日々是口実

日々是口実

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 2005/11/30 (Wed)

 きょうも快晴の6時起き。日の出がどんどん遅くなっているので、起きるときはまだまわりが暗い。気温も低い。リビングに入ると、サスケがまとわりついてくる。新聞を読むのを邪魔するだけはやめてほしいなあ。

 9時40分にママチャリで外出。診療所に行く。検査と薬で5000円弱。懐が痛い。それからスーパーと本屋。ドトールで一服して、ユニクロ。さらに、べつのスーパー。帰宅したのが正午少し前。ニュースを見ながら、「美味しんぼ93」を読む。ああ、いなり寿司を食べたい。

 午後は書斎。執筆にかかろうとするが、いまひとつ不調。時間だけが過ぎていく。で、夕食前、急用が生じた。あわてて外出。幸い、さほどのこともなく解決。帰宅して夕食をとる。ちょっとあわただしい。それから夜までは、なんとか集中して執筆することができた。世の中、いろいろなことが起きるねえ。23時にリビングに行き、きょうも23時半にベッドへと移動した。けっこうママチャリであちこち行ったので、あまり足を休められなかった。気温も低くなるらしいし、多摩サイは厳しそうである。

 2005/11/29 (Tue)

 10分ほど寝すごして、6時10分起き。空は薄曇りってとこかな。放射冷却がなかったようなので、気温は高め。多摩サイ行きは10時半にした。風、はじめのうちは弱かったが、終わりころに北風が強くなり、最後はかなりの向かい風になった。なるなら、追い風になってくれよ。

 帰宅して、昼食。それからNHKを見る。国会中継だ。例のホテルやマンションの耐震強度偽造問題に関する参考人召致である。これがもうめちゃくちゃおもしろい。最初はBGTVのつもりだったのだが、すぐに執筆の手が止まってしまった。すごくまずい。まずいが、やめられない。小嶋社長、めちゃくちゃ。木村社長、もっとめちゃくちゃ。で、気がつくと、17時。いやあ、困った困った。

 気をとり直して、夜まで執筆。いったん狂ってしまったリズムは、なかなかもとに戻らない。23時までつづけ、リビングへ。23時半に就寝。

 2005/11/28 (Mon)

 6時起き。快晴である。新聞を入れるついでに家のまわりを見てみるが、やはりメール便の姿はない。うーん、くるべきものがこないと落ち着かないなあ。と、つぶやきつつ、ママチャリで家をでる。サスケの尿検査だ。9時に動物病院着。すぐに調べてもらう。だが、まだph値が高い。いまは7。これが6にならないとだめ。まだまだ治療がつづく。9時40分に帰宅した。

 11時、多摩サイに行く。少し薄雲がでてきた。風は弱い。足はまわらない。きょうは、走行距離をチェックする。記念館通りをコースに入れたため走行する距離が変わったのに、再計測をしていなかった。で、きょうはかることにした。60.04キロだった。どうやら、いつの間にか毎日60キロ走行になっていたらしい。55キロよりはキリがいい感じだね。毎日走るとなると、このあたりがわたしの限度だろう。これでも、ややオーバーワーク気味である。

 帰宅して、軽く食事。それから外出。銀行、文房具屋、スーパーをまわる。15時前に戻ると、待ちに待ったメール便が届いていた。ナイスである。書斎に入り、テレビをつける。WWEのロウを見ながら、執筆開始。あとは、ずうっと夜まで書斎。23時に終えて、NHKの「どんまい!」を見る。このヒロイン、わたしと相性が悪い。こういう人がヘルパーとしてやってきたら、すぐに替えてもらうね。正義感押しつけヘルパーなんて、ヘルパーの役に立たないと思う。ぎゃあぎゃあ、やたらとうるさいし。23時半に就寝した。

 2005/11/27 (Sun)

 きょうも7時起き。だったはずだが、10分ほど寝すごした。天気は不明。たぶん、晴れ。朝食を食べて、即座に書斎行き。朝のアニメをBGTVにして昼すぎまで原稿を書く。

 正午のニュースを見てから、ママチャリで外出。ユニクロとスーパーをまわった。まあ、散歩がわりだね。気温が高い。で、昼食は前からいこうと思っていた回転寿司。システムがおもしろい。ほとんどの皿が126円均一なのだが、ベルト上をまわっている皿については、同じネタでも99円になる。注文してその場でつくってもらうと高いのだ。鮮度の差を値段に反映させているということだ。多少時間が経っていても、安いほうがいいのなら、ベルト上から皿をとる。高くてもできたてがいいのなら、その場で握ってもらう。このシステムはナイスだ。気に入ったので、また行く気になった。

 14時に帰宅。書斎に戻る。16時過ぎだったかな。無性に眠くなり、椅子の上で仮眠したのだが、目を覚ましてからだを起こそうとしたときに、椅子が倒れた。書斎で落車(?)である。お尻を打って、目が覚めた。トホホ。

 午後から夜まで、執筆。DVD-Rも焼く。ブエルタの録画がHDDを圧迫している。エラス、ドーピング(EPO)が陽性になってしまったんだよねえ。ちなみに、一般人はそのほとんどの人がドーピング検査を受けると、陽性になるらしい。わたしも間違いなく陽性だ。抗アレルギー剤をずうっと飲みつづけているんだもん。アスリートは、病気になっても勝手に治療を受けることができない。うかつに投薬してもらったら、それでアウトだ。このデメリット、ドーピングによる害と、どちらが大きいのだろう。

 23時に店仕舞いし、23時半にベッドに入った。きょう届くはずだったクロネコメール便が、まだ届いていない。ちょっと気になっている。

 2005/11/26 (Sat)

 7時起き。晴れ。肋間神経痛、癒ったみたい。まったく痛まない。すぐに書斎に入って執筆開始。10時前にママチャリで外出。ユニクロとホームセンターをまわる。ホームセンターに行く途中で、すれ違った自転車の人に声をかけられた。おお、森下一仁さんではないか。自転車、前後とも緑色の葉っぱで埋まっている。農協主催の大根掘りの帰りだそうな。

 ホームセンターからの帰路、神金さんに寄る。若主人から自転車の話をいろいろ聞く。参考になった。そのあと、2006年のカレンダーをもらい、家に戻った。玄関に大根がいる。森下さんからのおすそわけだ。ありがたい。昼食を食べ、書斎にこもる。きょうはもう外出予定がない。原稿執筆以外に、やることもない。

 夜まで書斎。テレビはずうっとテレ東。温泉にアド街。バックにただ流しておくのに向いた番組が多い。それでいて、けっこう参考になったりすることもある(なんの?)。23時に店仕舞いして、リビングへ。チューボーを見て、就寝。ベッドに入ったのは24時半だった。

 2005/11/25 (Fri)

 6時少し前に起きた。目覚ましが鳴る夢を見て、目覚し時計が鳴る前に目が覚めた。おいおいである。天気は快晴。冷えこみが厳しい。家人に頼まれて昨夜録画した番組をDVD-Rに焼く。合間に朝食。その後は書斎。

 10時過ぎにウェアを着替える。きょうは峠納めとすることにした。小峰峠がだめだったので、大垂水峠に行く。これが、今年最後の峠だ。相模湖を往復する。家をでたのは、ちょっと遅めの10時40分。理由は、寒かったから。

 多摩サイは、また小規模マラソン大会をやっていた。あと南浅川でも、小学生のマラソン大会。マラソン大会だらけである。当然、すべて徐行。甲州街道の信号とどちらのストレスが大きいんだろう。ふと考えてしまう。徐行のほうが、前進できるだけ信号よりましかな。

 天気予報では、きょうは晴れて暖かい1日だと言っていた。しかし、体感温度が低い。雲がでてきて、陽射しが少ない。ちょっとあてが外れた。相模湖に着き、駅前で一休み。って、トイレに入っただけだが。

 Uターンして帰宅。帰りはマラソン大会がなかったので、けっこういいペースで走ることができた。でも、多摩サイは弱い向かい風。消耗したね。14時過ぎに家に着いた。走行距離は98キロ。実走行時間は3時間59分くらい。相模湖往復、意外に距離があるね。80キロ以下だと思っていた。川沿いを走ったため、まわり道になったんだろうか。帰りは指がかなり凍えた。

 食事をして書斎に入る……つもりだったが、家の用でママチャリに乗り、駅前のスーパーに行く。すぐに戻って執筆開始。16時前に弟が来宅。で、夕食まで、また執筆。

 夕食後、執筆を再開しようとしたら、とつぜん右胸脇が痛みはじめた。肋間神経痛である。原因は不明。なんの予兆もなかった。キーボードが打ちづらい。とりあえず、風呂に入ってみる。変化なし。やむなく、そのまま23時まで、痛いよおとつぶやきながら執筆。ニュースとメントレGを見て、24時に就寝。

 2005/11/24 (Thu)

 6時起き。晴れ。冷えこみはさほどでもない。寒いことは寒いのだが。10時までは書斎で執筆。それから多摩サイに向かう。12時半ころ帰宅して、昼食。どこにもでかける用がないので、そのまま書斎に入る。あとはDVD-Rを焼きながら、ずうっと執筆。間違えて、1枚、同じものを焼いてしまった。トホホ。

 午後から夕方、夜にかけては書斎で執筆を続行。特筆すべきこともなく、1日が終わった。テレビはテレ東のTVチャンピオン「大間マグロ漁師王選手権スペシャル」を重点的に視聴。「新・どっちの料理ショー」は後半だけ見た。クリームコロッケだよ、あれは。わたし、カキフライを食べないから。23時店仕舞いで、23時半に就寝した。

 ●竹宮惠子の世界展。

 案内状が届いた。しかし、徳島県立文学書道館で開催されたのでは、ちょっと行くことができない。ここをお読みの方で、近くに住んでおられる人がいるかもしれないので、紹介だけしておこう。期間は2006年1月7日から3月3日までと、けっこう長い。詳細はこちらへ。

 ●天下を獲り損ねた男たち〜続・日本史の旅は、自転車に限る!

 ネット書店に掲載されたので、あらためて紹介しておく。巻末で、著者の疋田智さんとわたしが対談をおこなっている。

 amazonは、こちら

 2005/11/23 (Wed)

 休日なので、7時起き。外にでなかったので、朝の天気はよくわからない。たぶん。晴れ。もしかしたら薄曇り。休修行日だから、朝から書斎で執筆開始。そのままずうっとこもりきり。気がつくと、昼。気がつくと、夕方。気がつくと、夜。

 夜、入浴前に5500を簡単に掃除。それ以外は書斎。23時に店仕舞いして、23時半に就寝。ここに書くようなことは、何もなし。正しい小説家の1日を送ってしまったよ。

 2005/11/22 (Tue)

 晴れ。6時起きで、きんきん冷えている。リビング、暖房でとりあえず、室温を20度にあげる。書斎も同じく、20度にする。その後、執筆開始。10時あたりから出発準備。きょうは、峠を目指してみることにした。サイスポの今月号に多摩サイ特集があり、秋川街道の先にある小峰峠旧道が車輛通行禁止の自転車天国だと84頁に書いてあったからだ。

 11時に家をでて、秋川街道に向かう。秋川街道、走りにくい。トラックが多く、道幅もいまいちである。で、小峰峠旧道入口に着いたのだが、様子がおかしい。車輛禁止どころか、歩行者も通行禁止になっている。完全封鎖だ。当然、自転車もだめ。看板が道の脇に取りつけられている。旧道トンネル工事のため、11月初旬から来年3月まで全面通行禁止にしたと書いてある。がび〜ん。だめじゃん。11月19日発売の雑誌に情報を載せても、まったく意味ないじゃん。

 仕方がないので、新道のトンネルに入る。こちらは坂でもなんでもない。ただ暗くて怖いだけ。まいったなあ。ほとんどが下りで、一気に武蔵五日市へと到達する。ああ、ぜんぜん楽しくない。五日市街道を走り、睦橋から多摩サイに戻って家に帰った。結局、峠も坂もなし。あまりにあまりなので、いろは坂だけは走った。大失敗である。素直に大垂水に行けばよかったなあ。

 午後は書斎で執筆。夕方、コンビニに行き、テレビ番組表雑誌を買う。それ以外は、とくにこれといったこともなし。いつもどおり夜になり、いつもどおり寝る。就寝は24時。

 ●エディ・ゲレロ追悼番組。

 きのうは「ロウ」、きょうは「スマックダウン」。2日つづけてWWEを見ている。エディ・ゲレロの急逝を受け、WWEのショーが、エディ追悼一色になった。日本では、どちらの番組も、アメリカから2週間遅れて放送されているのだが、今回は特別にほぼ同時放送となった。そのかわり、字幕がついていない。だから、何を言っているのかは不明。でも、雰囲気で内容はおおむねわかる。みんな、涙、涙だ。字幕が入ったバージョンの放送は12月5日(ロウ)と6日(スマックダウン)である。

 2005/11/21 (Mon)

 今季いちばんの冷えこみ。6時に起きたときは快晴。でも、9時ころ、ちょっと外にでたら、一面曇り空である。予報と違うなあ。で、30分ほど書斎の片づけをする。おお、こんなものが埋もれていた。おや、こんなものまで。あら、これも埋もれていた。そんな状態である。とりあえず、これは年末大片づけの前哨戦。今年は徹底的にやりたいなあ。

 多摩サイ出発は11時半。寒いので、完全装備。可もなく不可もない走り(わたしの基準で)。天気は少し回復した。でも、快晴ではない。帰宅し、食事をしてからママチャリで再外出。駅前のスーパーで頼まれた買物をする。で、夕方から書斎。原稿を書く。

 夜、食事を終えたところで、友人から電話。シートポストの交換をうちでやるという話。すぐにきてもらう。30分ほどで作業完了。入浴し、書斎に戻って執筆を再開する。しかし、眠い。23時に店仕舞いして、23時半に寝た。

 ●ロードレースの落車。

 テレビ、新聞でやたらと大きく扱っている。産經新聞だと、こんな感じだ。同紙朝刊から引用しよう。

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 ◆自転車レース十数台転倒 高1ら10人けが
 二十日午前九時十分ごろ、埼玉県久喜市河原井町で開かれた「第五十三回秩父宮杯埼玉県自転車道路競争大会」(県教育委員会など主催)で、選手の自転車十数台が接触し、転倒した川崎市川崎区の高校一年、伊藤彰規君(15)が左手首などに全治約二カ月の重傷を負ったほか、計九人の男子選手が軽いけがをした。
 主催者によると、競技は午前八時四十八分に久喜・菖蒲工業団地をスタート。一周約八キロのコースを巡回するもので、事故は一周した付近で起きたという。
 同大会は一般、シニア、高校生の部などがあり、高校生の部(八一・五キロ)には男女百三十人の選手が参加していた。競技は事故後も続けられた。
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 なんだ、ふつうの落車じゃんというのが、わたしの感想である。自転車仲間の友人たちも同じ。怪我も骨折だけだし、わざわざ報道するようなことにはぜんぜん思えない。こういうニュースを見ると、本当に日本はロードレース後進国なんだなあと実感する。ロードレースのことを知らない人たち、ツールやジロ、ブエルタの集団落車を見たら、目を剥いてしまうんだろうな。ちなみに今年のツール・ド・北海道の最終日にも大きな集団落車があった。もちろん、1行も報道されてはいない。

 2005/11/20 (Sun)

 好天気がつづく。きょうも7時起き。冷えこみ、依然としてきつい。ひととおりアニメを見てから、ユニクロに行く。Tシャツを2枚。帰宅後、執筆開始。淡々と書く。正午から、BGTVを東京国際女子マラソンにする。Qちゃん、いいじゃないか。合間に昼食。書斎に戻ってレース観戦と執筆。みごとな圧勝を見て、一安心。夕方、5500の洗車をする。手ががさがさだ。毎晩ハンドクリームを塗っているが、自転車をいじると、もうだめ。強力洗剤で、付着したオイルとグリースを洗いまくるからなあ。

 夜も執筆。BGTVは「完成! ドリームハウスSP」。特筆すべきこともなく23時を過ぎ、寝る時間になった。23時半に就寝。

 2005/11/19 (Sat)

 まだまだ快晴。7時起き。窓の向こうから風の音が響いてくる。すごく寒い。しかし、ウォームビズはまだ続行中。指切り手袋をしてキーボードを打っている。きょうは外出日。10時まで書斎で執筆。10時半に家をでて渋谷に向かう。ママチャリは調布駅前まで。駅からは京王線。11時半に、渋谷で昼食。いつも行列ができているとネット情報に書かれていた回転寿司店の前を通ったら、行列がない。すぐにすわれる。ふらふらと誘われるように、その店に入った。全品105円均一である。ただし、時間は30分限定で、7皿以上を必ず食べなくてはいけない。けっこううるさい店だね。

 15分で、食事完了。モンベル渋谷店に行く。自転車用グラブを見る。気に入ったのがあったが、サイズがない。店の人が調べて、恵比寿店にあることを確認。待ち合わせ時間は渋谷で12時50分だから、恵比寿店を往復しても時間に余裕はある。店は恵比寿駅東口をでてすぐだという。急いで駅に戻り山手線に乗った。恵比寿駅で降り、東口をでる。げ、店なんて、どこにもない。話が違う。

 幸い、モンベルのカタログを持っていたので、それで番号を調べて恵比寿店に電話。西口ですよと言われる。おいおい。大間違いじゃないか。渋谷店の人ぉ。あせって、移動。恵比寿駅前はテラス状になっているので、どこをどう行けばいいのかがさっぱりわからない。うろうろして、ようやく西口にたどりつく。おお、本当に駅の正面に店がある。ちゃんと正確に教えてくれれば、こんなに時間ロスしなかったのに。

 特急でグラブを買い、反転。渋谷に戻って、待ち合わせ場所に行く。12時50分ジャストに到着。とりあえず一息つきたくてマックに入り、コーヒーを飲む。で、13時にスタジオ入り。CDドラマの録音である。詳しいことは後日にまわすが、ひじょうにおもしろい録音であった。17時過ぎに終了。帰宅が18時半くらいだったかな。すぐに夕食。

 夜は、また書斎で執筆。……と思ったが、ぜんぜん進まない。かなり疲れている。やむなく、ぼおっとK-1を見る。見終えたところで、店仕舞い。24時半に就寝。大忙しの恵比寿往復が足にこたえたなあ。休修行日だったのに。

 2005/11/18 (Fri)

 今朝も快晴。月もでている。きのうよりも位置が高い。6時に起床して、すぐに朝食。それから書斎に入り、9時過ぎまで執筆。9時半少し前にママチャリで家をでて動物病院に向かう。サスケの尿検査である。昨夜、ようやく息子が採取した。

 検査、予想よりも時間がかかった。ph値は、まだ正常値ではないが、かなり落ちている。血は混じっていない。結石もけっこう数が減った。癒ってはいないが、順調に回復しつつある。そういう診断になった。まあまあだね。あと、人が見ていられる状況なら、エリザベスカラーを外してもいいことになった。

 コンビニに立ち寄り、10時半に帰宅。書斎に戻って執筆再開。11時くらいから多摩サイ行きの準備を開始。行く前にいろいろとやることがあるんだよ。水のボトルと携帯食の用意とか、サプリ&エネルギー補給とか。で、きょうの出発は正午。この時間帯なら、少しは暖かいかなと思ったが、やはり風が冷たい。筋肉がこわばる。足がまわらないまま、帰宅。書斎に直行。

 夜、夕食の前あたりから、サスケのエリザベスカラーを外してみる。サスケ、すぐに全身を舐めまわしはじめる。久しぶりのグルーミングだ。いつまでもやっている。わたしは書斎に戻り、執筆のつづき。23時からリビングでNHKの「にんげんドキュメント」を見て、ついでにメントレレストランも見る。就寝時刻は24時。ちょっと夜ふかしであるな。

 2005/11/17 (Thu)

 きょうもきのうと似たような快晴の朝。5時半にタイマーで部屋を温め、なんとか6時起床を守ることができた。で、新聞をとりに玄関にでると、真正面、向かいの家と家との隙間にどおんと丸い月が浮かんでいる。ほぼ満月だ。輪郭がくっきりとしていて、すごく美しい。なるほど、早起きは三文の得とはこのことかと納得してしまった。でも、すぐに室内に戻る。眺めていたら凍死する。外は、それくらい寒い。

 というわけで、多摩サイ行きは11半時にした。陽射しは暖かい。モンシロチョウがまだ飛んでいるくらいだ。しかし、風が強く、冷たい。この天気でも冬装備は必須だ。きのうと同じでからだが重く、速度はぜんぜんでない。不調だなあ。寒くなると、覿面にへたれてしまうよ。

 14時に帰宅。着替えてママチャリに乗り、スーパーに行く。書店にも寄る。買うものを買ったら、とっとと帰宅。書斎に入って執筆。あとは夜まで、いつもどおりの1日となった。就寝は23時半。

 そばにいるから

 久しぶりにアニソンを買った。「レジェンズ」の「どうにもとまらない」以来だ。10か月の空白だね。「NARUTO」のエンディング。好みの曲だったので、amazonで予約して買った。いま、がんがん聞き倒している。購入される方は、こちらへ。ちょっとけだるい感じがいいねえ。

 2005/11/16 (Wed)

 強く冷えこんだ快晴の朝。午前6時の寒さに負けて、起きる15分前に暖房のスイッチをオンにした。起きて、朝食を食べ、コーヒーを飲む。少し前なら、これでかなりからだが温まったのだが、きょうはだめ。山のように服を着こんで対処。書斎に入って、メール等を片づける。ああ、指がこわばっていて、動かない。

 9時過ぎにママチャリで家をでる。行先は駅前の診療所。きょうはいつもの皮膚科のほかに、もうひとつ行かなくてはいけない。すべてが終わったのが、12時半くらいかな。支払い金額が1万円近くになってしまった(薬代を含む)。うーん、痛い。で、帰宅したのが13時。すぐに食事をして、書斎に入る。

 執筆をしつつ、ビデオの消化。いまひとつ調子があがらない。夕方、5500のタイヤ交換をする。これで、2組のホイールのタイヤ種類がそろった。あしたからはまたボントレガーで走る。夜は書斎で執筆。これといって特筆すべきこともなく、23時半に就寝。

 ●続・日本史の旅は、自転車に限る! 天下を獲り損ねた男たち。

 見本が届いた。自転車ツーキニスト、疋田智さんの新刊である。まだanazonのリストには入っていなかったなあ。巻末に、わたしと疋田さんの対談が載っている。発売されたら、また紹介するつもりだ。

 2005/11/15 (Tue)

 きのうよりも寒い。夜の天気予報では、雨は明け方にあがり、その後は晴れてくるということだったが、6時に起きると、外は曇り。路面も濡れている。新しい天気予報を見ると、終日曇りに変わっていた。ちっ、また外れたか。

 とりあえず、いつもの時間には家をでず、しばらく待機。書斎で原稿を書く。昼近くなると、ほんの少しだが、陽射しもこぼれるようになってきた(一瞬だけどね)。行くならいまだ! というわけで、準備をして5500に乗り、多摩サイに向かった。下着を増やし、手袋も冬用にした。頭にはバンダナを巻く。いよいよ完全な冬装備である。からだが重い。自転車も重い。なによりも、空気が重い。ぐったりして帰宅。

 着替えて、ママチャリで再外出。コンビニに行き、スーパーもまわる。近所のスーパー、めあてのものがない。やむなく駅前のスーパーに足を伸ばす。16時過ぎに戻り、一息ついて再度、書斎へ。あとは夕食までずうっと書斎。夕食後も、ずうっと書斎。23時まで書斎。テレビは、ずうっと紀宮内親王(現 黒田清子さん)の結婚式だったなあ。23時半に就寝。

 2005/11/14 (Mon)

 寒い。ぐぐっと冷えこんだ。6時に起きて、空を見る。曇り。陽射しはない。とりあえず食事をして、からだを温める。新聞を読み、書斎に入ってメールチェックなどをする。9時半から準備をはじめ、10時に多摩サイに行く、あまりに寒いので、きょうから耳あてシューズカバーを装備に追加した。下着の追加は、もう少し我慢できそう。家をでるときに合わせると、走っているときに暑くなる(めったにないが)。でも、この調子なら、12月まで耐えるのはちょっと無理だね。

 多摩サイ、悲惨だった。寒さで、全身こわばり状態である。足がまわるとかまわらないとか、そういうレベルではない。油切れのロボットみたいな感じである。関節すべてが寒くてぎくしゃくしている。異常気象でもなんでもいいから、せめてあと10度ほど気温があがってくれえと叫びたい。

 鼻水ずるずるで、帰宅。急ぎ、昼食とコーヒーでからだを温める。温まったところで、ママチャリに乗って再外出。動物病院へ行って、サスケの飲み薬と治療用キャットフードを調達する。本当は尿を採取して持っていかなくてはいけないのだが、これが、まったくうまくいってない。サスケ、ちょっと目を離したすきにおしっこをしてしまう。たまに、する前に容器を手にすることができるのだが、そういうときは、なんらかの気配を感じて用足しをやめる。困ったものだ。

 スーパーもまわって家に戻り、書斎に入る。執筆を開始。寒くて、いまひとつパワーがでない。ウォームビズ、室温20度が目安というのは、やはりきついなあ。室内なのに、ウインドブレーカーを着る。これで、ちょうどいいくらい。足には膝掛け。

 夜も執筆。とくにおもしろそうな番組もないので、淡々とつづける。23時半に寝室に行き、ベッドに入った。

 2005/11/13 (Sun)

 7時に起きる。晴れ。寒い。朝食後、まずはインターホンのチェックをおこなう。やはり、鳴らない。故障している。しかし、このままだと、壊れているのが室内機なのか、玄関子機なのかがわからない。そこで、ふたつある室内機同士の呼びだしと通話を試してみる。……問題ない。ちゃんと呼びだしと通話もできる。となると、壊れているのは玄関子機だ。

 分解して中を見てみた。蜘蛛が2匹住みついている。びっくりだね。スイッチの動きがよくない。だが、これが原因かどうかは不明。型番を調べ、ネットで検索してみる。まだ現役機種だった。けっこう前に取りつけたものだが、パナソニックは物もちがいい。

 確認が終わったところで、執筆をしながら、ツール・ド・おきなわの実況レポートをネットで読む。テキストだけの情報だが、けっこう臨場感があり、おもしろい。結果は、ブリヂストン・アンカーチームのワンツーフィニッシュである。沖縄は、どしゃ降りだったらしい。朝から正午まで、たっぷりと楽しませてもらった。

 午後、ホームセンターに向かう。インターホンのコーナーに行くと、まさしくうちのと同じ機種の玄関子機がちゃんと置いてある。さっそく購入。帰宅して、交換作業に入る。コードをつなぎ替え、10分かからずに交換は完了した。ボタンを押してみると、ちゃんとチャイムが鳴る。双方向のやりとりもできる。大当たりだ。やはり玄関子機が壊れていた。

 というわけで、インターホンは復活した。これで、安心して書斎にこもり直し、執筆に専念できる。……と言いながら、夕方は5500のチェーン掃除。汚れを落とし、チェーングリスをスプレーする。きれいになった。で、再び、書斎に戻る。執筆を続行。

 夜は、22時からロードのレースを見る。ジロ・デ・ロンバルディア。UCIプロツール、今年の最終戦である。246キロも走るんだね。長いレースだなあ。しかし、途中からどうしようもなく眠くなり、視聴を断念。22時45分にリビングに移動し、23時15分に寝室に入った。眠いときは寝る。これがいちばんだ。

 ●エディ・ゲレロの急逝。

 プロレスはドーピングを規制していないので、ステロイド起因による40歳前の急死がひじょうに多い(という)。今回もそれかどうかはまだ不明だが、そういう雰囲気は十分にある。続報を待ちたい。

 2005/11/12 (Sat)

 土曜日だけど、6時起き。友人とサイクルモード2005に行く。外は雨。暗くて寒い。昨夜は耐えきれず、夜中にあんかを引きずりだし、電源を入れた。起きて、食事。出発準備。7時45分、15分遅れで友人が車でやってきた。インターホンが鳴らないと言われる。げっ、そういうえば、最近来客した人が、到着を携帯で知らせたりしていた。なぜだろうと思っていたのだが、それはインターホンが機能していなかったからだ。故障である。すごく、まずい。しかし、いまそれをチェックしている余裕はない。それでなくても、出発が遅れているのである。

 急いで出発。途中省略して、10時ちょい過ぎに幕張メッセ到着。ああ、車は楽だ。ドライバーはたいへんだけど。Jさん、ありがとう。会場入口は長蛇の列。入口がひとつしかないんだよね。でも、中に入れば、時間が早いため、混雑はさほどでもない(午後は、すごくなったらしい)。もうひとり、横浜からきた友人と合流し、さっそく各ブースをまわる。足がだるいので、試乗はしない。ひたすら自転車とパーツと小物を見る。すばらしい。これが本物のスポーツ自転車ショーである。物欲、刺激されっぱなしだ。

 ランスの自転車 マンセボーの自転車
 
 とりあえず、選手のマシンの写真。左がランスの自転車で、右がマンセボーの自転車。マンセボーの自転車は、けっこうひっそりと展示されている。わたしは存在に気づかなかった。友人が教えてくれた。見るのが忙しくて、これ以外に写真はほとんど撮っていない。で、しないつもりだった試乗だが、グランツールで噂のオーバルチェーンリングをつけたロードがローラー台に置かれていたので、それだけはまわしてきた。ああ、ますます足がだるい。オーバルリング、不思議な感覚である。理屈はよくわかった。でも、専用BBとクランクのセットで10万円は高すぎるなあ。あと、こういうものの試乗は、やはりビンディングペダルでやりたかったね。

 13時くらいにすべて見終わり、会場外にでた。いつの間にか、快晴になっている。昼食をとって、解散。車で送ってもらって帰宅したのは15時40分前後だった。友人が幕張メッセの近所に住んでいるということで、連絡をとってみようかとも思ったが、連れと一緒ということもあり、今回は断念。Yさん、申し訳ない。家に戻ってからは、いつもどおりぐったり。インターホンのこともすっかり忘れてしまって、どたばたしているうちに夜になった。24時に就寝。

 ●本日のおまけ。

 サスケの衛星アンテナ

 衛星アンテナ。

 2005/11/11 (Fri)

 6時起き。寒くなった。曇り。予報では午前中は晴れだったのが、外れである。雨が降る様子はない。ただし、陽射しもない。きょうは、知り合いの人が自転車ショップでロードの試乗をするというので、それに立ち会うことになっている。最初は14時集合ということだったため、多摩サイ走行のあと、いったん自宅に戻って食事をし、それから府中四谷橋まで出直すつもりでいたが、それが急遽、13時半集合に繰りあがった。そうなると、食事時間の調整がむずかしい。そこで、軽食を食べて多摩サイに行き、帰路の途中でショップに向かうことにした。

 11時、家をでる。気温が低い。風は弱い。足は……まわらない。寒いと、とくにだめなのだ。ソックスは2枚重ねである。いろは坂を経て、記念館通りで息切れ。なんとか通過し、関戸橋から府中四谷橋に向かう。余裕を持ってでたので、時間が早い。13時10分くらいにショップ前に着いた。早すぎるので、ショップの脇でカロリーメイトを食べる。これが、きょうの昼食だ。食べても、あまり時間は過ぎない。少し粘って、13時20分に店内に入った。

 店内で時間をつぶす。商品をあれこれ見る。トイレににも行く。必死で物欲を抑える。13時半を過ぎた。だが、待ち人がこない。さらに待つ。やはりこない。家に電話して、何か連絡がないかを訊く。連絡はない。あらためて待つ。

 13時50分をまわったころ、駆けこむように待ち人ふたりがきた。待っている間にからだが冷えてしまったので、さっそく走りたい。急いで自転車を選び、手続きをしてもらう。ショップオリジナルのカーボンとチタンのモデルだ。すぐに外にでて、多摩サイにあがる。

 走行は順調に行った。試乗時間の1時間はあっという間に過ぎた。おふたりとも、ロードの性能に満足されて、試乗終了。自転車をショップに戻し、15時10分に解散した。気温、ますます低くなっている。わたしは全力疾走で帰宅した。足、がくがくである。気温が低く、一度、からだを冷やし、足はだるだるで、走行距離はいつもより10キロ以上長い。かなりへばって、家に着いた。

 まずは栄養補給。プロテイン、牛乳、バナナ。これで一息ついた。服を替え、書斎に入る。しばらく意識が失せる。気がつくと、もう夜だ。夕食を食べ、風呂に入り、フットマッサージを終えると、あらまあ寝る時間ではないか。23時半、倒れこむようにベッドにもぐりこんだ。めまぐるしい1日だったなあ。原稿はちょっとだけ書いた。

 2005/11/10 (Thu)

 おなか、まったく問題なかった。6時に起き、朝食をちゃんと食べてから、ふつうにトイレ。多摩サイにも行く。10時に出発。しかし、この時間帯の選択が大失敗だった。きょうの多摩サイ、聖徳学園と成城学園のWマラソン大会実施中である。そりゃあもう、道路一面、小学生と中学生だらけさ。高校生のようにひどいルール逸脱はないのだが、いかんせん、生徒の数が多すぎる。往復しているから、ほぼ道路は完全占拠状態。途中で引率教師に大会が終わる時間を訊いたら、14時だと言う。あきません。通常コースの走行を断念して、先に進むことにした。例によって大垂水峠という選択肢もあったのだが、まずいことにスプロケが12-21である。このスプロケで峠へ行くのは、わたしの老化した足では無理。走りにくいことを承知で、やむなく、上流に向かった。

 きょうの折り返し点は、睦橋。うちからだと、片道25キロくらいになる。距離的にはちょうどいい。しかし、速度がだせないので、それなりに時間がかかった。反転し、関戸橋に戻る。おや。まだ11時台なのに、マラソン生徒の姿がない(昼食中であった)。いろは坂、記念館通りを経て、帰路につく。天気は快晴。風も弱い。が、足のまわりはいまいち。中1日では、月火の疲労がとりきれないね。帰宅は12時45分だった。

 すぐに昼食。それから書斎に入る。原稿を書こうと思ったら、ゲラが1本届いていた。かなりの修正を必要とする内容である。すぐに着手。で、気がついたら、もう夕方になっていた。早いぜ。夕食まで執筆。夕食後も執筆。合間に5500の掃除。RDとチェーンに枯草がごっそりとひっかかっていた。あわてて引き抜く。回転させてもとれない。完全に噛みこんでいた。後半、ペダルが重く感じたのはこのせいかも(単にへばっただけという説も根強い)。とりあえず、このせいにしておこう。

 22時45分に区切りをつけて、書斎へ移動。23時から理想の生活の最終回を見る。いかにもという感じのめでたしめでたしで終わっている。ハッピーエンドは好きだが、もう少し現実に即した緊張感があってもよかったんじゃないかな。就寝は23時半。最近、定例の布団乾燥を寝る直前にやっているので、ベッドがとても暖かい。つぎの問題は、起きたときの低温対策である。

 2005/11/09 (Wed)

 6時45分に起きた。この時間だと、陽光がまぶしい。きょうも快晴である。休修行日だってのが惜しいね。しかし、足はだるだる。休ませないといけない。サスケはすっかり元気になった。暴れまわっている。食欲はあるが、食べにくいので、あいかわらず食事量は少ない。

 11時半過ぎに家をでて、駅前に行く。とつぜん食べたくなったハンバーガーとカスタードクリーム入りのたい焼きを買って帰宅。きょうはこれを昼食にする。

 食事を終え、書斎に入る。16時から競輪中継。執筆の進行は、まあまあ。睡魔がかなり強力である。夕食後、いきなりおなかの具合が悪くなった。トイレに駆けこむ。腹痛、熱、食欲の低下は完璧にないのだが、この感じは食中毒の雰囲気がある。水を補給し、様子を見ることにした。この騒動で、執筆が中断。まいったね。しかし、1時間ほどの波が去ったら、おなかの調子は急速に鎮静化した。どうやら、一過性の症状だったみたいである。ちょっと安心。でも、油断はできないので、枕もとにペットボトルを置いて寝ることにした。23時半に就寝。

 ●追悼。

 本田美奈子.さんの「ナージャ!!」…「明日のナージャ」主題歌…が、amazonで「現在お取り扱いできません」になっている。残念だ。ワイドショーが朝はお通夜を、午後は告別式の様子をずうっと放送しているが、わたしの知る限り、彼女がアニメソングを歌っていたことについては、まったく報じられていない。一瞬でもいいから、どなたかに触れていただきたかった。合掌。

 ●産經新聞の記事に爆笑。

 タイトルが「【ひといき】カタカナ語乱用に警鐘 伊藤三雄さん(73)」となっているコラム。執筆者の署名は、江藤秀司。伊藤という人は、「日本の大言小言〜」の著者と記されている。その内容の一部を紙面から引用しよう。

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「日本の社会に意味不明な英語や外来語が近年、氾濫し、蔓延してきた」。こんな書き出しで始まるエッセー集「日本の大言小言 これでもか大世迷言」(日本文学館、1000円)。
 中略
 執筆のきっかけを「新聞を読んでいて、カタカナ語が大きな障害になる。文章というのは、理解できてこそ楽しみがあるのに、分からなければ少しも面白くない」と語る。
 中略
 新聞を読んでいるとき「マイノリティー」という言葉に出くわし、ここまで読んでいた文章の意味がプツンと切れたというエピソードを紹介。その後調べると、少数や少数派を意味するということが分かった。ようやくその文章の意味が分かった。「こんなことがしょっちゅうである」と嘆く。その嘆きは辞書にはない「シャッフル」や元プロレスラーの大仁田厚氏の「ファイアー」にも及ぶ。
「国際化時代だから仕方がない部分があると思うが…」と言う一方で、「高齢化社会の今、コミュニケーションのバリアフリー(伝達に支障なし)を確立してほしい」という。
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 最後の1言がオチになっている。反射的においおいおいと突っこんでしまったよ。これじゃ、この伊藤さん、馬鹿じゃないかと思われてしまう。ひどいなあ。むろん、これはコラム執筆者の責任である。実際にこう語っていたとしても、まとめるときに直してあげるのが筋ってものだ。朝から爆笑(苦笑)である。

 2005/11/08 (Tue)

 きょうも快晴で、6時起き。サスケが元気だ。おしっこの色がよくなってきた。からだも、心なしかほっそりしてきたような。とりあえず、危険な状態は脱しつつあるようだ。昨夜から、リビング中にシートを敷くのはやめた。放水事故は起きていない。

 10時から多摩サイ走行。きのうに引きつづき、風が強い。とくに南からの横風が顕著だ。コーナーであおられ、どんどん外側にふくらんでいく。こういう風を受けると、冬がきたなあと思う。きょうは南風なんだけど。

 帰宅して、昼食。それから書斎に入る。夕方から外出準備。新宿で打ち合わせである。18時ちょい前に、駅前で関係者と合流。それから店に入り、食事をしながら、あれこれ話をする。おもしろい話題がたくさんでてくる。解散は21時。家に戻ったのは、22時10分くらいかな。急いで入浴し、フットマッサージをしながら理想の生活を見ていたら、もう時間切れ。寝る時間である。それでも、少し粘り、就寝したのは24時半。あしたは7時起きにしようかな。

 2005/11/07 (Mon)

 6時に起きると、外は快晴。誕生日である。54歳である。でも、朝からリビングの片づけ。サスケの世話。合間に朝食である。トホホ。10時少し過ぎに多摩サイに行く。土曜日に、休日返上で走ってしまったため、ちょっとだけ足がだるい。いや、かなりだるいかな。こういう日に12-21で走る。ああ、しんどい。往路の向かい風が足に響く。

 帰宅し、昼食を食べ、ママチャリで再外出。駅前に行き、銀行、ドラッグストア、スーパーなどをまわる。ついでにミスタードーナツにも寄り、割引券でドーナツを買う。何年ぶりだろう。ドーナツを食べるなんて。何十年かもしれない。割引券に釣られてしまったよ。できれば、子供のころに食べていたドーナツを味わいたいなあ。ああいうの、東京でも売っているんだろうか? 今度、パン屋をめぐってみよう。

 午後は、ずうっと書斎。夜も書斎。とにかく書斎。進みは依然として悪いが、こうやって作業をしている姿勢が大事である。そのうち、きっと大きな波がくるはずだ。そう信じて。23時少し前にリビングへと移り、23時半に就寝した。

 ●鳥啼き、うおの目に泪。

 また、右足裏にうおの目ができてしまった。この前とほぼ同じ場所。たこじゃなくて、この感触はうおの目だね。小さくて、痛みがほとんどないうちに始末しようと、きょう風呂あがりにスピール膏を貼った。はがすのは2週間後である。

 2005/11/06 (Sun)

 6時45分に起床。サスケ、エリザベスカラーに慣れはじめていた。ちょっと安心である。リビングを片づけ、しばらくハグしてからだを温めてやる。それから朝食。ここでいつもなら書斎に入るのだが、サスケの世話があるため、リビングでアニメを見ながら、あれこれをする。しかし、自力で水も飲めるし、食事もできるようになってきたので、きのうよりは手間がかからない。

 10時半に、友人のJくんが車で来宅。一緒に神金自転車商会に行く。JくんのMTBのスポークが折れた。それを直してもらう。ママチャリも注文する。作業はあっという間に終了。11時過ぎに帰宅した。昼食をとり、12時半に息子と外出。仙川、つつじヶ丘で買物をする。午後は、書斎。たしか執筆などをしていたと思うが、あまり記憶がない。夕方、ホイールをユーラスに交換。いわゆる気分転換である。大きな意味はない。

 夜、夕食はわたしの誕生日パーティ。1日早いが、これは家族の事情のため。茶碗蒸しがうまい。マグロがうまい。マキシムのケーキもおいしい。カロリーのことは忘れる。ちょっとスパークリングワインを飲みすぎた感もあるが、気にしない。ぽわぽわしているうちに23時を過ぎた。就寝は23時半。

 ●旅ゆけば猫〜ニッポンの猫写真集。

 フジのミニ番組で、動物写真家、岩合光昭さんが使われているカメラの担当者を取りあげていた。そこで、岩合さんの新刊「旅ゆけば猫」も紹介された。ちょっとだけでてきた掲載写真の猫がすごくいい。これほしいと思って、ネット書店で検索する。amazonはこちら。いや、本当に猫はかわいい。

 2005/11/05 (Sat)

 いつもだと7時起きの土曜日だが、きょうは6時半に起きた。快晴である。サスケ、ちゃんと吸水シートの上におしっこをしていた。血尿はおさまっていない。リビングを片づけ、サスケのロープを解く。リビング中に広げた新聞紙と吸水シートも片づける。

 正午、友人のKさんが来宅。ビンディングペダル(SPD)を導入するというので、うちの固定ローラー台を使って練習とポジションだし。新品のシューズにクリートも装着する。作業は1時間ほどで終了。その間にわたしも着替え、多摩サイに行く準備をする。最後の最後はローラー台でチェックはできない。やはり、実際に走ってみないと、完全にはならない。で、一緒に走ることにした。

 13時過ぎに家をでる。いつものコースの半分だけを走る。土曜日なので、人が多い。自転車も多い。うんざりするが、きょうは仕方がない。速度を抑え、安全を優先する。折り返して、いろは坂へ。こちらは、平日よりも車の通行量が少ない。登りきったところで、Kさんに記念館通りに行くかどうかを訊く。Kさん、きょうはこれくらいでいいですとのこと。多摩サイに戻り、帰路についた。Kさんのビンディング操作、問題ないレベルになっていた。これなら、ひとりで走っても大丈夫だろう。15時過ぎに帰宅。

 夕方からは書斎。しかし、サスケの面倒をみる必要があるので、なかなか執筆に専念できない。おしっこ、食事、水飲み、すべてに介助が要る。放置しておくと、情ない声で啼き、うるさくてたまらない。寝れば寝たで、静かすぎて心配になる。

 18時から、Jスポーツでジャパンカップのダイジェスト版が放送される。1時間番組。その後、夕食、入浴を経て、ようやく執筆に入ることができた。23時に店仕舞い。就寝は24時。介護でぐったりである。

 2005/11/04 (Fri)

 快晴。6時に起きて、まずサスケの様子を確認する。一応、元気だ。朝食をとるなどして、時間の経過を待つ。8時半から連れていく準備をはじめ、8時50分にサスケをママチャリに載せて家をでる。動物病院は9時から。着いてすぐに診てもらう。最初に体重測定。7.4キロ。新記録だ。まずい。カテーテルで尿の採取。そのあとは待合室(というか、玄関)のソファで検査待ち。くる人くる人が、サスケを見て「かわいい」と言う。でぶだけど、サスケはかわいいのだ。

 検査結果がでる。診断は膀胱炎。結石があり、尿PH値は9。腎炎一歩手前くらいらしい。やるべきことは、いちばんに減量。5キロが目標になった。キャットフードも変更。量も厳しく決められる。

 で、注射を打ち、エリザベスカラーをつけられ。薬をもらって、帰宅。エリザベスカラーは股間を舐めさせないためである。しかし、これがサスケ最大の敵となった。

 家に戻り、サスケを解放する。サスケ、すぐにトイレに行く。注射は利尿剤だ。おしっこで結石を流すためである。だが、エリザベスカラーがトイレに入るのを妨害する。カラーをつけたままだと、トイレの中をかきまわすという事前儀式がまったくできない。サスケ、頭にきてトイレに入らず、外でおしっこをしてしまう。儀式は重要なのだ。食事や水を飲むときも同じ。まずペットフードを前肢で床に落としたり、水をすくってみないとだめ。でも、カラーがついていると、それは不可能。だから、食べない。飲まない。新しいペットフードはPH値調整の役割を持っているので、食べてくれないと困る。

 などといっている間にも、サスケはおしっこをする。さすがは利尿剤、どんどんでてくる。まるで噴水のようだ。あわてて家内に吸水シートを買ってきてもらう。このままだと、リビングはサスケのおしっこで床上浸水になる。届いたシートで床の多くを覆った。

 13時半、ようやく一段楽したので、5500に乗り、多摩サイに行く。きのうたくさん歩いたので、へろへろになることを覚悟していたが、逆に足がよくまわる。びっくり。理由は不明。気持ちよく帰って自宅室内に入ったら、棒立ちになった。サスケ、狙うように吸水シートのないところにおしっこしまくっている。なんというやつだ。あわてて、息子とふたりで掃除。吸水シートも追加。着替えているひまもない。

 夕方、ようやく書斎に入り、執筆を再開する。外出していた家族もすべて帰宅し、サスケ監視態勢もととのった。はっきりいって、しばらく目を離せない。水も食事も、手で与えてやる必要がある。完全介護状態だ。介護認定は5ってとこかな。この落ち着かない状況が夜までつづいた。

 夜、リビングにビニールシートと、新聞紙と、吸水シートを敷きつめた。行動範囲を制限するため、サスケをロープでつなぐ。それらすべての用意を終えてから、24時にベッドに入った。きのう以上に疲れた1日である。早く癒ってくれえ。

 ●ジェリーローション。

 ばっちりだった。家内に買ってきてもらった500円くらいのものなんだけど、これをセンサーに塗って走ったら、誤動作がぴたっと消えた。1回も起きることなく帰宅。すばらしい。お肌もすべすべになった(かもしれない)。もっと早く気がつけばよかったなあ。

 2005/11/03 (Thu)

 祝日だけど、6時半起き。一応、晴天。やや曇り。8時前に家をでて、ビッグサイトに向かう。日本サイクルショー2005だ。新宿で乗り換え、国際展示場駅で下車する。そこで友人たちと合流。歩いて会場に入るが、まだひらいていない。開会式がおこなわれる。いかにも日本的な儀式だ。

 開場と同時に、屋外に行く。あらあら、噂どおり、即売テントが存在しない。パーツ、用品即売がないとなると、サイクルショーの価値は8割くらい落ちる。仕方がないので、屋内に戻り、展示を見る。しかし、これも噂どおり、スポーツ自転車がほとんど出品されていない。シマノも、軽快車用パーツばかりを並べている。まったく興味が湧かない。がっくりきて休憩所に行き、コーヒーを飲んでいた。もう何も見る気にならない。

 11時ちょっと前に、17BICYCLEのブースに行く。アオバ自転車店の作者、宮尾岳さんのサイン会があるからだ。サイン会がはじまる前に、宮尾さんに挨拶する。初対面である。名刺交換。これがきょう最大の収穫だね。宮尾さんに感謝。

 正午、帰路につく。新宿にでて、まずは食事。あ、その前に、ローソンチケットに寄って、サイクルモード2005の前売券を買ってきた。ローディが行くのなら、やはりこっちだね。幕張メッセは気が遠くなるほど遠いけど、こうなったら、行くしかない。でないと、心の平穏を取り戻すことができない。で、昼食だ。この前きたときに定休日だった、とんかつの卯作に入った。ランチがコーヒー、サラダ付きで1000円。もちろん、わたしはヒレカツである。キャベツを2回、ごはんを1回、おかわりしてしまった。大満足。

 おなかがいっぱいになったので、ジョーカーマニアックに行った。ショップのほうが、サイクルショーよりも、よほど見るものがある。反転して、ジョーカーも覗いた。さらに、もう1度コーヒーを飲んでから、ユニクロにも立ち寄った。サイクルショーで即売がなかった反動は、けっこう大きい。解散は15時過ぎ。帰宅したのは、16時過ぎ。書斎に直行し、PRIDE 30を見ながら、あれこれ。当然、あっという間に夜になる。いつもどおり理想の生活を見て、23時半に就寝した。

 ●サスケ。

 やはり休日なので、獣医さんはお休み。しかし、電話で相談にのってもらえた。サスケのほうも、とくに症状の悪化は見られない。あいかわらず尿の出はいまいちだが、色は正常に戻った。食欲もあり、ひじょうに元気である。それをドクターに伝え、あした朝一で診てもらうことにした。ただし、急変があったら、その限りではない。急ぎ連絡をする。そういう段取りだ。今夜がちょっと心配である。

 2005/11/02 (Wed)

 きょうも快晴。でも、きのうのように冠雪した富士山がどおんと見えるということはなかった。そう。あしたが休日なので、きょう多摩サイに行ってきたのだ。しかしその判断、大失敗だった。日本学園中高の生徒たちがマラソン大会をやっている。この学校の生徒の交通マナー、最低。道路の真ん中に集団ですわりこむ者までいる。教師がけっこうたくさんついていたが、ぜんぜん目が届いていない。とても走れる状況ではないと考え、上流のほうへと行ってみることにした。しかし、やはり国立から先はまったくロード向きではない。道幅が狭く、路面も悪すぎる。昭島まで行ったところで「そうだ。大垂水に行けばよかった」と気がついた。が、時すでに遅し。Uターンして戻った。いろは坂、記念館通りを経由して帰路につく。マラソン大会はもう終わっていた。めでたい。うんざりしながら帰宅した。

 昼食をとり、書斎に入る。あとは夜までこもりっぱなし。23時前に店仕舞いして、リビングで理想の生活を見る。サスケが、しきりにトイレを気にしている。というか、頻繁におしっこをしている。様子がへんなので、トイレを見たら、血尿がでていた。まずい。結石の可能性大だ。あしたは祝日。獣医さん、休みである。とりあえず、朝になったら電話しようということで、ベッドにもぐりこんだ。ちなみに、サスケ本人はとても元気である。食欲も旺盛だ。でも、油断はできない。すごく気になっている。

 2005/11/01 (Tue)

 快晴である。おかげで朝6時の寒いこと。起きるのがいやになる。でも、起きた。食事をして、書斎に入る。9時過ぎまで執筆。それからしたくをし、9時50分くらいに5500で家をでて、多摩サイに向かった。走行時間帯変更である。午後は暖かくていいのだが、夕方の散歩グループに行手を阻まれることが多い。日が短くなり、15時半で、もう夕暮れっぽくなるのも気になっている。そこで、午前10時発に変えてみた。しかし、この時間帯はやはりまだ寒い。からだを温めようと、前半飛ばしてみる。あまり温まらず、ただばてただけだった。後半はへろへろ。よろめきながら家に戻った。

 帰宅すると、先に外出していた家内から電話。外で待ち合わせて、食事をする。エスニック料理のランチバイキング。生春巻がうまい。たっぷりと食べた。

 自宅に戻り、執筆に復帰。夕方まで書き、17時半過ぎに風呂に入った。三枚刃のカミソリで頭を剃る。いつもは電気カミソリで処理しているのだが、たまに伸びすぎてしまうと、こうやって下処理をおこなう。が、今回は手が滑り、カミソリで耳を切ってしまった。痛いよ。風呂からあがって、治療。

 夜は20時からJスポーツでツール・ド・北海道を見る。たけしの本当は怖い家庭の医学となんでも鑑定団も見たかったのだが、北海道を優先する。23時から理想の生活を見て、23時半に就寝。

 ●ちょうちょ。

 ここのところ、よくモンシロチョウにぶつかる。きょうは2回ほど当たった。そもそも11月にモンシロチョウやモンキチョウが群れをなして乱舞しているというのがどうかと思うよ。シジミチョウもいるし、バッタやトンボも、まだたくさん飛んでいる。で、冷えこんで動きが夏より鈍くなっているので、自転車をよけきれない。ま、鳩にぶつかったときのような危険性はぜんぜんないんだけどね。

 ●心拍計。

 ポラールのハートレートモニターがやたらと誤作動する。寒くなって、汗がほとんどでなくなったからだ(たぶん)。胸につけるセンサーは、常に濡れていなくてはならない。そのため装着時に水で濡らしておくのだが、前にも書いたように、わたしは運動時にあまり汗をかかない。冬ともなればなおさらで、多摩サイに着いたころには、すっかり水が乾いてしまっている。おかげで、表示が狂いっぱなし。いきなり心拍数220なんてでてしまう。その一方でとつぜん60くらいに下がったりする。まったく役に立たない。

 それでも、ここ数日は走っているとだんだん正常動作するようになっていたのが、きょうはぜんぜんだめだった。正常動作していたのは10分以下じゃないかな。帰宅してウェアを脱ぎ、センサーを外してみると、アンダーはさらさら。センサーもほんの少し汗ばんでいるだけ。汗をかかないにも、ほどがあるよ。

 そこで、ジェリーローションだ。低周波治療機やEMSダイエット機器は、からだにつけるパッドにジェリーローションを塗って使うことになっている。これ、水の代わりになり、かつ長時間乾かないで保水してくれるのではないだろうか。よくわからないが、なんとなく代替品になりそうな気がしている。試しにやってみようかな。このままでは心拍計を装着する意味がないので、だめもとで試してみる価値はある。あした、安いジェリーローションを探してみよう。だめだったら、お肌の手入れに使えばいい。