日々是口実

日々是口実

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 2005/09/30 (Fri)

 きょうも晴れ。朝6時でも、きのうよりも冷えこんでいない感じがする。しかし、足がまわらないのは同じだった。全身疲労炎だね。土日は、完全休養だな。って、来週の天気予報がすごく悪い。ちょっと考えないと。

 帰宅し、昼食をとってから国会中継を見る。つまらない。エンターテインメントにしろとまでは言わないが、もう少ししゃれたやりとりもほしいなあ。もちろん、与党同士の狎れ合い答弁は論外である。これは、はっきりいって見苦しい。

 午後は、家の用で外出。ついでにドンキホーテで猫のトイレ砂を買う。家に戻ったら、すぐにまた再外出の準備。小松左京賞の授賞式である。16時半に家をでて、地下鉄で国会議事堂前駅に行く。改札口にでたら、どこかで見た人がいる。森村誠一氏だ。へえ、森村さんほどの作家が地下鉄で移動するんだ。ちょっとびっくり。

 授賞式というか、角川春樹事務所のパーティは盛況だった。「男たちの大和」を製作中なので、パーティのテーマもそこにある。スペシャルゲストは同作の主題歌を歌っている長渕剛さん。2曲歌い、つぎの歌手と交代。長渕さんの息子である。ということは、志穂美の悦ちゃんの息子ではないか(当然、まずそれが先に浮かぶ。さすがに「女必殺拳」コールはしない)。かれの1曲めは「風に吹かれて」。まだ声変わりしていない甲高い発声だが、雰囲気は聞いてすぐわかるほどボブ・デュラン。問題は、声変わりしてからだね。どういう声になるのか、かなり興味がある。

 パーティの途中から、膝が痛くなってきた。立ちっぱなしは棚膝に響く。駅の乗り継ぎで歩いたのも影響している。これがいやだから、最近は、都心に行くときも自転車を使ってしまうのだ。しかし、アルコールを飲んでしまうパーティとなると、そうはいかない。でも、膝はじわじわと痛む。やむなく、途中で退場。20時過ぎに会場をでた。家に着いたのは、21時ジャストかな。すぐに風呂に入り、膝に湿布薬を貼った。フットマッサージもする。ブエルタは22時から。なんと25分しか放送時間がない。あっという間に終了。24時に寝た。

 2005/09/29 (Thu)

 晴れ。6時に起きると、きのうの余波で足がだるい。考えてみたら、今週はけっこう足を酷使しているね。月曜日に和田峠で、火曜日を休んで、水曜日は御徒町から高田馬場をまわった。で、きょうはいつものコースをいつものように走る。足、動かない。そもそも寒い。寒いと、わたしはだめなのだ。

 帰宅して、書斎。夕方まで、一気に原稿を書く。夕方からは一息ついて、ニュースを見る。きょうのゴールデンタイム、見たい番組がないね。また、つまらない特番の季節がめぐってきてしまった。とりあえず、阪神の優勝シーンを見ながらアイデア構成。執筆と違い、こちらは進みが悪い。22時からブエルタを見て、24時少し前に就寝した。

 2005/09/28 (Wed)

 6時に起きたときは、曇りだった。雨、降るかな? という雰囲気もあるが、天気予報は午後から晴れ。それを信じて、9時20分くらいにフォールディングバイクで家をでた。最初の行先は、御徒町にあるサングラスのオードビー。アディダスのノーズパッドがおかしくなってしまったので、修理をしてもらう。新宿、九段下、秋葉原を経て、11時に到着。予定より、かなり早い。都内だと、この程度で移動できるのね。

 サングラスの修理はあっという間に完了。つぎは14時に、高田馬場で打ち合わせである。しかし、時間がすごく余っている。このまま移動したら、2時間くらい早くついてしまう。それはまずいので、コース変更。いったん新宿に戻った。その途中でマクドナルドを見つけ、時間もまずまずなので、入る。月見バーガーなどを食べ、昼食。だが、物足りない。

 新宿ではジョーカーマニアックに立ち寄った。ちょっと小物でほしいものがあったのだ。それを買い、今度はそのとなりのドトールに入った。まだまだ時間余りまくりなのである。コーヒーを飲み、シナモンパンを食べる。自転車移動は便利だが、おなかがすきやすい。

 で、それだけまわり道したのに、目的地には13時半に着いてしまった。30分、応接室で待って(昼寝していた)、打ち合わせ開始。16時半に終わって、帰路についた。コースは素直に、明治通りから甲州街道。17時半には、家にいた。帰ってすぐにやったのは、バナナなどを食べること。食べてばかりだなあ。19時からは夕食である。

 夜は、外出中に溜まっていたあれこれの処理で時間が消えた。きょうはブエルタの放送がないので、ちょっと助かる。あわただしく過ごして、24時に寝た。

 2005/09/27 (Tue)

 6時に起きた。霧雨っぽい曇りで、道路が濡れている。気温が低い。あした都心に自転車で行くことにしたので、多摩サイは中止である。さっさと書斎に入り、アイデア構成と執筆をおこなう。進みが悪い。いつものことだ。

 午後は、5500のバーテープを直す。わりとよくなった。15分ほど近所を試走。グッドである。すぐに家に戻って、書斎に入り、あとは夜までヒッキーとなった。テレビは鑑定団スペシャルと、22時からのブエルタ。ばたばたしつつ、24時に寝た。

 2005/09/26 (Mon)

 5時起き。晴れ。台風一過でいい天気になるという予報だったので、和田峠のリベンジに行くことにした。2日休んでいて、浅川沿いの道路の確認もできている。今回はすんなり登れるだろうと思い、7時15分に出発したのだが、いきなり道を間違えた。水無瀬橋を見落とし、気がつくと高尾にいる。最低だね。

 あわてて戻って陣馬街道に入り、あらためて和田峠へと向かう。今回はすんなり到達した。しかし、登るほうはすんなりではなかった。やはり、この峠は厳しいよ。先回、「和田峠は、この界隈ではいちばんヒルクライムの練習に向いた坂だと感じた」なんて書いてしまったが、前言を撤回する。ぜんぜん練習にならない。頂上の直前で心拍計の数値がリミットオーバーして、死にそうになっちゃったよ(警告音は、2キロ手前から鳴りっぱなしだった)。なんとか登りきったけど、頂上の茶屋駐車場では、ほとんどノックアウト状態であった。

 というわけで、ここで修行はしないことにした。いまのレベルでは、いつか死ぬね。命懸けの修行は、わたしの方針に反する。もう少しぬるい峠じゃないとだめ。

 帰路は20号にでての、大垂水峠越えコースをとった。トンネルがいやなので和田を下ったあと、遠回りを承知で、上河原から奈須部に抜けた。でも、この道、ゆるい登りである。20号までは下りだけだと思っていたから、ちょっとショックを受けた。大垂水は、あっさり通過。今回は足が売り切れていたので、速度はぜんぜんでなかったが、ここだけを登るのだとしたら、物足りなさを感じるような気がする。和田のあとだったからかもしれないけど。

 府中四ッ谷橋から多摩サイに戻って、帰宅。途中で旭日工房の常連の方に声をかけられた。もっと元気なときだったら、あちこちまわり道をしようと誘ったのだが、きょうはだめ。足がもうまわらない。すごく残念。走行距離:115.7キロ。走行時間:5時間42分。実走行時間:4時間58分。

 帰宅後は、まず昼食。それからシャワー。一息ついてから、書斎に入り、執筆にかかろうとするが、眠い。ひたすら眠い。うとうとしながら、文章と格闘。当然、進まない。で、気がつくと、夜。いつものパターンだなあ。20時からブエルタを見て、24時少し前に就寝した。

 ●背すじが寒くなった記事。

 小泉首相をヒトラーになぞらえている人たちがいる。もちろん、大笑いだ。歴史を少しでも齧っていれば、小泉首相程度の政権の舵取り手法など、あれこれあげつらうほどのものでないことがすぐにわかる。というか、あれはごくふつうの政治テクニックだ。気の利く政治家なら、日常的におこなっているんじゃないかな。それに対して、本物の独裁者がどういうことをしているのか、われわれはそれを知らなくてはいけない。で、それはこういう記事を読むと即座にわかる。一目瞭然だ。全文引用はあまりいいことではないが、それをしないとこの一文が成立しないので、当該記事を産經新聞2005年9月25日朝刊からそっくり引用する。なお、読みやすくするため、漢数字を算用半角数字に直した。

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 ◆露の元石油王、禁固8年確定 「反プーチン」封じ込め強める

【モスクワ=内藤泰朗】巨額脱税や国家資産横領などの罪に問われたロシアの元石油最大手ユコスのホドルコフスキー元社長の控訴審で、モスクワ市の裁判所は22日、一審判決をほぼ支持し、禁固8年の実刑判決を言い渡した。刑が確定したことで、同氏は出馬表明をしていた12月4日の下院補欠選への獄中立候補の道を閉ざされた。プーチン政権は、反政権の動きを封じ込める姿勢を強めている。
 判決は、1999年−2000年にかけ、法人税計約170億ルーブル(約660億円)を脱税したことのほか、詐欺や国家資産横領で有罪とした一方、資金不正使用など一部罪状では先の判決を支持せず、1年減刑して8年の禁固刑とした。
 22日開かれた控訴審では、ホドルコフスキー氏が450ページからなる判決文と、15巻に及ぶ検察側の起訴状を読んで準備するためには時間が必要だと要求したが、裁判所はこれを認めず、実質的な審理はわずか1日で終了した。
 さらに、ロシア内務省は同日、同氏の外国人弁護士に対し、有効期間を残したビザの失効を伝え国外退去を命じたほか、ロシア法務省も、同氏のロシア人弁護士3人を呼び出し、説明なしに弁護士資格を剥奪すると警告した。
 03年10月に逮捕されたホドルコフスキー氏は、刑が確定したことで、シベリアを含む、モスクワ以外の刑務所に移送される可能性が高いという。
 一方、プーチン政権に反旗を翻したカシヤノフ前首相が、08年に予定される次期大統領選挙への出馬の意向を表明したのを受け、モスクワ近郊の豪華別荘の不正取得など数々の疑惑が持ち上がっている。税務当局や検察当局が同前首相の捜査を始めたとの情報も飛び交い、プーチン政権による「前首相つぶし」の動きが表れている。  反政権勢力の大同団結を主張するチェスの元世界チャンピオン、カスパロフ氏も、チェスボードで頭を殴られるなど、実力を使った当局側による「脅迫」行為が続いているという。
 プーチン政権はすでに反政権的な集会を事実上禁止するなど、反政権の動きの封じ込めに乗り出しており、ホドルコフスキー氏のスピード審理もその一環とみられる。政権側が強権的な姿勢を強める背景には「政権側の焦りがある」との見方も出ている。
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 わたしなら、この記事、1面トップで掲載する。産經といえども、この記事は国際面にしか載らなかった。しかし、それでも載っただけましだ。もしかしたら、1行も報じていない新聞があるかもしれない。そういう新聞をとっている人は、さっさと解約したほうがいいと思う。隣国に、これほど危険な国家が存在しているのだ。それを自国の国民に知らせようとしない新聞に、存在理由はないはずである。

 2005/09/25 (Sun)

 台風で雨。当然、風も強い。外にはでず、すぐに書斎にこもる。朝からひたすら執筆。昼まで、えんえんと書く。ものすごく集中して書く。やればできるなあと、自分で自分に感心。

 午後はちょっとのんびりする。ビデオを見ながら、調べものなど。きょうはくしゃみと鼻水がひどい。原因は不明。ブエルタの放送は17時から。早い。台風は放送前に関東から離れた。曇り空だが、雨は降っていなくて、風も弱くなった。

 ブエルタのあとは、ベルリンマラソンかボクシング。と思っていたら、マラソンは録画で、ネットのニュースにもう結果がでていた。これなら、見る必要はないね。てなわけで、ボクシングを見る。長谷川選手の試合がよかった。くしゃみと鼻水対策の薬を飲んで、就寝は23時。ちょっと早めである。くしゃみと鼻水、あしたは止まっているとるいいなあ。

 2005/09/24 (Sat)

 7時起き。雨が強く降っている。9時過ぎに皮膚科リベンジで家をでる。おお、雨がやんでいるではないか。ラッキー。しかし、皮膚科は患者で長蛇の列であった。ドクター、休みすぎだよ。で、結局診察が終わったのは10時半。そのあと、薬局も大混雑。11時過ぎに、ようやくすべてが完了して、ちょいと西調布のユニクロに寄る。特売の靴下を買って、帰宅。家直前になって、また雨がぱらぱらと降ってきたが、それまでは、ほとんど降られなかった。

 昼食はラーメン。食べてから書斎に入る。アイデア構成の仕上げに専念。でも、途中で自転車に逃げる(おいおい)。5500のタイヤの前後を入れ替える。我ながら、手ぎわがよくなったなあと自己陶酔。終わってから、入浴する。きょうのブエルタ放送も、20時からなのだ。ブエルタのあとは、アド街ック天国。さらにブロードキャスター、チューボーですよと移って、24時に寝る。アイデア構成は、無事に完了した。あしたは朝から執筆開始である。たぶん。

 2005/09/23 (Fri)

 休日なので、7時起き。曇り後晴れ、ときどき天気雨。10時半くらいに、フォールディングバイクで家をでて、立川に向かう。なるしまに行き、パーツを注文。帰りに引っ越し直前のY'sに寄って、その近くのスーパーに入る。頼まれ買物である。13時半前後に調布に戻る。駅前、布多天神のお祭りで、交通がぐちゃぐちゃである。神輿がやたらと通る。人出も多い。天神通りが、通りにくいったらありゃしない。とりあえず、昼食がわりに食べるおはぎを買い、迂回して帰宅。

 おはぎの昼食を食べてから、書斎にこもる。例によって、アイデア構成。なんとかきょうじゅうにすませたいが、むずかしい。夕方まで粘ってから入浴。夕食後は、すぐにブエルタ。きょうは20時からオンエアーである。21時45分に放送終了。その後はチャンネルをフジに替え、K-1を見る。まあ、最近のK-1は、こんなものか。見終えてから就寝。24時だったかな。とりあえず、特筆すべきことは、何もない。

 2005/09/22 (Thu)

 曇り。いまにも降りだしそうな空模様である。天気予報では午後からよくなるとなっている(でも、外れた)。ちょっと様子見をしていたが、とくに問題なさそうだったので、10時ちょい前に家をでた。あとから考えると、これは、かなりいいタイミングだったらしい。降られることなく、いろは坂も2本こなして帰宅した。新しいポジションはなかなかいい。もう少し走りこんで、不具合がなければ、これで固定しよう。しかし、ポジションセッティングは、奥が深いなあ。

 帰宅してからは、外出なし。書斎でずうっとアイデア構成である。大難渋。いまやっているのは、このあいだまでやっていたのとは別物である。ぜんぜん閃かない。悶絶しつつ日が暮れて、夜になった。22時からブエルタ。24時に就寝した。

 ●眠れない。

 昨夜は、眠れなかった。原因はひとつしか考えられない。就寝直前にやったふくらはぎマッサージだ。深部体温がうまく下がってくれなかったのだ。深部体温をきちんと下げるためには就寝2〜3時間前に、軽い運動、ストレッチ、入浴などでいったん体温を少しあげるのが効果的と言われている。わたしはいつも21時くらいにフットマッサージをやっていたので、その理想的な時間帯に足の血行が改善され、一時的に体温があがっていた。しかし、昨夜は就寝30分前にやってしまった。これでは深部体温が下がる余裕がない。おかげで、まったく眠れなくなり、ようやくうとうとしてもすぐに目が覚めるなんてことを何回も繰り返すはめに陥った。1回など、意識だけ覚醒し、運動中枢が眠ったままといういわゆる金縛り状態にまでなってしまった(慣れているので、しばらく動こうとするのをやめ、運動中枢の目覚めを待ってから起きあがった)。金縛りは超常現象でもなんでもない。ただの生理現象である。なお、意識覚醒が中途半端で、同時に夢を見ることもある。これは、状況が状況なので悪夢になることが多い。実は、きのうがそうだった。これも、ああ、夢が混じっているなと思い、そのまま放置した。対処は、とても簡単である。重要なのは、あわてないこと。神秘体験などと思わないことである。そんなものは存在しない。

 2005/09/21 (Wed)

 曇り。でも、6時に起床したときは、薄日もさしていた。きょうは定例の皮膚科に行く日。朝食をとり、9時過ぎに家をでる。あら、人の気配がない。げ、皮膚科、1週間ぶっ通しで連休になっている。すごすごと帰宅。書斎に入って、アイデア構成。でも、手が自転車雑誌に伸びてしまう。いかんなあ。

 午後、ちょっと5500のポジションをいじってみる。いじったら試走したくなる。普段着のまま、ヘルメットだけかぶってそのあたりをひとまわり……のつもりだったが、気がつくと多摩サイにいる。まずい。休修行日なのに、これでは足を休めることができない。急いで家に戻る。あ、もう15時だ。ママチャリに乗り換え、駅前に出直す。銀行、スーパー、ドラッグストアをまわった。戻ってからは、また書斎。今度は真面目にアイデア構成……の予定だったが、猛烈な眠けに襲われ、気がつくと、夕方である。尻火なのに、きょうはだれきっている。

 夜はようやく落ち着いてパソコンに向かう。22時からブエルタ。今夜の放送は、1時間で終了。早い。見終えて、フットマッサージャーで足を揉みほぐす。いつもは入浴後すぐにやるのだが、きょうはタイミングを誤り、この時間になった。でも、気持ちがいい。試しにふともももを載せてみる。おお、ちゃんと動作するじゃないか。これからはふとももにも使おう。この時間帯にやるの、悪くないね。そう思った。しかし、実はこれが大失敗であった。24時に就寝。

 2005/09/20 (Tue)

 曇り。6時起床。いまにも降りだしそうな気もするが、予報では午後までは大丈夫と言っている。それを信じて、多摩サイに行く。火曜日は休むつもりで、きのうはいろは坂2本をやってしまったが、意外にも、ふくらはぎがすごく楽である。どうやら、フットマッサージャーが効いているらしい。買っておいてなんだが、かなりびっくりである。けっこう侮っていたんだよね。これなら、太股用のマッサージャーもほしいなあ。

 書き忘れていたが、きのうはくしゃみと鼻水がひどかった。尻火だったので、薬でむりやり抑えようとしたほどである。それが、きょうはぴたりと止まった。おかげで、走りながら洟をかむ必要もなく、わりと快適に走り終えることができた。帰宅後は風呂の残り湯で陽焼け止めを落とし、昼食。気温が下がったので、UVアームカバーをするようになったから、腕は洗う必要がなくなった。ちょっとうれしい。

 正午過ぎから、執筆再開。午後、一時中断して、駅前の本屋に行く。自転車雑誌を購入。とはいえ、読む時間はまったくない。家に戻ってからは、ずうっと執筆。きょうもブエルタは横目視聴。23時過ぎに、ようやく一区切りがついた。でも、これからすぐにつぎの原稿に入らなくてはならない。尻火はまだまだ終わらないのだ。トホホ。

 2005/09/19 (Mon)

 5時起き。今週の天気予報がよくない。火曜日からずうっと曇りで、状況によっては小雨もありとなっている。となれば、いくら休日でも、きょう走っておくしかない。しかし、休日走行の混雑はもう懲りている。尻火なので、時間も割けない。

 てなわけで、5時に起きた。天気は晴れ。早朝なら、混雑もそれほどではないだろう。睡眠時間を削れば、尻火への影響も少ない。そう思ったのだが、混雑に関しては見通しが甘かった。この時間帯は犬の散歩のラッシュアワーだった。いやもう気を遣いまくりである。それでも、いろは坂を2本こなし、帰宅。すぐに着替えて、またまた家の用でドンキホーテに行く。25日まで特売がつづいているから、毎日、あれこれ必要なものがでてくるのだ。

 家に戻り、昼食。それから書斎にこもり、執筆開始。書く。えぐりこむように、書く。とにかく執筆。がむしゃらに執筆。夕方に入浴をすませ、夕食以外は、えんえんと原稿を書く。ブエルタは、スプリント勝負の平坦路レースだったので、横目で見るだけ。とにかく完成をめざす。しかし、無理だった。24時ちょっと前にきょうの完成を諦め、へろへろ状態で就寝した。あしたも、たぶん、こんな感じの1日になる。ああ、しんどい。

 2005/09/18 (Sun)

 快晴。7時起き。メルヘヴンのあと、ママチャリで外出する。家の用だ。ユニクロ、ドンキホーテ、ホームセンター。きのうのデジャ・ヴュって感じである。ドンキホーテで、脚(ふくらはぎ)のマッサージ機を買った。似たような機種を某ショップで試したらけっこうよかったので、特売になっているのを知り、購入したというわけだ。試した機種は「イタキモ」つまり、痛いけど気持ちがいいというのが売りだが、わたしはちっとも痛くなかった。というか、まだまだ物足りなかった。もっと絞りあげてくれ、もっと揉みほぐしてくれと言いたくなってしまった。買った機種は、それよりも、さらにソフトである。まあ、家族も使うのだから、これくらいがいいのかもしれない。

 帰宅後は昼食。そのあと、息子がママチャリのタイヤ交換(前輪)をするというので、付き合う。作業は、わりとすんなり終了。前輪はこんなに簡単なのに、後輪は、どうしてあんなに面倒なんだろう。ところで、この前「ネックは後輪ブレーキ」と書いてしまったが、あらためて観察してみると、ネックは内装3段変速システムだね。そんな気がしてきた。

 で、午後からは、書斎にヒッキー。ひたすら執筆。とにかく執筆。やけくそで執筆。22時からブエルタの第2ステージ。しかし、途中で視聴をやめて就寝準備に入る。まずはふくらはぎのマッサージ。20分やってみた。これはやりすぎだった。あしたは15分にしよう。23時15分、ベッドに入った。

 ●ちょっと変更。

 単語強調、ちょっと多すぎるので、制限することにした。いきなり見た目がさびしくなった気がするが、やはり、これは気のせいだろう。今後は、とくに強調したところと見出しだけ、太字にするようにする。ま、どうしてもさびしいときは、すぐにもとに戻すけど。

 2005/09/17 (Sat)

 休日なので、7時起き。これは予定どおり。天気は快晴。気温が低い(午後から急上昇した)。朝食をとり、まずは家の用でドンキホーテに行く。帰宅してから服を替えて、今度は立川の自転車ショップまで(なるしまではない)。家に戻ったのが正午少し前。すぐに昼食。それから書斎に入ってアイデア構成を続行するも、依然として不調である。14時過ぎ、またもや家の用で、駅前に行く。パルコ、ドラッグストア、西友をまわって帰宅

 夕方からは、じっくりと書斎でアイデア構成のつづきをする。どうにもだめなので、一からやり直すことにした。発想の転換である。もう、それしか打つ手がない。しかし、おかげで、少しずつだが形になりはじめた。22時からは、ブエルタ・ア・エスパーニャを見ながら、構成をまとめていく。第一ステージは短いTTなので、じっくりと見ている必要はない。見落としたところは、あとでビデオから拾えばいいし。レースは、TTなのに、かなり厳しい登りがあったのが、おもしろかった。久しぶりに「チューボーですよ」をリアルタイムで見て、24時に就寝。メンチカツが大好きなんだよお。

 2005/09/16 (Fri)

 曇り。どんよりとした、いまにも降りだしそうな天気。予報と違う。しかも、寒い。かなり冷えこんでいる。アームカバーで行こうかどうか少し迷った。結局なしで行ったが、失敗。しておけばよかった。天気、ぜんぜん回復しなかったから。

 きょうは、コースを変更。いろは坂を2回登った。なぜか2度目のほうがタイムがいい。理由は不明。しかし、ダメージはそれなりにあり、そこからの帰路がちょっとしんどかった。

 昼食後は家の用事でドンキホーテに行く。そのあとでホームセンターもまわった。けっこう時間をとられてしまった。尻火なのに。帰宅してからは、書斎に入り、またもやえんえんとアイデア構成をおこなう。でない。でない。でない。ぜんぜんまとまらない。まじに困っている。きょうは執筆も棚上げしたが、だめだった。こういうのをどつぼにはまったと表現するのだろうか。むかし、豊田有恒さんが、アイデアがでないというネタだけで短篇を1本書いていたなあ。わたしもやりたくなってきた。結局、何もでないまま、時間切れ。24時に寝た。

 ●「おやまあ」のつづき。

 ホワイトバンドの仕掛人的存在の会社、きのうは、こちらにあった「サニーサイドアップは営利企業で広告代理業務などを手掛けるPR企業」という記述に基づき、「広告代理店」という表現を用いたが、その業界に関わっている方から「広告代理店というの企業ではない」という指摘が寄せられた。どちらかといえば、タレントのマネージメントをおこなうプロダクション、もしくはコンサルといったところだろうか。そういうところなので、テレビ局にもコネクションがあり、ニュースやワイドショーで取りあげてもらうということができたのではないかと、推測できるらしい(あくまでも推測である)。なるほどという話だ。どうりで商売もうまいはずである。ひじょうに参考になった。

 2005/09/15 (Thu)

 曇り。しかし、多摩サイに向かうころには晴れてきた。にもかかわらず、国立に入ったあたりで小雨に降られた。完全な天気雨である。どの雲から雨粒が流れてきたのかが、わからない。強めの風で、ちょっと消耗。帰宅後は昼食をとり、書斎に直行した。またもや、ひたすらアイデア構成である。未だに難航している。一発閃いてくれればトンネルから抜けだせるのだが、閃いてくれない。うなっていたら日が暮れて、夜になった。夕食後は執筆をする。その間もアイデアがでてくるのを待つが、でてこない。実にもう厳しい。粘りに粘って、24時に寝た。

 ●おやまあ。

 フジテレビの昼のニュース「スピーク」でホワイトバンドを扱っていた。当然、糾弾するのだろうと思って見ていたら、これが提灯持ちである。びっくりだね。フジサンケイグループ、いつからピースボートあたりの収益事業を支援するようになったのだろう。しかも、ニュースの一コーナーである。こりゃ、フジのニュースは眉につばつけて見るようにしないとだめだね。木村太郎さんの意見を聞きたいなあ。……って、日テレのザ・ワイドでも似たような構成で、ホワイトバンドネタをやっていたぞ。どうやら、宣伝大攻勢をかけたみたいだな。広告代理店ががっちりからんでいるビッグビジネスだから。

 2005/09/14 (Wed)

 6時起き。けっこう馴染んできた。わりとすんなり目が覚める。昨夜、自分のママチャリの漕ぎが重くなっていると、息子が言ってきた。見てみたら、チェーンが錆で固まっている。リヤのタイヤも完全に坊主だ。チェーンは伸びきって、たるたる。走らせると踊りまくりになる。ったく、少しはメンテをしろよ。毎日、乗るものなんだから。

 とりあえず、チェーンの錆を落とした。1か所、完全に固着していて、どうしても動きが渋い。ペンチでこじって、動かす。ついでにチェーン引きもやりたいが、片側のナットをゆるめることができない。手持ちのレンチだと、どうしても車体のどこかにひっかかってしまう。ブレーキ関係のパーツの外し方も、よくわからない。これについては、後輪のタイヤ交換と一緒に自転車屋さんにやってもらうことにする。ちなみに、このあたり一帯の自転車屋さんは、水曜日が定休日。しかし、組合に入っていない店がひとつある。そこはほとんど無休営業だ。そこに持っていかせることにした。

 というわけで、正午前に書斎に入り、アイデア構成と執筆を開始。15時くらいまでやって、5500のチェーンを洗う。ついでに、フォールディングバイクのチェーンも洗う。洗い終えたところで、外出していた息子が戻ってきた。あいている自転車屋に連れていき、後輪のタイヤ交換とチェーン引きを依頼して、わたしだけ帰宅。すぐに書斎復帰である。にしても、ママチャリの整備性は、どうしてこんなに悪いのだろう。どこかのメーカーが、簡単に整備可能な画期的ママチャリをだしてくれないかなあ。後輪ブレーキがいちばんのネックだと思う。

 夜は夕食をはさんでずうっと執筆とアイデア構成をつづけた。テレビはトリビアくらい。23時を過ぎたら、一気に眠けが押し寄せてくる。いい感じだ。理想は「こてっと寝て、すぱっと起きる」である。寝起きはいいほうなので、問題は寝つきだけだね。23時半に寝た。

 ●受難。

 自転車ツーキニストの疋田智さん、個人的に発行しているメールマガジンに、民主党がクレームをつけてきた。とんでもない話である。さすがは代表みずから(もうすぐ頭に「元」がつくけど)言論弾圧を得意としている政党だけのことはある。疋田さんの主張は、すごくまっとうな正論だ。久米宏筑紫哲也を使い、みっともないぼやき(自民大勝への恨みがましい呪詛?)を連発しただけの選挙速報番組をつくった局のディレクターとは思えないほど、きちんとしている。そういう貴重な意見に対し、文句を言うなど、論外と言っていい。民主党は何も反省していないし、今後、生まれ変わる気もないことが、これでわかる。疋田さん、とんだ受難であるな。民主党がこれほど腐っているとは、かけらも思っておられなかったのだろう。同情するほかはない。

 2005/09/13 (Tue)

 6時起床。きょうも快晴。朝から気温が高い。ちょっと早めに家をでて多摩サイに向かう。足がだるい。帰宅し、陽焼け止めを落としてから昼食。その後は書斎に入り、夜までずうっとこもった。やはり、アイデア構成は難航。執筆と交互にやるのは、きのうと同じ。きょうは、これといって書くことが何もないね。23時半に就寝した。

 2005/09/12 (Mon)

 6時半起き。快晴である。きのうは夕方前から雨になり、明け方までずうっと降っていたらしいが、起きたときには、もう完全にやんでいた。半分以上が雲で覆われているけど、富士山もまあまあ見える。風が弱い。気温もそこそこだ。気象コンディションは絶好だね。

 そこで、いつものコースを変更。ルート確認のため、高尾駅を往復してきた。距離は71キロである。日課の距離よりはちょっと長い。いろは坂は省かなかった。高尾駅往復だけじゃ、ただの平坦コースだもんね。でもって、これで一応、浅川ルートはマスターした(と思う)。速度の確保はむずかしいコースだが、とにかく信号が少ないのがいい。今度はフォールディングバイクで行ってこよう。基本的にはのんびりポタポタと走る河川敷コースだから。

 昼前に帰宅。昼食をとり、書斎に入る。執筆、アイデア構成、交互にやる。アイデアがだめ。ぜんぜんでてこない。もう完全に尻火状態である。まずいなあ。

 例によって、気がつくと、夜。時間が経つのが早い。筒井康隆さんのショート・ショートを思いだすけど、もう21世紀になっちゃったんだよな。とりあえず、ネットで使っている時間は少しずつでも減らしていこう。自転車は……そのうちね。睡眠時間はもう削った。そのぶんを走行時間にまわしている(つもり)。23時半に寝た。

 ●選挙関連番組。

 いろいろとやっている。首相の記者会見は見た。それと、TVタックルも、つけておいた。民主党の松原仁議員が北朝鮮の拉致問題で小泉首相にあれこれ因縁をつけている。冗談じゃない。たしかにあんたはこの件でがんばっているかもしれないが、肝腎の所属している政党のほうはどうなんだ? 民主党が拉致問題でどういう態度をとってきたか知っているのに、それを棚上げにしてうだうだ言っても説得力はどこにもない。拉致された人びとが帰国し、北には戻らないと決断したとき、岡田代表はなんと発言した? また、石毛えい子前議員が、衆議院第2議員会館第一会議室を使って何をした? そういうことを党内できちんと糾弾し、けじめをつけてから、北の独裁者に拉致を認めさせ、拉致被害者とその家族を取り戻した首相に、さらなる対応を迫れよ。それができないで、一議員が勝手なことをほざいても、それはただむなしいだけである。

 2005/09/11 (Sun)

 晴れ。朝からアイデア構成。悶々と過ごす(ちょっと嘘)。午後は、まず選挙に行った。かなりの人出である。こんなに混んでいる選挙はあまり記憶にないなあ。いったん帰宅し、自転車をフォールディングに乗り換えて神金へ。タイヤの注文である。しかし、注文だけのつもりだったが、在庫があった。これは予想外だったので、対処ができない。とりあえず、当初の予定どおり仙川に行き、ユニクロに寄った。それからまた神金に戻って、タイヤ交換である。前輪は自分で入れ替えた。後輪は神金さんにお願いし、細かい調整もしてもらった。おかげで、ダンシング時のぎしぎし音が完全に消えた。これ、すごく気になっていたのである。

 15時くらいに帰宅した。書斎に入り、アイデア構成のつづきをやる。夕方から執筆に移行する。夕食後は開票速報を見ながら、原稿を書きつづけるつもりだったが、このおもしろさは、それどころではない。どうしても手が止まり、速報に目が行ってしまう。自民党が勝ちすぎってのは、わたしもそうだなと思う。でも、選挙にほどほどっていうのはありえない話なんだよね。勝つときはどどっと勝ってしまう。これが選挙の常だ。逆に過半数と少しなんて勝ち方ができたら、たいへんである。何か裏で動きがないと、それはできない。今回は、やむを得ないというべきであろう。

 にしても、この期に及んで、まだ民主党に政権が移らなかったのが残念なんて言っている寝ぼけた人がいる。空気も、政局も、世間の状況も、何も読めていない人たちだ。前にも書いたが、国民が欲しているのは、ちょっと清潔な自民党だ。ばりばりの革新政党なんか、ぜんぜん求めていない。ましてや、みずから「たしかな野党」などと居直り、政権をうかがう覇気も、勢いも持たない、ゴミのような党などどうでもいいのである。

 わたしは二大政党制を支持しているが、まだまだ日本ではそれが実現しそうにない。「清潔な自民党」である野党がどこにも存在しないからだ。民主党が意を決し、菅やら横路やら岡崎トミ子やらの獅子身中の虫を放りだして、芯からまともな政党に生まれ変われば、事情はべつだ。が、そんな勇気は、いまの民主党にはない。小泉総理がえらかったのは、平然とそれをやったからである。党の政権公約を無視し、それに反対した議員をすぱっと切り捨て、自民党を新生させた。選挙時、前議員の数は一時的に減ったが、その英断で党勢は一気に回復し、結果として、解散前の議席をはるかにしのいでしまった。はっきりと国民に党の姿勢を示せば、いまは、これが可能になるのである。でも、決断力も何もない民主党の幹部には、それができない。逆にますますばらばらになっていく。そんな党の様子を見て、自民党にやらせるのはもういやだから、ためしに民主党にやらせてみるのもいいなんて言うのは、ただの無責任でしかない。烏合の衆に政権を渡すとどうなるのか、その悲惨な状況をわれわれはすでに体験した。細川内閣、羽田内閣の二の舞など、もう見たくはないというのが正常な感覚である。しかし、世の中には記憶力の保持ができず、学習能力も持ち合わせていない不幸な人が存在しているらしく、未だに、そういった無謀な実験を繰り返せという発言をネット等で書き散らしたりしている。うんざりだね。困ったものである。

 ……などとつぶやきつつ、開票速報を見ていたら、あっという間にになってしまった。小学校低学年からの選挙マニアとしては、できれば、最後まで見ていたかったが、午前零時を過ぎると、いまはもう眠い。それでも少し粘り、零時半に就寝した。

 ●堀江候補。

 再出馬を考えているって? もういいよ。自民党の圧勝で、かれの役目は終わった。当選する必要もなかった。でも、亀に肉薄して、その心胆をわずかだけ冷やすことができた。それで十分である。ご苦労さま。もう政治には立ち入らず、商売に専念していただきたい。それがいちばんかれに似合っていると思う。

 ●迷惑評論家。

 森田実という人のことである。週刊新潮の9月15日号に、そのコメントが掲載されている。たいへんおもしろいので、ここに引用し、その見識を長く保存しておくことにする。

「小泉氏を支持しているのは15%の勝ち組だけで、『小泉劇場』が盛り上がっているのは東京だけ。それもすでに飽きられているのですから、そんなに勝つわけがありません。小泉氏への支持率は8月20日がピークで、この頃、自民党の獲得議席は300と予測されていました。しかし、9月初めには250にまで落ち込み、このままなら投票日には210前後まで落ち込む。対して民主党は、すでに200議席程度にまであがってきているし、自民と競い合う可能性もある。私は自民の単独過半数獲得はおろか、自公で過半数も取れず11日夜に総辞職することもありえると思っています。本当の勝負は最後の3日間ですよ」

 この森田実という人は、前に紹介したこのサイトで書かれているように、政治評論家を名乗りながら、外国の新聞ひとつまともに読み解くこともできず、それどころか、引用した新聞紙名まで間違えているというとんでもない人である。もうけっこうなお年で、むかしはいざ知らず、いまはただの迷惑老害政治評論家となり果てた。いい機会だから、このでたらめ予測を最後に、引退されたらいかがだろう。老兵は消え去るのみ、とっと失せていただくのが、世のため、人のためとなる。そうじゃないかな?

 2005/09/10 (Sat)

 朝は曇り。だが、すぐに晴れた。朝からあわただしい。きょうは日本SF作家クラブ臨時総会の日だ。表参道(南青山3丁目)のホテルでおこなわれるので、フォールディングバイクで行ってきた。家をでたのは、正午ジャスト、たらたら走って、着いたのは13時20分。小泉首相がくるというので、三軒茶屋駅前が警官ひしめき状態だったのが、印象的だった。

 総会は、予想よりも長かった。案件がいろいろあり、それをきっちりと話し合って採否を決めていったからだ。議事進行の見本のような総会である。できれば、この様子を見せてあげたい人が何人かいるね。自画自賛をするわけではないが、民度が高いとは、こういうことを言うのだろう。

 総会のあとは懇親会があったのだが、わたしはパス。締切が、もう本当に崖っぷち状態である。そそくさと自転車にまたがり、帰路についた。そう言えば、自転車できたということで、数人の会員にやたらと驚かれたなあ。たかだか15〜20キロの距離である。ママチャリでも十分移動できるレベルなのに、なぜ、こうも驚くのだろうか。それと、体脂肪率8.2%ね。新井素子さんが「それって、からだによくないのでは?」と言う。そうだよ。低すぎる体脂肪率は、あまりよくないんだよ。でも、山中湖なんか往復していると、どんどん下がっていってしまうんだよ。とはいえ、せっせとごはんを食べ、酒を飲み、プロテインも補充して対処しているから、まずい状況にはなっていない。たぶん、このあたりで下げ止まるはずだ。あくまでも、たぶんだが。

 18過ぎに帰宅。久しぶりに前照灯を点けた。日が短くなったね。すぐに夕食となり、カレーライスをたっぷりと食べた。帰路、ちょっとハンガーノック状態に陥り、あわててコンビニでチョコバーを買って食べた。帰宅直後にはバナナも食べた。わたしは、こんなにいろいろと食べているのである。これで自転車に乗っていなかったら、あっという間に生活習慣病だね。食事量を減らすのはいやだが、肥満に悩んでいる人、どんどん自転車に乗ろう。それで、問題はすぐに解決する(可能性がある)。

 食後は、書斎。アイデア構成のつづきをやり、24時に寝た。外出すると、どうしても就寝時間が遅くなる。あしたは、もう少し早く寝よう。でも、大好きな開票速報があるからなあ。

 ●不良MTBライダー。

 三軒茶屋の手前あたりだったかな。すごく行儀の悪い女性MTBライダーに遭遇。信号は無視する。いきなり右折する。強引なすりぬけをする。車道のななめ横断も平気。なのに、速度はすごく遅いという、だめだめのそろい踏み状態である。こんなやつがあるから、自転車は車と敵対関係になってしまうんだよね。近くに白バイでもいたら、停めて、検挙を頼みたかったが、当然、こういうときにそんなものはどこにもいない。切歯扼腕するばかりである(三軒茶屋まで行ったら、警官だらけだったが、かれらは交通違反者に対処できるような状態では、まるでない)。すごく不快だった。

 2005/09/09 (Fri)

 5時半起き。曇り。けっこう雲が厚い。きょうは、とつぜん和田峠に行く気になった。そこで、少し早起きしてみた。思いつきで行くので、事前調査などはあまりしていない。でもまあ、大丈夫だろう。そう思って、7時半に家をでた。それが大失敗のはじまりだった。

 途中までは順調だった。朝のラッシュで20号が走りにくく、ちょっとうんざりしてしまったが、前に走っていたこともあり、それほどのトラブルはなかった。しかし、山道に入ったとたんに、道を間違えた。準備不足が大当たりである。気がつくと、要倉山山中の林道にいた。それも、すごく荒れた林道である。でも、標識には、たしかに「←和田峠・陣馬山」と書いてある。それなのに、ロープで道路封鎖がおこなわれていたりする。心配になって地元の人に尋ねてみたら、「自転車は行けるよ。問題ない」と、簡単に言う。それを信じて前進したら、ほとんど崖崩れ状態の岩ごろごろコースにでてしまった。さすがに、これはおかしい

 引き返そうと思った。しかし、いったん入ってしまうと、戻るのもたいへんである。とにかく道が悪いから、急坂をひたすら慎重に下る。よく、こんな道を登ってきたなあ、と自分で自分に感心した。で、結局、かなりの急坂を2往復し、1時間ほど山の中をさまよってから、正しい道に戻った。今度は、たしかに陣馬街道である。

 あらためて和田峠めざし、走りだした。が、もう足は売り切れ状態だ。ふくらはぎが悲鳴をあげている。大腿筋もだるい。それでも、せっかくきたんだから、行けるところまで行ってみようと思い、クランクをまわした。

 和田峠の勾配は、距離を考えると、相当にきつい。それでもさら足なら、ふつうに登れるような気がする。だが、そのときのわたしの足は、もうパンク寸前であった。行く手につづく坂を見上げていると、だんだん気が滅入ってくる。だめだ。もうUターンして帰ろうと思いはじめたとき、ひとりのローディに抜かれた。このローディが、抜いたあとで、坂の上から「もう少しだ。がんばって」と声をかけてくれた。もう少しならなんとかなるかなと考え直し、がんばってみた。峠の売店が見えた。どうやら、登りきったようである。声をかけてくれたローディに感謝だ。

 帰路も、ちょっとたいへんだった。行きの20号は、ラッシュということもあって、すごく走りにくかった。帰りの陣馬街道も、かなりの渋滞になっていた。これだと、20号もだめだろうと考え、急遽、水無瀬橋東から浅川沿いの道に入った。しかし、この道、途中でなくなってしまう。それも、長沼あたりで、いきなり切れる。逃げ場もない。仕方がないので、いったんきた道を戻り、北野街道に移った。ここは、陣馬街道よりも走りにくい。滝合橋まで行けば、また浅川沿いの道(サイクリングロードかな)に復帰できるのだが、思いつき走行なので地図がない。道路の知識もない。やむなく、平山城址公園駅に寄り、そこの看板地図を見た。裏道を抜け、平山橋まで行けば、サイクリングロードに移動できる(らしい)。で、ようやく、希望のコースをたどることができた。

 結論。 峠は、思いつきではなく、ちゃんと予定を立てて行こう。和田峠は、この界隈ではいちばんヒルクライムの練習に向いた坂だと感じた。浅川コース利用で気軽に往復できるのなら、冬がくる前に、再チャレンジしてみるつもりだ。たぶん。

 帰宅後は、書斎に入ってアイデア構成。あまり眠くはならない。少しからだが早起きに馴染んできたのだろうか。迷ったことで無駄に時間を使ったため、日が暮れるのが早かった。早々と夜になり、寝る時間がきた。就寝は24時。階段を登るのが、ちょっと難儀だった。

 ●民主党応援サイト

 民主党を熱烈に応援しているサイトである。石原藤夫さんのサイトで紹介されていて、諫早湾干拓エピソードのところがあまりにもおもしろかったので、いよいよ衆議院選挙があしたに迫ったということもあり、わたしも紹介しておくことにした。こちらである。

 ●ホワイトバンド。

 駅前の書店に行ったら、カウンターにホワイトバンドが山積みになって売られていた。ランス・アームストロングがはじめたイエローバンド、LIVESTRONGのまあ、パチモンのようなものだ。しかし、LIVESTRONGとは大きく異なっていることがある。それはこのバンドの売り上げが、まったく誰にも寄付されていないことである。

 このホワイトバンド、どういう代物かはこちらを見ていただきたい。

 書店のカウンターの山積みホワイトバンドにも、「団体の活動資金に使われる」と、はっきりと書かれていた。要するに、「これは、俺たちの飯の種だ」と宣言しているのである。このホワイトバンドは、商売のための商品だ。売りあげは、各団体の懐に入り、それはかれらの生活費となる。癌患者の手にも、貧しい人たちの手にも、アフリカの不幸な人びとの手にも、いっさい渡らない。たまたま目についてしまったのだが、とりあえず、ほっとけないということで、ここにその正体を記しておく。世の中、うまいことを考えるやつがいるね。わたしには、とても思いつかないよ。

 ●ホンコン3

 南山宏さんがゲスト参加されることになった。鈴木陽悦さんと「秋田の不思議」について、いろいろと語っていただけそうである。野田さんとも、SFマガジン裏話をやっていただきたいなあ。

 2005/09/08 (Thu)

 富士山を久しぶりに見た。それも、まったく雲がかかっていない富士山だ。それほどの快晴である。気温も高い。6時起きだから、これまでより少し早い時間帯に走っていたのだが、額から目の周辺に汗がつぎつぎと流れてくる。こんなことは、この夏はじめてだ。そのせいか、足もあまりまわらない。かなり疲れて帰宅。

 午後は買物を頼まれて、駅前のスーパーを往復。ついでにホームセンターにも寄ってきた。陽射しが肌に痛い。戻ってからは、書斎に直行。きょうはぽつぽつと書く。ぽつぽつと書いて、ぽつぽつと進める。夜のテレビは、世界柔道。しかし、心臓があぶなくなり、途中で視聴を断念。全員、開始5秒で一本勝ちしてくれると、こういうこともなくなるんだけどなあ。就寝は23時半。

 2005/09/07 (Wed)

 6時起床。実は、ここ数日ずうっと6時起きである。就寝時間は変えずに、起きる時刻を1時間だけ早めた。睡眠時間を削ってしまったのだ。某健康食品メーカーのカタログ雑誌に「熟睡すれば、睡眠時間は6時間で十分」と書かれていたため、それを確認しようとしている。先日の集まりで、他の作家の睡眠時間を訊いたら、夢枕獏さんも菊地秀行さんも、1日5時間くらいしか寝ていなかった。まあ、人間離れしている人たちはべつとして、専門家が6時間で十分というのなら、それが事実かどうかをたしかめてみたい。そこで、実践しているのである。結果、ちょっと眠いけど、なんとかもっている。筋肉疲労のとれがいまいちかなあ。土日は7時間睡眠にしたいね。

 朝は曇り。やや小雨。新聞を見る。選挙公報が入っている。じっくりと読む。感想については、後日。一息ついてから、書斎で執筆。きょうは書いた。ひたすら書いた。とにかく書いた。

 夕方、ふと窓の外を見たら、夕焼けがきれいである。台風が去り、まだ少し風が残っているが、天気は回復した。東京とは思えない青空に、薄紅に輝く雲がすうっと流れている。これはいいというのでカメラを持ちだし、写真を撮ってしまった。

 台風一過の夕焼け

 夜は、もちろん執筆のつづき。トリビアもHERO'Sも見たけどね。サッカーは、例によって心臓に響くので結果のみチェック。点数だけ見た限りではやや大雑把で、はらはらさせられる試合だったような気がする。実際は、どうだったんだろう。ま、勝ったからいいや。23時半に寝た。

 2005/09/06 (Tue)

 朝から台風情報。天気は雨。室内走行をしているときも、BGTVはずうっと台風情報。しかし、ぜんぜん上陸してくれない。九州の人は、本当に迷惑だったろうな。四国の人は、とりあえず水不足が解消されたらしい。それについてだけは、不幸中の幸いである。

 昼から、家の用で外出。新宿に行き、まず、頼まれた件を片づける。それからヨドバシカメラにまわって、つぎは東急ハンズ。買物の総額は、315円。で、調布に戻り、特売中のドラッグストアに入る。ここでは、けっこうごっそり買った。カロリーメイトが特売対象外だったのは、ちょっと痛かったな。

 最後に寄ったのはJTB。秋田往復の新幹線チケットを予約する。これで、ホンコン3に行くための最低限の準備だけは完了した。帰宅は15時半くらいだったかな。すぐにまた台風情報を見る。もう上陸していた。本州直撃は免れたみたいだね。これで加速してとっとと消えてくれるといいのだが、どうなんだろう。あしたになればはっきりしているはずだ。

 夕方から書斎。外出中に溜まっていたあれこれを処理しなくてはいけないので、すぐには執筆に入れない。なんとか仕事モードに入れたのは、夕食前のことである。夜まで執筆。ここのところ、ぜんぜんビデオを見ていない。在庫、溜まりっぱなしである。困ったものだ。嘆きつつ、午前零時に就寝。寝るのも、遅くなってしまった。

 2005/09/05 (Mon)

 朝から。きのうの豪雨で都下・都内に被害がでている。下井草の雨量、すごいね。びっくり。被災地界隈には、けっこう多く知り合いが住んでいるはずだが、いまのところ被害報告はなし。まあ、わざわざするものじゃないから、耳に届いていないだけかもしれないが。

 というわけで、きょうも終日ヒッキー。午前中は、5500のポジション調整も兼ねて、室内走行をおこなった。今回は、はじめて心拍計をつけてやってみたが、ふだん多摩サイでもがくとふつうにでてしまう190拍が、ローラー台だとだせない。というか、ローラー台だとどの負荷でも、20〜30拍くらい数字が低くなる。最後、ためしにアウタートップでもがきにもがいてみたけど、それでも160止まりだった。160なんて、多摩サイだと会話しながら走っている心拍数である(通常はソロだから、独り言だなあ)。なぜこうなるのか、理由を知りたい。固定ローラー台による室内走行だとバランスをとる必要がないため、まっとうな全身運動になっていないからではないかと、一応、予測している。肉体に与えている負荷は、脚の回転運動だけなんだよね。

 ・生理学的な原則からいうと、室内走行の数字のほうが適切だと思う。そもそも53歳で190がふつうにでるなんてことがおかしいのだ。

 午後は、13時からJスポーツで、きのうのつづき「クラシカ サンセバスチャン」を見る。きょうはまったく画面が乱れない。視聴後は、アイデア構成に移行。BGVは台風情報。動きが遅い。被害の大きさを考えると、多少強くても、ぱっとやってきて、ぱっと去ってくれるほうがいいのではと思うのだが、本当にそうなのかは、さすがにわからない。でも、24時間も暴風にさらされると、精神的ストレスも半端じゃないはず。そろそろ加速してくれることを、願っている。

 夜は、ずうっと執筆。……していたわりには、枚数は進んでいない。アイデア構成と交代でやっているのが、よくないんだろうな。でも、スケジュールの関係で、そのようにやるしかない。就寝は23時半。気温は下がったものの、湿度が高い。

 2005/09/04 (Sun)

 は晴れていた。午前中は、もろもろの片づけ。午後は、5500のチェーン交換である。3000キロが目安ということで、おこなうことにした。もしかしたら、4000キロ近く走ってしまったかもしれない。10S化で、 チェーン寿命がさらに短くなっているといわれているので、ローテーションはきちんと守る。ついでに洗車もすませた。

 天気、昼すぎから悪くなった。予報どおりだね。雲が広がりはじめ、夕方から雨が降りだした。夜はどしゃ降りである。すごい降り。この前の台風よりも雨足が強い。夕方以降は書斎にこもって、ひたすらアイデア構成と執筆。結局、きょうは一歩も家からでないヒッキーとなった。足はまだだるい。バネ指は、わりとよくなった。少なくとも、夜中に症状がでることはなかった。このまま、おさまってくれるとを強く願っている。

 20時からはJスポーツでUCIのプロツール「クラシカ サンセバスチャン」を見る。しかし、豪雨で映像が乱れた。それも、ゴールのところで、完全に映らなくなった。こりゃ、再放送で録画のやり直しだね。視聴を諦め、ニュースを見て23時半に寝た。

 ●苦笑広告。

 産經新聞の一面下に、民主党が毎日、広告を載せている。たぶん、他の新聞にも掲載しているんじゃないかな。実にもう、これがださい。センスがない。あほらしい。意見にも、ギャグにもなっていない。これ見て、この党に日本の今後を委ねようと思う人がいるのだろうか? 有権者をなめきっているね、民主党は。どうせ、どこかのおかしな代理店の入れ知恵なんだろうが、採用するほうも採用するほうである。ま、これで民主党を見限る人がたくさんでてくるのなら、それもよしか。広告効果ありということである。

 2005/09/03 (Sat)

 晴れ。朝はバネ指の治療で整形外科に行く。いつもどおり、指の付け根に注射を1本打ってもらって、終了。コンビニに寄り、雑誌を買ったあと帰宅。帰って、メールを読む。最近、近所に越してきた自転車仲間の友人から「落車したあと、ホイールが振れている。どうしたらいいか」の相談が届いていた。転居したての友人は、スポーツ自転車のショップがどこにあるのかも、まだ知らない。ホイールの振れは放置しておくとまずいため、友人に電話をする。土曜日なので、動けるというから、うちにきてもらい、一緒に神金さんに向かった。神金さんで、振れとりほかのメンテナンス。その間、わたしはホームセンターに行く。ま、これは便乗だね。いろいろ必要なものがあったんだよ。

 神金さんに戻ると、もう作業は終わっていた。振れは完全にとれている。わたしは帰宅。友人も自分ちに戻る。昼食をとって、書斎入り。足がだるい。仕事は、きのうにつづいてアイデア構成。えんえんと苦悶する。苦悶しているうちに日が暮れる。夜になる(はやっ)。夜は執筆に切り換え、原稿を書く。いま複数の作業を平行させているので、あれこれやらなくてはいけない。23時半に寝た。

 ●秋田のホンコン。

 野田昌宏宇宙軍大元帥がゲストで参加されることになった。わたしとマル秘裏話大放談をやっていただこうと思っている。もちろん、ここ以外では絶対に聞けない話ばかりになる予定だ。大元帥ファンを自認されている人、これにこなかったら、間違いなく後悔するよ。詳細はこちらを読んでいただきたい。10月8日、秋田は田沢湖で会おう。

 2005/09/02 (Fri)

 5時起き。寒くなる前(というか、陽が短くなる前)に行っておこうと思っていた山中湖に行くことにしたから。天気は晴れ。けっこう涼しい。6時15分に家をでた。長距離になる予定なので、いつもの修行よりも荷物が少しだけ多い。中でも、ワイヤーキーが重い。あと携帯食も多めに用意した。重量増は2キロ以下だと思うのだが、それだけで、足のまわりが悪くなった。ちょっとびっくり。

 関戸橋を渡り、橋本を抜けて413号に入る。道は簡単。たるい坂をひたすら登る。「道の駅どうし」を過ぎてからはずうっと登り。山伏峠はけっこうきついと聞いていたが、そういう印象はなく、淡々とペダルをまわしていたら、いきなり山伏トンネルが行手にあらわれた。距離はあるが、ヒルクライムの練習には向かないかな。急坂がないので、ツーリングには向いていると思う。

 山中湖に到着したのは10時50分くらい。コンビニでメンチカツパンとカルシウムパーラーを買って食べ、Uターン。帰路は、そのほとんどが下りである。速い速い。こういうコースは助かるね。やはり、行きでかなり体力を使っているから、帰りは楽したい。人間の心理をよくわかっている(誰が?)。14時半に家に到着。走行距離は、161キロ。走行時間(休憩・食事時間も含む)は、8時間15分。もちろん、帰宅後は書斎にこもり、アイデア構成のつづきをやった。ビールを飲んで、寝たのは23時半である。

 ●異音。

 津久井湖を過ぎて、ゆるい坂道を登りはじめたところで、5500から異音がでていることに気がついた。クランクをゆっくりまわすと、コン、コン、コンという音が一定間隔で足に響く。かすかにひっかかる感じもある。反射的に「BBだなと」思ったが、べつの音かもしれない。9速当時にぎしぎし音がでたことがあり、 そのときも絶対にBBだと思っていたら、フロントのクイックだった。異音は発生源の特定がすごくむずかしい。

 どうしようかと考えた。BBのベアリング初期不良なんかだったら、すぐに引き返したほうがいい。しかし、それ以外なら、とくにあせる必要はない。2、3秒ほど熟考して、そのまま行くことにした。もちろん、帰宅後は、神金さんに直行した。結果は、BBのネジが少しゆるんでいた。増し締めをして完了。音も違和感も完全に消えた。ほっと一息である。

 2005/09/01 (Thu)

 晴れ。いい天気。多摩サイは、もう涼しい。で、本当にぱったりと交通ルールを仕込まれていないガキの姿が消えた。実にめでたい。かわりに、蛇行するおばさんにひやりとさせられたけどね。よそ見しているわけでもないのに、どうして、まっすぐママチャリを走らせられないのだろう。だ。

 帰宅後は、まっすぐに書斎。テレビ番組表雑誌を買い忘れていたことに気付いて、ちょっとコンビニまで。帰宅して、アイデア構成に入る。これはというのが、なかなかでてこない。ちょっと早めの23時過ぎに就寝。

 ●ニューオーリンズの水害。

 阪神・淡路大震災のとき、外国人(たしかアメリカ人だったと思う)が、「この状況で略奪が起きないのはすごい。さすがは日本人だ。我が国なら、すぐに略奪がはじまる」と感心していたが、本当にそうだったのね。実際にその様子を目にすると、これがアメリカの民度かとしみじみ思ってしまう。日本が、こうならないことを祈るばかりである。

 ●「たしかな野党」だって?

 日本共産党の選挙用コピーだ。大笑いである。要するに、ずうっと野党でいいと宣言したわけだ。このおかげで、公約する政策の中身はなんでもよくなった。政権政党にはならないのだから、何をどう言おうが責任は生じない。おいしいこと、聞こえのいいこと、言いたい放題である。達成できなくても、野党だからの一言ですべてが終わる。これは、むかしからいくつかの政党がやってきたことだが、今回、共産党はそれをはっきりと言葉で明らかにした。にしても、これだけ見えすいた絵に描いた餅、誰もひっかからないだろうと思っていたら、「いい主張だ」などといってなびく人がいるのだという。信じられないね。与党にならないんだよ。政権を担わないんだよ。それで行くと決めたのなら、わたしだって、なんとでも言える。「税金はなくします」「金利ゼロの住宅ローンをつくります」「児童手当ては、年間一千万円」「郵便は無料」「食料品は、ただでいくらでも配給します」などなど、一般大衆に受けること間違いなしのでまかせを平気で言っちゃうね。どうせ、実現させる必要なんてないんだから。「たしかな野党」……実に便利なキャッチフレーズだ。もちろん、正確な意味は「我が党は口だけです。実際は何もしません」である。