日々是口実

日々是口実

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 2006/06/30 (Fri)

 5時15分起き。曇り。しかし、陽射しあり。きょうは仕事で、某漫画家さんと多摩サイを走る。詳細は、まだ書けない。告知できるときがきたら、明らかにする。

 7時に家をでた。8時に二子玉川という約束だが、当然、20分くらい前に着いてしまう。仕方がないので、少し下流に向かって走り、適当なところでUターン。8時ジャストに漫画家さんと合流した。さっそく調布に向かって走る。わたしは5500で、向こうはクロスバイク。それもかなりママチャリ寄りだ。21〜23キロでゆっくりと走る。むずかしい。ちょっと踏みこむと、すぐに25キロを越えてしまう。で、うしろを振り向くと、漫画家さんの姿がない。

 それでも、なんとか関戸橋に到着した。橋を渡って、いろは坂に行く。登れない可能性が高いが、体感していただく。とりあえず、ここは先に登る。登りきったところで、漫画家さんを待つ。

 6分後に、自転車を押しながら漫画家さんがあらわれた。2つ目のコーナーの途中で諦めたらしい。わたしが待っていたあたりで700メートルくらいかな。栂池の25分の1である。栂池を完走するには、この25倍の距離を登らなくてはいけない。

 丘を下り、今度は記念館通りに行く。こちらは最初から無理だとわかっている。でだしのプロローグだけ、体験してもらう。入ってすぐの斜面を登ったところで、漫画家さんを待った。漫画家さん、またもや自転車を押して登場。その先につづく坂の勾配を見てもらって、Uターン。記念館通りは、ここからが厳しいんだけどね。

 多摩サイに戻り、万願寺渡船場跡まで行って、往路は終了、帰路につく。京王閣を過ぎたところで、解散。家に帰りついたところで、わたしも漫画家さんもほぼ60キロの走行距離になる。わたしにはいつもの距離だが、漫画家さんはそうではない。よく走ったなあと感心する。いきなり走ってこれだから、ロードできちんと走りこめば、かなりのレベルに行くんじゃないかと思ってしまう。

 11時半に家に着いた。昼食を食べ、一息つく。神経痛は、痛む頻度が減った状態のまま、定着してしまった(つまり、癒っていない)。でも、タイプをやめるわけにはいかないんだよな。症状が悪化する恐れは大きいが、午後はとにかく執筆をおこなう。夕方はケロロ軍曹。

 夜はK-1のMAX。いい試合がつづく。エンターテイメント性を強めたため、大味になってしまったヘビー級よりもずっといいね。思わず真剣に見てしまい、23時になってしまった。あわてて寝る。23時20分に就寝。

 ●ツール・ド・フランス、大ピンチ。

 夜になって、すごいニュースが飛びこんできた。バッソもウルリッヒもツールにでないという。スペインで起きたドーピング騒動の余波だ。こんなことなら、いっそプロレスやボディビルのように薬物オッケイにしてもらいたいくらいだが、そうはいかないんだよなあ。

 ●新しい枕。

 買ってきた枕、けっこうたいへんだった。そのままでは、やはり高さが合わない。夜中に起きだし、中身(プラスチックパイプだった)を調整して、高さを替えた。でも、まだ完璧ではない。もう少しいじらないとだめだね。

 2006/06/29 (Thu)

 5時半起き。寝ている間はそんなにひどくなかったが、起きたら、また神経痛がびりびりと痛みはじめる。なかなか癒らない。しかし、痛みに耐えて動きだす。

 7時半に5500で多摩サイへと向かう。短縮コースである。昼に再外出するので、半分とちょっとだけ走って帰宅。でもって、11時にママチャリで家をでる。行先は府中。大東京総合卸売センターである。マグロの王様でランチOFFだ。しかし、平日の昼間なので、わたしを含めて集まったのは3人。これは3人も集まったと書いたほうがいいかもしれない。

 3人で、マグロ丼を食べる。すごい人気だ。客が列をなしている。だが、このマグロ丼、わたしには物足りない。マグロの量はなかなかだが、トータルだといまいちである。まじにラーメンを追加しようかと考えたが、それはちょっと食べすぎかもと思い、卸し売りセンター内の店でロールケーキパンを買い、食べた。これで、満足である。

 食後、駐輪場に言ったら、友人Jくんの自転車がパンクしていることが判明した。すぐにチューブ交換である。Jくん、パンク慣れしていて、手ぎわがいい。一度もパンクしたことのないわたしだと、ああはいかないね。

 3人で某所に寄ったあと、府中駅前に移動する。ドトールでお茶。入ろうとしたら、またもやJくんのタイヤから空気が抜けている。どうやら、替えたチューブに問題があったらしい。とりあえず、あとで直すことにして、店内へ。

 16時ころまで談笑。解散して、わたしは狛江のホームセンターに向かう。枕と猫用クールマットを買う。17時に帰宅。書斎に入ってもろもろの作業。もちろん、原稿も書く。テレビはこれといったものがない。21時の食わず嫌い王決定戦くらいかな。見終えて、店仕舞い。22時半に寝た。神経痛は、やや痛レベル。すご痛ではない。そろそろ整体効果がでてくるころだ。枕も替えたし、今夜は安眠を期待したい。

 2006/06/28 (Wed)

 6時起き。曇り。晴れると予報は言っているが、起きたときは曇り。朝食をとって、書斎へ。昨夜は寝る前に飲んだ鎮痛剤が効いて、夜中の神経痛攻撃を免れることができた。でも、そのかわりに飲んだ水がすべて寝汗になったので、着替えがたいへんだった。全身びしょ濡れである。

 すぐに書斎で執筆開始。タイプしていると、またもや神経痛が頭を襲う。これは運動で解消するしかない。……というわけで、10時からローラー台を2セットやる。残念。神経痛に効果はなし。

 昼食後、外出準備をする。整体治療院に行くのだ。きちんと対処しないと、この神経痛は癒らない。13時35分にママチャリで家をでた。55分後、14時20分に高円寺の治療院に着いた。早すぎる。少しそのあたりをママチャリで流す。35分くらいに戻ってきたら、ちょうど院の先生が帰ってきたところだった。すぐに治療を開始する。

 治療が終わり、16時過ぎに帰路へとついた。17時に帰宅である。帰りも55分だった。神経痛はとれていない。しかし、これでとれるはず。少なくとも、肩と首はかなり軽くなった。あとは時間が解決してくれるだろう。治療を受けるまで間があいたので、速効は期待していない。治療が遅れると、どうしても回復も遅れてしまう。これはやむを得ないことだ。

 書斎に入って、執筆のつづき、テレビは「NARUTO」と「いい旅・夢気分SP」。22時に店仕舞いして、22時半に寝た。神経痛は、まだつづいている。

 2006/06/27 (Tue)

 6時起き。またもや明け方から神経痛が再発。起きたら、ぴりぴりと痛い。天気は曇り。とりあえず、多摩サイを走って様子を見てみようと思い、7時40分くらいに5500で家をでた。多摩サイに着いたら、霧雨になった。まずいと思うが、これ、ときどきやむ。じゃあ、いいやというので、走行をつづける。2往復目で、神経痛が消えた。やはり、自転車はからだにいい。霧雨は、依然として降ったりやんだり。

 10時をまわったあたりで帰宅。神経痛は、ほぼ完全におさまっている。でも、念のため、湿布薬を貼る。これは癒ったわけではない。一時的に症状が消えているだけだ。昼食を食べ、12時40分にママチャリで再外出。ちょいと小平方面をまわる。帰宅は16時過ぎ。わたしのママチャリ、フロントブレーキが鳴くようになった。これが、きょうはびっくりするほどけたたましい。音で、通行人がいっせいに振り向く。ちょっと注目浴びすぎである。

 で、神金さんに寄ってきた。親父さんに見てもらう。わたしはおかあさんと四方山話。ブレーキの調整は、あっという間に完了。音は、みごとに消えた。

 帰宅後は、書斎にこもる。夕食後、神経痛がまたひどくなった。夜になると、ずきずきしてくるね。テレビは「カペタ」から「たけしの本当は怖い家庭の医学SP」を経て「なんでも鑑定団」。痛み、いよいよ激しい。鎮痛剤もなかなか効かない。うなりながら、「ガイアの夜明け」を見て、店仕舞い。23時過ぎに寝た。寝る直前に薬が効きはじめた。

 2006/06/26 (Mon)

 5時半起き。霧雨。降りだすのは、昼すぎからじゃなかったのか、と言いたいが、相手が霧雨ではいかんともしがたい。神経痛、昨夜楽になっていたので、起きたら完治と見こんでいたら、大外れ。明け方から痛みがひどくなり、起きても痛い。薬で抑えられていただけなのかな。急いで食事をし、鎮痛剤を飲む。その後は書斎。

 9時前に家をでて、スーパーと銀行へ。日刊ゲンダイはまだでていない。依然として霧雨である。帰宅し、10時45分くらいからローラー台。6セットをおこなった。お尻が痛い。最後はもう泣きそう。あまりの痛さに左半身神経痛のほうが吹き飛んでしまった(完治ではない)。ローラー台は5セットが限度だね。

 正午に室内走行を終えて、昼食。その後はまた書斎にこもって、執筆を続行。タイピングに力が入ると、ぴりっとくる。休み休み打たないと、だめだ。それでも、なんとか打つ。えぐりこむように打つ(嘘)。

 15時過ぎに近所のコンビニまで外出。日刊ゲンダイを買ってくる。雨は、やんでいた。で、また書斎に戻って執筆を再開。そのまま夜までつづける。テレビは「名探偵コナン」と「主治医が見つかる診療所SP」。その後、22時から「ER」。オンタイムで見るのは、久しぶりだね。じきにツールがはじまるから、また見られなくなるけど。見終えてすぐに店仕舞い。就寝は23時。神経痛は完全に消えていて、まったく痛みがこない。でも、完治と思うのは早すぎる。寝ると、再発する確率が高いのだ。びくびくしながら、ベッドにもぐりこんだ。

 2006/06/25 (Sun)

 6時起き。神経痛は癒っていない。しかし、少しだけ(本当に少しだけ)軽くなった。なんとかきょうじゅうに完治したいものである。天気は曇り。7時に朝食。そのあとすぐに書斎入り。湿布薬を貼り直して、安静にする。

 9時過ぎに電話。J:COMの契約をデジタルに変更する。その工事が、きょうおこなわれる。9時半にくると担当者が言う。了解だ。申し込んだとき、電話で打ち合わせはすんでいる。作業はチューナー(STB)を交換するだけ。工事と呼ぶほどのものでもない。しかし、一応、書斎は片づけておく。でないと、STBの交換もうまくできないことになる。

 9時半ジャストに工事担当者がふたりでやってきた。だが、なかなか家の中に入ってこない、外でなにやら蠢いている。こちらからでていき、事情を聞く。外の工事(フィルター交換)や、内部工事(分配器交換)もやると言う。それはまずい。話が違う。とくに分配器交換はたいへんだ。さらなる大片づけが要る。でないと、分配器にたどりつけない。

 あわてて家内に分配器周辺の片づけを頼んだ。想定外の出来事である。工事担当者は、とりあえずSTBの交換をすることになった。なぜか、双方向接続について説明される。ちょっと待て。それは申し込んだときに断ったはずだぞ。双方向接続は要らない。オンデマンドなど利用しない。PPVも使わない。そのことが工事担当者にまったく伝わっていない。

「そういうことなら、他の工事はいっさい要りません」と工事担当者が言いだした。当然だよ。そういう話をしたから、STBの交換だけということになったのだ。最初から、こちらはそう言っているではないか。

 あわてて家内に片づけしなくてもいいと告げる。でも、家内はもう作業をほぼ終えていた。うーむ、空気が悪い。予期せぬどたばたで迷惑をかけている。J:COM、ちゃんと社内連絡をしておけよ。でないと、我が家の雰囲気に影響する。それは、とても困る。

 で、STBの交換はあっという間に完了した。地上波もデジタル放送も、ちゃんと映る。Jスポプラスも見ることができる。担当者が帰宅し、10時過ぎから、書斎の復元作業に入った。これがたいへん。神経痛の身には、ひじょうにつらい。夕方までに片づけばいいやということで、たらたらとやる。昼前にはスーパーにも行ってきた。

 競馬(宝塚記念)などを見つつ、17時過ぎに片づけ終了。疲れた。執筆を再開したいが、くたくたである。しかも、かなり症状が軽くなったとはいえ、まだ神経痛はおさまっていない。不定期でびりっと痛みが頭を襲う。

 19時半から「ワンピース」。きょうはスペシャルなので、この時間帯でも放送がつづいている。前半は録画で見よう。20時から「功名が辻」21時からは「あるある大事典」。あるあるは、なかなか興味深い。体脂肪率10%以下の人が、それを5%以下にするためのメニューではないけどね。20%の人が15%をめざすのなら、いいかも。

 22時、かなり痛みがやわらいだ。これはひょっとしたら、このまま癒るかな。そういう予感がする。じゃあ、さっさと寝てしまおうというわけで、22時半に就寝。期待しまくりである。

 2006/06/24 (Sat)

 6時起き。晴れ。晴れ? ちょっとびっくり。朝食を食べて書斎へ。昨夜はあまり寝ていない。結局、神経痛がひどくて熟睡できなかった。お酒を飲んだのが失敗だったね。飲んでいなければ鎮痛剤の服用ができたのだから。で、当然、朝食のあとは鎮痛剤。あと、首、頭に湿布薬をべたべたと貼る。首も頭も、ひたすら痛い。左半身が痺れたような感じである。

 9時から「彩雲国物語」。10時20分からローラー台を2セット。自転車は神経痛によく効く。軽いものなら、多摩サイを走ってくると完治してしまう。理由は不明。肩や首がほぐれるのかな。しかし、ローラー台2セットではだめだった。残念。ちなみにいちばんよくないのがタイピング。これを書いているいまも、ぴりぴりと痛みが走る。

 午後は執筆。しかし、前述の理由でリズミカルにタイピングできない。症状もどんどん悪化していく。17時、痛みに耐えきれず、ペガサスIIに乗って多摩サイに行く。走れば好転があるかもという一縷の望みに懸けてみたが、だめ。執筆中よりは軽くなったけど、依然として痛みはつづいている。

 夕食後も執筆。で、またもや悪化。21時にタイプを諦め、リビングへ移動。安静を保つため、ぼおっとテレビを見る。アド街から「美の巨人たち」。「美の巨人たち」はおもしろかった。葛飾北斎の琉球八景である。空前の沖縄ブームに沸く江戸で、北斎が描いた琉球には、富士山があり、雪が積もっていたという話。見終えたところで、就寝準備。23時ちょい過ぎに寝た。もちろん、肩から上は湿布薬貼りまくりである。癒ってくれえ。

 2006/06/23 (Fri)

 6時起き。雨だと思っていたら、曇り。それも、けっこう空が明るい。朝食後、HDDプレイヤーの中身整理をする。10時からローラー台を3セット。まわし終えて、昼食。午後も、録画在庫の整理。どんどん削除。一部をDVD-Rに焼く。その合間にアイデア構成。なかなか予定どおり執筆に入ることができない。午後、弟が来宅。アニメ界の情報をいくつか仕入れる。残念だが、すべてオフレコ。他言できない。めちゃくちゃおもしろいのに。

 弟が帰ってからは、夜まで執筆。修正作業を中心に、アイデア構成もやる。家からは一歩もでない。したがって、何もここに書くことがない。作家として真面目に生活すると、実に単調な1日になってしまう。起きた。書いた。寝た。で終わりだね。

 夕方は「ケロロ軍曹」。以降はとくに見たい番組もなく、執筆のつづきをする。21時半からアルコールを摂取。22時半に店仕舞いして、23時に就寝。22時過ぎから、とつぜん首と頭に痛みがあらわれた。大後頭神経痛である。うーむ、タイプのしすぎだろうか。執筆を再開すると、すぐにこれである。原稿を書くのは、からだに悪い(本当か?)。とりあえず、まだ症状が軽いので、湿布薬を貼って寝ることにする。このまま消えてくれるといいのだが。

 2006/06/22 (Thu)

 6時起き。起きたときは曇りだったが、すぐに雨が降ってきた。朝食をとり、外出準備。首と腰の癒りがいまいちなので、べつの整形外科に行ってみることにした。国分寺である。小雨だったので、ママチャリで8時に家をでた。雨は途中でやんだ。

 整形外科には45分で到着した。近いね。初診の手続きをして、順番を待つ。人気のある整形外科だ。わたしが着いたときはまだすいていたが、その後、どんどん患者が増えていく。かなり待って、診察を受けた。診察は丁寧で、治療時間が長い。じっくりと診てくれる。なるほど。待たされるはずだ。でも、患者としては、ひじょうにうれしい。

 首と腰を念入りに治療してもらい、10時過ぎに診察は終了した。帰宅したのは、11時10分くらいである。一息ついてから、昼食。でもって、以降は書斎にヒッキー。一区切りだったはずのアイデア構成、べつのアイデアがでて、再構成となる。トホホ。夜は「とんねるず」から「どっちの料理ショー」。料理ショーは途中で打ち切り。きょうも23時に寝た。

 2006/06/21 (Wed)

 6時起き。夏至。曇り。起きたら、腰に鈍痛。これは、今週中に対処しよう。朝食を食べ、7時過ぎに書斎に入った。とりあえず、DVD-Rを焼く。ひたすら焼く。焼いている間に、仕事をする。焼きまくって、7月1日までにHDDレコーダーに空きをつくっておかないといけない。ツール・ド・フランスがはじまるから。

 9時半からローラー台を2セット。軽いギヤでまわす。筋肉にはあまり負荷をかけない。外は曇りから雨になっている。予報が完全に外れたようだ。しかし、13時にはやんでいた。で、14時過ぎに駅前に行き、テレビ番組表雑誌を買ってスーパーをまわってきた。その間も、ずうっとDVD-Rを焼いている。15時に帰宅。

 18時くらいにDVD-R焼きが一段落した。19時半からNARUTO。21時からトリビア。すべて横目で見るだけ。アイデア構成も、ここで一区切り。あしたからは執筆再開である。たぶん。締めで「その時 歴史が動いた」を見て、店仕舞い。23時に就寝した。

 2006/06/20 (Tue)

 5時半起き。晴れ。雲多し。朝食をとり、7時からツール・ド・スイス。やはりヤン・ウルリッヒが勝って、総合優勝。しかし、あの雨、風の中で勝っちゃうんだから、びっくりだね。風は追い風だったのかなあ。

 10時に家をでて多摩サイに向かった。きのう、流したとはいえけっこう走ってしまったし、疲れが溜まっているということもあり、今週はロードを休むつもりでいたが、週刊天気予報を見て、考えが変わった。きょう走って、あしたから休もう。そう決めた。

 多摩サイ走行は快調だった。速い人がいたので、うしろにぶらさがり、引いていただく。おかげで、走行時間は新記録であった。自力では、絶対に達成できない。12時12分に帰宅して、書斎に入った。外出がつづいたため、やるべきことが山積である。そのトップは執筆なのだが、それよりも雑事がやけに多い。まいったね。

 14時半に駅前まで行く。北口の真光書店で自転車雑誌を買った。ふと見ると、入口に近いベストセラー展示台に「自転車で痩せた人」が置かれている。おお、調布の本ということで、配慮していただいたのだ。うれしい! 真光書店、最高。調布で本を買われる方は、ぜひ真光書店を利用してほしい。わたしも書店で買う本の9割は、ここで買っている。

 15時に帰宅。「funride」が届いていた。いま、買ってきたんだけどね。195頁に、わたしの記事が掲載されている。6月26日(月)に発行される「日刊ゲンダイ」にも、「自転車で痩せた人」の紹介が載る。この本の存在を、まずはとにかく多くの人に知ってほしい。とくに、いまスポーツ自転車にまったく乗っていない人。必ず参考になると、信じている。

 帰宅してからは、ずうっと書斎。夕方「カペタ」を見て、夜は家庭の医学と鑑定団。そのあとは「ガイアの夜明け」。おもしろいので、最後まで見てしまった。タイを舞台にした日本茶(緑茶)売りこみレポートである。見終えるのと同時に店仕舞い。23時に寝た。

 2006/06/19 (Mon)

 6時起き。朝食をとり、メールの確認をしたあと着替えて、9時前に駅前に行く。スーパーで買物。反転して戻り、今度はフォールディングバイクで外出する。立川で友人たちとOFFだ。しかし、出発時間を間違えた。久しぶりの立川なので目算を誤り、1時間ほど早く家をでてしまった。当然、1時間ほど早く立川に着く。

 とりあえず、途中にあったマクドナルドでコーヒーを飲む。それから立川のユニクロに行き、靴下を買う。これでかなり時間を使った。とはいえ、待ち合わせ場所に着くと、まだ30分前である。やむなく、となりのコンビニに入り、時間をつぶす。20分くらいしたら友人のひとりがあらわれた。さっそく合流する。すぐにもうひとりがあらわれ、その後、全員(わたしを含めて4人)がそろった。

 立川のチーズ王国で昼食を食べる。あれこれ話していたら、雷が鳴った。と思う間もなく夕立。でも、外にでないから平気。食事が終わるころ、雨はやんだ。晴れ間がでてきて、みるみる晴天になっていく。13時くらいにOFFは終了。ひとりが帰宅。物足りないので、あと3人で立川駅前のドトールに行く。そこで14時半まで談笑。話題は自転車ばかりである。

 ドトールから、なるしまフレンドに移動する。小物を買う。友人は価格のチェック。長くはかからない。15時前に2度目の解散である。わたしはきたときと同じく、多摩サイで帰る。家帰着が、16時ちょい前だったかな。空はすっかり晴天である。帰宅後は書斎にこもり、アイデア構成などをする。眠い。ときおり意識が消える。

 気がつくと、22時。ツール・ド・スイスを20分ほど見て、店仕舞い。ERも、すっかりご無沙汰である。22時45分に寝た。

 2006/06/18 (Sun)

 5時45分起き。30分に目覚ましが鳴ったのだが、15分ほど動けなかった。かなり疲れている。でも、そのわりには、起きてコーヒーを飲み、ローラー台を2セットまわしてしまう。業だね。天気は曇り。予報では午後に雨。7時からツール・ド・スイス。9時半からアニメ。

 11時前、アニメを見てからスーパーに行く。買物をすませ、帰宅。昼食を食べる。以降は書斎にヒッキー。ずうっとこもって、溜まりに溜まったあれこれを片づける。片づかないのは原稿。アイデア構成を再開したが、これに関しては進みが悪い。すごく悪い。

 夜は功名が辻とあるある大事典。22時からツール・ド・スイス。ついついじっくりと見てしまい、店仕舞いしたのが23時ちょい前である。寝たのは、23時15分くらいかな。夜ふかし癖がついたなあ。

 2006/06/17 (Sat)

 6時半、起床。すぐに風呂に行く。貸切り状態である。ゆっくりと湯につかり、目を覚ましてからロビーに行く。豊田有恒さんがおられた。しばらく歓談。コーヒーをごちそうになった。8時前、部屋に戻って全員を起こす。朝食が8時からだ。みなさん、あまり寝ていないはずだが、長老たちも含めて、朝から元気である。一本木蛮ちゃんも起きてきた。天気は晴れ。陽射しが心地よい。

 食後、何をしてどう帰るかを検討する。蛮ちゃん夫妻を誘い、もう1回チェリーパークラインを登って峠のホテルにある温泉に入り、それからそばを食べ、帰路につくことにする。そばは篠崎屋こと篠崎砂美さんが推薦する井泉庵。ここがいちばんうまいと篠崎屋が断言する。じゃあ、それを信じて行くしかない。

 10時過ぎに出発。晴天のチェリーパークラインは気持ちよかった。雲が多いので視界はいまいちだが、それでも、きのうに比べれば天国である。一気に峠を登りきり、高峰高原ホテルで温泉入浴。快晴なら、正面に富士山が見えるパノラマ風呂だが、残念、そこまでの好天気ではない。しかし、いい湯だ。

 峠を下り、小諸に戻る。懐古園近くの民家をそのままそば屋にしたのが、井泉庵だ。ちょうどお昼なので、客がいっせいにやってくる。座敷に通され、メニューを見る。そばステーキなんてのがある。むろん、頼む。メインは天ぷらせいろ。いいそば屋の常で、かなり待たされて料理がでてきた。そばステーキ、うまい。天ぷらもめちゃくちゃうまい。そばも絶品。これは、すばらしい店だ。

 満足して13時半に店をでる。スーパーに寄ってみやげものを買ってから、高速に入る。高速はすいていた。やたらとPA、SAに立ち寄り、余裕を持って帰る。17時前に練馬着。うちに着いたのは、17時半くらいだったかな。もう少し早かったかもしれない。

 片づけをし、メールを処理し、夕食を食べ、風呂に入って(まだ入るか)、22時からツール・ド・スイス。当然、眠いのでつづかない。22時15分に視聴ストップ。22時半に寝た。

 2006/06/16 (Fri)

 6時起き。土砂降り。朝食前にローラー台を2セット。その後は書斎でツール・ド・スイスを見ながらメールの処理などをする。10時に友人がきた。かれの車で、小諸に向かう。日本SF作家クラブの親睦旅行だ。しかし、その前に耳鼻咽喉科に寄る。きのう書いた喉の違和感を診てもらうためだ。

 耳鼻咽喉科は混んでいた。雨なのですいていると読んだのは外れた。おかあさんが車で子供を連れてきている。子供、治療のときに必ず泣く。例外なし。で、喉の違和感は異物でついた傷が原因だった。異物はとっくにとれていると言う。傷は放置するしかないので、薬も塗らない。診察料900円。

 耳鼻咽喉科で時間を使ったため。練馬に着くころに昼になってしまった。レストランに入る。ファミレスは、どこも満員。びっくりドンキーがすいていたので、そこに入った。その後、ようやく高速に乗り、小諸をめざす。雨がやみ、晴れ間が見えてきた。道路混雑もなく、快適なドライブである。

 15時前に小諸に着いた。旅館にはすぐに向かわず、アサマ2000スキー場に至るチェリーパークラインに行く。腰痛がなかったら、5500を持ってきて登るつもりだったコースだ。かなり厳しいと聞いていたので、車で視察することにした。

 18号の交差点、坂の上小学校から道はすぐに登りとなる。噂どおり、かなりの勾配だ。ここからゴールまでは約17キロ。栂池のレースコースとほぼ同じである。平均勾配は、こちらのほうが少しきつい。

 途中で雲に入った。ドライバーのUさん、視界がなくて強いストレスを感じている。路面もはっきりいってよくない。思ったよりも荒れた道路である。雲が切れ、車坂峠にでると、そこが終点だ。勾配10%の標識とホテルがある。温泉もある。ざっと眺めて、再出発。このコース、自転車で登るのなら、けっこう覚悟が要るね。少なくとも、腰痛を完治させておかないと痛い目に遭う。それがよくわかった。

 スーパーで買物をして、16時くらいに中棚荘に入った。すでに多くの人が到着している。小松左京さん、筒井康隆さん、豊田有恒さん、田中光二さんといった長老グループ、それに、谷甲州さん、梶尾真治さん、神林長平さん、難波弘之さん、久美沙織さん、森岡浩之さんといったベテラン・中堅グループもいる。予想以上に参加者が多く、とても全員の名前を書ききることができない。

 わたしは、まずお風呂。Uさん、堀晃さんが一緒。いつもながら、いいお湯だ。でたあとはビール。堀さん、ががんがん飲む。衰えていないなあ、この人は。19時の食事時間まで飲みまくり、そのまま宴会に突入した。

 21時前に宴会終了。もう1回風呂に入り、小松さんの部屋に行く。そこで宴会のつづき。しかし、最近のわたしは22時をすぎると、もう眠くなる。酒も飲めなくなる。というわけで、23時半まではがんばったが、そこでダウン。部屋に戻って布団にもぐりこんだ。

 2006/06/15 (Thu)

 6時起き。もう少し早く起きられるかなと思っていたが、結局、起きたのが6時だった。曇り。朝食を食べ、息子のタイヤ交換の指導をする。途中で腰痛が再発した。ときどき中腰になるのだが、それがよくない(らしい)。腰にベルトを巻いて対処した。

 9時40分くらいからローラー台。3セット、まわした。まわし終えてから、腰に湿布薬を貼る。いきなり楽になる。しかし、どうにも心配なので、10時半に家をでて、ドラッグストアに行ってきた。買ったのはテーピングテープ。今度、これを貼ってから坂を登ってみよう。効果があるのなら、ここぞというときはいつもテーピングということになる。かぶれやすいから、あまり貼りたくないんだけどね。

 昼食後から書斎。BGVは溜まりに溜まったツール・ド・スイスである。今朝の放送も、タイヤ交換のおかげでほとんど見られなかった。かくて、録画は在庫となっていくのである。

 夜までずうっと書斎。ときどき意識がなかったような気がする。夕食のとき、食べたものが喉にひっかかった。それが、どうしてもとれない。すごく気になる。あしたまでにとれなかったら、耳鼻咽喉科に行って診てもらおう。耳の奥ががさがさする感じで、すごく気持ち悪い。テレビは21時からとんねるず。22時からツール・ド・スイス。23時まで粘ろうと思っていたが、15分ほどで眠くなり、22時半に寝た。

 あしたは日本SF作家クラブの親睦旅行で小諸まで行ってくる。天気予報、すごく悪いんだけど。

 2006/06/14 (Wed)

 5時半起き。曇り。ちょっと走りたい気分だが、どうするかでしばし迷う。で、とりあえずコーヒーを飲み、軽食を食べた。曇りだが、降水確率が低く、気温が高い。あした以降は、1週間以上悪天候がつづくという予報。じゃあ、走ったほうがいいね。

 というわけで、ツール・ド・スイスを見ながらしたくをして8時40分に家をでた。しかし、この時間帯がきょういちばんよくなかった。調布近辺は降っていなかったが、2往復目、府中を過ぎたとたんに霧雨が降ってきた。四谷橋から先は路面がかなり濡れている。どうやら、一度折り返したわたしが調布のほうを走っている間にけっこうまじに雨が降ったらしい。水溜まりまでできている。きのう掃除したばかりの5500がまた泥だらけである。

 2度目の折り返しをして調布に戻ってきたら、路面は乾いていた。もちろん、霧雨も降っていない。それどころか、天気はどんどんよくなっていく。11時ジャストに帰宅した。ニュースを見ながら着替えて、昼食を食べる。そのあと、5500を再掃除し、書斎にこもる。夜まで書斎。アイデア構成、溜まったあれこれの始末、ビデオの消化。いろいろと忙しい。

 夜はNARUTOからトリビア。あまり真面目には見ない。やることが多いので、集中できないのだ。22時にツール・ド・スイスを見ようと思っていたら、野球が終わっていなかった。延長戦なんかやるなよ。30分遅れではじまったが、そのときはもう眠い。店仕舞いして、22時50分くらいに寝た。このくらいに寝ると、すごく夜ふかしをした気分になる。あしたは何時起きになるんだろう。

 2006/06/13 (Tue)

 5時15分起き。曇り。新聞を見る。ああ、こんなものだよねと思う。軽く朝食。きょうは走らない。というか、今週はレイオフにしようかと考えている。体調次第だけど。

 6時過ぎから息子の自転車のパンク修理に立ち会う。7時半からツール・ド・スイス 2006の再放送を見る。頭30分をパスするのは、まだ見ていない前日の結果が放送される可能性があるから。早く録画を見る時間をつくらないとだめだね。でも、いつになるんだろう。

 10時過ぎ、神金さんに行き、息子の自転車のホイールを修理してもらってきたく。神金の親父さん、みごとな技でホイールを直す。すごいとしか言いようがない。感心して帰宅。

 午後は新宿。中村屋の喫茶店で14時から某企画の打ち合わせ。その後、ジョーカーをまわり、17時過ぎに帰宅する。意外に遅くなった。たくさん歩いたので、足がだるい。でも、夕食前に泥だらけになっていた5500の掃除をする。夕食後は書斎。本当は怖い家庭の医学、鑑定団を見て、22時半に就寝。寝る前に歯を磨いていたら、とつぜんアイデアが閃いた。あわててメモをとる。こういうときに閃くと、けっこうたいへんだね。

 2006/06/12 (Mon)

 5時半起き。起きてすぐにテレビをつけたら、地震のニュースをやっていた。天気は曇り。少しだが、晴れ間もある。しかし、天気予報はこのあたり一帯だけ、ひじょうによくない。これから崩れるという予報だ。友人がそのあたりを走ろうとして着替えをしていたので、止めた。その直後に天気が急変し、雨が降りはじめた。

 7時半から昼食。それまでに荷物をまとめ、9時くらいに出発し、帰路についた。昼食は正午ちょい前に八ヶ岳PAでラーメンセットを食べた。このPAはアド街でも紹介されていて、クロワッサンが有名である。当然、クロワッサンを買う。

 家に着いたのは、13時半ころだった。きのうのつがいけサイクル2006(ヒルクライムレース)はとっても痛かった。腰痛が再発してしまったのだ。部位は先の落車で強打した左腰。シカゴ以来の激痛で、目がくらむほど痛かった。

 この17.1キロのコースは、スタート直後の2.3キロが勾配10%の急坂になっている。ここを過ぎたあたりから腰が痛みはじめ、全長11.7キロの林道コースに入ってからは、完全に激痛状態に陥った。それはもう呼吸をするのもつらいという痛みである。

 経験的にダンシング(立ち漕ぎ)をすると痛みがやわらぐということを知っていたので、しばらくはダンシングを多用し、ごまかしながら登った。しかし、さすがに10キロ以上もダンシングをつづけることはできない。途中で、これはリタイヤかな? と思った。そのとき、「下ハンを握って前傾を深くすれば、腰痛が消えるかもしれない」と閃いた。やってみたら、これが大当たりである。痛みは解消されなかったが、それでも、耐えられるレベルにはなった。登りで下ハンを握る人なんてほとんどいないし、ひじょうに漕ぎにくくなるんだけど、背に腹は代えられない。

 というわけで、下ハン握り走行&ダンシングというやたらと場違いなスタイルで全行程を登りきった。目論見よりも、かなり悪いタイムになったが、リタイヤは免れることができた(51〜60歳クラス47名中25位)。ラスト50メートルは、冷えと疲れで腰の痛みが麻痺したので、思いっきりもがいたよ。ゴール地点、積雪が約2メートル。まじに寒かった。

 ちなみに、落車の後遺症により、いま平坦路で下ハンを長時間握って走っていると首と肩がめちゃくちゃ痛くなる。前方を見るため、首を大きく起こして走らないといけないから。でも、今回は前を見なくても走れる状況だったので、首を起こさず、ずうっと前車輪を見て走った。このおかげで、登坂で下ハンを握って走るということが可能になったんだね。1回だけ、遅れていた女子選手に追突しそうになってあわてたけど。

 実業団の公式レースは、土井雪広選手(シマノレーシング)が優勝した。昨年の覇者、野寺秀徳選手は、残念ながら8位に沈んだ。土井選手、おめでとう。

 2006/06/11 (Sun)

 5時起き。6時からおにぎりとバナナで朝食。7時過ぎからローラー台でアップ開始。20分を2セット。8時過ぎに宿にいる人全員で集合写真を撮る。天気がよくない。曇りで、霧雨も降っている。気温が低い。この気温でも半袖ジャージにレーパンで走る人が多いが、わたしはアームウォーマーとレッグウォーマーで全身を固めた。暑いのは平気だが、寒いのは我慢できない。

 9時20分、わたしのクラス「男子G」がスタートした。スタートは、またもや奇跡的にうまくいった。その後の経過は12日のほうを見ていただきたい。

 レース後は、いったん宿に戻った。友人Jは1時間20分を切るという目標をクリヤーし、1時間19分台でゴールしていた。わたしは1時間23分34秒7。あの腰痛でこれなら、そんなに悪くないタイムだが、全力を尽くしたという充実感はない。いわゆる不完全燃焼状態である。友人Kは棄権。ただし、これは記録上での話。実際はタイムアウトによる失格である。午後に実業団のTTがあるため、正午までにゴールしないと、タイムアウトになるのである。

 ゴール地点で写真&ビデオ撮影していた友人Nと蛮ちゃんも戻り、宿でカレーの昼食をとる。13時くらいには、友人Kも戻ってきた。14時前に、実業団TTのスタート地点に行き、トップ選手のスタートを見る。見終えて、蛮ちゃんを白馬駅まで送る。けっこうあわただしい。駅からUターンして今度は表彰式がおこなわれる体育館に向かう。表彰式は、去年にもましてさびしかった。関係者以外の観客ってわたしたちだけじゃなかったんだろうか。こんなにトップ選手が集まっているんだから、もっとみんな見にくればいいのに。

 夕方、宿に戻ってから、また温泉に行く。痛む腰をじっくりと温め、さらにコインマッサージャーで全身をほぐす。かなり楽になった。宿に帰って、湿布薬も腰を中心に、べたべたと貼る。

 夕食は宴会状態になった。差し入れのシャンパンをあけ、ビールと酎ハイもがばがばと飲む。久かたぶりにしたたかに酔い、22時半に就寝する。ちょっと飲みすぎたね。

 2006/06/10 (Sat)

 5時15分起き。起きてから何をしていたのか、あまり記憶がない。友人Kがお昼に着く予定なので、それまではのんびりしていたような気がするが、定かではない。天気はまあまあである。晴れと言っていいね。友人Nはひとりで、青木湖方面に向かった。せっかく白馬、栂池まできたのだから、近隣を100キロくらい走りたいという。正しいローディの選択だ。

 昼、輪行でやってきた友人Kを白馬駅で迎える。そこで、ちょっとしたトラブル。友人K、自転車の知識がほとんどないことが判明。かれはレースに参加するのだ。ちょっと不安になった。

 宿に行く途中で昼食。今度は餃子と炒飯。やはり観光地価格。宿に戻って一休みしてから、友人Kの練習走行に付き合う。といっても、わたしはほとんど走らない。ちょっとだけ流して終わり。あとは、たらたらしながら、友人Jとともに、N、Kの帰着を待つ。Kはすぐに帰ってきた。100キロ走行のNは15時くらいに戻ってきた。アップダウンが多くて、苦労したらしい。わたしは待っているあいだに、5500を洗った。このとき、腰痛がでた。この腰痛、もっと警戒すべきだったが、いつものことなので、つい無視してしまった。それがあとで、大きな失敗となった。

 夕方、今度はみんなで白馬大池駅に行く。電車で応援にくる一本木蛮ちゃんの出迎えである。しかし、到着した電車に蛮ちゃんの姿はなかった。あわてて電話する。でも、その番号は蛮ちゃんではなく、旦那のものだった。旦那は事情を知っていた、蛮ちゃん、白馬大池駅と間違えて、白馬駅で降りてしまっていた。あわてて白馬駅に向かう。

 20分後、無事に蛮ちゃんを回収。コースの説明を車中でしてから宿に入り、温泉に行く。きのうとはべつの温泉。湯が熱い。でも、しっかり温めたため、腰痛は消えた。宿に戻って夕食である。きょうも19時からだ。ヒルクライムに参加する他の参加者の一行も到着していて、鍋を囲んでのにぎやかな夕食になった。話が弾んで、22時半に就寝。階段の登り降りのせいだろうか、寝る前も少し腰痛がでていた。全身に湿布薬を貼って寝た。

 2006/06/09 (Fri)

 5時起き。6時半に友人Jが車で迎えにきた。約束では7時である。道路がすいていて、早く着いてしまったらしい。ちょっとあわてた。車中で待ってもらい、出発準備を終える。7時くらいに出発。

 順調に走り、正午前に栂池に到着した。宿はもちろん「びわくぼ」である。途中でかなり雨に降られたが、栂池に着くと、おおむねやんでいた。これで道路が乾いてくれれば、練習走行ができる。レース前日の土曜日は、休養日にしたい。

 荷物をざっとひらいてから昼食に行った。そばを食べる。高い。東京よりも100円以上高いね。観光地価格である。いまいち不満を抱えて宿に戻り、自転車をセット。コーヒーを飲んで、もうひとりの友人がくるのを待つ。14時くらいだったかなあ、きたのは。よく覚えていない。とにかく着いたところで、すぐに自転車に乗り、外にでた。

 まずはスタート練習。スタート地点は5%くらいの坂である。わたしはクリートをはめるのがへた。ましてやそれが平地ではなく坂となると、さらにしくじりやすくなる。これは練習しておかないといけない。

 スタートは奇跡的にうまくいった。3人でスタート直後の急坂を登る。友人Jのペースが速い。それに合わせていたら、やはりオーバーペースだったらしく、友人Jの速度が落ちた。で、それを抜いて、3キロ地点まで走行。いったん停まり、時計を見る。1分20秒後に友人Jがきた。6分後に友人Nがきた。わたし、快調のようにみえるが、これはだめ。明らかにいっぱいいっぱいである。ここまでは走れるが、このあとがつづかない。このペースで登ってはいけないということが判明した。

 友人たちとは、ここでいったん別れる。友人Nはレースにでないので、このままゴール地点まで登る。レースにでるわたしと友人Jは独自練習。わたしはもちろん、スタートを念入りに繰り返す。でも、奇跡はもう起きなかった。その後は失敗つづき。それどころか足を滑らせ、ペダルにくるぶしをぶつけて出血する始末である。あざもできたよ。最低だね。

 1回も成功できないまま、練習を打ち切り、宿に戻った。たらたらと過ごして、友人Nの帰着を待つ。あのペースだと、17時くらいに帰ってくるかなと思っていたら、ぜんぜん戻らない。17時には電話があった。いまゴール地点に着いたと言う。これから十数キロを下って宿に戻ってくのだ。まずいよ。夕食前に温泉に行くつもりだったのに。夕食時間を19時にしてもらい、ひたすら友人Nが帰ってくるのを待った。帰ってきたのは、17時45分だった。着替えもさせないまま、温泉に向かって出発。

 温泉で気分を一新させ、19時に宿に戻った。すぐに夕食である。食後は少し雑談し、22時に就寝した。

 2006/06/08 (Thu)

 5時45分起き。曇り。はっきりいって、眠い。しかし、きのうの食べすぎ解消のため、朝食前にローラー台をまわす。起きて、おなかが減っていないというのは久しぶりだね。最悪である。3セットまわしてから朝食。きょうも高千穂式トーストだ。その後は書斎に入った。

 9時に家をでて、駅前に行く。某医院でにんにく注射を打ってもらう。この注射、名称とは異なり、にんにくエキスを打つのではない。高濃度のビタミンB1を点滴で血管内に流しこむのだ(したがって、注射でもない)。鼻の奥でにんにく臭が広がるので、そう命名されている。

 受付で申し込むと、すぐに名を呼ばれた。診察ではないため、最優先でおこなわれる。診察室に入り、ベッドの上で仰向けになる。とりあえず、右手の肘近くに点滴することとなった。バッグは縦10センチくらいの小さなものだ。液体の色は淡いピンクである。看護士さん、手ぎわがいい。この点滴、ちょっと痛いですよと言う。だから、点滴中は肘周辺をホットタオルで温める。

 点滴がはじまった。たしかに痛い。こんな点滴は経験したことがない。痺れるような痛みだ。薬液が落ちるのは、わりと早い。ゆえに、点滴そのものは15分ほどで終了する。でも、長く感じたなあ。

 点滴が終わるのと同時に看護士さんが戻ってきた。針を抜き、絆創膏を貼る。これでおしまい。料金は2500円。もちろん、保険は効かない。自費だ。針を抜いたあとも、数時間くらい痛かった。

 スーパーをまわって、10時半に帰宅した。ここを更新して、昼食。それからあしたの準備の最終仕上げに入る。荷物を減らそうと努力したのだが、だめだった。またもや大荷物になった。夕方、準備が完了した。あとはあしたの朝だ。もうちょっと詰めこまなくてはいけない。やれやれである。

 というわけで、つがいけサイクル2006(ヒルクライムレース)出場のため、来週頭まで更新がストップする。天気も心配だが、首が完治していないので登れるのかどうかも心配だ。脚については、にんにく注射に期待しよう。効いてくれー。

 2006/06/07 (Wed)

 5時45分起き。快晴。天気には、ちょっとびっくり。路面は少し濡れているが、空は真っ青。話が違うなあ。で、とりあえず朝食。きょうは高千穂式トーストを焼く。トースターやオーブンは使わない。これがうまいんだな。食後は書斎に入る。

 書斎で旅行のための荷造りのつづきをする。荷物、どんどん増えていく。すべては天気がはっきりしないことが原因だ。で、10時ころに家をでて、駅前に向かう。書店とドラッグストアをまわって帰宅。昼食をとり、荷造りと外出準備を平行しておこなう。

 15時、銀座に向かって出発。手塚治虫文化賞の授賞式である。受賞者が吾妻ひでおさんなので、案内がきた。吾妻さんが受賞では行くしかない。16時過ぎに銀座着。開場までまだ1時間以上あるが、これは予定どおりである。有楽町駅前のドトールでアイデア構成をやる。だが、これは失敗。店が混んでいて、あいていた席がエアコンの真正面である。これが寒い。とにかく冷える。20分ほど我慢したが、このままでは風邪をひくと判断。撤収して、他の店に移った。ビックカメラの中にある喫茶室だ。ここのカウンターでアイデアを練る。ついでにからだも寝る。うつらうつらと集中して思考を繰り返していたら、すぐに17時15分になった。授賞式会場である東京會舘へと移動した。

 授賞式は盛況だった。さすがに知り合いも多い。

 受賞者たち 吾妻さんの受賞挨拶

 写真は受賞者4名と吾妻ひでおさんの受賞挨拶である。受賞者は左から、特別賞の小野耕世さん、短篇賞の伊藤理佐さん、新生賞のひぐちアサさん、マンガ大賞の吾妻ひでおさん。吾妻さんは終始うつむき気味であった。でも、今回は祝賀会の最後までおられたので、体調はそんなに悪くはなかったのだろう。

 19時過ぎに会はお開き。東京會舘の料理はおいしいので、ちょっと食べすぎてしまった。急いで帰宅する。家に着いたのは21時ちょい前。入浴し、一息ついても、まだおなかが重い。これはまずいよ。消化を待って、23時半に寝た。久びさの夜ふかしであった。

 2006/06/06 (Tue)

 5時半起き。曇り。かなりどんよりしている。気温はまあまあ。足はだるだる。6時40分に家をでて、多摩サイに向かう。やはり、早い時間帯は散歩や通勤の人が多い。昼走行のほうがいいね。風さえ強くならなければなあ。

 9時に帰宅。着替えなどをすませ、再外出。今度は駅前の医院へ行く。ここは待ち時間が長い。もちろん、仕事を持っていった。10時過ぎに到着して、名前を呼ばれたのが11時22分。待っているあいだにいろいろできたよ。半分くらい寝ていたけど。

 スーパーと書店に寄って、正午に帰宅。すぐに昼食を食べる。食べたあとは書斎へ。以降はそのままヒッキー……のつもりだったが、ついつい旅行準備をしてしまう。バッグを用意し、荷物を積める。天気と気温がよくわからず、対策が要るため、荷物の量が減らない。ちなみに出発は金曜日である。

 夕方はカペタ。夜は鑑定団。きょうはそのあと、「ガイアの夜明け」も半分ほど見た。でも、それが限度。眠くなり、22時50分に寝た。

 2006/06/05 (Mon)

 5時半起き。晴れ。雲多し。気温が低い。医者に行くので、多摩サイ走行を昼にまわした。で、がっちりと朝食を食べる。その後は書斎に入り、もろもろを片づける。

 9時に家をでて駅前に行く。スーパーで買物をしてから整形外科へ。薬をもうひと月、飲むことになった。きょうはなぜか診察が早い。薬局もがら空き。9時38分には、すべてが終了。そのまま家に戻った。

 10時過ぎから多摩サイ行きの準備。10時35分くらいに出発した。きのうも書いたが、整備したばかりの5500は走りが軽い。13時前に帰宅。着替えて、書斎に入る。HDDレコーダーの録画タイトル整理。見そこねている番組をどんどん消す。見たいんだけど、もう見る時間が惜しい。

 夜は名探偵のコナンくん。きょうまともに見る番組はこれだけ。あとはニュースばかり見ている。ニュースの大部分は村上代表逮捕と、秋田の子供殺しと、エレベータ事故である。あと、ワールドカップがちょっとかな。この3つを抜きで番組構成をしろと言われたら、テレビ屋はのたうちまわるね。その立場にあったら、言ってみたいなあ。

 22時に店仕舞い。就寝は22時20分あたり。

 2006/06/04 (Sun)

 6時起き。曇り。ローラー台、きょうはやめるつもりだったけど、クリート調整があったので、1セット+アルファほどまわす。予定外の新宿往復で、からだがだるい。新聞に布田駅の投身自殺の記事が載っていた。やれやれである。

 10時過ぎに家をでて、神金さんに行き、整備が終わった5500を引き取ってくる。おお、走りが軽い。ちょっと感動的だ。戻ってから、昼食。その後は書斎。14時にママチャリで再外出。ユニクロ、スーパーをまわって15時前に帰宅。15時半から競輪中継。きょうは高松宮記念杯の決勝。

 夕方から夜まではビデオを消化しつつ、きのうできなかったアイデア構成。でも、気が散るので進まない。困ったな。あしたは医者をいくつかまわる日になっているし。医院の待合室を使おう。待ち時間、長いから。

 夜は功名が辻からあるあるII。22時を過ぎたら猛烈に眠くなり、寝ることにした。22時半に就寝。

 2006/06/03 (Sat)

 6時起き。曇り。コーヒーを飲んで、ローラー台を2セット。それから朝食。食べ終えて、5500の掃除。9時前から書斎に入る。外出予定があるので、朝からばたばた。とりあえず、きょうは喫茶店でアイデア構成を仕上げるつもり。10時半に5500で神金さんに行く。メンテナンスを頼むためだ。5500を預け、代車で帰宅。

 あわただしく時間が過ぎて、15時に家をでた。ママチャリで神金に行き、メンテナンスの様子を聞く。受け取るのは、あした。ママチャリを神金さんに預けて柴崎から京王線に乗り、高田馬場へと向かう。……つもりだった。しかし、電車が動かない。というか、踏切を駅員が手で持ちあげて車や人を通している。

 なにごとかと思い、駅員に尋ねたら、「布田で人身事故。つつじヶ丘から折り返し運転している」と言われた。そりゃ、まずい。きょうは友人の一周忌である。17時からはじまる。なんとしても行きたい。とりあえず、つつじヶ丘までママチャリで行ってみる。でも、話が違っていた。京王線、動いていない。駅員にまた訊く。「下りを2本だけ通したが、以降は新宿まで上下線とも完全不通になった。復旧見通しは立っていない」と答えられる。

 ならばと、ママチャリで甲州街道を走りはじめた。駅ごとに様子をうかがいながら、進む。明大前でも、動いていない。駅員いわく「いまだ復旧の見こみが立っていません」。ここまできたら、新宿まで行っても同じである(注・井の頭線は動いていた。だから、そこで渋谷にでることに思い至れば、そのまま電車に乗ることができた。が、動顛していたので、そのことに気付かなかった)。

 新宿東南口で有料駐輪場にママチャリを置いた。山手線で高田馬場に行く。30分遅れ、17時半に高田馬場の会場に着いた。遅刻したけど、偲ぶ会そのものには間に合った。ほとんどハンガーノック状態だったので、オレンジジュースを駆けつけ2杯。パンも食べる。会は、19時ちょい過ぎに終わった。山手線で新宿に戻り、ママチャリに乗って帰宅する。家に着いたのは20時25分だった。予定になかったママチャリ30キロ走行で疲労困憊である。

 風呂に入り、缶チューハイを飲んだら、もう22時過ぎ。ひたすら眠いので、23時に寝た。ああ、喫茶店でアイデア構成って目論見が完全に飛んでいる。あした、なんとかなるのだろうか。わからない。

 2006/06/02 (Fri)

 5時半起き。7時に多摩サイ行き。天気は曇り。空気も少しひんやりしている。帰り、霧雨にちょっと降られた。降水確率10%じゃなかったのかと言いたい。でも、霧雨は雨じゃないらしいから、言っても無視されそう。

 9時20分に帰宅。10時過ぎに駅前の銀行に行く。戻って昼食を食べてからは書斎に入る。インターネットで競輪中継を表示させながら、アイデア構成。しかし、きょうの中継、すごく調子が悪い。ぶつぶつ切れる。ぜんぜんレースを見ることができない。ひどいなあ、これ。

 夕方はケロロ軍曹。きょうのエピソードはおもしろい。19時からは「ペット大集合 ポチたま」。猫特集である。仔猫がかわいい。21時台は書斎でニュースを見ながらアイデア構成のつづき。22時からリビングでビールを飲みつつ「NHKスペシャル 失われた千年王国ビザンチン」を見る。ひじょうに興味深い番組。しかし、最後まで見ることができない。22時45分にギブアップ。寝室に移動して、23時に寝た。今夜も少し寝苦しそうである。

 2006/06/01 (Thu)

 5時半起き。晴れ。コーヒー、朝食と進み、7時15分に多摩サイへと向かった。きょうは短縮コース。きのうの疲れをほぐす程度の走行にする。1往復して、8時45分に帰宅。このくらいの距離だと、本当にからだが楽だ。9時15分に再外出。駅前のスーパーで買物。30分で戻り、書斎に入る。どっと眠くなった。

 うとうとしながら、ビデオの在庫整理。11時半になったところで外出し、近所のラーメン屋で昼食を食べる。ごくふつうのラーメン。正直言うと、たけちゃんにぼしラーメンよりも、こちらのほうが好みである。値段もはるかに安い。半熟卵をトッピングし、餃子をつけて600円。

 1時間後に帰宅。以降はずうっと書斎。インターネット中継で競輪を見る。15時からはテレビ放送に切り換え。とにかくアイデア構成をやる。かなり危機感が強い。

 夜はとんねるず。食わず嫌いスペシャルだ。見終えたところで店仕舞い。22時半に寝た。しかし、少し寝つきが悪く、30分以上、輾転反側していた。ちょっと気温が高かったね。