日々是口実

日々是口実

HOME
BACK NUMBER

 2006/01/31 (Tue)

 きょうも6時起き。天気は曇りである。冷えこみは弱い。食事をして書斎。こもっていたら、ビンゴゲームで当たったフットマッサージャーが届いた。やはり、ふたつは置けないなあ。でも、何か使う手がないかなあ。しばらく悩んでみよう。いまやフットマッサージャーは毎日の必需品である。場所に余裕があるのなら、2台体制は悪くないと思っている。余裕、ないけど。

 天気予報がいまいちで、昼から雨というので、9時に多摩サイへと向かった。足、痛いよ。痛いけど、走る。日課だから。で、坂抜きの60キロ走行をする。無理をしないペースである。流して、多摩サイを2往復。狛江のほうまで行ったので、距離はきっかり60キロになった。でも、たらたら走っていたら、11時くらいに雨が降ってきた。予報の嘘つき。1時間ほど降りだしが早いぞ。

 帰宅して昼食。書斎で執筆。14時にママチャリで駅前のースーパーに行く。雨は小降り。というか、ほとんど降っていない。40分ほどで家に戻り、再び書斎に入って、執筆に復帰する。以降は、ずうっと書斎。夜まで書斎。ブラックホスピタル、鑑定団を見て、ガイアの夜明け。23時に書斎をでてリビングへ。就寝は23時半。フットマッサージはたっぷりとおこなった。

 2006/01/30 (Mon)

 6時起き。久しぶりにちゃんと起きられた。眠い。天気は快晴。鼻水はきょうも止まらない。朝食後、すぐに書斎に入って、9時ちょい前まで執筆。いったん中断して駅前のスーパーに。買物をすませて、9時20分には帰宅。寒かった。久しぶりに靴を履いた。まだ完治ではないので、指の位置に気をつける。靴の中で動いて指先なんかが当たると、ちょっと痛いね。

 11時から多摩サイ復活準備開始。11時半に家をでる。これもまた久しぶりという感じだ。気温が高い。再開日としては、いいコンディションである。しかし、この暖かさが大失敗につながった。

 まあまあ順調に走った。暖かいので、足も再開直後にしてはよくまわる。これなら、坂も大丈夫だろうと思い、いろは坂から記念館通りにまわった。その途中で、足が少しおかしくなった。ふくらはぎ(下腿筋)と大腿筋がひくひくと痙攣ぎみにつりはじめたのだ。わたしの場合、足がつるのはぜんぜん珍しくない。寝ていても、起きていても自転車に乗っていてもしょっちゅうつる。子供のころからそうだ。足の裏(土ふまず)、背中、首など、足に限らず、どこの筋肉でもしばしばつる。だから、あまり気にせず、走りつづけた。とはいえ、下腿筋と大腿筋(二頭と四頭の両方)が交互につるなんてことはめったにない。いやな予感はしていた。

 多摩サイに戻り、府中の森あたりにさしかかったところで、それは起きた。足がつるのはおさまっていなくて、小刻みな痙攣がつづいていた。それをごまかすようにして走っていた。そうしたら、いきなりどおんときた。

 下腿筋、大腿筋など、両足の主要筋肉がいっせいにつった。完全に生まれてはじめての出来事である。足が左右両方とも棒状に硬直し、膝が曲がらなくなった。もちろん、すさまじい激痛を伴っている。もうめちゃくちゃ痛い。足がつるのに慣れていない人だったら、たぶん、そのまま自転車ごとひっくり返っていたと思う。それくらいのショックがあった。

 激痛に耐え、とにかく足首から下を強引に動かしてビンディングを外した。ブレーキもかけた。道路の端に寄り、停めた。足がまっすぐ突っ張るように硬直しているので、そのままサドルから前方にむりやり飛び降りた。ほとんどフルブレーキングだから、5500がジャックナイフ状態になる。いやあ、股間があぶなかったよ。そのときは、それどころじゃかなかったけど。

 トップチューブをまたいだ形でサドルから降りたが、両足が突っ張るように硬直しているから、かかとがつかない。両足爪先立ちである。その状態で、ふとももの裏表、ふくらはぎの筋肉がかちんかちんになっている。一部、痙攣も起きている。とにかく痛い。

 とりあえず、片足ずつ回復させようとした。しかし、うまくいかない。主要筋肉すべてがつっているので、あちらを伸ばせば、こちらが縮む。縮むとより激しくつってしまう。それと、左足を伸ばそうとすると、それを支えるために右足を縮めることになる。これもつらい。痛みをこらえて左足を伸ばし、筋肉をわずかに弛緩させたところで、右足を伸ばそうとすると、今度はゆるんだはずの左足が再硬直する。これは右足も同じ。ゆるんでからの再硬直を何度も繰り返してしまう。といって、その体勢で両足の筋肉を同時に伸ばすのは不可能である。やむなく、目を閉じ、歯を食いしばって筋肉がひとりでに弛緩してくれるのを待った。これがすごく長く感じるんだな。数分だったと思うけど、どれくらい待ったのかはまったくわからない。

 ようやく、両足とも少し硬直がゆるんだ。すかさず、トップチューブをまたぎ、完全に自転車から降りた。あとは5500を杖がわりにして、両足の筋肉を同時に伸ばせばいい。にしても、立ったまま大腿筋を伸ばすのはむずかしいね。痛みで、頭がくらくらするのにもまいった。

 足の筋肉が激しくつったことのある人は知っていると思うが、つったあとの筋肉はかなりの損傷を受けていて、とても痛い。痛いけど、わたしは自転車に乗って帰宅しないといけない。いつまでも、多摩サイの端っこで立ち尽くしているわけにはいかない。

 痛みは消えないが、つるのと痙攣がおさまったので、いま一度5500にまたがった。時速20キロでのろのろと走る。怖いのは再発。こんなにおそるおそる走ったのははじめてだなあ。きょうははじめてってことが多い。押立(28日の土曜日に土手で人が死んでいたところ。殺人の疑いもあるらしい)近辺でやや加速。27キロくらいで走る。ダンシングもしてみる。ダンシングはきつい。これは再発を招く危険行為になる。

 いつもより15分遅れでなんとか帰宅した。大反省である。1週間以上走行を休んだあとは、坂を控えないとだめだね。再開していきなり強い負荷を与えちゃだめだよ。年齢が年齢なんだから。

 書斎に入り、原稿を書く。足が痛いから、動きまわりたくない。大腿四頭筋のダメージが大きいね。夜は「西遊記」を見る。武藤敬司選手ほか全日本プロレスのレスラーが何人も出演しているというので。漁師なのに額にすだれ状の傷があるというのは、一種の愛敬であるな。22時半に店仕舞いして、23時15分に就寝。夜中に足がつらないことを祈りつつ寝た。

 2006/01/29 (Sun)

 6時半起き……のつもりだったが、起きたら7時になっていた。朝食を食べ、新聞を読んで書斎へ。今朝の冷えこみはきつかった。寒くて夜中に目が覚めた。きょうも快晴なので、未明は本当に寒い。

 きょうはひたすらからだを休めるため、完全ヒッキーとなった。午後、玄関のタイルが割れているのを修復してくれと頼まれ、ちょっと外にでただけ。外にでたら、目が痒い。くしゃみがでる。うーむ、飛びはじめたかな。

 14時から、インターネットで競輪祭の中継を見る(もちろん、執筆しながら)。レースとレースの合間はメディアプレーヤーを最小化しておいて、執筆を続行する。16時からテレ東に移り、テレビでの視聴を開始。やはり、テレビのほうが見やすい。

 夜も執筆続行。きのうあたりからスパート状態に入っている。ペースは悪くない。BGTVはワンピースジャンクSPORTSあるある事典II。フジテレビばっか。22時からようやくNHK衛星に移って功名が辻。見終えたら、リビングに移動し、23時に寝る準備。寝たのは23時15分くらいだったかな。功名が辻の途中から、もう眠かったよ。

 2006/01/28 (Sat)

 7時起き。朝食前に冷えぴたをはがす。絆創膏にジェルが貼りついていて、とれない。効果はかなりあった感じがする。9時に整形外科へ行く。絆創膏にジェルがついているので、冷えぴたを貼ったことをドクターに話した。ドクター、それはいい工夫だと褒めてくれる。腫れはもうほとんどない。切除した傷口に救急絆創膏を貼って、診察はおしまい。再発がない限り、通う必要もないと言われる。ただし、靴解禁はまだ微妙である。強い圧迫は再発の引金なのだ。

 帰宅して、すぐに再出発。はじめて行くスーパーに向かい、食料品を買う。大手ではないが、なかなかいいスーパーだった。家に戻ってからは書斎に入り、ひきこもる。もう外出はしない。きのう打ち合わせしたときにもらってきたゲラを読んだり、執筆をしたりしているうちに午後になった。15時からテレビは競輪祭。最終レースのいちばんいいところで、いきなり放送が終わる。よくあることだが、ムカッとするね。tvkはちばテレビやテレビ埼玉に比べて、競輪の中継が弱い。インターネットでも映像は見られるが、パソコンは執筆に使っているから、テレビでやってくれないと困るんだよ。

 夜は執筆中心。ゲラは頁欠落があったので、チェック休止。チューボーを見て、親指に冷えぴたを貼り、24時ジャストにベッドに入った。

 2006/01/27 (Fri)

 6時半起き。冷えこみがゆるんでいて、すんなりと起きられた。朝食をとり、書斎へ。書斎に入ったら、いきなり眠くなった。きのうの疲れがけっこう残っている。9時半に整形外科へ。順調に回復していると言われる。とにかく患部を冷やしたほうがいいらしい。包帯はストレスが大きいので、絆創膏で切開部分を覆うだけにしてもらった。これだと、かなり足が楽である。書店に寄って、帰宅。

 午後まで書斎で執筆。14時くらいから外出準備をはじめ、15時にママチャリで家をでる。まずは渋谷で打ち合わせをひとつ。ママチャリで行くことにしたのは正解だ。足の負担がほとんどない。降りて歩くと、とたんに親指が痛くなる。で、早く着いてしまったので、東急ハンズなどをまわる。打ち合わせは17時から、1時間ほどで終了。新宿へと向かった。

 新宿着が18時20分くらい。コミックガムの新年会である。当然、アルコールは控えめ。烏龍茶をやたらと飲む。トイレが近いよ。恒例のビンゴ大会は、久しぶりに賞品が当たった。……フットマッサージャーである。まさか、これが当たるとは思っていなかったなあ。自転車で運ぶのがむずかしいので、あとで編集部から送っていただくことにした。

 お開きは21時。ママチャリでまっすぐに家へと戻る。22時過ぎに到着。風呂に入って、軽くふくらはぎをマッサージ。冷やせということなので、左足親指に冷えぴた(の類似品)を巻きつけてみる。いい感じだ。あれこれ片づけをし、メントレGを見て、就寝は24時15分だった。ちょっと遅めである。

 2006/01/26 (Thu)

 6時起きの予定で、たしかに6時前に目が覚めたのだが。寒くて布団からでられなかった。で、結局、6時半起きになった。ちょっと反省。朝食を食べ、あれこれしていると、もう9時である。着替えて、整形外科に行く。包帯が赤茶色だ。かなりの出血があったらしい。ぶ厚く巻いた包帯でも吸収しきれず外に漏れて、靴下も赤茶色に染まっている。ドクター、その血と浸出液で固まった包帯とガーゼを力まかせに傷口からばりばりとはがす。包帯を切りましょうよと言っても、無視。エキサイティングである。

 患部を見る。腫れが引いている。切開は大成功だった。症状は、劇的に改善された。この様子なら、週明けまでにはかたがつきそうだ。それだと、助かるね。というわけで、多摩サイ経由で帰宅。早朝とはうって変わって、陽射しが暖かい。少し汗をかいた。

 家に戻ってからは、夕方まで書斎でヒッキー。15時からは競輪祭がBGTV。見ながら服を替え、16時に家をでる。行先は東京會舘。集英社青年漫画誌の新年会である。でも、直行はしない。いったん新宿で降りて、ジョーカーなどの自転車ショップめぐり。小物で探しているものがあったのだが、どこにもない。しかも、まわっているうちに足が痛くなる。ママチャリは平気だが、歩行は患部に無理がかかる。ずきずきと痛い。

 18時ちょっと前に東京會舘に到着。地下鉄の銀座駅からの歩行も、足にこたえた。会場に椅子があったので、すぐにすわる。弓月光さんや手塚プロの松谷社長と言葉をかわすが、立てない。患部をかばって歩いたため、ふくらはぎにストレスがかかっている。これは、治療の副作用だなあ。

 新年会は20時にお開き。すぐに帰路につく。まっすぐに帰宅。21時過ぎに着いた。足、がたがたである。入浴し、休足時間を貼る。あしたも新宿で新年会だ。歩くとつらいから、ママチャリで行こうかと考える。アルコールを控えているから、不可能ではない。問題は夜の気温だな。それを確認してから決めよう。と思いつつ、VVV6を見て、23時半に就寝。パーティはしんどいねえ。

 2006/01/25 (Wed)

 目覚し時計は6時半にセットしてあったが、10分以上、布団からでられなかった。快晴。寒い。リビングに行き、サスケを抱きしめる。サスケも冷えきっている。ふたりで温めあってから朝食。それから書斎へ。

 9時半に整形外科へと向かう。きょうの親指は、きのうよりも腫れている。回復が足踏み状態になっているらしい。相談して、試しに患部を切ってもらうことにした。化膿していない場合の患部切開は効果を期待できないというが、足踏み状態なのに何もしないのは癪なので、とりあえず切ってもらった。キシロカインで局部麻酔をしてメスを入れる。出血はするが、やはり膿はでてこない。しかし、これがきっかけで回復がに向かう可能性がないわけでもないと、ドクターは言う。そうなってくれるとうれしい。

 親指をこれまで以上に包帯でぐるぐる巻きにされ、「激しい運動は避けてください」といういやな注意を受けてママチャリに戻った。キシロカインが効いているので、何をしても痛みがまったくない。速足で歩いても、足を引きずることはない。こりゃ、いいやということで、そのまま多摩サイへと走った。きょうはきのうよりも風が強い。しかも、いきなり向かい風だ。ローディの姿は多い。

 多摩サイに入ってすぐだった。唐突に麻酔が切れた。早いよ。2時間くらいもってくれよ。そう思うが、切れた麻酔はもうもとに戻らない。やむなくUターンして帰宅することにした。が、まっすぐには帰らない。スーパー2軒に寄る。少し買物をする。正午少し前に、家に着いた。おなかがすいている。急いで昼食をとる。

 一息ついて、書斎に入った。以降は夜までヒッキー。入浴を簡単にとも言われているので、風呂に入る時間を遅くした。カラスの行水だと、すぐにからだが冷えてしまうんだよ。22時に入って、ちょっとニュースを見て、23時に就寝準備。23時15分には寝ていた。からだに異常があるときは寝るに限るね。たとえ、それが足の親指の痛みであっても。

 2006/01/24 (Tue)

 7時起き。起きてすぐ、家内とふたりでサスケを監視する。検査用の尿採取をおこなうためだ。8時前に無事、採取完了。テレビのニュース、ワイドショーはライブドア一色。

 9時、家をでて動物病院に向かう。尿のpH値は正常になっていた。しかし、かわりに潜血反応が見つかってしまった。まだちょっとだけ血尿状態らしい。とりあえずキャットフードの変更を決める。pH値治療用のものは必要なくなった。ただし、フードの受け取りはあとまわし。その前に整形外科へまわる。左足の親指、よくなってきていると言われて少しほっとする。でも、まだけっこう腫れている。しかも、患部を温めてはいけないということで「入浴は簡単に。あんかは禁止」とドクターに宣告された。それはつらい。わたしは爪先冷え性である。あんかは冬の必需品だ。

 診察が予想よりも早く終わったので、ちょっとだけ多摩サイ寄り道をおこなった。40分ほどママチャリで走った。風が弱くていいコンディションだ。ローディが多く、いささかくやしい。京王多摩川近くのマックで昼食用に特売バーガーを買って動物病院に戻った。キャットフードを手にして帰宅する。家に着いたのは、正午少し前。

 その後は書斎に入って、ずうっとヒッキー。夜まで真面目に原稿を書く。動くと左足親指が痛いので、なるべくじっとしていたい。爪周辺に刺激がなければ、痛みはほとんどないのである。だから、ママチャリにも乗れる。

 というわけで、ひたすら執筆をして夜になった。リビングに移動したのが23時半。就寝は23時45分である。

 ●民主党が責任追求?

 爆笑してしまうね。無所属出馬で、自民党が推薦すらしていなかった候補者に関して、首相の責任を民主党が追求するなんて。公認候補として衆議院選挙に出馬した元国会議員の民主党員が覚醒剤で逮捕されたとき、前原代表はいったいどんな責任をとったんだろう。こちらには謝罪ひとつ目にしなかったって書いてあるぞ。他人のことをごちゃごちゃ言うのは、まずおのれをきちんと律してからにしてほしいなあ。民主党所属だった元国会議員は覚醒剤の常用者だぜ。そのひどさは、今回の事件の比ではないと思う。

 2006/01/23 (Mon)

 6時起き。ひじょうに寒い。快晴である。きょうは急遽、整形外科に行くことにした。数日前から左足の親指が痛い。親指の爪及び、その周辺(とくに下部)を押したり、何かで圧迫したりすると、強い痛みが走っていた。それでも、圧迫さえなければ気にするほどの痛みはなかったので、多摩サイ走行はそのままつづけていた。もちろん、湿布薬なんかも貼っていた。しかし、きのうあたりから急に痛みが増し、心なしか熱を持って腫れてきたような感じになった。これは、まずい。

 というわけで、9時に家をでて、駅前の整形外科に。靴を履くと痛い。足指の腹は押しても平気なので、自転車には乗れる(甲側はだめ)。ドクター、一目見て「ひょうそうになりかけています」と言う。なんらかの圧迫刺激(もしくは深爪。たしかに爪を切ったばかりだった)がきっかけになって、炎症を起こしてしまったらしい。靴はだめ。スリッパもだめ、サンダルオッケイ。抗生剤を飲んで、毎日通院することというありがたいお達しをいただいた。トホホ。親指は包帯でぐるぐる巻きである。行くとき履いていた靴が、うまく履けない。むりやり押しこむと、痛い。でも、押しこまないと帰れない。

 気丈にもスーパーに寄り、左足を引きずりつつ買物をしてから自転車で帰宅。すぐに靴を脱ぐ。いやもうめちゃくちゃ痛い。治療して痛みが数倍増加ってのはいかんよ。

 書斎に入り、スケジュールを調整する。今週は臨時のレイオフだね。靴が履けない=ロードバイク禁止である。でも、サンダルでママチャリには乗れる。爪先冷えるけど、それは打つ手がいろいろとある。靴下も2枚重ねにした。土曜日の積雪で、多摩サイにはまだ雪が凍って残っているところがあるはずだ。いつも3か所くらい危険な場所ができる。それがあるので、ちょっと走行はいやだなと思っていたのだが、これでふんぎりがついた。すっぱりと休む。休んで、ママチャリに乗る(おい!)。

 ところで、これを機会に走行メニューを見直すことにした。ちょっとオーバーワーク気味ではないかと思っていたのだ。再開するまでに新メニューを決めよう。などと思いつつ、午後はあらためてホームセンターとスーパーめぐり。親指に影響がでないスリッパと、厚手の靴下を求めて外出である。イトーヨーカ堂でいいのを発見(「いい」の基準は特価かどうかである)。そのあと、すぐに帰ればいいものを、ママチャリでしばらく野川サイクリングロードを散歩する。馬鹿だね。14時過ぎに帰宅。それから再外出の準備。

 16時前に家をでて、駅に向かう。行先は九段下のホテル。きょうはそこで某誌の依頼により、対談に乱入する。対談しているのは北方謙三さんと大沢在昌さん。超大物である。ふつうはそんな役割、頼まれることはない。でも、今回はテーマがテーマなので、呼ばれてしまった。呼ばれたら、その役を担うほかはない。場違いはもちろん自覚しているので、言われたとおりに動く。しかし、ホテルにサンダル履きである。身なりからして場違いだ。困ったものである。

 乱入後は、みなさんと食事。家に戻ったのは、22時過ぎだった。帰ったら、堀江社長が逮捕されていた。しばらくニュースを見て、24時20分に就寝した。動きまわったので、左足親指がずきずきと痛い。なかなか安静は貫けないのである。

 2006/01/22 (Sun)

 7時に起きると、空は快晴になっていた。すごく寒い。外にでると、路面が凍っている。積もった雪で、景色が白い。朝食を食べ、書斎に入って、すぐに執筆を開始する。

 9時半にママチャリで外出。路面確認のため、スーパーまで走ってみる。歩道はだめ。車道はもうほとんど雪がない。スーパーの前では、降りて自転車を押した。轍があって凍っている路面を走る気はしない。少し買物をして帰宅。

 書斎に戻って、執筆を再開。でも、録画したアニメや自転車雑誌についつい逃げてしまう。それでも、少しずつ調子がでてくる。昼食をはさんで、夜までずうっと執筆を続行。夕食のあとも、書きつづける。20時に入浴。でてからも執筆。あしたは外出予定があるので、きょうのうちにある程度書いておかないとだめ。でも、なかなかそのある程度のラインには至らない。時間だけが過ぎていく。テレ東の温泉番組を見ながら、ポツポツと書く。なんとか予定枚数まで進んだ。22時45分にリビングに移動。23時15分くらいに就寝した。

 2006/01/21 (Sat)

 7時起床。雪である。外が白い。気温が低い。すぐに朝食。それから書斎。あとはずうっとヒッキーである。外には一歩もでない。というか、でられない。雪、予想以上に降っている。淡々と室内ですごす。

 午後、5500の掃除。久しぶりなので、かなり汚れている。チェーンも洗った。ホイールをユーラスに替えた。それ以外は、ひたすら書斎。おおむね執筆だが、ときどき自転車雑誌に逃避。特筆すべきこともないまま、あっさりと夜になった。まあ雪の日だから、しようがない。23時に書斎に移り、「チューボーですよ!」を見て、24時過ぎに就寝。寒くて白い1日だったなあ。

 ●よくわからないこと。

「博士の愛した数式」、テレビCMで博士本人が「ぼくの記憶は80分しかもたない」と言っているけど、この記憶が80分しかもたないという認識はいつ有したのだろう。事故前でないことは明らかなのだが。もしかして、メモ用紙を見ながら、そういうものだということで話しているのかな。だとすると、この芝居はちょっと不自然な印象を受ける。

 *追記。
 いまCMを見直したら、メモを読みながら言っているせりふだった。となると、やはり、深刻に話しすぎているような気がする。わたし個人の考え方としては、もっと他人事のように読ませたほうが、この設定に合っているんじゃないかと思う。

 2006/01/20 (Fri)

 きんきんに冷えこんでいる。6時に起きたが、寒い。とりあえず朝食を食べ、書斎に入った。アイデア構成が終わったので、執筆を再開。あまりに寒いので、多摩サイをどうしようかで悩む。室内走行もありかなという感じだ。しかし、天気がいい。ほぼ快晴で陽射しが十分にある。これなら、気温4度でもなんとかなるかなと思い、意を決して着替え、11時半に家をでた。

 寒い、寒い、寒い。とつぶやきながら、いつものとおり多摩サイを走行。さすがにローディの数が少ない。全身がこわばっていて、速度もあがらない。14時過ぎに帰宅。急いで食事をとり、からだを温める。そのあと、ママチャリに乗って再外出。駅前と近所のスーパーで頼まれた買物。本屋に寄って、自転車雑誌も買う。いったん家に戻り、荷物を置いて、また出発する。今度はドンキホーテ。あしたの予報が雪になっているので、買物その他はきょうじゅうにすませておかなくてはいけない。

 16時半に帰宅。ようやく一息ついて書斎に入り、執筆を再々開。夜まで自転車雑誌は封印。22時まで書き、それからぱらぱらと雑誌を読む。23時からはリビングでメントレG。終わったら、もう眠い。もう少しニュースを見たかったが、断念して寝室へ。24時に就寝。

 ●アメリカ産牛肉。

 よかったね。輸入を再開したあと早めに不備が見つかると、いい圧力になる。こっちは本気だぞ、真面目にやれという強力なサインになる。タイミングとしてはこれ以上のものはないという感じだ。これで、アメリカの対応も、少しは引き締まってくれるんじゃないかな。狙ったような段取りである。外交はこうじゃなくっちゃ。

 2006/01/19 (Thu)

 6時起き、寒い。これはちょっと前までの気温だと思うが、あいだに暖かい日が入ってしまったため、すさまじく冷えこんだように感じる。天気は快晴。朝食とコーヒーでからだを温め、書斎に入る。11時までアイデア構成。

 多摩サイ行きは11時半。とにかく寒い。当然、シューズにはカイロを入れる。風が強い。天気予報で10メートル。多摩サイだと、その数割増しだね。往路がもろに向かい風で、ぜんぜん速度がでない。感覚的には押し戻されているという印象だ。そのぶん、帰路は調子がいい。部分的に40キロ巡航ができてしまう。それでも、向かい風のロスはまったく補えない。

 14時過ぎに帰宅。途中でスクーターがひっくり返っていた。女性が倒れていて、それを何人かの人が介抱している。どうやら車と接触したらしい。しばらくして、救急車がきた。このあたりは道路がずうっと工事中なので、見通しが悪い。車輪もとられやすい。わたしもまわり道をして工事区間は避けるようにしている。工事、さっさと終わってほしいね。

 帰宅後は、軽食とコーヒーでからだを温め、書斎に入る。アイデア構成を再開。なかなか進まない。ついつい本などを読んでしまう。集中力がないなあ。そんな感じで、気がつくと夜になっている。1日が、あっという間に過ぎ去っていく。毎晩、反省だ。衰えてしまった集中力を回復させるいい方法はないかなあ。などと、考えつつ、23時過ぎに就寝。あしたはさらに冷えこみそうである。

 2006/01/18 (Wed)

 休修行日だけど、きょうも6時起き。天気は曇りかな。暗くて、よくわからなかった。朝食を軽くとり、書斎へ。それから8時45分に家をでて駅前に向かった。診療所に行く。この時点で、空は快晴である。診察が終わったのが、10時。薬局で薬をだしてもらい、ショップや銀行やスーパーや本屋をまわってドトールに入った。11時過ぎまで、そこでアイデア構成。書斎と違って、不思議にはかどる。ドトールでやったのは正解だね。

 11時半に某お好み焼き屋に入って昼食。これは、ただ単にお好み焼きを食べたかったから。正午ちょい前、天気予報の時間に帰宅。コーヒーを飲んで、書斎に戻った。15時までアイデア構成の整理。しかし、おおむね本を読んでいたか、意識不明になっていたかのどちらかのような気がする。

 15時過ぎにまたママチャリで家をでて、今度はホームセンターに行く。洗剤などを買って帰宅。以降は、ずうっと書斎。アイデア構成の整理、予想よりは進まない。やはり細部を詰めようとすると、時間がかかる。しかし、ここを雑にしてしまうと、あとがつらくなるので慎重にやる。あしたの作業もこれになるね。23時に寝室に移動して、数分後に就寝した。

 2006/01/17 (Tue)

 6時起き。曇り。冷えこみは、それほどでもない。起きた時点で、道路が濡れている。風は強め。きょうはいろいろあるので、早く多摩サイに行きたい。そこで、久しぶりに午前9時に家をでた。空は、いつの間にか快晴になっている。風はさらに強くなり、ごうごうとうなっている。まいったね。

 午前中の多摩サイは意外なことにローディが午後よりも多い。目立つのは大学のチーム。集団走行をやっている。若い人は元気だ。向かい風でも、がんがん走る。わたしはぜんぜんだめ。向かい風は嫌いだ。しかも、きょうは日、月と走ってきての3日目である。本来は土曜日に墓参があり、日曜は足を休めることができたはずなのだが、天候不良で日程がずれこみ、連続走行になってしまった。これはかなりつらいので、坂を外す短縮コースで走行を終えた。とはいえ、ただ短くするのもなんなので、多摩サイコースを少し伸ばし、狛江まで走ってきた。

 帰宅は11時20分くらい。着替えてニュースを見る。まだ何もない。ライブドアが中心。昼食を食べ、書斎に入る。13時半のニュースで、まず宮崎被告の最高裁判決。これは、予想どおりだ。15分後、13時45分から国会中継。小嶋社長、証言拒否を連発。これも予想どおりだ。警察が動きだしているのだから、証人喚問となれば、必ず訴追の恐れを楯にして証言を拒絶する。そう思っていた。こういう状況でしゃべってくれるだろうと期待するなんて、国会議員も考え方が甘いよ。

 16時過ぎ、証人喚問終了。アイデア構成に戻る。戻ったら、いきなり眠くなった。正直、この作業は難渋している。なかなか進まない。うなっているうちに夜になった。鑑定団のあとは、ニュース。目新しい情報はでていない。23時に書斎をでて寝室に移動した。即就寝。眠いときは寝なくちゃね。

 ●11年目。

 また手術をした日がめぐってきた。もう11年か。早いなあ。あのころとは、すっかり体形も変わってしまったよ。入院中は運動不足を補うため、病院の階段の登り降りをしていた。廊下も歩いていた。でも、ぜんぜん体重は減らなかった。病院のほうでサイクルトレーナーを置いてくれると、よかったかも。

 2006/01/16 (Mon)

 6時起き。曇り。道路が乾いていない。予報もあまりよくない。足がだるい。腰がちょっと痛い。書斎に入り、椅子に腰かけたら、起きたばかりなのに、すぐ眠くなる。で、目覚ましも兼ねて、9時前に駅前に行き、スーパーで買物をする。帰宅して、また書斎。ちょっとだけすっきりである。

 11時半、多摩サイに向かう。きのうの余波で、かなり足がつらい。坂を省こうかと思ったが、とりあえず、登ってみる。しんどい。でも、登ってしまった。よろよろと帰宅。書斎に入って、ぐったり。それでも、アイデア構成をする。何もでてこないけど。

 夜は見たい番組がない。やむなく、あれこれチャンネルを変えていたら、テレ東の番組が差し替えられていることに気がついた。ライブドアの乙部綾子さんが出演者になっているのね。なるほど。代替番組は、前に見た睡眠特集。一応、この番組にしておき、アイデア構成をやる。22時からはニュース10。見終えて、23時10分に就寝。あしたのテレビ視聴は忙しいぞ。

 2006/01/15 (Sun)

 7時起き、晴れ。外出するので、朝からあわただしい。朝食をとり、外出準備をする。9時半、スポルティーフで家をでた。まずは府中四谷橋まで。セブンイレブンで休憩。10時半に再出発。11時25分に高尾駅前着。きょうは、矢野徹さんのお墓参りである。昨年10月にお墓が完成したという連絡を受けたので、仲間たちと墓参することになった。予定ではきのうおこなうことになっていたが、天候不良で、きょうになった。きょうは、すばらしい天気。まさしく快晴である。富士山がくっきりと白い。もはやまだら富士ではない。風もまあまあ。気温が高い。暑いくらいだ。

 高尾駅前には電車できた仲間が何人か集まっていた。かれらはバスで霊園に向かう。わたしはスポルティーフで行く。いったん別れて、高尾街道を登った。10分ほどで、霊園に到着。集合時間は12時だったが、すでに自動車組が到着していた。自転車組は、わたしが最初。で、ひとりを除いて12時までに全員が集まった。ひとりは、間違えて東門に行ってしまっていた。携帯で呼びだし、無事に合流。

 お花とお酒を供え、お線香を置き、ひとりひとり合掌する。墓石は原稿用紙を模したもので、矢野さん自筆の文字「ありがとう」が彫られている。下の写真がそれ。カメラを忘れて行ってしまったため、友人から写真を借りた。参加者による集合写真も撮った(こちらは非公開)。その後、高尾駅に戻って駅南口のレストランで食事兼OFF会をおこなった。

 矢野徹さんの墓石
 
 OFF会は14時にお開き。その後、仲間5人とドトールでコーヒーを飲む。15時に解散。空模様が怪しい。昼までの快晴はどこへやら、黒い雨雲が上空を覆っている。でもって、帰路についたら、ぽつぽつと降ってきた。すごくまずい。急いで帰る。しかし、雨はそのぽつぽつで終わってくれた。ナイスである。16時半過ぎに帰宅。着替えて、書斎に直行。椅子に腰を置いたら、どどっと眠けが襲ってきた。しかし、我慢して、アイデア構成。

 夜はあるある大事典II。おもしろかった。その合間にも、アイデアを練る。だが、眠けはつのるばかり。23時過ぎに辛抱たまらず寝室へ移動。23時半前にベッドインして寝てしまった。外から雨音が聞こえる。けっこう降っているらしい。

 2006/01/14 (Sat)

 7時起き。曇り。朝食を食べ、とっとと書斎に入る。すぐに執筆開始。10時半から「ミラクルC」。昼すぎから雨が降ってきた。まあまあ予報どおりである。夕方にかけてどしゃ降り。風も強い。予定変更しておいてよかったよ。当然、ずうっとヒッキー。おかげで、ここに書くほどのこともまったくなし。気がつくと、もう夜である。なぜか、執筆はあまり進んでいない。すごく眠かった記憶がある。って、ところどころ、たしかに意識がないぞ。

 夕食は豆腐の鍋。いまの時期、いちばんの贅沢は野菜をたくさん食べること。早く安くなってくれないかね。夜はアド街、ブロードキャスターを見つつ、執筆を続行。しかし、構成で完全に行き詰まる。これは出直しかなあ。チューボーをリビングで見て、24時に就寝。きょうはちょっと多めにアルコールを飲んだ。ふわふわして気持ちがいい。

 ●マウス。

 書いていないけど、順調である。修理にだすことを考えて予備を購入して以来、カーソルが固まる現象は一度も起きていない。めでたいことである。トラブルを未然に防ぐには代替機を購入する。これがいちばんだろう。って、ちょっとひっかかるものもあるのだが。

 2006/01/13 (Fri)

 6時半起き。曇り。耳はまだ痛い。耳だけでなく、ときどき後頭部にかけても、痛みが走る。8時から書斎。でも、9時にはママチャリで外出。駅前の皮膚科に行き、いつもの薬をもらう。そのあとはホームセンターへまわり、ネジを調達。さらにスーパーにも寄って食料品を買う。寒い。指先が痺れるように冷える。

 12時ちょい前に帰宅。きょうは臨時の休修行日。多摩サイには行かない。すぐに昼食とコーヒーでからだを温める。天気予報、あしたがすごく悪い。雷を伴なう強い雨ってのは、まずいなあ。やむなく、14日の予定を変更することにした。

 午後は、ずうっと書斎。おおむね執筆だったが、溜まりはじめているビデオの在庫整理も少しおこなった。で、21時以降は、見るべきものもないので、1時間ほどモーツァルトを聴く。22時からはニュース10。そういえば、いつの間にか耳の痛みがおさまっている。どうやら昼すぎくらいに解消されたらしい。よかった。23時にリビングへ移動し、メントレGを見る。24時に寝室へ。寝たのは、その15分後くらいかな。

 2006/01/12 (Thu)

 6時起き。快晴。朝食後、すぐに書斎へ直行。原稿を書く。8時、ここを更新しようとするが、接続できない。インターネットは利用できているのに、なぜ接続できないのかは不明。9時過ぎに気になることがあったので、パソコンをリセット。そうしたら、接続できて、更新も可能になった。どういうことぢゃ。未だにパソコンのことはよくわからない。

 多摩サイ行きは正午。しかし、その前に家庭内でちょっとしたトラブル。それもあり、かつ3日間走りっぱなしだったので、走行ルートを変更する。いろは坂と記念館通りの坂ふたつをカット。多摩サイだけを走ることにした。天気はよい。空気は冷たいが、陽射しがある。風は微風。ショートカットにより、いつもより20分ほど早く、14過ぎに帰宅。坂がないと楽だねえ。心配していたトラブルも解決していた。一安心。

 15時、ママチャリで駅前のスーパーまで買物。帰って、書斎に入る。耳が痛い。中耳炎のような痛みだが、感じとしては顔面神経痛である。震源が首の右側あたりにあるような気がする。神経痛なら、対策なし。痛いのをただ我慢する。

 19時から夕食。きょうは下の息子の誕生日なので、お寿司である。酒も飲み、ケーキも食べた。カロリー、完全にオーバーである。なんとかしないと、いけない。あした考えよう。

 風呂からあがって書斎に戻り、執筆を再開。だが、ものすごく眠い。とても眠い。食わず嫌い対決を見ていても眠い。終わったところで、即寝ることにする。23時15分くらいにベッドへ。あしたは、6時半起きの予定だから、もう少し粘りたかったなあ。耳の痛みは、入浴しても解消されなかった。

 2006/01/11 (Wed)

 6時起き。晴れ。朝食を食べて、きのう納品された息子の自転車に手を入れる。シートポストの交換と、サイクルコンピュータの装着だ。9時過ぎまで作業。その後、10時に家の用でスーパーに行く。晴れというより、きょうも快晴だね。帰宅し、コーヒーを飲んでから、11時過ぎに初期不良の相談電話をかける。交換ということで、行くことになった。スポルティーフで御徒町まで。正午ちょい前に家をでた。

 15時10分に帰宅。書斎に入り、メールチェックや、あれこれをする。なかなか執筆に入ることができない。で、17時過ぎから、ようやく執筆開始。夕食をはさんで、夜まで。BGTVは「トリビアの泉SP」。総集編なので、横目で十分。けっこう見逃しているはずなのに、どのトリビアも見たものばかりというのは、不思議。高得点トリビアだけは、偶然、すべて見ていたということだろうか。ありえないよなあ。

 22時30分まで執筆を続行。眠くなったので、23時に就寝準備に入り、23時15分にはベッドに入っていた。ものの本によると、23時就寝、5時起きが理想なんだそうだが、それはどう考えても無理だなあ。

 2006/01/10 (Tue)

 6時起き。曇り。明け方、雨が降ったらしいが、起きた時点でやんでいた。食事をして、書斎へ。昼間で執筆その他。あと、家内と玄関まわりの片づけもやった。10時くらいからどんどん晴れてきて、いい天気になる。これならオッケイということで、正午に5500で家をでた。気温まあまあ。風弱し。きのう調整したハンドルの具合がすごくいい。ポジションばっちり、握りやすくなった。やはり、たまにはセッティングを変えないとだめだね。いい勉強になった。

 14時半過ぎに帰宅。すぐにママチャリで再外出。駅前の書店で自転車雑誌を買う。ついでに、銀行にも寄る。家に戻ったら、神金さんからの電話が入っていた。注文してあった息子の自転車が入荷したという。17時ちょっと前に、息子と神金さんに行く。ブリヂストンの6速ママチャリ、かっこいい。出荷したての新型である。受け取って、帰宅。

 夕食はおでん。となれば、日本酒を飲もうということで、奥田ひとしさんに送っていただいた生酒をあける。けっこう飲んでしまった。食後は、書斎に戻って執筆。酔っているので、進まない。22時を過ぎたら、もう眠くなる。「ガイアの夜明け」を見たあと、23時ちょい前に店仕舞いして、23時20分にベッドに入った。

 ●ES細胞捏造問題。

 事件そのものはもちろんとんでもないことだが、それよりも問題があるのが、韓国人の国民性だと思う。最初に卵子売買疑惑を報じたMBCテレビはスポンサー降板運動など、すさまじいまでの言論弾圧を受けた。こんな具合である。

 この騒動の結果が、研究の完全捏造だ。疑惑報道を冷静に分析し、真実を追求していこうという姿勢が国民にない。それどころか、自分たちにとって不快な内容の報道をしたメディアを官民あげて徹底的に攻撃する。こういう風潮が、このような事件を招く一因となったのではとわたしは思う。過度の期待、贔屓の引き倒しはイコールプレッシャーだ。研究者を追いつめていく。応援ではない。いま、韓国はショックにうちひしがれているといわれているが、そんなことよりも、自分たちがMBCに対して何をしたのかを、まず振り返るべきであろう。それがあって、はじめてこの件が教訓となって生きる。正しかったのは、MBCなのだ。それをはっきりと認めなくてはいけない。

 2006/01/09 (Mon)

 6時起きのはずだったが、寒くてベッドからでられず、20分ほど遅れた。天気は晴れ。朝食を食べて、すぐにひげ剃りとスポルティーフへの空気入れ。それから書斎。9時になったところでママチャリに乗り、駅前のスーパーに行く。食料品の買いだしね。帰宅して、書斎。で、11時に、今度はスポルティーフで家をでた。行先は御徒町。12時半に秋葉原のマクドナルドで昼食。13時前に目的地に到着し、用をすませる。13時半に淡路町のドトールでコーヒー。それから、皇居を1周して、帰路につく。九段坂は2度登った。

 15時ちょい過ぎに家に着いた。走行距離は53キロ弱。予定よりも短い。皇居1周をプラスして60キロ弱だと計算していたんだけどなあ。これでは定例走行の代わりになってくれない。書斎に入って、あれこれ。原稿も書く。5500のハンドルも、ちょっとだけいじる。で、夕食、風呂のあとは「西遊記」を少しだけ見る。わたしの好みには合致していない。22時からはNHKのニュースに移動。23時、もう眠いので、寝ることにする。23時15分に就寝。

 2006/01/08 (Sun)

 7時起き。快晴。寒い。眠い。マウスはきょうも快調である。朝食後、書斎に入って朝のアニメを見る。10時を過ぎたところで、外出準備。ママチャリで、ホームセンターに行く。はじめての店だ。小物を買って、昼すぎに帰宅。

 家に戻ってからは、ビデオを視聴する。15時ころ、頼まれた買物をするため、またべつのホームセンターに行く。きのう、猫を見たホームセンターだ。猫、きょうも熟睡している。この猫、起きているときがあるのだろうか。

 家に帰ったのは、16時半。コーヒーでからだを温めて、書斎に入る。今度は執筆を開始する。夕食まで、少し書く。入浴後、チャンネルをtvkに。別府史之選手のインタビューを見る。司会者、もうちょっとだけ自転車レースの知識がほしかったなあ。でも、なかなか興味深い内容だった。

 22時からは衛星放送で「功名が辻」。信長、老けすぎ。見終えて、就寝。23時半くらいだったかな。

 2006/01/07 (Sat)

 きょうは7時起き。晴れ。マウスは快調。すぐに書斎に入る。「それゆけ! 徹之進」を見てみる。とりあえず、感想はなし。執筆を開始。10時半からは「ミラクルC」を見る。競輪グランプリ特集である。

 午後、ちょっとからだを動かしたくなり、用もないのに、ホームセンターまで行ってくる。フランス原産の猫がいた。かわいい。でも、ずうっと寝ていて、起きてくれない。寝姿だけ眺めて、帰宅。帰りは風が強くなっていた。

 夕方は「メジャー」を見ながら、執筆を続行。夕食後は、テレ東の「みちのく秘湯の宿」。これはBGTVに最適である。21時からはNHKにして、「日本のがん医療を問う」。こちらは、ついつい見てしまう。22時からは、ブロードキャスターとザッピング。で、23時半にリビングへと移って、「チューボーですよ!」。就寝は24時。しかし、テレビのことしか書いてないなあ。ほかにやることはないのか? ない(きっぱり)。

 2006/01/06 (Fri)

 6時起き。この冬一番の冷えこみらしい。天気は暗くてよくわからなかった。朝食をとって書斎へ。きょうもマウスがちゃんと動く。それはそれでとてもうれしいのだが、気分はやや複雑。でも、気をとり直して執筆開始。

 11時半、多摩サイに出発。天気は曇り。いかにも冬空といった感じの曇り。寒い。ウェアをフェイズ5+にする。シューズの中にカイロを入れ、下着はきのう買った防寒長袖。で、問題はグローブだ。通販で注文した厳冬期用がまだ届かない。仕方がないから、少しへたっている古いグローブを使う。だが、それだけだと防寒性能が低いので、インナーとして医療用のラバーグローブをつける。インナーグローブは専用のものも持っているのだが、これは謳い文句と異なり、あまり暖かくない。

 というわけで、超対冬武装で全身を固めて出撃。防寒下着はオッケイ。靴下カイロもまあまあ。しかし、ラバーグローブインナー作戦は失敗。これはやはり、あまり暖かくない。アウターグローブがへたっているせいじゃないかな。メインがだめだと、いくら工夫しても限度がある。そういうことだ。トホホ。

 寒さで全身硬直して帰宅。ふともも、ふくらはぎが何回もつりかけた。まいっちゃうね。コーヒーでからだを温めて書斎へ。午後、ママチャリでスーパーへ行き、防寒下着をもう1枚追加購入する。家に戻って、また書斎。その後は、夜まで執筆。書き直した原稿(非小説)にオッケイがでた。つぎは小説をアップさせないといけない。

 23時過ぎにリビングへと移動。メントレGを見て就寝。24時15分くらいかな。あしたは、また冷えこむらしいい。もう勘弁してほしいなあ。

 2006/01/05 (Thu)

 6時半に起きようとしたが、寒くて、起きるのがつらかった。10分ほど、布団の中でうだうだ。しかし、起きたあとはいつもどおり。天気は曇り。朝食を食べ、書斎に入って執筆開始。予備マウスを買ってから、これまでのマウスの調子がいい。よくあることだね。

 10時、ママチャリで家をでてスーパーに。防寒長袖下着を1枚買う。かなり暖かいと書いてある。本当かどうかの確認はあした。そのあと、神金さんに行く。息子の自転車を注文。目当てのモデルが新年早々、新型になったとかで入荷まで10日待ち。価格も数百円あがっている。機能もちょっとよくなっているらしいので、いいや。それをお願いして、帰宅。

 夜まで書斎で執筆。うだうだうだと書いている感じ。なかなか一気呵成というわけにはいかない。途中で猛烈に眠くなり、意識がない時間があった。なかなか正月ボケが直らないね。夜は「新どっちの料理ショー」。特番である。BGTVには最適だ。23時になったので、途中で視聴をやめて、店仕舞い。23時半に就寝した。あしたは久しぶりの6時起きの予定である。できるかな?

 2006/01/04 (Wed)

 6時半起き。すごく寒い。曇り。しかし、昼前に少しだけど陽射しがでてきた。ここで、ちょっと悩む。予定だと、あしたから多摩サイ再開だ。しかし、あしたの予報……とくに風の具合がよくない。寒くて強い北風という予報は、気持ちを萎えさせる。それなら、きょう走って、あしたを休むというのもひとつの手だ。

 原稿を書きながら、11時まで悩んで、走ることに決めた。とつぜんの初多摩サイである。とつぜんだったので、出発時間がやや遅れた。12時半くらいに家をでる。かすかにあった陽射しは、もうない。風は、ほとんど無風。当然、寒い。でも、多摩サイはけっこうにぎやかだった。きょうまで休みという人も多いのだろう。ローディの数も、通常の平日の3倍くらいという感じだ。

 寒さにあえぎ、全身冷えきって15時に帰宅した。コーヒー等でからだを温め、書斎に入って、執筆を続行。夜のテレビは、なぜか「愛のエプロン」。イチロー選手は録画にまわした。でも、愛エプのあと、ちらと見たら、おお、イチロー選手、芝居がわりとうまい。せりふに強弱をつけるところなど、すごくプロっぽくて、感心してしまう。とはいえ、途中だけ見てもしようがないので、チャンネルをニュース10に変更。23時からリビングに移り、23時40分に寝室へ。もう少し早く寝たかったんだけどね。

 2006/01/03 (Tue)

 7時起き。快晴。路面が白い。雨が凍ったのか霜が降りたのかは、よくわからない。凍ったみたいだね。朝食のあと、書斎に入り、まずは箱根駅伝。パソコンを起動させると、マウスが動かない。ここのところ、ときどき起きる。この前はマウス底面のスイッチのON/OFFで動くようになったが、きょうはだめ。マシンを再起動させたら、動きだした。予備マウスを用意したほうがよさそうである。マウス自体の保証は3年だ。しかし、修理にだしたら代替品がいる。

 というわけで、昼食後にスポルティーフで家をでて新宿まで行き、ヨドバシカメラで代替用マウスを買ってきた。代替用なので、有線。ドライバの関係で、メーカーはこれまでのと同じロジクール。選択ポイントは価格(もちろん、安くないとだめ)。14時45分に帰宅。箱根駅伝の結果は新宿で知った。

 夜まで書斎で執筆。夜のテレビは、NHKの土方さん。いいドラマだった。そのあと、裏の古畑さんも途中から見てみる。三谷デーだね。こちらは、ちょっと仕掛けに無理がある。あすから、起床時間を通常に戻していくので、少し早め、11時45分に就寝した。

 2006/01/02 (Mon)

 7時起き。曇り。寒い。朝食後は、書斎に入って執筆開始。正月は、きのうで終わった。と言いつつも、BVTVは箱根駅伝。でも、マイメロとうえきは一応見た。でもって、10時にちょっと外出。旭日工房で教えてもらった液体絆創膏を駅前のドラッグストアで購入。駅伝中継だと横浜は雨だったが、調布はまだ降っていない。30分で帰宅。寒いよお。

 午後まで書斎で箱根駅伝を見ながら執筆。14時から自転車の洗車。5500とスポルティーフ、2台をいっぺんにやる。15時前にいったん終了。弟が年賀で来宅。15時半から自転車に注油。これで、洗車とメンテは完了。17時過ぎから、また書斎にこもる。かなり眠い。しばらくうつらうつら。15分ほどで目が覚めて、執筆を再開する。

 夕食後は、NHKの紅白の舞台裏を見る。これは、おもしろい。そのあと、里見八犬伝にチャンネルを合わせてみるが、げげ、八房がでてこない。こりゃ、びっくりだね。八房がでてこない八犬伝なんて、八犬伝じゃないぞ。それとも、あとからでてくるんだろうか。でも、見る意欲が失せてしまった。……というわけで、テレ東にチェンジ。鍵屋の辻を見る。荒木又右衛門の仇討ちエピソード、史実に沿って、かなり忠実に再現されている。できれば、刀が折れたことなども含めて、もっともっと忠実につくってほしかった。最後の切腹も、仰天である。見終えて、24時に就寝。

 2006/01/01 (Sun)

 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

 7時起き。曇り。いつもの簡単な朝食を食べ、書斎へ。その前にコーヒーを飲んでいたら、膝の上に載ってきたサスケがコーヒーカップをひっかけて、元旦から拭き掃除となる。今年もこれかよ。まっ、いいか。

 9時半にママチャリでひとり家をでて、琥珀神社経由で深大寺まで初詣に行く。境内はがら空き。鬼太郎茶屋で甘酒を飲む。屋台も店も、10時から本格営業らしい。帰宅して書斎に戻り、原稿を書く。昼食は雑煮とおせちとぬる燗の八海山。その後、14時に一家そろってまた深大寺に行く。今度はすごい人出である。朝食べられなかった鬼太郎饅頭を食べる。ほかほかで、とてもおいしい。

 深大寺から布多天神にまわった。こちらも長蛇の列である。帰路、スーパーに寄り道して家に帰る。元日のスーパーに入ったのは、これがはじめてである。で、夕方まではあらためて年賀状を書く。もちろん、原稿も書く。夕食は、もちろん雑煮とおせち。またもや八海山を飲む。正しい元日の過し方だ。テレビは筋肉バトルである。年頭に小林清志さんのナレーションに酔うのは、毎年の吉例だ。これなくしてどこが正月かということだね。筋肉バトルを最後まで見て、24時過ぎに就寝。寝酒に缶チューハイも追加してしまったよ。

 ●大晦日。

 夕食(当然、そばである)を食べてからはリビングにいすわる。メインは紅白。格闘技は放送によけいな部分が多いので、録画にまわす。あのひどい構成はなんとかならないかなあ。

 紅白、MVPはみのもんたさんである。とにかくうまい。びっくりするくらいうまい。あれだけレギュラーを持てる理由がよくわかった。プロの凄みを見せてもらった。