日々是口実

日々是口実

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 2005/10/31 (Mon)

 6時に起きた。曇り。足がだるい。スポルティーフは負荷が大きいことがよくわかる。いや、のんびり走るつもりが、ついロードの癖がでて何回か必死漕ぎをしてしまったわたしが悪いのだが。

 天気が悪くなるという予報なので、多摩サイ走行は中止。午前中は原稿を書く。ところが、どんどん外が明るくなってくる。どういうことだよ。これなら、走れるじゃないか。

 ということで、スーパーで買物があったついでに、ママチャリで多摩サイに行ってしまった。天気、昼前にほとんど快晴になった。みごとな外れっぷりである。1時間ほど走って帰宅。昼食をとって、書斎に戻った。あとは、いつもどおりのヒッキーである。でも、夕方からは、ずっとテレビ視聴。内閣改造の様子をリアルタイムで見る。

 夜も、執筆。テレビはニュースが中心。NHK、新内閣発足で放送時間に変更がでた。理想の生活は23時15分から。見終えてすぐにベッドに向かった。

 ●牛肉問題。

 べつに安全が保証されなくたっていいいじゃない。いやなら買わない、食べないですませられることなんだから。アメリカ人が毎日食べているわけだけど、かれらも、何か、はっきりとした品質保証をもらっているわけじゃないしね。産地表示で選別できるものに、あれこれ言うのは、すごくへん。反対している人は、何が不満なんだろう。輸入再開の暁には、反対した人がアメリカ産牛肉を何があっても食べないようにしているかどうかもチェックしてほしいなあ。二枚舌はごめんである。

 2005/10/30 (Sun)

 7時起き。曇り。気温はそれほど低くない。午前中は書斎で執筆。といっても、BGTVがゾイドジェネシス、ガッシュ、マイメロ、メルヘヴンなので、進みはよくない。午後、昼食を食べてから外出。自転車はお久しぶりのスポルティーフ。飛田給のユニクロで買物をし、西調布を抜けて多摩サイにでようとしたところで、信号につかまった。この赤信号が異様に長い。しかも、交差点は警察官だらけ。なんだろうと思っていたら、左手から白バイが何台も走りこんでくる。でもって、そのうしろにつづく車は、げっ、日産プリンスロイヤルではないか。ということは、あの窓から顔をだして手を振っている御方は……。

 天皇陛下。

 思わず、手を振り返す。思いだした。きょうの府中競馬場は天皇賞だ。天覧レースである。新聞等で大々的に報道されていた。しばらく、陛下の車列を追うようにして走行。でも、わたしの行先は多摩サイである。途中で左折。

 多摩サイを走って、まず、Y'sに入る。何かを買うのではない。ちょっとパーツの確認である。ウェアも見る。しかし、冬用ウェアの品揃えが悪い。あまり参考にならなかったので、予定変更。そのまま立川のなるしまに向かう。

 なるしまに入ったら、試着をしている人に声をかけられた。あらまあ、旭日工房常連のcobaさんだ。なるしまのウェアは、なかなかいい。サイズのことをcobaさんに教わる。とはいえ、何も買わない。あくまでも情報収集を貫く。

 なるしまからは、まっすぐに帰宅。家に着いたのは、16時半くらい。宅配便が届いている。先日のHONGCONGでご一緒した、漫画家の奥田ひとしさんが送ってくださった日本酒である。奇遇にも、きょうの夕食はおでん。日本酒がよく似合う。これは飲まずにいられない。

 というわけで、夜はおでんと大吟醸。秋田の千代緑、うまい。やや酩酊。これは執筆不可能だなあ。仕方がないので(嘘)、夜は20時からパリ〜ツールを見る。ロードレースのテレビ放送ね。見ているうちにアルコールが醒めてきたので、ぼつぼつ執筆を再開。23時前に終えて、就寝準備。23時半に寝た。

 ●産経抄。

 いまいちである。担当者が替わってからレベルが落ちたと、あちこちで文句を書かれている。わたしもそう思う。とくにきょう掲載されたものはひどかった。

 マクラは、元政治記者の屋山太郎氏による講演だ。そこから引用しよう。

 ……小泉首相を受験生あるいは大学生にたとえていた。ほかの教科はダメでも一科目だけは百点をとる。カンがよく〇×問題は得意だが、小論文となるとさっぱりだという。言いえて妙である。

 これは問題ない。屋山氏の表現力の評価である。

 ……屋山氏流に言えば、靖国神社参拝や外交・安全保障問題では「解答」そのものの間違いは少ない。だが「証明」の部分となると、いかにも勉強不足や一夜漬けが目立つ。「ワンフレーズ」「説明不足」のそしりを免れないのである。

 ここも問題ない。屋山氏の見解には論理がある。

 ……中でも「主要科目」の憲法問題は苦手でお嫌いのようだ。端(はな)から避けている。一昨日党議決定した自民党の草案も取りまとめは森元首相らに丸投げで、首相の改正への意欲は感じられない。これで来年九月の「卒業」までに単位がそろうのだろうか。

 問題は、ここだ。何を前提にこんなことを書いているのだろう。首相は、すべてのことで100点をとる人でないとだめだと言いたいのだろうか? あるいは、どれでも60〜80点平均で物事をこなすべきだと主張したいのだろうか。冗談ではない。すべて満点をとれる人など、どこにもいない。物知りで知られている評論家でも、不得手分野ではとんでもない文章を書いていることがしばしばある。それがたまたまわたしの得意分野だったりすると(数少ないのだが)、読んでいて爆笑してしまうこともしばしばだ。

 後者の、何もかも60〜80点平均でやってしまうなんて人になると、論外である。こんな首相は要らない。小器用は、指導者の資質に入らない。現実にいるかどうかはべつとして、いたら、必ず組織をあやうくする。限られた科目で100点をとれるが、他の科目はかなり不得意という指導者が不足している部分を補うためには何をすればいいのか? 簡単である。100点をとれると見こんだ人に丸投げすればいい。実際、企業では、みなそうしている。たぶん産經新聞社でもそうだろう。記事を全部、自社の記者だけで書いている新聞なんて、見たことがない。多くの記事が、各界の専門家に丸投げされ、紙面がつくられている。

 テレビ局も、これは同じ。外部のプロダクションにどんどん番組づくりを丸投げしている。雑誌もそう。外部の編プロ、ライターに丸投げしている雑誌は枚挙にいとまがない。出版界に身を置く人なら、誰でも知っている。なのに、マスコミはこぞって丸投げを悪であるかのように報道する。さっぱりわからない。自分たちがやるのはいいが、小泉首相がやるのはだめと言いたいのだろうか。そういうことは、ぜんぜんないと思う。丸投げ、けっこうだ。重要なのは、まかせたあと、信念をもって、それを自分の方針として国民に提示・説明できるか否かである。国民やマスコミがチェックすべきは、それをしているかしてどうかの一点だけだ。丸投げそのものにクレームをつけるなど、目くそ鼻くそのたぐいである。

 産経抄の担当者、ちょっと力不足だったね。いま一度修行して、出直したほうがいいような気がする。いまのままだと、読者からただ嗤われるだけの存在になりかねない。1面トップのコラムだ。主幹の決断を期待したいところである。

 ●人形師。

 ようやく、小松左京マガジン 第20巻がアマゾンのリストに入った。まだ予約販売になっているが、会員には、すでに送付されている。購入を希望される方は、こちらへ。で、新刊案内のページも更新しておいた。ついでに、ミスも修正した。わたしの短篇執筆は、「影絵少女」から7年であったのだ。すまん。すっかり忘れていたよ。友人に指摘されて思いだした。トホホであるな。

 2005/10/29 (Sat)

 土曜日なので、7時起き。朝から小雨が降っている。朝食を食べ、コーヒーを飲みつつ「絶対少年」をリビングで見てから、さっさと書斎に入る。寒い。パソコン暖房で部屋が暖まるまで、重ね着で武装する。完全に冬ごもり状態だ。いっさい外出することなく、そのまま夜まで書斎に留まった。あ、夕方、ちょっと動いたね。5500の洗車。って、家からでてないな。雨、午後はやんでいたらしいが、それもよくわからない。

 夜も執筆。アニメの在庫、減らない。原稿の進みもいまひとつ。まだ宇都宮遠征の疲れがとれきれていない感じだ。からだの芯に疲労があるね。BGTVはアド街、ブロードキャスター。23時半にリビングへと移動。チューボーですよ! を見て、24時に寝た。これといって、書くことが何もないのお。

 2005/10/28 (Fri)

 快晴。6時に起きて郵便受けを見ると、新聞が入っていない。休刊日じゃないよねと思いつつ、販売店に電話。どうやら担当者が寝坊したらしい。で、午前中は執筆。BGVはブエルタの最終ステージ。途中を飛ばして見ていたので、その部分だけ、真剣に見る。

 午後は多摩サイ。12時半に家をでて、走る。けっこう足がまわってくれた。しかし、それで体力を使いきってしまい、記念館通りでかなり苦しくなった。全体のペース配分がよくないね。まあ、後半にばてないからだをつくるべきなのだろうが、わたしもこの11月7日で54歳。そうはうまくはいかない。無理すると、からだができるんじゃなくて、壊れちゃう。15時前に帰宅。

 夕方以降は書斎でまた原稿執筆。相変わらず単調な生活である。って、いつもいろいろ起きていたら、こちらのスケジュールがめちゃくちゃになる。こういう状態がいちばんいい。外出もできる限りしないようにするのがいい。出費が増えてしまうから。寒くなると、わたしはだめなのだ。どんどん動きたくなくなる。穴があったら、冬眠したい心境になる。電気もガスも値上げするということで、今年の冬は厚着で対処しようと考えているが、可能なのだろうか。手袋すると、キーが打てなくなるんだよなあ。でも、がんばってみる。就寝は24時ちょっと前。

 NEON GENESIS EVANGELION 10TH ANNIVERSARY

 エヴァ10周年記念のヴォーカルベストアルバム。きょう、ガイナックスから届いた。アマゾンでチェックすると、評判がいい。林原めぐみさんの新曲も収録されている。でも、現品のアルバムタイトルは「NEON GENESIS EVANGELION DECADE」なんだよね。アマゾンのは発売前の仮題か何かなのかな。商品コードは、KICA-718。購入を希望される方は、こちらへ。2800円である。

 2005/10/27 (Thu)

 6時に起きたら、雨はいったんやんでいた。でも、そのあとすぐにまた降りだし、本降りになった。予報では午後から曇りとなっていたが、こりゃだめかなと思い、執筆に入った。が、天は我を見捨てなかった(どういう天ぢゃ)。昼前、いきなり陽射しがでてきた。と思ったら、見る間に青空が広がった。曇りを通りこして快晴である。これなら行けるということで、すぐに出発準備をはじめた。

 13時、家をでて多摩サイに向かう。道路がまだ少し濡れていて、風もかなり冷たいが、陽射しは強い。きょうも記念館通りを登る。いろは坂より、最大勾配はややきついね。道幅が狭いのが難点かな。児童の通学路でもある。

 帰宅して、すぐにママチャリに乗り換え、神金さんに行く。16時過ぎ、家に戻った。それ以降は、また書斎で執筆。宇都宮遠征の間に溜まったビデオがぜんぜん消化できない。日曜日のぶんだけでも、なんとかしておきたいなあ。

 夜も原稿書き。店仕舞いは23時。理想の生活を見て、23時半に就寝。

 2005/10/26 (Wed)

 6時起きに戻した。空模様は曇り。休修行日なので、多摩川には行かない。で、朝から執筆……の予定だったが、その前に駅前まで行き、所用や買物をすませることにした。10時前にでて、30分後に帰宅。その後は、書斎でヒッキー。淡々と仕事に専念して、1日が過ぎた。おかげで、書くことが何もない。あ、ロッテ、優勝おめでとう。23時半に寝た。

 ●大仁田議員。

 マスコミは、もうこいつのことを無視してほしいなあ。プロレス関係者なら、こいつがどういうやつだったかはみなよく知っている。ったく、こんなやつを議員にするなよ。ワイドショーやニュースで取りあげるなよ。うんざりである。票を投じた人、責任とってくれ。

 2005/10/25 (Tue)

 きょうも6時半起きになった。天気は快晴。冷えこみはそこそこ。からだはへろへろ。とりあえず、午前中は原稿を書く。淡々と書く。ときおり、どどっと眠くなるが、書く。

 13時、多摩サイに向かって出発。きょうはホイールを替えた。スプロケは12-27である。こうやって似たような条件でホイールを較べてみると、その性格がわたしのような鈍い者でもおぼろげにわかる。Xライトは、いつでも軽くまわってくれる乗りやすいホイール。ユーラスは、時速35キロあたりからいきなりぐんと伸びていく高速型ホイール。30キロ前後まではXライトのほうが少し楽って感じで、わたしのような弱脚ライダーにはXライトのほうが向いているように思われる。ただし、両者に大差はない。このインプレはむりやり差を広げて書いている。実際、多摩サイを走るぶんには、巡航速度に影響はほとんどでなかった。信号が多いところだと、Xライトのほうが、かすかに有利かも。

 で、ホイールを替えたのは、新しいコースを走るため。先日、疋田さんとの対談を仕切っておられた編集者の方から、記念館通りの存在を教えていただいた。この坂もおもしろいと言われる。で、さっそく行ってみることにしたのだ。いつもどおりいろは坂を登り、2本目を省いて記念館通りにまわる。入口がちょっとわかりにくい。はじめての坂は感覚がつかめないので、まずは慎重に登った。で、途中からダンシングもしてみる。ほぼ直線の道で、わりと登りやすい。いかにも裏道といった雰囲気だ。

 登りきったところで、左折。連光寺坂を一気に下って、関戸橋に戻った。これはいいね。いろは坂を2周するよりも変化がある。ただ、距離が少し伸びるので、入り方を少し工夫する必要がありそう。そのあたりに目処がつくようなら、こちらを日常走行コースにしてみたい。天気がよければ、木曜日にもう一度走ってみるつもりだ。しかし、多摩丘陵、侮れないね。本当におもしろそうな坂があちこちに存在している。これで距離5キロ以上、信号なしで自転車レーンのある最大勾配8%くらいの坂があったら、最高なんだけどなあ。

 まわり道のぶんだけ、遅めに帰宅。夕食まで片づけをしたり、意識を失ったりして過ごす。原稿も少し書いた。夜は、ゲラのチェック。23時から理想の生活を見て、23時半に就寝した。

 ●人形師。

 小松左京マガジンから連絡があった。誤植を見落として、表紙に刷られたわたしの名前が「高千穂逢」になってしまったらしい。なるほど。こうやって、モニター上でみても、一瞬見間違うね。いままでよく起きなかったものである。ちょっと感心してしまった。

 2005/10/24 (Mon)

 6時半、起床。さすがに6時起きは無理だった。完全熟睡をした。天気は晴れ。とりあえず朝食。それから、溜まっているあれこれを少しずつ片づけていく。折り畳んで持ち帰ったライトウイングも、もとに戻す。げ、ブレーキケーブルをひっかけて、被覆を傷つけている。これは急いで交換しないと錆びてしまうぞ。まいったね。

 片づけは、午後までかかった。13時、5500で多摩川走行。寒くなってきたので、きょうから午後走行に変更した。さすがに正午をまわると、気温があがってくる。でも、ウェアは長袖ジャージ+レッグウォーマーに替えた。暑いのは平気だが、寒いのは我慢できない。足、途中まではまわったが、いろは坂でどっと疲れがでる。土日、休んでいないもんねえ。かなりよれよれになって帰宅。しかし、すぐにライトウイングを神金に持っていかなくてはいけない。持っていって、ケーブル交換。家に戻って、筋トレ。終わってからコーヒーを飲み、一休み。そのあと、夜まで何をしていたのかは、よく覚えていない。気がつくと、23時。寝る時間である。店仕舞いして、23時45分にベッドに入った。

 2005/10/23 (Sun)

 激しい雷雨に起こされた。午前4時くらいだったかなあ。そのあともう1回寝直したが、結局4時半くらいに起きだしてしまった。まだ昨夜のアルコールが抜けきっていない。外を見るが、真っ暗で天気がよくわからない。天気予報を見る。昼くらいから晴れると言っている。信じられないが、とりあえず信じる。

 テレビを見ながら、着替え、洗面、荷造り。たらたらとやって、6時前にロビーに行く。チェックアウトして、Uさんとホテルのサービスモーニングを食べる。パン、ゆで卵、バナナ、コーヒー。わたし好みのメニューである。

 車でレース会場に向かって出発。曇っている。路面はびしょ濡れ。すごい降りだったんだね。途中、コンビニに寄って昼食を調達。7時前に会場の駐車場に着いた。駐車場、水没状態である。ワゴンが1台、スタックしている。これでは、自転車を降ろせないというので、いったん駐車場からでて、アスファルト上でUさんとわたし、それぞれの自転車を組み立てる。でもって、車をそれほど状態の悪くない場所に停め直し、スタート地点に向けて出発する。

 7時半くらいにスタート地点到着。まずはスタンド席のチケットを入手しなくてはならない。しかし、他のショップや本部はぼつぼつ開店しはじめているのに、スタンド席の受付には誰もいない。本部で尋ねると、チケット販売は9時ころからだという。げ、それは遅い。でも、とりあえず、並んでみる。一番である。一番は大好きだ。Uさんと交代で並び、待つあいだにショップめぐりをする。これがまずい。また散財のはじまりである。寒いから、いろいろほしくなる。スバルのニット帽を買ってしまった。ああ、暖かい。耳が冷えていたんだよお。応援用のぱふぱふホーンも買った。これは、必需品である。

 8時前、チケットの発売がはじまった。早いじゃん。ぜんぜん9時じゃない。チケットを買ってしばらくしたら、電車輪行でやってきた友人のJさんの姿が見えた。着いたばかりらしい。わたしのPHSが圏外なので、連絡がとれなかったと言う。Jさんもチケットを購入。これで、あとはスタートを待つばかり。って、まだK夫妻がきていない。

 2〜30分ほどして、K夫妻もDAHONに乗って到着。このおふたりは独自に動くので、わたしたちとは別行動。わたしたち3人は、スタンド席に着いて、9時からの出走サインを待った。選手がつぎつぎとメインスタンド前にあらわれ、出走確認用のサインをする。外国人選手、とにかくかっこいい。体格が日本人とぜんぜん違うなあ。

 10時、レースがスタートした。とりあえず、1周まわってくるまではスタンド席に留まる。そのあと、ダムのほうに行ってみる。ダムの奥に公園事務所や食堂がある。そこに行き、コーヒーを飲んだ。あ、その前に焼きそばを食べたような気がする。とにかく、一休み。レースの本番は、これからだ。

 くつろぎつつ、ダム近辺で、レースを観戦。ぱふぱふが役に立つ。その後、スタンド席に戻り、椅子にすわって、観戦のつづき。しかし、睡眠不足のせいで、やたらと眠い。何回か意識が消えた。選手が周回してくると、観客が騒ぐ。そうすると起きだして、わたしも声援を送る。雑な観戦姿勢である。天気が少しずつ回復し、青空が覗くようになった。

 レースも大詰めになったところで、目が完全に覚めた。これ以降は真面目にレースを見る。詳細は、こちらを読んでいただきたい。最後は、マンセボーとクネゴの一騎討ちである。マンセボー、ゴール直前でスプリントをやめた。クネゴの必死さを見て、ギブアップしたという感じである。勝利に対する執念の差かな。残念。マンセボーを応援していたのに。でも、すごくいいレースだった。大満足。

 レースのあとは表彰式。これは写真を掲載しておく。

 ジャパンカップ2005の表彰式

 表彰式が終われば、あとは帰るだけである。しかし、きのうレースのコースをまったく走れなかったのが心残りだ。そこで、古賀志山山頂までだけでも走ることにした。フロント60Tで登るのはきついかなと思ったが、一応、なんとかなった。山頂でUターン。ブレーキが効かない自転車なので、下りのほうが怖い。一気に駐車場まで下る。車の前に、UさんとJさんがいた。Jさん、わたしが戻ってきたので、駅に向かう。わたしは自転車を折り畳み、車に乗る。

 帰路についたが、みやげがほしい。高速のICに行く途中にあった産直即売店に入ってみるが、これはというものはない。果物、野菜、米ばかりだ。壊れせんべいだけを買い、高速にのる。みやげものは、結局、大谷PAで買った。このPA、品揃えがいい。小腹がすいていたので、餃子ドッグというのも買ってみた。意外にうまい。で、あとは、東京まで一直線。19時40分ころに自宅到着。夕食を食べ、荷物を片づけ、風呂に入り、コーヒーを飲み、一息ついてパソコンを起動、チューリッヒ選手権を半分だけ見て、23時半に就寝した。

 2005/10/22 (Sat)

 5時に起きて、最後の出発準備。天気はよくない。曇っている。というか、小雨も降っている。予報では関東は午後から晴れるということだが、その気配はない。

 8時半に友人のUさんが来宅。フォールディングバイクほかの荷物を車に積み、10分後に出発する。Uさんは、シラスA1を持ってきた。川口ジャンクションから東北自動車道。天気、やはりいっこうに好転しない。まずいなあとぼやいているうちに、宇都宮に着いた。宇都宮も小雨だった。時刻は正午少し前。駐車場に車を入れ、向かいのみんみん本店の行列に並んだ。まずは餃子で昼食である。

 並んでいるうちに、新幹線で輪行してきた友人のK夫妻が徒歩でやってきた。ふたりは市内を自転車観光する予定だったが、この天気でそれができなくなった。すべては当たらない予報のせいである。4人で餃子三昧。

 食後はK夫妻と別れ、われわれはジャパンカップの会場に向かった。雨でコースを走るのは無理だが、とりあえず、経路の確認はしておかなくてはいけない。

 会場では、オープンクラスのレースがおこなわれていた。実業団チームの80キロレースだ。なるしまのジャージがよく目立つ。気温が低い。駐車場は泥田になっていて、大型車がスタックしかけない状況。しかし、その時間帯は小雨がやみ、道路も乾きはじめている。しばし、レースを観戦。でも、終わるまではいられない。ホテルのチェックインを15時と申請している。

 市内に戻り、まずは外国人選手が多く宿泊しているニューイタヤホテルに立ち寄った。チームの自転車などがロビーに展示されていると聞いていたからだ。たしかに展示されていた。で、それを見ていたら、クイックステップのにーちゃんに声をかけられた。

「あんた、Tシャツほしくないか?(英語)」と、にーちゃんは身振りと英語で言う。「いくらだよ?(英語)」と訊いたら、「2000円(英語)」という返事だ。ものを見てからだと答えると、じゃあ、ついてこいと言われ、エレベータに乗る。香港並みの怪しい商売である。かれらが宿泊している部屋に連れていかれ、そこでいっぱいあるトランクの蓋をどんどんあけだした。中身はクイックステップのTシャツ、ジャージ、レーパンの山。2000円のTシャツは着古しである。結局、そのTシャツとSサイズのチームジャージを買ってしまった。予定外の大散財である。

 ニューイタヤホテルからでると、もう15時を過ぎている。まずいので、すぐに自分たちのホテルに行く。駅の反対側だ。チェックインして、一休み。16時過ぎに再外出。昨年も行ったイトーヨーカ堂のユニクロに行き、フリースのジャケットを買う。持ってきた服では寒くてたまらないからだ。もちろん、特価品である。そのあと、所用のためもう一度ニューイタヤホテルに行く。

 ロビーに入ったら、日本人自転車レースファンの群れがクイックステップの選手たち(もしくはチームスタッフ)を取り囲んでわいわい騒いでいた。にぎやかだなと思い、眺めていたら、そのクイックステップスタッフのひとりがすうっとわたしに向かって近づいてきた。にこっと微笑み、言う。

「あんた、Tシャツほしくないか?(英語)」

 所用をすませ、ニューイタヤホテルをでた。まっすぐに温泉に向かう。やはり、去年も行った天然温泉もある健康ランドだ。ここであの中越地震に遭遇した。温泉でからだを温め、生ビールでちょっとだけ冷やす。ああ、気持ちいい。19時ごろ、ホテルに帰着。今度は夕食のため、徒歩で近所の居酒屋に行く。外観はいまいちの店に入った。外れなら、すぐにでて、他の店に行こうという方針にしたが、この店、当たりであった。あれこれがうまい。飲んで食べて満足し、外にでる。でも、まだ仕上げをしていない。そこで、ラーメン屋に入った。このラーメン屋も当たりだった。天気が外れたぶん、その反動が食にきたのだろう。かなり食べすぎて、部屋に戻った。就寝は22時半。あしたも5時起きである。

 2005/10/21 (Fri)

 朝は曇り。午後から晴れた。6時に起きて、8時半ころ、多摩サイに向かった。足、ぼろぼろである。ぜんぜんまわらない。でも、きょうは府中の森近辺で中学生がマラソン大会をやっていた。教師が多摩サイ脇に並び、「ご迷惑をおかけします」と行き交う人や自転車に声をかけている。生徒の統率もまあまあ。とはいえ、人数が多いので、多摩サイのあらかたはかれらに埋めつくされている。当然、こちらも徐行運転をするしかない。ふだんなら文句を言いたくなるところだが、きょうは足が足なので、素直に徐行する。心が広くなる。おかげで、いつもより10分以上、走行時間がのびた。

 帰宅してからは、あしたの準備。早朝から宇都宮に行くので、更新も早めにおこなってしまう。自転車を折り畳んでケースに入れ、荷物をバッグに詰める。寒気が南下してくるという予報。天気はそれほど悪化しないらしい。しかし、気温がどれくらいになるのか、まったく予想がつかない。したがって、持っていく服も選択がむずかしい。あれこれ詰めこんだら、またもや1泊とは思えない荷物になった。どうしてくれようか。

 19時前に、入浴。20時10分から衛星第1で、自転車ロードレースの世界選手権を見る。きょうはこれを見たあとで、とっとと寝る予定。意識の半分は、すでに餃子になっている。

 2005/10/20 (Thu)

 快晴である。ものすごくいい天気である。しかし、これだけ晴れると6時起きは寒い。とはいえ、きょうは何があっても、この時間に起きなくてはいけない。起きて、朝食。そして、多摩川行きの準備。ほかにも、いろいろやることがある。それらをすべてすませて、8時半に家をでた。

 多摩川はけっこう風があった。往路が向かい風。帰路は気持ちいい。で、きょうはそのまま帰らず、京王閣のほうへと向かった。写真の撮影があるからだ。

 先日、調布飛行場のプロペラカフェで某氏と対談したと書いた。ご本人が公開されたので、ようやく、この対談のことを詳しく書けるようになった。掲載されるのは、疋田智さんの本である。疋田さんが、ご自身の新刊、「続・日本史の旅は自転車に限る! 天下を取り損ねた男たち」に収録される対談の相手に、わたしを指名してくださったのだ。光栄である。

 しかし、対談当日は雨になってしまった。自転車の写真もほしいと言われていたのだが、雨では乗ることができない。それで、きょう、あらためてわたしと自転車だけを別途撮影することになった。

 撮影のため、5500で京王閣近辺の多摩サイを数往復した。いやあ、こういう撮影って緊張するよ。たぶん、がちがちのライポジになってしまったんじゃないかな。朝が寒かったので、アームウォーマーとレッグウォーマーをつけていったのだが、快晴になったため、気温があがった。11時となると、逆にぽかぽか陽気である。でも、暑いのは平気だから、気にせずそのまま走った。

 5500のあとは、ペガサスIIとライトウイングである。こちらは自宅に戻って撮影。服を着替え、ヘルメットも替える。自宅周辺を何周かして、撮影は終了した。撮影中はさほど気にならなかったが、終わったら、がくんと足にきた。こうなると、歩くのもつらい。立っているのも、つらい。階段など、まったく昇りたくない。そういう状態になる。だが、まずいことに、きょうは自転車雑誌の発売日だ。ママチャリに乗り換え、駅前に行く。雑誌を買い、ついでに書店の上のマクドナルドでハンバーガーを買う。きょうは、これが昼食。たまには、こういうものも食べたくなるのだ。

 家に戻ってハンバーガーを食べ、その後は書斎にこもる。夜まで執筆。合間に土曜日の宇都宮行きに備えて、地図などをチェック。心配なのは天気だけだ。23時前にリビングに移動して、就寝は23時40分。足は、まだだるだるだった。

 ところで、「日本史の旅は自転車に限る!」の前巻だが、これはとてもおもしろい本である。必読本として、推薦しておこう。amazonは、こちら

 ●週刊文春。

 野中広務元幹事長の走狗となりはて、一部の連載を除いて、つまらない記事の集合体と化していた週刊文春だが、今週号(10月27日号)は、ちょっとおもしろかった。まず、阿川佐和子さんの「この人に会いたい」を(我慢して)読もう。そして、つぎに猪瀬直樹さんの「ニュースの考古学」を読む。思わず手を打ってしまうね。順番は絶対に守ったほうがいい。逆だと爽快感がそこなわれる。そろそろ購読中止かなと思っていたが、このみごとな連繋プレーで思い直した。もうしばらく読みつづけることにしよう。

 2005/10/19 (Wed)

 6時起き。すぐにテレビをつけ、天気予報を見る。台風がそれた。きょうは雨があがり、晴れ間もでてくるらしい。休修行日だけど、それはそれでめでたい。家の用で買物に行く予定があるから。午前中は執筆。ときおり、やたらと眠くなる。なんか、疲れ気味ね。

 午後、ホームセンターを往復。サスケ用にキューブボックスハウスというフェルト製のささやかな小屋を買った(1辺が36センチ)。さっそく組み立てて見るが、サスケ、見慣れぬものを前にふしゃってしまい、入ってくれない。箱にもぐりこむのは大好きなのに、どういうことぢゃ。馴染んでくれえ。

 15時から国会中継。党首討論を見る。民主党の前原代表、すごいことを言う。東シナ海のガス田、中国は軍艦まで持ちだして強引に開発を勧めている。これに対して政府はろくな対応をしていない。開発申請している日本の企業を支援し、安全に開発調査ができるようにしろだって。ということは、つまり、中国の艦船が妨害を仕掛けてきたら、護衛の艦隊(海上保安庁では中国海軍の相手は無理。自衛隊にしかできない)で応戦しろってことだよね。でなきゃ、まともな支援はできない。いやあ、大胆な主張だ。感心する。法改正をして、外国艦船に向けて海自の護衛艦が現場の判断で発砲できるようにするところからはじめなくてはいけない。それをやってくれるのなら、大歓迎だ。

 と思っていたら、いきなり、中国との関係を配慮しなければいけないときに、なぜ靖國参拝をしたのかと言いだした。ええっ? それ、なに? ガス田の件と矛盾しまくりだよ、その言い分。中国との関係を配慮していたら、護衛艦で応戦なんて想定、絶対にできない。わかってるの? 開発調査企業の国家的支援なんて、夢物語ってことだよ。

 おまけに、前原代表、わたしの神社参拝姿勢まで否定してくれた。ポケットから小銭をだしてちゃりんと放り投げるの、失礼なんだって。びっくりしちゃうよ。それをやるのが総理かどうかなんて、関係ない。前原代表が問題にしているのは、仕事の合間にふらっと近所の神社にでかけての参拝を対象にしている。今回の小泉首相の平服での靖國参拝は、誰がどう見ても、そういうものである。これは、わたしが布多天神に参拝するのと、なんら変わりがない。つまり、わたしの参拝のやり方も、あげつらわれているのである。冗談じゃない。あんた、自分を何様だと思っているの? テレビを見ていて、思わず問い質したくなってしまった。ああ、うましか、うましか。

 国会中継が終わったら、夕方。それから、また夜まで執筆。店仕舞いは22時半。きょうも理想の生活を見て、23時45分に就寝。明け方の冷えこみに備えて、毛布を用意した。

 ●産經の介護漫画。

 最近、連載されている。作者は赤羽みちえさん。実際に母親の介護に従事されている。で、きょうは国民年金の値上げ、灯油の高騰、介護保険の負担金増など、もろもろ値上げの嘆き連発特集。最後を「みなさま泣いてもいいですか?」で締めくくっている。待ってくれ。この赤羽さん、結婚されているんだろうか? そして、お子さんがおられるのだろうか? もしも未婚、あるいは既婚だが子供なし(or ひとりだけ)の場合は、泣くのをちょっと留保していただきたい。年金や介護保険などは、すべて、ひとりの人をそれ以上の数の子孫で支えることを前提にシステムが構築されている。夫婦ふたりなら、子供がふたり以上いないと、このシステムは崩れる。ひとり身なら、外国あたりから養子をひとり以上とらなくてはいけない。人口が現状維持、もしくは微増でない限り、必ず破綻する。その破綻した状態が、いまだ。破綻したから、ひとりあたりの負担はどんどん増えていく。そうしないと、システムそのものを放棄するしかなくなる。条件を満たしていない人、泣く前にまず条件を満たしてほしい。条件を満たすと、また泣きたくなるような状況が現出してくるが、それは、まだ未来が存在する悲惨な状況だ。いまのままだと、未来すらないよ。政府も、システムをちまちまといじることはもうやめなさい。根本的な解決策は、若い人がつぎつぎと結婚し、つぎつぎと子供を産み育てていく社会をつくることだ。それだけが唯一の問題解消法である。どんな手を使ってもいいから、それを特急で実現させる。さっさとやりなさい。代理母? 認めればいいじゃない。認めれば、そのぶん子供が増えるのだから。希望者に資金援助をしてもおかしくないよ。

 2005/10/18 (Tue)

 やはり雨。6時に目覚ましが鳴っても、すぐに起きる気がしない。20分かけて、のろのろとベッドからでた。それでも、朝食後は、すぐに執筆に入る。雨は人間を真面目にするなあ(おい)。11時にいったん原稿書きを中断し、駅前に行く。本屋で雑誌を買って帰宅。なぜか、この時間帯だけ雨が小降りになっていた。ラッキー。

 午後は室内走行。14時15分前後からはじめた。BGVは「ツール・ド・フランス 1985〜1991 7YEARS BOX」の1985年。ようやく見る機会がでた。で、見はじめてびっくり。すごくおもしろい。ローラー台、いつも退屈しながらまわしていたのだが、きょうは違った。この総集編、よくできてるわあ。さすがはドキュメントのNHKだね。クランクをがんがんまわしながら、思わず見入ってしまい、気がつくと、時間が経っている。しまった。きのうの室内走行から見ればよかったと反省しきりだよ。7枚組だから、あと6回は室内走行を飽きずにやることができる。その前につづきを見てしまいたくなっているが、そこはぐっと我慢。つぎの室内走行のためにとっておくのだ。でも、ああ、見たい。

 ところで、この「ツール・ド・フランス 1985〜1991 7YEARS BOX」だが、前にもここで詳しく紹介した。その紹介文の一部を、ちょいと移しておこう。

 これは、NHKで放送されていたツール・ド・フランスの番組を7年分(タイトルどおり1985年から19991年まで)まとめたDVDセットである。参考定価は税込21315円だが、amazonならば、19184円というお得なお値段で買うことができる。「ほしい。購入しよう」と思った人は、すぐにこちらへ行こう。このDVDは絶対に見るべきだ。声を大にして、推薦しておく。

 室内走行を終えたら、再び書斎で執筆を続行。23時まで書きつづけ、理想の生活を見る。なるほど、こうきたか。息子の嫁さんの描写がリアルでいいね。23時半にベッドに入った。

 2005/10/17 (Mon)

 6時に起きたら、本降りの雨である。やはりだめだったかと、肩を落とす。すべては台風のせいなんだよね。やむなく固定ローラー台をひっぱりだし、午前中に室内走行をした。

 午後、迎えの車がきた。きょうは某氏と調布飛行場のプロペラカフェで対談をする。某氏は、わたしの恩人である。この人のおかげで、わたしは致命的な病気に罹るのを免れることができた。対談についての詳細は後日、書くことにする。

 対談は、すごく楽しかった。16時に終え、近藤勇の生家跡で写真撮影して、自宅に戻った。この対談と撮影があるから、晴天を願っていたのだが、残念である。雨がやむ気配はまったくなかった。

 帰宅してからは、書斎で執筆。ニュースがつまらない。首相のささやかな個人的日常や、中国韓国の国内問題を、まるで日本の問題であるかのように勘違いして、どのニュースも仰々しく取りあげている。

 仮に、A家とB家があるとしよう。B家は、家長が横柄な性格で、妻や子供が不満を抱いている。そこで、B家の家長はとなりのA家の悪口を家族に言い散らし、自宅内での話題を自分に対する文句から、隣家の非難へとすり替えようとした。この場合、A家はこの状況になんの関わりも持たない。B家家長の陰謀はうまくいき、B家の者たちは家長の横暴を忘れて口ぐちにA家を悪く言うようになった。が、それは、あくまでもB家の家庭内部での騒ぎだ。A家は、これを無視するのがいちばんよい。放置しておけば、B家の者は、どうでもいい単なる言いがかりでしかない無意味な悪口に飽きて、他に重要な問題があることを思いだし、家長糾弾へと話が戻っていく。B家の悪口に驚き、A家が過剰に反応したら、それはB家家長の思う壺である。話題は根本的にすり替えられ、A家はB家にとっての完全な悪者に仕立てあげられてしまう。ほくそ笑むのは、B家家長だけだ。

 というわけで、きょうはニュースを見るのをやめた。たぶん、あしたのワイドショーも見るのをやめることになるだろう。日本のマスコミ人の多くは使命感というものを持ち合わせていない。あるのは、目先のお祭り騒ぎと視聴率、市場占有率だけだ。うんざりである。それなら、パリーグの優勝決定戦を見る。野球には、あまり興味がないんだけど。ロッテ、優勝おめでとう。今回と日本シリーズのあと、2回おこなわれるはずだったマルエツのバーゲンが1回だけになってしまったが、それは我慢するよ。

 23時、いきなり眠くなった。でも、理想の生活は見る。見てから、23時45分に就寝した。雨は、まだまだ降りつづく。

 2005/10/16 (Sun)

 雨。7時にはあがっているはずだったが、起きたら、まだどしゃどしゃと降っていた。多摩サイに行くわけではないが、予定がちょっと狂う。仕方がないので、ガッシュ、マイメロ、メルヘヴンを見てから執筆に入った。

 昼間で執筆に専念。昼食後も、執筆を続行。そうこうするうちに、雨があがった。暗い曇り空だが、道路が乾きはじめた。頼まれていた用があり、それを片づけるために、ママチャリで家をでた。ちょっと神金さんに顔をだし、そのあとでスーパーにまわる。特売品を買って帰宅。すぐに書斎へと戻って、執筆を再開した。

 21時から、あるある大事典IIを見る。有酸素運動の新理論というやつ。なかなかに興味深い。しかし、長期的効果がはっきりしないね。この番組は、いつも2週間ほどの短期テストで結論をだしてしまう。しかし、からだは負荷に慣れてしまうものだ。最低半年くらいはテストして報告してもらえないものだろうか。あるいは、半年後に再レポートを放送するとか。でないと、ちょっと信用できないなあ。

 23時、本日の執筆は店仕舞い。情熱大陸を見ながら、就寝の準備。ベッドに入ったのは、24時ちょい前。どうやら、あしたは終日、雨らしい。ひじょうにまずい状況である。

 2005/10/15 (Sat)

 起床は7時。天気は曇りだが、空が明るい。また予報が外れている。雨が降る気配がない。きょうは関戸橋の自転車フリマの日である。出品しようかと思って、友人たちと相談もしていたのだが、天気予報を見て中止することにした。この厳しいスケジュールの中で雨が降ると聞いては、パーツの洗浄などをする気が起きないんだもん。しかし、実際はこの天気である。おまけに昼に向かって、どんどん晴れていく。トホホだね。

 昼すぎまで、ビデオ消化しながら執筆。ちょっとビデオのほうに比重がかかりすぎていたような気もする。武龍の山崎和佳奈さん、主役になって「利」を失ってしまったのね。しかし、エアマスターもそうだったけど、この手のアニメは、どうしてこんなに作画品質が低いんだろう。中国拳法に対する認識についてのコメントはパス。こういうのはファンタジーだから。

 昼食後は外出。用事をすませ、ユニクロをまわって帰宅。これで、おおむね、今年の冬の準備はととのったかな。夕方以降は、執筆を再開してがんがん書く。夜まで書く。そういえば、17時くらいから雨が降りだしていたなあ。その雨が夜になってすごく強くなった。このまま土日の間に降り尽くして月曜はすっきり晴れてほしいのだが、ちょっと無理みたい。24時過ぎに就寝した。

 2005/10/14 (Fri)

 昨夜、予定よりも寝る時間が遅れたため、きょうは6時半起き。起きたら、快晴である。話が違う。まじにだまされたという気分だ。でも、晴れたら多摩サイに行く。これは、お約束。きのう、きょうのぶんまで走ってしまったから、いやもう足がつらいこと。おまけに、帰路の最後に向かい風が吹いてきた。へろへろというよりも、ぼろぼろになって帰宅。

 午後、ちょっとした事情があって、調布飛行場のプロペラカフェに行ってきた。コーヒーを飲む。近いので、あっという間に往復終了。家に戻って、国会中継を見る。参議院の郵政法案採決ね。実にあっさりと可決。まあ、こんなものだろう。以降は、夜まで書斎で執筆。秋田行きでビデオが溜まっているが、見る気力と余裕がない。放置しておくと、レコーダーがパンクしてしまう。しかし、原稿が優先だ。

 23時まで執筆をつづけた。使った時間のわりに、あまり進んでいないのはご愛敬(おいおい)。24時に寝た。

 ●スズメバチ。

 多摩サイに行く途中でスズメバチを見た。京王線の踏切に近い裏道の真ん中だ。路上をうろうろしていて、すれ違ったときに飛び立った。サイズから見て黄色スズメバチかもしれない。いずれにせよ、あのあたりに巣があるんだね。これは、ちょっと怖い。多摩サイで2度も刺されて、ちょっと蜂過敏症になっている。巣があるのなら、駆除してくれえ。あれに刺されたら、痛いだけではすまない可能性があるんだから。

 2005/10/13 (Thu)

 朝は晴れ。6時起き。足がだるい。通常の時間帯に多摩サイへ行く。足、まわらないというよりも、動かない。あしたの天気予報が雨だから、とにかくきょうは必死で走ろうと思い、加速を試みるのだが、だめ。へろへろになって家に戻った。

 午後、14時半に原稿の打ち合わせのため、ママチャリで東小金井に行く。もっとも、その前にちょっと自転車パーツを買いたいということで、府中四ッ谷橋をまわる。方角、正反対だね。1周して17時に帰宅。40キロくらい走ったなあ。朝と合わせて、きょうは100キロ近く走ってしまった。足、つりそう。天気、午後から崩れるという予報だったが、ぜんぜんそうならない。夕焼けがきれいである。いったいどうなっているのだ。

 夜は執筆。進み具合はいまいち。週末は、かなり気合を入れないとだめだね。天気が悪ければ、必ずヒッキーになるから、それを期待しよう。きょうも「理想の生活」を見てから、24時に就寝。「理想の生活」、ちょっと展開に無理がある。国産ドラマはこれだから、敬遠してしまうんだよな。

 2005/10/12 (Wed)

 晴れを期待しても6時起き。しかし、雲が多い。晴れ間はちょっとだけ。久しぶりの多摩サイ修行は8時15分に家をでた。気温は低め。足はまわらない。予想したよりも風が強い。帰宅するころには、青空が広がっていた。

 午後から5500の整備。あと、家の掃除。晴れるのを待っていたのである。ずうっとつづいた悪天候で、家じゅうがしけっていた。それがようやく解消された。作業が完全に終わったのは……15時くらいだったかな。夕方がぐったりタイムになった。

 夜は執筆。某原稿を一気に書く。すぐにメールで送信。そのほか、何かいろいろしたような気がするが、よく覚えていない。K-1を見ていたら、就寝時間になってしまった。でも、そのあと、NHKの「理想の生活」も見た。日本のドラマはほとんど見ないが、これは、ちょっと参考になるところがある。しかし、このロケ地、どこなんだろう。すごく興味があるなあ。と、思いつつ、24時に就寝。

 ●いやあ、笑ったよ。

 郵政法案が衆議院を通過したとき、造反議員の談話などが新聞に載った。これが軒なみ噴飯ものである。10月12日付けの産經新聞から、記事の一部を引用してみよう。たとえば、平沼赳夫議員だ。

「政治家としての出処進退を明確にする信念で青票(反対票)を投じた」
 平沼氏は本会議後、取り囲んだ記者団に「信念」という言葉を繰り返した。「ここで豹変して賛成に転じることは、私を支持してくださった方々に申し訳ない」と厳しい表情を崩さず、「最終的に一人だけ無所属になっても頑張る決意だ」と述べた。

 でたらめである。そもそも信念があって、所属している党の総裁が総裁になるときに掲げた政権公約を否定したのなら、その議員は、その時点で党を離れていなければならない。それが、いまさらこの弁である。どの顔さげて未だに自民党にしがみついてるのかね。いかにも甘さまるだしの能天気談話だ。これを「除名覚悟で政治家としての筋を通す選択をした」と紹介する産經も産經ではないだろうか。はっきり、見苦しいと書くべきである。

 落選組の川上義博氏、八代英太氏、小泉龍司氏も、同様である。

 川上義博氏の談話は「自分の行動に悔いはない。小泉首相に対しては、『あっぱれ』と言うしかないと思っている。『こっちも信念、あっちも信念だから』」と、寝ぼけた内容。信念があって政権公約に反対するのなら、やることをちゃんとやっておけということだ。それをやらず、いじましく自民党に留まったまま落選に追いこまれて、「こんちくしょう」と小泉首相をなじる。みっともないとは、こういう人のためにある言葉だろう。

 八代英太氏は、爆笑談話。「愛する自民党だから信じたのに、捨てられてしまった」ときた。愛しているのなら、党規に従えよ。そうでないのなら、尻まくってでてけよ。未練がましく公認をくれとせがむなよ。ま、捨てられて当然というべきレベルである。困った人だ。

 小泉龍司氏は採決前の説得工作に関して、つぎのように述べている。「理を尽くした説得はほとんどなかった。民主主義を否定するようなことを、公党が白昼堂々とやった。露骨な権力闘争だ」……おいおいおい。民主主義は多数決だよ。自民党内部で選挙をおこない、多数決で小泉首相を総裁、そして総理に選んだのだ。その総理が率いる政権が掲げた政権公約を否定する。これ、おかしいじゃないか。民主主義の原則は、言論の自由と多数決だ。言いたいことを徹底的に言い、主張を互いに激しくぶつけ合い、最後に投票をやって多数決でどうするかを決める。決まったら、それまでのわだかまりはいったん捨てて、その方針に無条件で従う。それが民主主義だ。納得できないのなら、ひとまず我慢し、つぎの選挙で多数をとり、前の結果をひっくり返す。自分が最初に民主主義の原則を無視しておいて、「民主主義の否定」とはよく言ったものだ。この人、国会議員としての資格がないね。今回の落選は、国民の正しい選択だったと思う。願わくば、つぎの選挙でも同じ結果にしていただきたい。

 2005/10/11 (Tue)

 6時に起きようとしたが、からだが反応しない。結局、30分ほど遅れた。天気は曇り。とても寒い。疲れがとれていない。

 午前中は溜まっているブエルタの未見録画を消化しつつ、アイデア構成。ただし、ちょっとだけ。10時半に友人のUさんが車で来宅した。10月1日にメンテを頼んで立川のなるしまに預けたホイールの回収を手伝っていただくためである。やはり、あれをママチャリで運ぶのは危険だ。そう判断し、車をだしてもらった。

 なるしまに着いたのは11時25分くらいだった。なるしまの開店は11時半。5分ほどあくのを待って、店に入った。ホイールだけでなく、前に頼んでいたパーツも入荷していた。メンテを終えたホイールには、12-21をつけてもらう。平地専用にするのだ。まあ、短くて勾配もほどほどの坂なら、登ることもできる(たとえば、聖蹟桜ヶ丘のいろは坂)。

 ホイールなどを受け取り、帰路についた。が、帰る前にデニーズでお茶をする。それから家に戻る。着いたのは、13時過ぎあたりだったかな。帰宅後は、書斎に直行して原稿執筆。区切りがついたところで、帰ってきたホイールにタイヤを装着する。1時間ちょっとの作業で、終わったのは16時半。その後は、また書斎で執筆。

 夕食のあと、風呂に入っていたら、某作品のアイデアがけっこうわいてきた。でて、すぐにタイピング。けっこう没頭する。気がついたら、22時半だ。もう眠い。しかし、寝すぎるとまずいので1時間ほど我慢。11時45分に寝た。

 2005/10/10 (Mon)

 朝から雨。かなり強く降っている。起きたのは7時。寒くて目が覚めた。からだがだるい。ぐったりしている。やたらと眠い。旅疲れが、一気にでてきたという感じだ。こうなると、対策はひたすら安静しかない。とりあえず、Jスポーツをつけて、ブエルタ最終ステージの再放送を見た。ポイント賞争いが熾烈。ペタッキが有終の美を飾った。

 で、夕方まではぼおっと過ごす。途中、小雨の中、家の用で駅前のスーパーにお使い。ついでにユニクロにまわり、冬の準備をする。夕方からは、競輪の中継を横目で見つつ、原稿をぽつぽつと書いた。それが夕食後もつづき、寝るまでには、けっこうまとまった枚数になった。こんな状態でも、書きはじめれば、なんとかなるものである。

 とはいえ、22時を過ぎると、もう眠い。全身倦怠感もひとしおである。もう少し粘りたかったが、23時にダウン。店仕舞いしてベッドに向かった。本格的な復活は、あしたからの予定である。たぶん。

 2005/10/09 (Sun)

 6時に起きた。目はその前から覚めていた。寝汗がひどい。布団が湿地帯状態である。喉は、少し回復していた。当然、温泉に入る。汗を流し、からだを温めて、7時から朝食。あきたこまちが格別にうまい。食べ終えたら、鈴木陽悦顧問から、秘湯「鶴の湯」に行こうという提案があった。異論はない。さっそく参加者を集める。難波さん、南山さんらを誘う。2台の車に分乗して、鶴の湯へ。しかし、着いてみると、看板がでている。宿泊客以外の来訪者は10時からしか入浴できないと書いてある。が、ここで鈴木顧問が動いた。社長と知り合いだから、話をしてみると言われ、即座に入浴オッケイとなった。

 鶴の湯、すごくいい温泉である。露天風呂がめちゃくちゃ気持ちいい。秘湯を堪能して、お世話になった宿の女将さんにご挨拶。9時半にロッジアイリスに戻った。大会は10時から恒例のオークションである。参加ゲストが持ち寄った、すごいお宝が格安で落札できる。名物?オークションだ。今回も驚くようなブツがでてきて、驚くような価格で落ちた。すごいよ、これは。

 11時前後に全プログラムが終わった。閉会式をおこない、解散となった。ゲスト組は、角館観光に行くことにした。きょうは天気がいい。快晴とまでは行かないが、青空が美しく、陽光がまぶしい。参加者たちに別れを告げ、車3台+オートバイ1台で、角館に向かった。途中で、狐岩を見物。角館に着いたのは、12時くらいだったかな。さっそく昼食として稲庭うどんを食べようとするが、店が混んでいる。13時を予約し、角館観光を先にした。歩きながら、店などをつぎつぎと覗く。あれこれ試食をする。南山さん、試食のしすぎでおなかいっぱいになりそうと言われる。それは、わたしも同じ。稲庭うどんの製造実演も見学した。

 13時、うどん屋に行き、昼食を食べる。店をでたのは14時。さらにみやげものを買いこんでから、角館駅に向かった。切符は田沢湖駅発になっているが、ここまできたら、田沢湖駅に戻る手はない。角館乗車に変更してもらう。野田さんは、われわれよりもひとつ早いこまちである。喫茶店でコーヒーを飲み、時間調整。15時49分発のこまち22号に乗った。東京着は19時過ぎ。自宅到着は三鷹経由で20時だった。コーヒーに、秋田名物のもろこしで一息つき、23時過ぎにベッドに入った。うーん、充実した2日間だったなあ。今年も最高の時間を提供してくれたHONGCONG3のスタッフに感謝。遠路はるばる足を運んでくれたゲスト諸氏にも感謝。来年も楽しみにしているよ。>実行委員長。

 2005/10/08 (Sat)

 5時に起きて、最後の出発準備をする。天気は曇り。雨を覚悟していたが、降ってはいない。家をでたのは7時。歩いて調布駅まで行く。新宿までの京王線急行は予想外にすいていた。乗り換えも順調である。そのため、東京駅には1時間ほど前に着いてしまった。喫茶店でゆっくりとお茶をする。喉の調子は、まあまあ。完治はしていないが、なんとかなりそうな雰囲気である。

 秋田新幹線のホームにでると、すでに南山宏さんがこられていた。ほどなくして、難波弘之さんも姿を見せた。ばらばらで切符を買ったのに、なぜかみな12号車である。

 新幹線の座席で、少し寝る。理想は「たっぷりと寝る」だったのだが、そうはいかない。後半、ちょっと退屈した。田沢湖着は、12時半ころ。改札をでると、迎えの人が横断幕を掲げている。おいおい。車に乗り、湖畔のレストランに向かった。まずは地ビールと昼食である。ビールも食事もひじょうにおいしい。おかげで、予定よりもまったりしすぎてしまった。

 14時過ぎに、会場であるロッジアイリスに到着。部屋に入り、すぐに着替え。そして、温泉である。硫黄の臭いがけっこう強く漂う温泉だ。露天風呂は少し湯がぬるい。でも、いい湯である。じっくりとつかった。

 風呂からあがって、ビール(チューハイだったかな)。飲んでいたら、開会式がはじまった。野田昌宏さん、大倉雅彦監督といったゲストは、まだ到着されていない。ビール瓶を片手に挨拶して、HONGCONG3がスタートした。式のあとは、地元のヒーローである超神ネイガーショーである。おもしろい。

 大会のハイライトである宴会は17時から。少し時間があったので、また温泉に入った。大倉監督も無事にオートバイで到着。このあたり、すでに記憶が飛んでいる。何をしていたのか、不明。気がつくと、宴席にすわっていた。で、どんどんビールを飲んでいた。18時過ぎに、野田さん到着。乾杯をやり直して、19時に宴会はお開き、公式プログラムに入った。

 わたしが担当する公式プログラムは、野田さんとポンキッキやスペースオペラについておおいに語るというものである。当然、おおいに語った。話しているうちに、むかしの記憶が少しずつ甦ってくる。でも、大声で話してしまうので、喉への負担が大きい。

 21時前に、放談会が終了。そのまま酒場部屋に移動する。21時から、鈴木陽悦大会顧問の「おもしろ秋田を探せ!完全版」や一本木蛮ちゃんの絵画教室がはじまっているが、そのころには、もうわたしの喉は枯れかけていた。声がでてこない。そうなると、あとはもう酒を飲むしかない。きりたんぽもでてきて、いよいよローカルコン全開である。

 23時、いきなり睡魔が襲ってきた。零時までは粘るつもりでいたが、どうにも眠い。野田さんもすでに別宿舎に移動されていて、とりあえず、きょうのわたしの役目は終了している。宴会続行を諦め、部屋に戻った。喉の手当てをして、就寝。ちょっとうしろ髪を引かれたなあ。髪の毛、ぜんぜんないけど。

 2005/10/07 (Fri)

 6時に起床。十分に寝たはずである。喉も、かなり楽になった。曇りがちだが、空には青空も少しだけ覗いている。となれば、多摩サイに行くしかない。で、行った。きのう、ホームセンターをママチャリで往復しただけであれだったので、すごく不安だったが、足はそこそこまわってくれた。無風なのが、幸いしたね。

 帰宅して、昼食。着替えて、12時半にまた外出。今度は仕事の打ち合わせのため、フォールディングバイクで渋谷に行く(いいのか? 本当に)。

 14時前に到着。打ち合わせをすませ、16時半に家に戻った。さすがに疲れた。あしたは秋田でホンコンである。朝一で田沢湖に向かう。そのため、いまからきょうのぶんの更新もしてしまう。このあとは夕食、風呂、荷物詰め、ブエルタの予定である。できれば、きょうも22時半に寝たいなあ。

 ●鳩、激突。

 また、鳩にぶつかった。前は自転車に当たったのだが、今回はヘルメット直撃だった。行手の路上にいた鳩の群れ、いつもなら左右に分かれて飛び立ち、ぶつかることはないのだが、きょうは1羽だけ、まっすぐこちらに向かって飛んできた。よけるひまなし。そのまま真正面からヘルメットにぶつかった。どんという音が響き、かなりの衝撃が首を襲った。首、痛い。鳩、けっこう質量があるんだね。衝撃が予想以上に重くて、頸椎捻挫かと一瞬、思ってしまった。幸い、頸椎に対して垂直方向の衝撃だったので、それは免れたらしい。しかし、本当にびっくりしたよ。ヘルメットがあって、よかった。

 2005/10/06 (Thu)

 眠れなかったので、7時起床に変更。起きたら具合が悪い。きのうよりも悪い。天気は雨。気温が低い。朝食を食べたところで、いったんダウン。9時半から11時までベッドで休んでいたら、かなりよくなった。どうやら睡眠不足だったらしい。

 午後、天気が回復した。なぜか、体調もけっこうよくなった。じゃあというので、喉の保護のためマスクをつけ、家の用でホームセンターに行ってみる。ぐわっ、全身だるだるである。いやもう足が重い。ママチャリで往復したのだが、それだけで息があがりそう。ひどい状態である。

 家に戻って、ぐったり。家でもマスクを外さない。15時半、来客。K夫人である(誰だよ?)。うちで使わなくなっていた自転車用のバッグを渡す。K夫人の新車にぴったりだ。めでたい。働きどころを得て、バッグも喜んでいることだろう。K夫人の新車、細かいところがいろいろと参考になる。しかし、体調再悪化(いわゆる自業自得)で、外にでているのがつらい。申し訳ないことだが、バッグを渡しただけで失礼することになってしまった。平身低頭。で、お礼にお酒をもらった。

 夜は執筆。21時から「ハルとナツ 届かなかった手紙」の最終回。5夜連続、ちゃんと見ていた。よくできた作品である。でも、米倉さんと仲間さんは役を入れ替えたほうがよかったかも。なんか、野際さんと森さんの身長差が気になっちゃうんだよね。あと、外見から感じられる性格的にも、逆だったほうが合っていたように思われる。

 で、きょうはブエルタの視聴を諦め、22時半に就寝。何があっても、今夜で癒すという覚悟で、寝た。

 2005/10/05 (Wed)

 きょうも朝から雨。昨夜はやはり寝られなかった。おかげで、今朝は6時起きに失敗。布団からでたのは6時半である。喉の痛みは少し軽くなったが、依然として少し痛い。で、まずは布団乾燥。その間に、書斎でブエルタの再放送の一部を見る。平坦コースなので、緊迫感はいまいちかな。

 午後、熱っぽくなってきたため、ベッドに入る。夕方まで寝たら、ちょっと回復した。しかし、昼寝をすると、夜寝られなくなるんだよね。できれば、避けたいが、風邪の治療は寝るのがいちばん。というか、これしかない。判断がむずかしいところである。

 夜は執筆。ちょっとだけ書いた。22時からブエルタを見て、23時半に就寝。だが、懸念が的中。ぜんぜん眠けがこない。2時くらいまで輾転反側がつづいた。

 2005/10/04 (Tue)

 雨。朝から喉が痛い。これは、やはりひじょうにまずい状況である。即座に終日安静を決定。ひととおりの作業をすませたところで、ベッドに直行する。昼すぎ、いったん起きだして布団乾燥と食事。その後はまた乾いたベッドに戻って、ごろごろする。完全に眠ってしまうと夜に響くので、テレビをつけておく。国会中継。

 夕方、またまた起きだして布団乾燥。そのまま夜まで書斎にこもる。原稿を書かなくてはいけないが、この体調だとちょっと厳しいので、アイデア構成をやる。とにかく喉の痛みをとるのが最優先。ブエルタ視聴を諦め、23時に就寝した。

 2005/10/03 (Mon)

 6時起き。曇り。いまにも降りそうという感じだが、降りだすことはないみたい。で、いつもどおりに多摩サイに行く。予報では弱風となっていたが、中風くらいだね(病気じゃねーよ)。足はいまひとつまわらない。膝の痛みが消えていないのだ。

 帰宅し、午後は家の用で駅前のスーパーに行く。すぐに戻って書斎に入る。アイデア構成のつづきである。夕方、とつぜん喉が痛くなった。一時的な痛みではなく、明らかに炎症のそれだ。まずいと思い、うがいで対処する。しかし、痛みはじりじりと増していく。仕方がないので、薬を飲んだ。喉は、わたしの弱点のひとつである。鼻風邪なら、1日で癒す自信があるが、喉はだめ。一度悪化させたら、数日はおかしいままになる。寝こんでしまうことも多い。

 対処したが、夜になっても喉の痛みはおさまらなかった。逆にどんどん悪くなっていく。これは本格的にやられた感じだ。週末は秋田のホンコンに行く。それまでには完治させたい。というわけで、早めに休むことにした。23時前に就寝。アイデア校正は寝ながらでもできる……と思うが、定かではない。

 2005/10/02 (Sun)

 7時起き。晴れ。よく寝た。でも、全身がだるい。すぐに書斎に入り、アイデア構成を続行しようとするが、いまひとつぐったりしている。しかも、資料が見当たらない。デスクまわりをちょっと片づける。いろいろなものがでてくる。

 午後もアイデア構成。でも、気分転換で、ちょっとスポルティーフのバーテープを巻く。いまなぜ巻き直しかは、わけありなのだが、それは後日。とにかく、きょうはとてもうまく巻けた。いままででいちばんうまく巻けたのかもしれない。

 気分転換がいい具合に終わったので、またアイデア構成に戻る。こちらは、ぜんぜんいい具合ではない。例によって夜まで粘り、22時からのブエルタは、雨の山岳コース。エラス、速いなあ。参考にならないなあ。って、参考にするつもりだったのかよ。と、ひとりで突っこみながら鑑賞。23時半過ぎに寝た。

 2005/10/01 (Sat)

 晴れ。休日なので7時起き。朝からずうっとアイデア構成。最悪の難渋状態。ひたすら呻吟する。午後、家の用でちょっとスーパーに行く。帰宅して、服を着替え、今度は立川のなるしまフレンドに向かう。ホイールのメンテを頼むためだ。後輪だけだが、ママチャリで運ぶのはたいへんである。ホイールバッグに入れ、ベルトで肩にかけたが、きょうは風が強い。多摩サイでやたらとあおられる。もう少し固定法に工夫がいるね。

 なるしまのあとは、きょうが新装開店のY's Parkに寄る。関戸橋にあった自転車ショップだ。それが府中四ッ谷橋に移転した。新装セール中かと思ったのだが、そういう感じではない。どの商品も、いつもの価格だ。ざっと見て、多摩サイに戻った。

 16時半、自宅に帰着。アイデア構成は多摩サイ走行中も、忘れずにつづけていた。いやもう、これほど頭を酷使して自転車を走らせたのは、これがはじめてである。しかし、それでもいい構成ができない。書斎に入り、つづきをおこなう。とつぜん、ちょっとだけだが閃いた。時計を見ると、もう夜である。どんどんメモをとり、アイデアを展開させる。ブエルタの放送は22時から1時間。ヒルクライムの激しいせめぎ合いを見ながら、頭も働かせる。そのせいだろうか、眠けが一気に強まり、23時半にベッドにもぐりこんだ。勝負は、あしただね。