日々是口実

日々是口実

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 2005/12/31 (Sat)

 7時起き。快晴。昨夜はというか、今朝未明は風が強かった。天気予報を見たら、瞬間で25メートルの強風などと言っていた。おかげで、自転車カバーが1枚、ぱっくりと裂けてしまったよ。しかし、その始末はあとまわしにして、書斎に入り、執筆開始。大晦日でも原稿を書く。

 10時前にママチャリで家をでた。頼まれた買物をするためだ。ユニクロとスーパーをまわった。帰宅して、また書斎。原稿に暮れも正月もない。えぐりこむように書くべし。家族は家の内外の大掃除。

 16時、早々と風呂に入った。とにかく、19時までは執筆を続行する。そう決めた。で、決めたところで、いったん、更新しておく。みなさま、よいお年を。

 ●拉致の指揮官判明。

 北朝鮮による拉致被害者、地村保志さんが「自分と妻の富貴恵さんを拉致した四人組の男たちを指揮していたのは辛光洙容疑者だった」と警察に証言していたことが明らかになった。この辛容疑者はかつて韓国政府によって逮捕され、死刑判決を受けていた。それが恩赦で釈放され、北に帰って国家的英雄となった。

 この辛容疑者の恩赦だが、かれを含めた韓国人政治犯の釈放を求める要望書に署名した国会議員が日本にもいた。土井たか子菅直人である。詳細はこちらを読むか、ご自分で検索して調べていただきたい。キーワードは「辛光洙 菅直人 恩赦」あたりでいいだろう。

 今回、地村さんの拉致犯が辛容疑者であったことが判明したわけだが、それに関して、社民党民主党は党見解をだすべきだと、わたしは思う。重大犯罪の容疑者の釈放に自党の要人が尽力したことを、いまの党幹部がどう考えているのか、わたしはぜひ知りたい。前原代表の年頭所感という形でもいい。期待している。

 2005/12/30 (Fri)

 やはり6時半起き。快晴である。頭の働きが悪い。なんか、ぼおっとしている。9時前、買物を頼まれ、ママチャリでスーパーに行く。帰宅して書斎に入り、またまた買物を頼まれて、今度はスポルティーフで新宿のヨドバシカメラに向かう。家をでたのは、10時半。買物をすませ。13時半に帰宅。いやもう、ぜんぜんレイオフじゃない。ついつい走りまわってしまうんだよね。まずいなあ。

 14時から競輪中継。ようやく競輪グランプリの本番である。予想は大外れ。車券を買っていないので、もちろん問題なし。神山選手だと信じていたんだけどなあ。17時以降は書斎で執筆。21時から、NHKで「名探偵 赤富士鷹」の第2話を見る。執筆しながらだったので、細かいところを見落としている。みちるが犯人でもないのに、どうして自首したのかがよくわからない。わからないけど、いいや。これの原作、「ゴルフ場殺人事件」は読んでいない。読んだら、わかるかな。

 22時半からは、有名人社交ダンス選手権(日テレ)にチャンネル変更。その前に、原稿の大幅書き直しが終了した。一息ついて、たらたらとテレビを見る。24時に就寝。

 ●あかぎれ。

 また増えた。両手とも、絆創膏だらけである。ひっきりなしにハンドクリームを塗っているが、ぜんぜん効かない。空気の極端な乾燥が関係しているのだろうか。足のかかとなんかも、かさかさである。

 2005/12/29 (Thu)

 6時半起き。快晴。冷えこみは依然として厳しいが、きのうほどではない感じがする。で、9時に頼まれ買物でスーパーへ……行こうとしたら、スニーカーのファスナーが壊れた。把手の金具がポロリととれた。急いで応急修理。なんとか使えるようにして、スーパーを往復。帰宅して書斎に入る。きょうも執筆開始。

 13時、昼食を食べてから、ママチャリで家をでた。適当な修理でスニーカーは直したが、正直、見栄えがいまいちなので、ふだん使いとはべつに、もう1足買っておくことにした。まずは近所の靴安売りショップに行く。品揃えがだめ。仕方がないので、ちょっと離れたショップにまわる。まあまあのスニーカーがあった。自転車用として靴ひものないタイプの特価品を買うので、選択肢が少ないのだ。自転車用シューズの価格(高い!)のしわ寄せがこういう靴に響いてくる。トホホ。

 14時過ぎに帰宅。テレビをつけて、競輪中継を見る。本番のグランプリはあした。夕方から書斎に戻り、執筆のつづきをする。21時から「みなさまのおかげでした」を見る。シャラポア選手、ばくばく食うなあ。でかくなるはずである(本当か?)見終えたら、もう23時半。寝る準備に入り、24時に就寝。

 2005/12/28 (Wed)

 少し朝寝して6時半に起きた。まだまだ快晴がつづく。湿度が低すぎて、雲が育たないと天気予報で言っていた。なるほどねえ。軽く朝食をとり、動物病院に行く。サスケの最新検査結果がでた。とりあえず、様子見を続行。年明けにもう一度、尿の検査をする。そういうことになった。

 帰宅したら、すぐに再外出の準備。スポルティーフで、高幡不動に向かう。ござれ市が空振りだったので、納めの市でリベンジである。きょうは、わたしひとり。しかし、きょうも風が強い。きのうといい勝負だ。予報では弱くなると言っていたのだが、外れた。あからさまな向かい風にぼやきながら、10時35分に家をでて、11時半、高幡不動駅前に着いた。スポルティーフを京王ストア地下の有料駐輪場に置く。

 まずは、高幡不動。参拝してから、縁日を覗く。目当ての店があった。さっそく購入する。1000円。それから、駅前商店街に戻る。酒まんじゅうがうまそう。みやげに4つ買った。

 昼食はラーメン。これは、事前に決めていた。石鍋ラーメンの天天という店に入った。麺はおいしい。だが、スープが辛い。もう少しマイルドな味が好み。食べ終えて外にでる。ラーメン一杯では、ちょっと物足りない。そこで、もう一軒、べつの店に入る。ちりめん亭というチェーン店だ。小盛りがあったので、それにした。でも、このラーメン、おいしくない。まずいというわけではないが、うまいとはとても言えない。大衆食堂のラーメンレベルだ。

 食後のコーヒーはドトールである。ここのアメリカンが、わたしの好みに合っている。13時まで、食休み。それから駐輪場に戻り、自転車を引きずりだして帰路についた。帰りは軽い追い風である。45分で自宅に到着。これで、今年の多摩サイ走行は終了。レイオフに入る。5500での定例走行はきのうで終わっていたのだが、きょう高幡不動を往復してしまったので、あしたからレイオフということだ。

 夕方まで競輪を見る。その後、書斎でまた執筆。夜までずうっと書く。23時に店仕舞いして、就寝は24時。いいとも!特大号の物真似のど自慢がおもしろかった。やはり、暮れはこれを見ないとね。

 ●あかぎれ増殖中

 指先にできたあかぎれ、どんどん増えている。あちこち、皮膚がぱっくりと裂けている。痛い。絆創膏、貼りまくり。こんなのはじめてだよ。空気が乾燥しきっているせいかなあ。たまんないね。困った。

 2005/12/27 (Tue)

 6時起き。快晴。ひときわ寒い(こればっかだ)。朝食をとり、新聞を読んだら、即、書斎入りである。原稿(非小説)の大幅手直しをすることになった。11時過ぎまでみっちりと書く。

 正午に多摩サイに向かって出発。きょうもきのうほどではないが、北西風が強い。グローブは、破れたまま。途中で、Y's Parkに寄る。グローブを見てみるが、サイズがない。色もない。昨今の冷えこみで売れゆき好調みたいだ。結局、買わないで店をでた。走行を再開。

 寄り道の影響で、帰宅が15時くらいになった。コーヒーでからだを温め、ママチャリに乗り換えて、スーパーに行く。帰りに神金さんに寄って、年末の挨拶をした。神金さん、来年は改築である。

 夕方、書斎に入って執筆をはじめる。しかし、いまひとつ調子がでない。夜まで呻吟。いまいちのまま23時にリビングへ。就寝は23時半。グローブはネットで注文した。使い勝手よりも保温性を優先。まずは指先が冷えないことが重要である。しかし、こういう予定外の出費はなるべく減らしたいなあ。

 2005/12/26 (Mon)

 6時起きである。真っ暗である。冬至が過ぎたんだから、少しは明るくなれよとぼやきながら起床する。天気は快晴。冷えこみが厳しい。朝食はきのうの鍋にうどんを入れたもの。これもまた、うまい。新聞を読んでから、自転車の整備。多摩サイ走行は11時45分に出発。家をでたとたん、いやになった。風が強い。東北では電車が脱線するほどの風である。もちろん、東京はそこまですごくない。が、それでもかなりの風だ。しかも、走りはじめてすぐに気がついた。手袋のてのひら側が擦りきれて、穴があいてしまっている。うっひゃあ、OGKのグローブ、弱い。これ、去年のモデルだけど、諸般の事情で去年はほとんど使わなかった。今年の、それも厳冬期になってようやく毎日使うようになったばかりである。それがもう擦りきれてしまった。ひどい。でも、てのひら側は防寒にはあまり関係ないので、そのまま多摩川に向かった。

 多摩川は強烈な向かい風が吹き荒れていた。スピード、でない。ときどき20キロを切る。突風が横風で襲ってくる。いきなり反対車線に持っていかれる。すごく怖い。しかし、その速度で走っていても、誰も抜かない。追い風で快調に走る対向車はそこそこいる(いつもよりは少ない)。みんな、この向かい風に苦戦しているのだろう。

 ひいひい言って折り返し点に到着。反転すると、今度は追い風である。速く走れるから、あっという間に終わってしまう。そうなると、また向かい風で走ることになる。風、さらに強まっている感じだ。いやもうしんどい。

 坂2本をすませて、帰路につく。追い風のはずだが、風向きが少し変わった。横風ばかりである。話が違うぅぅぅ! と叫んでも、状況は改善されない。追い風があるからと言い聞かせて向かい風に耐えたのに、この仕打ちはあんまりである。

 帰宅して、昼食とコーヒー。からだを温めてから、ママチャリで再外出。銀行、スーパー、100円ショップ。ぐるっとまわって家に戻り、書斎に入る。原稿の執筆を開始する。夜までずうっと書く。アイデア構成をやりながらなので、枚数はいまいちだった。眠くなったため、23時前にリビングに移動。23時20分くらいにベッドに入った。あしたは、今年最後の多摩サイ走行。風、鎮まってほしいなあ。

 2005/12/25 (Sun)

 7時に起きたんだけど、寒い。とりあえず書斎に入り、アニメを見ながら、アイデア構成。きょうのマイメロ、いい話だなあ。午後まで、こもりきり。

 14時少し前、ママチャリで家をでる。快晴で、風も弱い。多摩サイを走って、中河原のライフ(スーパーである)まで行って買物。さらにその先まで走ったりもする。ちょっと走りすぎ。ライフでは、頼まれたもののほかに、自分用として毛糸の帽子を買う。半額セールということだったが、わたしが選んだやつはその対象外だと言われる。それなら、ちゃんと売場を分離しとけよ。半額のPOPがついているところから選んだのに。ライフ、ちょっと気分が悪い。でも、この帽子は気に入ったので、正価で買った。

 帰宅して、すぐにテレビをつけ、有馬記念を見る。げ、ディープインパクト、負けちゃったよ。と驚いていたら、外出していた家内が帰ってきたので、買った帽子を見せた。家内、あっと言って、昨年購入した自分の毛糸の帽子を見せる。たはは。これ、同じものじゃないか。色もほとんど変わらない。まいったね。ペアルックだよ。苦笑してしまう。

 夕方から年賀状の作成。1枚ずつメッセージを書いて、完成。枚数が少ないので、すぐに終わった。そのあとは夕食。きょうは秋田の小松寿さんが送ってくださったきりたんぽ鍋である。うまい。日本酒も飲んでしまう。きょうもクリスマス宴会だね。小松さん、ありがとう。

 酔っぱらったので、執筆不可になり、あるあるを見る。タイで流行っているバジルシードがおもしろい。ネットで検索すると、通販で売っているけど、けっこう高い。タイの価格の数倍以上になっているような気がする。ちょっと試す気にはならない。23時半に就寝。あしたから大晦日までは禁酒である。たぶん。

 2005/12/24 (Sat)

 クリスマスイブ。7時ちょっと前起き。朝の天気は、たぶん晴れ。寒い。朝食を食べたあとは、早々と書斎にこもる。きのうやれなかったメールの処理などをおこない、9時過ぎにママチャリで家をでてドンキホーテに行く。猫のトイレ砂を買って帰宅。その後は、きのうの後始末のつづきをする。片づけ途中にでてきた不要品を根こそぎ捨てて、すっきりだぁ。

 午後、買物ついでに外でアイデア構成をやろうと思い、ママチャリで駅前に行く。しかし、自分の希望に合った商品がない。そのあおりでやる気をなくし、そのまま帰宅。リビングでアイデア構成をした。サスケが膝の上に乗りたがって邪魔をするが、無視。夕方まで粘る。でも、アイデア、ほとんどでてこない。困った。

 夜は、クリスマス宴会。手巻き寿司と八海山とケーキ。ま、日本人のクリスマスだからね。けっこう飲んだので、執筆の続行は不可である。アド街を見て、ブロードキャスターを見て、チューボーを見て24時半に就寝した。食べすぎ、飲みすぎ対策は、あした考えよう。

 2005/12/23 (Fri)

 7時ちょっと前に起きた。天気は晴れ。朝食を食べようとしたところで、息子が台所の異変に気がついた。水びたしだという。あわててチェック。うちは台所に洗濯機が置いてある。その洗濯機の水受台から水があふれた。どうやら排水管がつまっていたらしい。そのため、タイマー洗濯で明け方動いた洗濯機の排水が一気にあふれてしまった。

 息子とふたりで水の処理作業を開始した。しかし、大量にあふれているので、ふたりではとても間に合わない。家内ともうひとりの息子も呼び、4人がかりで対処する。台所の調度をすべて運びだし、水を雑巾で拭う。うーむ、これは暮れの大掃除だね。……などとのんきなことを言っている場合ではない。床下収納庫に水が溜まっている。これをなんとかしなくてはいけない。

 それでも、なんとか10時過ぎには復旧の目処が立った。濡れた調度はまだ乾いていないが、水はすべて吸いとった。あとは夕方まで台所と調度を乾かして、もとの状態に戻すだけ(それも、けっこうたいへんなのだが)。

 待ちということになったので、全員がそれぞれ動きだす。わたしもママチャリで外出した。いろいろやることがあるのだ。天長節なので、多摩サイ走行は休み。

 夕方、全員がそろったところで、復旧作業の仕上げをする。家の外に干してあった道具や調度を家の中に戻す。ただし、それらを台所に置くのは夕食後がいいと家内が言う。じゃあというので、夕食を食べ、作業を再開。1時間ほどで終了。ようやく、もとに戻った。予定は大幅に狂ったものの、台所はぴかぴかである。これは、これでいいか。

 疲れ果てて入浴。でてから、足のマッサージ。それから書斎に入る。執筆はぜんぜんできなかった。アイデア構成をやりたかったが、それも無理。きょうは仕方がないね。23時にリビングに移り、ベッドに入ったのが24時ちょっと過ぎ。怒濤の1日だったなあ。

 2005/12/22 (Thu)

 ひたすら寒い6時起き。快晴。ごうごうと吹き荒れているはずの風は、ほとんどない。予報を見たら、少し遅れているらしい。ピークは、午後かな。そういうことなら、いつもより早く多摩サイに行ったほうがいい。予想風速は15メートルである。これで走るのは、かなり厳しい。

 とりあえず10時発にしようかと思ったが、寒い。心の準備ができない。きょうからジャージをさらに厚手のものに変更、フェイズ5に突入したが、それでもカバーしきれなさそうな寒さである。結局、11時発に決めた。いつもより1時間早い出発である。

 で、11時に家をでた。風は弱い。判断が的中している。天気は晴れ。だが、多摩サイに着いたら、雲が増えた。なのに、富士山だけはよく見える。最近ではいちばんきれいに富士山が見えているような気がする。とはいえ、富士山、雪がまだらだ。まだら富士である。全面真っ白ではないため、きれいに見えても、富士山そのものはあまりきれいではない。

 最初の1往復は順調だった。往路がやや逆風になるが、風で押し戻されるほどではない。が、2往復目の往路で状況が一変した。いきなり風が強くなったのだ。空は完全に曇り。青空がほとんどない。ひいひい言いながら、走る。速度がでない。横風にあおられ、けっこう怖い。

 最後の帰路は、当然、大快調になった。強い追い風に乗り、気がつくと時速45キロくらいで巡航している。追い風に気持ちよく乗ったまま家に帰りたくなったが、それはまだ早い。その前に坂へ行かなくてはいけない。関戸橋を渡って、坂コースをひとまわり。多摩サイに戻ると、空が明るくなっていた。雲が吹き飛び、青空が広がっている。こうなると、北西風が全開だ。低気圧が通りすぎて、冬型気圧配置が完成したのだろう。

 追い風で、あっという間に走行終了。10時発なら、2度目の往路の逆風をパスできたね。1時間の差が、やはり大きく影響した。でも、それほどの直撃ではなかった。いつもどおり正午にでていたら、ひどい目に遭っていたはずである。我ながら、いい判断だったなあ。

 帰宅して、昼食。それから書斎に入る。執筆を開始。夜まで書いて、23時に店仕舞い。そのままNHKを見ていたら、「BSドキュメンタリー 史上空前の論文捏造」がはじまった。ついつい見入ってしまう。実はこれについてあれこれ書きたいのだが、23日朝に排水管がつまって床上浸水という非常事態に陥ったので、書く時間がない。いったん更新し、あとで書き直すことにする。就寝は24時半。

 2005/12/21 (Wed)

 6時起き。晴れ。曇っているかなと思って空を見たら、輪郭がややにじんでいるものの、月が頭上で輝いている。気温は、もちろん低い。朝食をとって、即書斎行き。追加原稿のつづきを書く。8時過ぎに脱稿。急いで送信。これで一息つく。

 10時半に家をでて、ママチャリで駅前に向かった。診療所に行き、薬を処方してもらう。これで年内の薬の手配はすべて終わった。マクドナルドでハンバーガーを買い、ローソンで黒豚肉まんも買う。これがきょうの昼食。帰宅して食べる。あとでカロリー計算をしたら、ちょっと冷や汗がでた。食べすぎだよ。まずいなあ。きょうは休修行日なのに。

 家に戻ってからは、ずうっと書斎でヒッキー。執筆(小説)を再開するつもりだったが、ついついビデオを見てしまう。自転車雑誌を読んでしまう。夜までそんな感じで、枚数が増えない。ちょっとだれているね。反省しつつ、23時に店仕舞い。23時半に就寝。風が吹かないことを天に祈る。

 ●浅田真央選手。

 女子フィギュアスケートの浅田真央選手のオリンピック出場問題がけっこう騒がしくなっている。わたしは例外出場申請に賛成できない。数年前から浅田選手に注目してきたが、それとこれとは話がべつだ。いくら彼女のファンであって、厳然として存在するルールに対し、メダル有望な選手がでてきたからというだけの理由で例外適用を求めるのは、どう考えてもおかしい。このルールがよくないと思っていたら、成立するとき、あるいは浅田選手が好成績をあげる前に改正を主張すべきだった。今回の例外出場要求は、国家エゴ以外の何ものでもないと思う。他の国が同じことをしたら、きっとみんな「勝手なこと言うなよ」とクレームをつけたはずだ。心情は心情として、ここはおとなしくルールに従おう。騒いで揉めた場合、いちばん傷つくのは浅田選手である。

 2005/12/20 (Tue)

 6時起き。快晴。寒い。3点セットだね。朝食を食べたら、すぐにテレビで耐震強度偽装事件の一斉捜索報道がはじまった。ワイドショー、うれしそうだなあ。事件があってなんぼの番組はこういうときにはしゃぎまくる。

 で、テレビを見ながら、執筆。きょうは某原稿(非小説)のラストスパートである。しかし、午前中には終わらず、正午から多摩サイ走行。寒波が去ったので、きのうよりは少し気温が高い。陽射しもある。風は弱め。にもかかわらず、足のまわりはいまいち。

 帰宅してすぐに書斎へ。ラストスパートのつづきである。読み返しての修正作業が中心だ。16時から、テレビは競輪中継。でも、ぜんぜん競輪をやらない。かわりに女性タレントを集めてまぬけなイベントをやっている。どういう発想で、こんなださい構成を採用したんだろう。意味不明である。中野さん、仕事とはいえ、こんな馬鹿企画に付き合わないでよ。

 18時過ぎ、夕食前に原稿がゴールに到達した。さっそく送信。夕食後は、多摩サイ走行前に駅前の書店に行って買ってきた自転車雑誌に目を通す。ちょっとのんびりだね。いや、まだ書かなくちゃいけない原稿(小説)が山積みなんだけど。

 夜、入浴時に送った原稿に入れ忘れた項目があったことを思いだした。風呂からあがり、執筆を再開。でも、23時までに書きあがらなかった。残りはあした。23時半に就寝。あしたの予報がよくない。診療所に行く予定なんだけどね。

 2005/12/19 (Mon)

 いやもう寒い。目覚し時計を即座に止めることができなかった。6時に目が覚めても、10分以上、ベッドからでられなかった。で、きょうは粗大ゴミをだす日起きだして朝食を食べてから、用意した粗大ゴミに料金ステッカーを貼り、それをカーポートに置く。これがまた寒い。きんきんと冷える。ああ、疲れた。天気は快晴。

 書斎に入り、執筆を開始。きょうも多摩サイは正午から。走りだしたときは風がまだ弱かったが、後半、いきなり強くなった。ごうごうと吹く。感じとしてはきのう以上である。往路の向かい風がつらい。そのぶん、帰路は大快走である。

 いろは坂の工事は終わっていた。ほっとする。しかし、連光寺坂の工事はいまが真っ盛り。かなり危険な状態になっていて、すごく走りにくい。長い下りをブレーキかけまくりで走る。

 帰宅して、15時に再外出した。耳鼻科、スーパーをまわる。家に戻ったのは、16時。また書斎に入り、執筆を再開する。正月に備え、薬を手配しておかなくてはいけない。今週行く診療所はあとひとつだね。左足小指は変色こそまだ消えていないが、症状はほぼおさまった。痛みもない。

 夜まで執筆。集中して書いている。23時に店仕舞い。23時半に就寝。きょうはすんなりと寝ることができた。

 ●新刊情報「銀河拳獣無宿伝リュウ 2+ソニックGUM」。

 オリジナルドラマCDがつくられ、コミックとセットになった。人気声優がリュウやもなみやアラクネを生き生きと演じている。メディアミックスによる相乗効果で3倍楽しめる作品になった(と思う)。発売は12月29日だ。詳細はこちら

 2005/12/18 (Sun)

 少し早く目が覚めたが、そのままベッドの中で粘って、7時起き。快晴である。予報どおり北風が強い。これから外出するんだけど、きついなあ。で、とりあえず、頭と髭を剃る。

 10時過ぎ、ママチャリに乗って、家内とふたりで出発。行先は高幡不動。完全ポタリングモードである。しかし、とにかく風が厳しい。ごうごうと吹いている。長距離を走ったことのない家内と一緒なので、ひたすらゆっくり進む。が、それでも強い向かい風のおかげで、一度、家内はちぎれてしまった。深く反省。戻って合流。さらに低速で走る。

 きっかり2時間後、高幡不動に到着。まずは昼食ということで、インド料理のアンジェナに入る。ランチのカレーセットを食べる。美味である。食べ終えて、高幡不動に向かった。きょうは高幡不動のござれ市(骨董市)。ここにでるというある店を目当てにきたのだが、これが大間違いだった。その店がでるのは、毎月28日の縁日のときだといわれる。あらまあ。今月の28日の縁日は、年末恒例の納めの市。この日もでるのかなあ。よくわからない。

 とはいえ、ござれ市もけっこうおもしろかった。ざっと見てまわり、高幡まんじゅうを買って、ひとつをその場で食べた。店の横に無料休憩所があり、お茶も飲める。

 補給終了で、帰路につく。多摩サイにでたら、風がない。いや、あるのだが、かなり弱い。しかも、追い風である。往路よりもずうっと楽。そのため調子こいてしまい。家内に寄り道を提案する。だが、これは大失敗。某ショップをめざしたのだが、遠い。わたしのミスである。距離を読み誤った。しかも、道のほとんどが登り坂である。家内に陳謝。それでも、なんとかショップに着き、ちょっとだけ買物。

 再び多摩サイに戻り、家路を急ぐ。途中でスーパーに寄る家内と別れ、わたしひとりが15時半に帰宅。のんびり走行だったので、疲労はほとんどない。すぐに書斎に入り、着替えとメールのチェック。16時過ぎに家内が帰宅。高幡まんじゅうとお茶、コーヒーで一息つく。でもって、また書斎に戻る。

 夜まで執筆。夕食を食べすぎて、ちょっと苦しい。おまけに眠い。23時にリビングに移り、23時半にベッドへ。しかし、忘れた作業があり、24時に起こされてそれをやることになった。かなりトホホである。あしたの朝、6時に起きられるのだろうか。

 2005/12/17 (Sat)

 土曜日なので、7時起き。外は快晴。まずは足を見る。小指とその周辺が薄青く変色して腫れている。痛みはほとんど感じない。こういう場合、素人判断はよくないので、朝食後、ママチャリで駅前の整形外科に行ってきた。レントゲンを撮り、骨を見る。異常はない。単なる打撲である。湿布薬をだしてもらった。とりあえず、これで一安心である。

 帰宅して左足小指に湿布薬を貼り、執筆に入る。とくに外出予定もないので、ずうっと執筆。でも、15時過ぎからは5500の洗車。久しぶりに洗ったので、フレームがかなり汚れていた。雨が降ると、すぐに洗うんだけどね。

 夜も執筆。入浴後、湿布薬を貼り直す。内出血が広がっている。しかし、歩いたりするときでも、痛みはほとんどなくなった。順調に回復しているようだ。23時まで書斎にこもり、その後、リビングへ。就寝は24時過ぎ。すでにしんしんと冷えこみはじめているなあ。

 2005/12/16 (Fri)

 なんとか6時起き。依然として快晴。でも、きのうは午後から雲がでた。右肩は、まだ痛い。ぼやきながら書斎に入り、すぐに執筆を開始する。きょうも多摩サイ行きは正午。足がだるい。いろは坂の工事を避けて、坂はやめようかなと思う。でも、気温が高かったら走るかもと思いつつ、出発。

 気温、あがっていた。平年に較べるとすごく低い気温なのだが、肉体はごまかされやすい。きのうより少しでも高ければ、あったかく感じてしまう。で、往路が追い風なので、足も疲労が抜けていないわりにはそこそこまわってくれる。いい気になって、坂を省くのをやめる。いろは坂、きょうも片側交互通行だったが、タイミングがよかった。登っていったら、こちら側の車線が通行オッケイになった。おかげでストップすることなく通過。らっきぃと思い、喜んでいたら、記念館通りの手前に落とし穴があった。

 記念館通りに入る右折交差点の手前だった。うしろから車がきた。故意の幅寄せではないが、この車、運転があまりうまくないらしく、わたしのほうにすうっと寄ってきた。いやだなあと感じ、わたしは左側に逃げた。ガードレールすれすれを走ろうとした。それが失敗だった。ガードレールからでっぱりがでていた。ボルトか金具かわからないが、道路側に少しだけ金属パーツが突きだしていた。左足の小指部分が、そのパーツにぶつかった。ごんと音が響き、ビンディングが外れた。それくらいの衝撃だった。

 痛い。めちゃくちゃ痛い。あわてて自転車を路肩に止め、足もとに目をやった。シューズカバーが裂けているのが見えた。激痛が脳天に響く。とりあえず、シューズカバーをはがしてシューズのチェックをした。おお、シューズに傷がない。すべての被害をシューズカバーが受け止めてくれた。6〜7分だろうか。その場でうなっていた。とにかく痛い。シューズを脱いで、足の様子を確認する勇気はない。とりあえず、シューズの中で指を動かしてみる。動く感覚がある。痛みは引かない。

 どうするか、考えた。ここで止まっていてもしかたがない。レースではすごい落車をして血まみれになっても、選手はすぐに自転車にまたがり、再スタートする。それがローディというものだ(本当か?)。わたしもそれに倣った。再スタートして記念館通りの坂を登った。ペダルの一踏みごとに激痛が走る。しかし、登りはじめたら、登りきらないと帰宅できない。

 登りきり、下りに入った。下りコース、工事中である。下っている途中で痛みが消えた。どうやら風で冷えて、麻痺してしまったらしい。これはこれでオッケイだ。多摩サイに戻り、帰路についた。

 家に戻って、足のチェック。外傷はない。内出血の痕があり、左足小指が腫れている。痛みはほとんどない。で、まずはシューズカバーの修理。手芸用接着剤で、裂けたところを貼り直した。それから、ことの顛末を仲間内のメーリングリストに書く。治療院の先生から、冷やせというアドバイスがきた。ひえぴたで冷やすことにした。ちょっと歩きにくい。

 外出しようかとも思っていたが、左足が心配なので、中止。おとなしく書斎で執筆を続行した。夜までヒッキー。23時に店仕舞いして、リビングへ。メントレGなどを見ながら、くつろぐ。24時に就寝。小指の腫れ、少し増大していた。医者に行くかどうかはあしたの状況次第だね。

 ●目が覚めた?

 民主党の前原代表、ようやく中国の実体を悟ったようである。12月16日付の産經新聞から、記事の一部を引用する。

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「(小泉首相の)靖国参拝の問題が解決しても、日中間の問題は解決しないことがつくづく分かった」。前原氏は十四日までの中国での日程を終えた直後、同行した議員にこう漏らした。

 前原氏は北京市の大学での講演で、「中国との首脳交流がほとんどできないという異常事態は、小泉首相の靖国参拝が大きく影響しているのは間違いない」と断言。しかし、翌日に胡錦濤国家主席との会談をキャンセルされると、都合の悪いことを言う国会議員には会わない中国側の姿勢に記者会見で疑問を投げかけた。今回の訪中は前原氏にとって、日中関係において掲げてきた「靖国参拝障害論」を転換する機会となった。
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 こんなことは多くの人が前から主張していたことだ。わかる人は、これまでの中国のやり方を考察することで、みなわかっていた。想像力のない前原代表は自分がその現実に直面してはじめてわかったようだ。鈍い政治家である。しかし、わかったことはめでたい。そのことだけは、評価しておこう。そのことだけね。

 2005/12/15 (Thu)

 6時起き。晴れ。きょうはサスケの尿検査の日。9時前に家をでて、動物病院に行く。検査結果はいまいち。pH値が下がらない。優良患畜なのに、どういうことなんだろう。で、べつの検査をすることになり、キットを受け取って帰宅。あ、その前にローソンに寄って、マンゴーカレーパンを買う。すぐにテレビに影響されてしまうやつだ。>わし。

 多摩サイは正午から。ぜんぜんだめ。とにかく寒い。まったく温まらない。自転車がすごく重く感じられる。おまけにいろは坂が工事中になっていた。片側交互通行。坂の途中で止められるのは厳しい。幸いきょうはうまく逃れることができたが、あした以降はどうなるかわからない。

 かなり疲れて帰宅。書斎に入って、執筆開始。とくに外出予定もないので、そのまま夜までヒッキー。22時半まで、真面目に書きつづける。そのわりに進みがいまいちなのはご愛敬(おい)。23時にリビングに移って、23時半就寝。規則正しい生活だなあ。

 ●ブッシュもたいへんだね。

 イラクの大量破壊兵器情報の多くに誤りがあったことを認めたんだけど、大量破壊兵器がないとは言っていない。ま、これは当然だ。前にも書いたと思うが、地中に埋めたり、水中に沈めたりしたものを見つけるのは、相当にむずかしい。それは、トレジャーハンターがそこらじゅうをうろうろしているのを見ても、明らかだ(糸井さん、諦めるな)。エジプトの王墓発掘も、けっこう偶然に頼っていたりする。日本の遺跡発掘もそうだ。状況証拠によって「ある」と予測し、それが「実はなかった」と証明するのには、百年単位の時間が必要になる(千年単位かも)。でも、その状況証拠をもとに戦争をはじめてしまった大統領には、なかなかそういう主張を貫くことができない。わたしなんか、いまでも「ある。見つかっていないだけ」と言っていられるが、あれだけイラクで自国の兵士を死なせてしまっている大統領がそんな傍観者的態度をとるのは不可能だ。どこかで区切りをつけなくてはいけない。それが今回の声明になったのだろう。ブッシュもたいへんなのである。

 2005/12/14 (Wed)

 昨夜、少し就寝が遅れたので、きょうは6時半起き。多摩サイ走行がないと、多少はのんびりできる。天気は快晴。さらに冷えこんでいて、新聞受けの金属に触ると、指先が痺れてしまう。でもって、右首すじをかばってきたせいか、きょうは左肩に違和感がある。なかなかすっきり癒ってくれないね。

 9時半から書斎でテレビ。証人喚問である。見ながら執筆のつもりでいたが、だめ。画面に釘づけである。ならばと、Cドライブのバックアップをとることにする。もしかしたら、またエラーになるファイルができてしまうかもしれないが、バックアップがないと、心理的に安心できない。HDD保存とDVD-R保存、2組つくった。

 証人喚問、13時から第2部。視聴続行。14時ころ、バックアップ作業が終わったので執筆をはじめてみる。さすがに丸1日を証人喚問でつぶしてしまうわけにもいかない。夕方、喚問が最高潮。またもやタイピングがストップ。17時過ぎに、証人喚問終了。そのままニュースへと移行する。夕食までニュース。とはいえ、ニュースの時間帯は執筆が進んだ。

 21時からトリビア。わ、「Xmas」を投稿した人がいる。けっこうへぇが入るねえ。これで、世間から「X'mas」が駆逐されるといいのだが、どうなんだろう。日テレの「ラジかる!!」なんて、ぱっくんの英語コーナーではちゃんと「Xmas」とテロップをだしていたのに、べつのコーナーではアポストロフィを入れちゃうんだもんね。せっかくの英語コーナーが台なしだよ。

 23時前に書斎からリビングに移動。「どんまい!」のヒロイン、どんどん馬鹿になっていく。いや、馬鹿でもいいのだが、馬鹿を讃美するなよ。これだから日本のドラマはいやなのだ。証人喚問報道の遅れもあり、放送時間がずれたため、23時45分に就寝。あしたも冷えこみそうだ。

 2005/12/13 (Tue)

 さらに冷えこんだ朝6時。震えながら起きて、外にでる。新聞がよく冷えている。第一級の寒波がきているらしいが、そんなの要らないよ。そもそもわたしはシマノユーザーなんだから(意味不明)。

 朝食を食べ、サスケをハグして新聞を読み、書斎に入る。執筆開始。右首すじ、まだ少し痛い。昼間で執筆。多摩サイ走行は、きょうも正午出発。きのう気温が低いと書いたが、訂正する。きょうの冷えこみに比べたら、きのうのはインディアン・サマーだね。厳冬期用手袋が効かない。足の爪先も冷たい。膝が冷える。顔が寒い。走りながら、泣きが入る。そもそも予報では快晴で、11時54分のNHK、天気予報の映像では雲ひとつない渋谷の青空がきれいに映しだされていた。それなのに、多摩サイに着いたら、陽射しがない。空を灰色の厚い雲がびっしりと覆っている。どういうことなんだ。いやがらせか。

 全身硬直状態で、14時半に帰宅。コーヒーでからだを温め、書斎に戻った。執筆を再開する。首すじの痛み、つづいている。カイロで加熱することにした。これはけっこう効果があるんだよね。

 夜まで執筆。夕食後は鑑定団とガイアの夜明け。TXばかりだなあ。22時半、店仕舞いして、ファイルのバックをおこなう。といっても、ふつうのファイルコピー。しかし、1からやり直しなので、時間がかかる。23時半になっても終わらない。まいった。23時40分に終了し、それから寝室に行く。就寝は24時。温めたのが効いたのか、首すじの痛みはほとんど消えた。あしたに期待したい。

 2005/12/12 (Mon)

 6時に起きたら、真っ暗。天気もよくわからない。からだが、まだ半分眠っている。とりあえず、朝食。新聞休刊日なので、即書斎へ直行。首すじが痛い。やや神経痛気味。復旧作業の疲れがでたかな。それでも、すぐに執筆開始。のんびりとはしていられない。でも、10時にママチャリで外出。駅前のスーパーで頼まれた買物をする。30分とはかからない。てきぱきとやる。外にでたら、快晴だった。風が冷たい。

 多摩サイ行きは正午。依然として、気温が低い。ウェアは冬スタイルのフェイズ4に入った。これは厳冬期一歩手前である。本来は1月頭にこの装備に入る予定だったが、きょうの冷えこみでは、もうこのスタイルで行くしかない。しくしく。温暖化はどこに行ったんだ。話が違うぞ。

 多摩サイ、往路が追い風で、帰路が向かい風だった。帰路の最後は風が強くなり、かなりしんどかった。帰宅して熱いコーヒー(インスタントだよ)を飲み、すぐに書斎に戻る。しかし、執筆に入れない。すわったら、いきなり眠くなった。しばし意識不明。執筆再開は夕方以降となった。

 夜も原稿書き。いまひとつ進みが悪い。ぜんぜん予定枚数に達しないまま、22時を過ぎた。いろいろ家庭の事情があるからね。23時にリビングに移動し、23時半に就寝。

 ●アメリカ産牛肉輸入再開。

 ようやくである。牛丼を食べないわたしにはあまり関係ないが、これは朗報だと思う。中国の野菜や魚介類を平気で輸入している国が、なぜか、アメリカ産の食品だけ目の仇にする。これがよくわからない。ちなみに、いまの中国はこういう状態になっている。少し長くなるが、12月6日付の産經新聞朝刊から引用しておこう。これは、ひじょうに重要なニュースだ。

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 ◆【潮流】深刻な健康被害 「汚水の中に沈む」中国

 先月の石油化学工場爆発事故による松花江汚染をきっかけに中国の野放図な経済発展モデルが生み出した深刻な水汚染への危機感が高まっている。国営新華社通信は五日、長江(揚子江)に流れ込む汚水が一九八〇年代の倍の年間二百八十八億トンになったと警鐘を鳴らした。総人口十三億人のうち三億六千万人が汚染により安全な飲用水を得られず、水による健康被害が広がる中、一部地域では汚染絡みの暴動も発生。このままでは中国は汚水の中に沈没しそうだ。

「井戸水は生臭く苦い」。五輪を三年後に控える北京の郊外。阿蘇衛ゴミ埋め立て場周辺に点在する「病人村」では村人がこう訴える。中国紙・経済参考報(一月十日付)によれば、その一つ牛房圏村では成人の60%がぜんそく、肺気腫、がんなどを患い、家畜の死産も多発しているという。井戸にゴミ埋め立て場の汚水が染み出したためだ。

 中国当局の統計によれば、工業排水の三分の一以上、生活汚水の九割以上が未処理のまま河川湖沼に垂れ流されている。全国の河川湖沼の七割が飲料水に適さない水質で、全国で利用される地下水の97%が程度の差こそあれ汚染され、近海の35%は工業用水にも使えない程度のひどい汚染という。

 この結果、人口の27%にあたる三億六千万人が安全な水を得られず、一億六千万人が有機物汚染水を常飲。発がん性を持つフッ素、ヒ素を含む水の常飲は、それぞれ推計六千五百万人、二百万人にのぼる。水汚染による健康被害の統計はないが、長江、珠江流域にみられるがん発生率などの異常に高い農村の存在は中国メディアも問題視している。

 中国では毎年新たながん患者が百六十万人発生、うち百三十万人が死亡。悪性腫瘍発生率はこの二十年で29%上昇した。障害児の出生は年八十万-百二十万人で、新生児の4-6%と極めて高い。これら統計と汚染の因果関係は不明だが、中国環境科学研究院の趙章元研究員は中国紙上で都市部の悪性腫瘍、死産、障害児出産などの発生率突出は、環境汚染、特に地下水汚染が関係あると警告している。

 今年は浙江省などで水汚染問題が暴動に発展する例も明るみに出た。浙江省東陽市郊外の村では農薬工場の排水による水源汚染で異常出産などの健康被害が続出、地元政府が陳情の村民の弾圧に出たため、四月、三万人規模の官民衝突が発生した。河南省修武県馬坊村では鉛工場による粉塵、水汚染で村の児童の90%が中毒になったが、工場が操業停止に応じず、今年一月、村民が工場を襲撃する事件が起きている。

 北京の中央研究機関に属する水環境問題の専門家は「中国の水汚染の健康被害は、日本の高度成長期の比ではない。しかし当局はわれわれが実態調査しようとするのを喜ばない」と訴える。調査し被害状況が白日のもとにさらされれば、膨大な数の賠償問題が発生し、企業の水汚染を黙認してきた地方政府への国民の怒りが中央に向かう可能性もあるからだ。しかし、実態を隠したままでは有効な対策を立てることも、国際社会に応援を求めることもできまい。中国はこのまま汚水の中に沈む覚悟なのか、問いただすのは苦い経験を持つ一衣帯水の隣国の役割だろう。(北京 福島香織)
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 こういう国からの食品輸入についてはたいして騒がないくせに、アメリカ産牛肉だけは目くじら立てて声高に文句を言う。消費者団体の意図が理解できない。政府の方針も、まったくわからない。中国産の食品をばくばく食べて、アメリカ産の牛肉を忌避し、健康被害を免れたと思う人がどこかにいるのだろうか。アメリカ産牛肉に向けられたのと同じか、それ以上の執念を持って中国製食品の安全対策をとるよう政府には要求したい。ダブルスタンダードはごめんである。

 2005/12/11 (Sun)

 7時に起きて、書斎に入る。天気は不明。テレビによると、曇りらしい。朝食を食べて、行動開始。書斎の片づけである。とにかくディスクを見つけないといけない。

 というわけで、必死に捜索活動。ばたばたすること3時間。10時ころ、ついに発見。腐海の底の底に沈んでいた。ディスクは薄いから、まぎれこむと、本当にでてこない。今回の発見はまじに運がいい。

 さっそくインストール。これで、思いだせる限りの追加ソフトはすべて入れた。たぶん、トラブル発生前の環境に戻ったんではないかと思う。細かい設定でし忘れたことがあるような気がするが、それは使っているうちに少しずつ戻しておけばいいだろう。なにはともあれ、よかった。即座に執筆を再開した。とにかく遅れをとりもどさないといけない。

 夜までずうっと執筆。途中で再構成が入ったので、進みが悪い。もっと集中したいが、なかなかうまくいかない。困ったものだ。

 ●中村美里の技あり。

 福岡国際女子柔道選手権を中継で見ていて、これが一本でなかったら何が一本だよと思ってしまった。その後、ニュースで何度もビデオを流しているが、見れば見るほど、これは一本である。どうしてこれが技ありなのか、審判に説明してほしいなあ。

 2005/12/10 (Sat)

 7時起き。快晴。きょうも即書斎行きで、復旧作業を再開。ディスクがひとつ見つからない。ちゃんと整理して保存してあるはずなのに、そこに入っていない。どうなっているんじゃあ。とりあえず、それはあとまわしにして、作業を進める。正午前に一段落。終わってないけど。

 12時半、友人が来宅。きょうはこれから近所で自転車仲間の納会をする。ロードできた友人のバイクをうちで預かる。ついでに着替えもする。あとふたりほど、つづいて到着。わたしはママチャリに乗り、会場に向かう。中華料理屋だ。

 しばらく店の前で待つ。13時を過ぎて、他の仲間もみな集合完了。店内に入り、宴会を開始する。参加者7名。ごっそりと食べて、ものすごく盛りあがった。この店は安くてうまい。2時間、たっぷり飲食して、ひとり3200円。大満足で15時過ぎに解散。わたしは、他のふたりの仲間と一緒に深大寺に行く。鬼太郎茶屋でコーヒー。16時に帰宅。さっそく復旧作業を再開する。

 Tempフォルダに、「壊れているので削除できない」というメッセージのでるファイルがあった。いわゆる幽霊ファイルだ。タイムスタンプから見て、HD革命がバックアップ作成時につくってしまったらしい。コマンドラインからやっても削除できない。120メガもあるから、なんとか消したい。でも、それはまたまたあとまわしにして、プロアトラスのインストールを開始する。いやもう、本当に時間がかかる。夕食後までかかった。その後、経理ソフトの再インストールに関して某氏に電話。アドバイスを受けて復旧。

 夜は松本在住の友人に電話。幽霊ファイルの対処法を教わる。やってみたら、あっさりと消えた。すごい。パソコンの知識、わたしはまだまだだね。……というわけで、22時に復旧作業がほぼ終わった。これで、残っているのは、ディスクが消えたPHSの管理ソフトだけである。それは、あしたの勝負だ。24時に就寝。

 2005/12/09 (Fri)

 6時半に起きた。快晴である。すぐに書斎に入って復旧作業を再開する。うまくいかない。HD革命のバックアップは、最新のものとその前とさらにずうっと前のものとで三つあったのだが、最新とその前のやつは、リストアしてもシステムファイルか壊れているといってエラーになり、起動させることができない。唯一、今年1月までのバックアップファイルだけエラーがでなかった。しかし、これはDVD-Rに入っているやつで、復旧作業にすごく時間がかかる。これでいったんCドライブを戻し、それを使って新しいバックアップファイルでの復活を試す。しかし、だめ。仕方がないので、また1月に戻し、べつのバックアップファイルを試す。これだけの作業で10時間以上が飛ぶ。

 とりあえず、バックアップソフトの作業がやたらと時間がかかるので、そのあいだに多摩サイに行ってきた。出発は13時過ぎ。往路が追い風。帰路が向かい風。追い風に助けられたので、足のまわりはまあまあ。でも、向かい風で、かなり疲れた。

 帰宅して、作業を再開。結局、1月以外のバックアップが全滅だったので、1月から現在の環境まで復帰させる作業をおこなうことにした。ほぼ1年の空白である。けっこうアプリも含めて環境が変化している。なによりも、モニターが替わったのが大きい。あらたにインストールしたソフトも予想以上にある。ああ、細かい設定を記憶していないぞ。どういうカスタマイズをしていたのか、思いだすのに一苦労する。23時過ぎにいったん終了。就寝は24時。あしたには作業を終えないとまずい。でも、インストールにやたらと時間のかかるプロアトラスSVがいる。できるかなあ。

 2005/12/08 (Thu)

 冷えこんだ快晴。昨夜が遅かったので、きょうは6時半に起床。眠い。で、気温を見ながら、多摩サイ行きの時間帯を決める。11時出発に決定。それまでは書斎で執筆。ぽつぽつと原稿を書く。

 多摩サイはいいコンディションだった。風も弱いし、陽射しもある。しかし、足がだるだるでぜんぜんまわってくれない。きのうの立食パーティによる足の疲労が、まったく回復していないのだ。多摩サイの工事も気を滅入らせる。金網フェンスでサイクリングロードの片面を覆ってしまったから、すごく圧迫感をおぼえる。作業車両も多く、とっても邪魔だ。ったく、いつまでだらだらと工事をするんだよ。いいかげんにしてほしいね。

 帰宅して、昼食。朝食もそうだが、きのうの食べすぎを受けて、きょうは量をセーブしている。食べ終えて書斎に戻り、執筆を再開。そして、事件は夕食前に起きた。

 とある事情で、メインPCに不具合が生じた。どうやって回復させるか、ちょっとだけ考えて、HD革命のフルリストアをすることにした。だが、これが恐るべき陥穽の入口であったのだ。

 リストアができない。システムファイルがないか壊れているというメッセージがでる。ぎゃあああ。当然、もうCドライブは使い物にならない。とりあえず、思いつくかぎりいろいろと対処してみた。結果、うんと古いバックアップを使えば、起動可能になることがわかった。しかし、1年くらい前の環境に戻ってしまう。と、これがわかったときにはもう午前1時である。やむなく、途中で寝ることにした。はたして、あしたには復旧するのであろうか? そして、原稿はどうなるのか?

 ちなみに、この更新はノートパソコンでおこなっている。

 2005/12/07 (Wed)

 寒さに負けて、6時20分起き。天気は曇り。20分遅いだけで、ずいぶん明るさが違う。朝食はカレー。食べてから新聞を読みつつ、サスケをハグする。というか、ハグをしないと、サスケが新聞を読ませてくれない。で、8時に書斎に入る。休修行日なので、執筆に入って、ずうっとそれを続行。午後から天気が回復し、晴れてきたらしいがよくわからない。わたしの書斎は窓を完全にふさぎ、ほとんど光が入らないようになっているから。

 夕方、ぽつぽつと外出準備をはじめる。きょうは永井豪ちゃんのダイナミックグループ主催の忘年会。17時に家をでて、駅前に行く。書店、ドラッグストアをまわって買物。それから京王線で都心に向かう。行先は大塚。

 大塚着が18時15分くらい。ちょっと早めだが、会場のホテルに行ったら、もう受付がはじまっていた。石川賢ちゃんがいたので、いろいろと話をする。歩いたので、すでに足がだるい。腰が重い。しばらくしたら、豪ちゃん登場。挨拶をする。

 19時過ぎに乾杯。盛況である。人波を縫って、食事をする。神谷明さんに挨拶。その後、賢ちゃんに落語家の林家しん平さんを紹介していただく。豪華商品の大抽選会は、外れ。21時にお開きとなり、ビジネスジャンプの編集さん&タカハシセイコさんと駅前のカフェでお茶をした。21時40分に解散。帰宅したのは、22時半。すぐに風呂に入り、足をマッサージする。就寝は24時。かなり疲れた。

 ●設定変更。

 友人に教えてもらった方法で、パソコンの設定を変更してみた。おお、パフォーマンスが劇的に向上した。すばらしい。とくにIEの起動が速くなった。この知識、もっと早く知りたかったなあ。

 2005/12/06 (Tue)

 6時に起きて新聞をとりに行くと、夜明け前の空が一応晴れている。お、天気予報はずれたかな、と思ったが、単に崩れるのが遅れているだけみたい。気温はすごく低い。サスケを抱きかかえて、リビングでからだを温め合い、その後、書斎に入った。サスケは書斎立入禁止なのである。

 原稿を書きつつ、天気と気温を見ながら、多摩サイに行くタイミングを検討する。で、正午少し前に家をでた。一応、青空が見える。風が、かなり強い。というか、これは強風だよ。しかも、すごく寒い。ひいひい言いながら、走行。向かい風をもろに浴びたときは、速度が20キロまで落ちた。疲労困憊である。

 14時半に帰宅。書斎に入って、きょうも全日本選抜競輪を見る。決勝戦だ。きょうの結果で年末の競輪グランプリの出場選手が決まる。17時からは、スマックダウン。きのうのロウに引きつづき、エディ・ゲレロ選手追悼番組になっている。

 夜も書斎。進みが悪い。すぐに眠くなる。熟睡しているだけどなあ。鑑定団、ガイアの夜明けを見て、10時30分くらいにリビングへ移動。「どんまい!」はますますヒロインがだめになっていく。まさか、このヒロインのでたらめヘルパーぶりをみんなが肯定するって結末じゃないだろうね。不出来なヘルパーをまともにするというドラマなら納得するのだが、雰囲気がおかしい。成り行きによっては視聴中止にしてしまおう。就寝は23時半。

 ●菅ちゃんの新刊。

 菅浩江さんの新刊、「おまかせハウスの人々」が届いた。菅ちゃんは子育てもあって、最近は仕事をセーブしている(と聞く)。今回は短編集。長編もいいけど、短いのもうまいね。ぜひ読んでいただきたい。amazonはこちら

 2005/12/05 (Mon)

 6時10分起き、10分は寒くて布団からでる気にならなかった時間。目は覚めているのだが、外の冷えこみにはなかなか勝てない。空は快晴である。そのぶん、冷えこみも厳しい。朝食をとり、すぐに書斎に入る。執筆開始。寒いので、多摩サイに行く時間が微妙。結局、ちょっと遅めの11時50分に家をでた。風が強い。富士山がきれいに見える。でもって、なぜか細かい虫がたくさん飛んでいる。なんだろう? 道路はあちこち工事だらけ。暮れに工事をするなよ。

 帰宅して、ようやく字幕の入ったロウのエディ追悼興行を見る。でも、事情があって、途中から全日本選抜競輪中継に移動。ロウはあとでビデオでチェックしよう。で、そのまま夜まで書斎で執筆。22時を過ぎたら、いきなり眠くなる。やむなく22時40分に店仕舞い。就寝は23時20分。特筆すべきことは、何もない。

 2005/12/04 (Sun)

 曇天。なんとか7時に起きて動きだす。すごく寒い。典型的などんよりとした気候の冬の朝だ。きのうの余波で、足がだるい。からだがだるい。ひたすら眠い。きょうは完全休養のため、外出はなし。ひとつだけあった用事も、息子に頼んだ。朝から書斎に入り、アニメを見ながら原稿書きをする。腰が痛い。きのう、原宿で痛くなってから、回復していない。歩く、立つという動作で、腰痛がでる。すわっているか、自転車に乗っていれば、大丈夫。直立姿勢に問題があるんだろうな。

 夜、あるあるを見る。テーマは背骨の歪み。人間は二足歩行になってから背骨が歪み、腰痛持ちになった。あるあるのゲスト全員が歪んでいるということは、歪んでいるのがふつうなのである。歪んでいない人が異常だ。比率でいえば、そうなる。ロードの乗車姿勢は四足歩行そのものである。だから、腰痛持ちのわたしも、自転車(5500)に乗っている間は腰痛がでない。そのあたりから、対策を見つけ、レポートしてくれないかなあ。紹介されている体操は、まったくやる気になれないよ。

 23時前、すごく眠くなり、さっさと寝ることにした。でも、サスケのごはんの手配などで時間を使ってしまった。結局、23時半に就寝。6時に起きられるかどうかは不明である。

 ●あかぎれ。

 自転車の掃除をすると、必ず手がグリスで汚れる。で、それを強力な洗浄剤で落とす。石鹸も使う。すると、手ががさがさになる。その結果、左手人差指にあかぎれができてしまった。何十年ぶりだろう。あかぎれができるなんて。びっくりだね。とりあえず、毎日ハンドクリームを塗っているのだが、あまり効果がない。外出後に手洗いをするということもあり、ハンドクリームがすぐに落ちてしまう。寝る前にいっぱい塗りこんでも、起きるとがさがさ。手袋して寝ないとだめかな。

 2005/12/03 (Sat)

 7時に起きて、すぐに朝食をとる。きょうは外出日なので、忙しい。まずは9時にスーパーに行き、頼まれた買物をする。帰宅後、今度はドンキホーテに向かい、頼まれた買物をする。戻って服を着替え、さらなる外出準備。10時40分に出発。先に某所で頼まれた用事をすませ、原宿へ行く。13時、友人ふたりと合流。ひとりはすごく久しぶりに会った人。大病をわずらっていると聞いたが、思ったよりも元気そうでほっとする。

 マクドナルドに入り、昼食。3人でいろいろと話をする。その後、久しぶりに会った友人と別れ、ふたりでなるしまフレンドに向かう。なるしまでパーツのチェック。ディグリーザを1本購入。で、つぎは新宿。ジョーカーでパーツのチェック。そこで、べつの友人ひとりと合流。ドトールでお茶して、ジョーカーのマニアックへ移動。さらにべつの友人ひとりと合流する。いやあ、ひたすら自転車ショップ三昧だね。見るだけなのだが。

 17時50分に、忘年会の会場に入る。きょうはメーリングリスト仲間との忘年会である。入ったら、もう数人集まっていた。18時、宴会開始。飲み放題、食べ放題なので、ひたすら食べる。飲む。21時にお開き。予算はひとり2300円。安い。びっくりである。二次会なしで、即解散。同方向の友人とともに京王線で調布へ。家に着いたのは、22時くらい。着替えて風呂に入って一息ついたら、もう23時過ぎである。わたしにしてはめちゃくちゃ歩いたため、足がだるい。あれこれすませて、就寝は24時半。外出すると、どうしても遅くなる。今月はまだいくつか忘年会があるんだよな。スケジュールを崩さないようにするのが最大の課題だ。どこでひらかれれても、21時には帰宅できるようにしたいね。

 2005/12/02 (Fri)

 6時に起きたときは、快晴だった。予報はすぐに曇ると言っている。曇ってほしくないなあ。陽射しがほしいんだよ。空気が冷たいから。……とぼやきつつ、きのうと同じ11時半に多摩サイに行く。寒い。風は弱い。だめだめになると思っていたのだが、意外に坂で足がまわってくれた。理由は不明。

 帰宅して、軽食。昼食を多摩サイの前とあとに分割しただけだが、この方法なかなかいいね。でもって、以降は書斎。きょうも、もう外出予定はない。執筆ヒッキーだ。23時までこもって原稿書きなどをつづけた。あすは7時起きなので、就寝は24時。くしゃみがやたらとでるのが気にかかっている。

 ●地震。

 夜、軽く揺れた。反射的に「わっ、マンションがあぶない」と思ってしまう。本当にひどい事件だなあ。あのマンションを買った人たちは、引っ越さない限り、この程度の揺れでも恐怖に身がすくみ、背すじが冷えることになる。冗談じゃないよ。いい方向で対策がなされることを願っている。

 2005/12/01 (Thu)

 12月になった。6時起きは寒い。天気は快晴である。あまりに寒いので、多摩サイに行くのは11時半からとして、すぐに書斎に入り、執筆を開始した。で、10時45分に早めの昼食をとり、出発準備をする。昼走行は食事のスケジューリングがむずかしい。

 多摩サイは昼でも寒かった。風が弱かったので、コンディションはまあまあ。でも、寒い。空気が冷たい。夏もそうなんだけど、冬はさらにSSD(ショート・スロー・ディスタンス)である。距離60キロでは、ロングじゃないから。走行目的が健康維持なので、無理はしない。常に心拍計と相談しながら、走っている。レースのトレーニングだけでなく、のんびり走る人にも心拍計は必需品なんだなあ。昨今、すごく実感しているよ。

 帰宅したら、また書斎。書くことが何もないくらいに書斎。夜になっても、書斎。そして、いつもどおり23時に店仕舞いして、23時半に就寝。天気予報に従い、明け方の冷え対策を十分にしておいて寝た。

 ●ウォームビズ。

 続行している。室温の基準は20度だ。昨年までなら考えられなかった低温だね。人間、やればできるものだと自分に自分で感心している。しかし、1月2月になっても貫けるかどうかはまだ不明。インフルエンザの問題もあるしね。