の列である。Jさんと合流。10時の会場で場内に入る。

 入ったところからKさんが試乗する予定のバイクのブースへ向かおうとして自転車雑誌「fanride」のサイトの前を通ったら、声をかけられた。編集長である。わたしのことを覚えていてくださったのだ。ありがたいことである。挨拶をして、先に進む。ライトウェイプロダクツのブースに行った。そこでも声をかけられる。うーむ、昨年とは大違いだ。完全に顔を知られてしまった。なんか、SF大会の会場内みたいである。「自転車で痩せた人」の読者の方もおられた。

 とりあえず、いろいろとまわろうと思うが、どうにも腰が痛い。トイレに行き、こんなこともあろうかと持参してきた湿布薬を腰に貼った。用意周到である。その後、あちこちを見てまわる。パールイズミでは別府匠選手がシューズのプロモーションをされていた。シマノでは、ジャージがカンパですねと突っこまれた。いーじゃん、ウェアだけ(しかも、その日着ていった1枚のみ。あとはほとんどパールイズミ)なんだから。

 11時にイヴァン・バッソ選手のサイン会があるというので、顔を見にいく。一応、見た。そのころには他の仲間とも完全に合流し、総勢7名になっていた。昼あたりまでぶらぶらしたところで、いったん外にでる。レストランでランチ。大盛りのスパゲッティを食べる。その後、また会場に戻り、軽く見物の仕上げ。各自転車雑誌編集部にも挨拶をした。

 新宿にでる。仲間のひとり、Gさんがロードシューズとビンディングペダルを買うことにしたからだ。試着は会場でおこない、サイズは確認した。シマノのワイドタイプの45サイズがぴったりだった(でかい!)。

 まずジョーカーのマニアックに行く。しかし、ここはナイキとアディダスがメイン。幅広甲高の人向きではない。ジョーカー本店に移動。こちらにはパールイズミとシマノがある。だが、品揃えがいまいち。種類もサイズもない。そこで、店外にでてからなるしまフレンドに電話する。お目当てのシューズは新製品だったので、それはなかった。しかし、上位モデルのワイド45サイズがちゃんとあった。さすがはなるしまである。

 雨が降りだしていたので、タクシーでなるしまに行った。シューズを買い、ペダルを買う。ペダルはLOOKのケオスプリント。ペダル交換とセッティングはあした、わたしの家でやることになった。

 帰宅したのは、18時前。すぐに夕食である。それから風呂。アド街を見終えると、めちゃくちゃ眠い。これはもう何もできない。22時過ぎにとっとと店仕舞い。22時半に寝た。

 2006/11/03 (Fri)

 6時半起き。眠りすぎだね。でも、眠い。天気は晴れ。朝食後は書斎にこもる。とりあえず、DVD「マイヨ・ジョーヌへの挑戦 ツール・ド・フランス100周年記念大会」を見る。2時間オーバーはちょっと長いな。ときどき中断。

 13時過ぎからローラー台を3セット、乗らないつもりでいたのだが、ちょっとからだを動かしたくなった。DVDの影響だろうか。DVDは15時ちょい前に視聴終了。いろいろと参考になった。

 15時からは、ネットで競輪を視聴。16時半からtvkに移り、最終レースを見る。で、夜はポチたま。猫特集である。原稿は午後以降、ずうっといじっていたが、進みがよくない。根本的に対策を考えなとだめだね。反省ばかりの毎日である。22時に店仕舞いし、22時半に寝た。

 2006/11/02 (Thu)

 6時起き。サスケの尿を採取するため、息子にも起きてもらう。交替で朝食を食べ、サスケを観察する。トイレに行く気配がない。ホットカーペットに張りついて、完全にくつろいでいる。いつもなら、わたしの起床後30分以内にトイレ小に行くはずなのだが、なぜかきょうは行こうとしてくれない。時間だけが過ぎていく。8時半になってもだめ。フードも食べるし、水も飲む。でも、トイレには行かない。

 で、待ちに待った8時40分、ようやくトイレに入り、息子が無事に尿を採取した。やれやれである。さっそく外出準備。9時ちょい過ぎに家をでて、50分後に帰宅。検査待ちなどで、けっこう時間がかかった。尿にはとくに異常なし。でも、薬をやめると、すぐに血尿がでてしまうんだよね。後日の再検査を予約して、10時前に帰宅。

 戻ってすぐに、今度は5500での多摩サイ走行準備。10時半に出発した。きょうも尾根幹を走る。多摩サイは少しだけ。13時5分に帰宅。着替えてすぐにママチャリで再外出。頼まれものを買いにスーパーへ行く。帰宅して、食事。ほか細かいあれこれを片づけたら、15時。tvkで競輪中継を見る。

 夜はNARUTOととんねるず。どちらも執筆しながらの横目視聴である。22時に店仕舞い。もう眠い。22時45分に寝た。冷えこむと眠くなる。冬眠体質なのだろうか。

 2006/11/01 (Wed)

 6時には起きようと思っていたが、目が覚めたのが6時10分。しかし、それでも起きることができず、ようやくベッドから這いだしたのが6時半。腰が痛い。きのうの痛みがつづいている。天気は晴れ。リビングに移動したら、サスケがホットカーペットに張りついていた。こういう光景を見ると、冬を実感するね。

 朝食を食べて書斎へ。以降、まったく外出することなく書斎にヒッキーとなった。原稿を書き、DVDを見て、原稿を書き、雑誌を読んで、原稿を書き、テレビを見る。腰が痛いので、動く気がぜんぜんしない。夜までそのまま。真剣に見たい番組もなく(ガッテンは見たかったが、つい見逃してしまった)、22時に店仕舞い。22時半に寝た。