日々是口実

日々是口実

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 2005/07/31 (Sun)

 曇りやや晴れ。起きるのがつらかった。10分ほど寝すごした。起きても、午前中はぐったり状態である。全身がだるい。2日目ショックというやつね。それでも、午後にはかなり楽になったのでホームセンターに行き、網戸の網などを買ってきた。リビングの窓の網戸が破れてしまったからだ。涼を求めて、サスケが体重をのせていた網戸である。あの巨体にのしかかられたんじゃ、網戸もふんばりきれない。

 網戸の修理は息子が担当した。わたしはアシスト。終わってから書斎に入り、溜まっていたあれこれを片づけにかかった。でも、進まない。夕方、録画しておいた「昭和残侠伝 死んで貰います」をチェックするため再生したら、そのまま最後まで見てしまった。うーむ、予定が狂ってしまったぞ。しかし、見てしまったものは、もうしょうがない。23時半に就寝した。

 2005/07/30 (Sat)

 5時ちょっと前に目が覚めた。すぐにテレビをつけ、天気予報を見る。おお、けっこういい天気じゃないか。外は薄暗くて曇っている(というか、ガスっている)が、これは次第に晴れていくらしい。じゃあというので、起きだし、走る準備をする。まずは軽食による腹ごしらえ。予定では、6時に出発し、8時半前後に戻るということになっている。

 ぱたぱたと準備が進み、6時になった。雲はまだ多いが、空はすでに晴れ間もでてきている。予報どおりだ。気温が30度に達していないので、きのうと同じくUVアームカバーをした。晴れていて気温30度以上なら陽焼け止めを塗るが、そうでないときは、アームカバーにしてしまう。

 国道まで一気に下った。坂はもういいと言っていたけど、帰りはこの坂を登らなくてはいけない。その体力を残して走らないとまずいことになる。きょうの目的地は青木湖。距離は、片道25キロくらいだ。

 国道と県道を使って走った。走りだしてすぐにわかった。足がだるい。力が入らない。筋疲労がほとんど抜けていない。やはり50歳過ぎというのはハンディだね。回復力がまったくない。一晩寝たら、きのうと同じ状態というのは、夢のまた夢である。

 道は、アップダウンがつづき、あまり平坦ではなかった。勾配はたいしたことないが、わたしはもっと平らなルートがいい。とくにきょうは。

 青木湖に着いた。そのまま湖の一周コースに入る。話では未舗装区間があるということだったので、そこに至ったら引き返そうと決めていたが、ずうっと走っていても未舗装路がでてこない。気がつくと、一周し終わっていた。げ、完全舗装になっているじゃないか。夏休みの行楽に備えたのかな。

 一周したので、Uターンした。同じルートを戻り、宿に帰る。途中で青木湖をバックにJさんが写真を撮る。あまりいいポイントがない。一周コースは見晴らしが悪いね。ついでに携帯食も食べた。Jさんが汗びっしょりである。わたしは全身さらさら。水もそれほど必要としない。きのうもそうだった。Jさんは750ccのボトルを2本持ち、その1本半ぶんの水を飲み干していたが、わたしは500ccボトル1本だけで、半分以上を残していた。それでももちろん脱水症状は起こしていないし、熱中症にもならない。

 きた道をまたひた走って、宿に帰った。予想どおり、最後のはしんどかった。きのう登った急坂は回避したが、当然、そのぶん距離が伸びる。8時20分ころ、宿に着いた。もう立っているのもいやだね。でも、これから帰宅準備をしなくてはいけない。

 9時にまた豪華な朝食を食べ、10時から再外出する。むろん、温泉行きだ。走ったあとは温泉。規則は守らないといけない(おい)。露天、内風呂、ジェットバスのフルコースを堪能して宿に戻り、自転車を車に積む。わたしの5500は、積むときにシートポストごとサドルを外さないといけない。今度はオーソドックスに目印テープを貼った。

 11時過ぎに出発。昼食は諏訪湖サービスエリア。土曜日昼の高速道路だが、上りなのでほどほどの人出だろうと予測していた。しかし、大外れ。めちゃくちゃ混んでいる。ラーメンを食べた。で、帰宅したのは、15時ちょっと過ぎ。高速道路ではずうっと雨が降っていたが、調布に入ると、その雨もぴたりとやんだ。おかげで、降ろすとき5500を濡らさずにすんだ。すぐに家の中に入れ、荷物をほどく。あとはひたすらたらたらと過ごし、夜になった。就寝は23時前くらいだったかな、よく覚えていない。

 2005/07/29 (Fri)

 6月13日に、「つがいけサイクル2005」のヒルクライムコースを友人とともに登ることにしていたが、風邪で断念することになった経緯については、先に書いた。そのリベンジをこの土日、つまり30、31日におこなうことにしていたのだが、天気予報がよくない。そこで、急遽、日程を1日繰りあげ、きょう、あすと栂池に行くことにした。幸いなことにJさんもスケジュールの融通が利き、とつぜんの変更にも、快く応じてくれた。実にありがたい。

 というわけで、午前5時に起きて出発準備の最終仕上げをした。Jさんは6時にやってきた。さっそく車に自転車と荷物を積みこみ、出発する。天気は曇り。しかし、中央高速にのったら、急速に回復してきた。いい傾向である。予報も、きょうなら晴れ間がでると言っている。

 栂池には、10時に着いた。早い。さっそく民宿「びわくぼ」に入り、服をサイクルジャージとレーパンに着替えた。しかし、完全に順調だったわけではない。わたしのセットミスで、サドルの高さが狂ってしまったのだ。しかも、目印テープが、今回に限って貼られていない。かわりに装着していたべつの目印がとれちゃったんだよお。あせってフィッティング作業をおこなう。だが、ゼロからやると、かなり時間がかかる。ポジションをおおむね決めたところで、あとは登りながら修正することにし、宿をスタートした。

 まずは実業団の個人タイムトライアルコースである林道を登る。距離は11.7キロ(標高差は875メートル。平均勾配は7.5%。最大勾配は9.0%)。天気はかなりよくなった。陽射しも強い。とりあえず一気に登った。ほぼ1時間でレースのゴール地点に到達した。そこで、Jさんがさらに上に行こうと言う。上には栂池自然園という施設がある。そこが林道の終着点らしい。せっかくここまできたのだから、行き止まりまで行くのは当然である。ロープウェイから降りて徒歩で自然園に向かう観光客の間を縫い、登った。観光客からあれこれ声をかけられる。タイヤが細いなあという声も聞こえた。

 自然園前で記念撮影をし、いったん下まで下った。下というのは、最初にスタートした林道の入口ではない。集団ヒルクライムのスタート地点(標高625メートル)でもない。さらにその下、国道148号から栂池スキー場に向かう入口のことである。そこから、再度、民宿びわくぼまで坂を登る。それも、ヒルクライムのコースに入っていないヒュッテ三千呎前の急坂を選んで登ることにした。勾配表示はないけど、この坂、20%くらいはあるんじゃないかな。ヒルクライムコースの最大勾配は10%なので、これはけっこう大胆な挑戦である。

 で、登った。いやあ、さすがに急坂はつらかった。10%クラスの坂ではじっとおし黙っていた心拍計が、ぴーぴーと文句を言う。うるさいったら、ありゃしない。でも、気にせず登った。集団ヒルクライムの場合、コース全長は17.1キロだったが、今回は、この急坂も含め、全部で18キロ以上は登ったんじゃないかな。さすがに、足がだるい。心臓もばくばくである。

 満足しきって、宿に帰還。すぐに着替えてそうめんの昼食をいただき、それから車で出発する。行先は温泉だ。坂に疲れた肉体を癒してくれるのは温泉だけである(本当か?)。露天風呂と内風呂でじっくりと足の筋肉をほぐし、ついでに缶ビールも飲んで宿に戻る。宿では一休み。ごろごろし、テレビを見て夕食を待つ。夕食は18時から。例によって豪華なメニューだ。たっぷりと食べ、アルコールも補給する。それから、あしたの走行の打ち合わせをする。坂はもういい。平地を走ろうということでJさんと意見が一致。幸いにも予報が好転し、あしたの天気もけっこうよさそうである。22時に寝た。

 2005/07/28 (Thu)

 快晴。しかし、多摩川は中止。あした、急遽外出することになったため。惜しい天気だが、仕方がない。朝から、あしたのための準備をする。5500も洗ってやる。スプロケまわりがひどく汚れていたので、とくに念入りに洗浄した。午後は家の用でスーパーまで買物。暑いかなと思ったが、それほどでもない。風が強く、その風がけっこう涼しい。ついでに駅前の書店もまわってきた。

 夜は、早めに店仕舞い。夕食前に風呂に入り、あとはまたあしたの準備のつづきをする。今夜も、昨夜と同じくらいの時間に寝る予定。

 ●ツール・ド・フランス 1985〜1991 7YEARS BOX。

 NHKで放送されていたツール・ド・フランスの番組を7年分(タイトルどおり1985年から19991年まで)まとめたDVDセット。J SPORTSの通販ショップでは税込21315円で売られているが、amazonならば、同じく税込17052円というお得なお値段で買うことができる(2割引き! しかも、送料無料だよ)。内容はすごくいいとのもっぱらの噂だ。J SPORTSのツール放送中も、ずうっとCMを流していた。BBSでも「これは買いだ」という声がいっぱいでていて、クイズの商品になると、応募が殺到していたらしい。このセット、8月26日発売ということで、amazonでは前記価格で予約注文を受けつけている。実は、わたしも予約した。一応、ローディの端くれであるから、これは押さえておかないとね。「ほしい。購入しよう」と思った人、すぐにこちらへ行こう。25日発送予定だから、発売日には手もとに届くぞ。

 2005/07/27 (Wed)

 快晴。しかし、地平線の一角に、大きな雲の塊がある。富士山だ。富士山はほぼ完全に雲で隠されていた。惜しい。きのう休んだので、きょうは多摩川に行く。気温が高い。午前11時で34度オーバー。予報では風が弱いことになっていたが、これは大外れ。往路が強い向かい風である。帰路は追い風で、場所によっては40キロ以上で楽々巡航できてしまう。向かい風は、とくに二本目がつらかった。でもって、二本目の帰路のときに風向きが少し変わり、追い風効果がほとんどなくなった。トホホである。暑かったということもあり、きょうは水を300ccほど飲んだ。いつも500ccのボトルに4分の3くらいしか水を入れていかない(重くなるから。冬は半分)。でも、それだと、そろそろまずいかも。

 帰宅してシャワーを浴び、昼食を食べてニュースを見る。気温、まだまだあがっている。だが、それほど暑さを感じない。風が強いのと、湿度が低いのとで、不快感がかなり減じられているらしい。

 14時前に、また外出。森下一仁さんち経由で駅前に行く。やはり、それほど暑さを感じない。むしろ、は涼しい。銀行などに寄り、15時くらいに家に戻った。あとは書斎でヒッキー。18時、猛烈な眠けに辛抱たまらなくなり、入浴。ものすごくすっきりした。夕食後は、また書斎。なかなかアイデアがでてこない。苦悩しつつ、就寝時刻となった。23時にベッドイン。とっとと寝た。

 2005/07/26 (Tue)

 雨。台風である。直撃コースということで、あれこれ対策をする。しかし、なかなかやってこない。テレビの台風情報を見ると、どんどん東にそれていっている。あらあらだね。とりあえず、きょうは完全ヒッキー。書斎で真面目に原稿を書いた。

 午後、雨は強くなったり弱くなったりを繰り返す。どうやら、東京直撃は免れたようだ。そのまま、夜まで執筆を続行。途中で秋田のKさんから生牡蠣が届いた。夕食のとき、それを家族が大喜びで賞味する。わたしは牡蠣の殻あけ係である。腕が疲れた。きょうの就寝は零時だったが、その直前にスペースシャトルの打ちあげを見た。リフトアップ中は、ちょっとどきどきする。少し耐熱タイルがはがれたらしいが、今回は大丈夫だろう(根拠ないけど)。無事の帰還を強く願っている。

 2005/07/25 (Mon)

 晴れ。でも、雲が多い。それも、いや〜んな黒雲である。午前中は多摩川。足のまわり具合は、まあまあかな。午後は皮膚科とスーパーに行く。皮膚科は休み明けということもあり、かなり混んでいて、やたらと待たされた。帰宅後は書斎。しかし、買い足すものがでてきて、またべつのスーパーへ行くことになった。尻が落ち着かないなあ。

 夜は、ツールが終わったので、ちょっとのんびり。ERを見て、ビールを飲み、11時半に就寝した。台風がきているので、雨がざあざあ降っている。関東直撃コースが予想されていて。これもまたかなりいや〜んである。

 ●「じてつう3」掲載誌発売。

 ビジネスジャンプの増刊「BJ魂」が掲載誌である。スーパーに行ったとき、買ってきた。今回は表紙にカットも入れてもらえた。よろしければ購入し、アンケート葉書を送っていただけると幸いである。駅売店売りが中心の雑誌なので、意外に書店よりもキオスクなどで簡単に買えることが多い。

 2005/07/24 (Sun)

 天気、よくわからない。たぶん、晴れていたような気がする。それとも曇りだったのかな。起きてから寝るまで、ずうっと家の中。原稿を書き、髭を剃り、早めに風呂に入って、ツール最終日の放送を待つ。そんな1日だった。

 ●ツール最終日。

 20時10分から放送開始。きょうはお祭りだから、ポイント争い以外はのんびりと見ていられる。……と思ったのが、大間違いだった。前半は雨のレースで、落車続出。パンクも続出。後半は激しい総合順位争い。ヴィノクロフが果敢に攻撃を仕掛ける。それどころか、最後は一気に逃げて、ステージ優勝までかっさらってしまった。いやもう、ヴィノクロフ、すごい。最終日をこれだけ盛りあげてしまうとは、侮れないアスリートである。

 というわけで、3週間にわたって生放送されたTDFも、これでおしまい。わたしの睡眠不足もこれで解消される。あしたからは、また必死で原稿を書こう。って、これ、前にも書いたような気がするフレーズだなあ。

 2005/07/23 (Sat)

 朝から雨。気温が低い。起きたら、鼻がぐずぐず。まいったね。録画チェックで、昨夜タイマー録画しておいた「網走番外地 望郷篇」をちょっと見てみたら、止められなくなった(注・けっして出来のいい作品ではない。というか、むしろ凡作。でも、高倉健様なので、すべてが許される)。ああ、スケジュールが……。来週は「昭和残侠伝 死んで貰います」である。テレ東、すばらしい。昭和残侠伝は、全シリーズ完全放送してくれないかなあ。東映のDVD、高いんだよ。

 昼前、雨がやんだ。昼食後は、陽射しもでてきた。じゃあというので、ちょっと外出する気になり、フォールディングバイクに乗って、田園調布の「急坂」に行ってきた。ここはイラストレーターの米田裕さんが紹介してくださった坂で、「急坂」はその坂の名称である(ちゃんと道標も立っている)。斜度は26%。場所は田園調布雙葉のすぐ近くだ。

 14時くらいに家をでて、野川沿いに二子玉川に向かった。二子玉川からは丸子川に沿って進むと、すぐに等々力渓谷である。このあたりは坂だらけだ。お目当ての「急坂」は、丸子川を渡ってすぐのところからはじまっていた。たしかに急だが、長さはそれほどでもない。200メートル強といったところか。坂は斜度よりも距離である。10%の坂でも、2キロ3キロとつづいたら、相当厳しいことになる。逆に20%以上でも、300メートル以内なら、気合でなんとか登れる(こともある。たぶん)。

 坂を見て、これなら行けると思い、一気に加速した。わたしのライトウイングは、フロントを60Tに換えてある。それでも、1速、2速は、買ってから一度も使ったことがない。さすがは小径車である、このギヤ比でも、たいていの坂は、3速までで十分に登ることができた。しかし、今回はさすがに3速では突っこめない。2速に落とし、さらに1速までダウンした。ダンシングでひたすらクランクをまわす。

 登りきったところで停止した。膝にダメージはない。やはり、短い坂なのが幸いした。反転し、そのまま「急坂」を下った。あとは、きた道を帰るだけである。二子玉川を抜けて野川サイクリングロードに入り、16時ちょっと前くらいに家に着いた。

 服を着替え、一息つくと、サスケが窓に顔を向け、しきりに庭のほうを覗きこむように見ている。16時30分ころだ。庭でやたらと鳥が啼いている。それが気になって仕方がないのだ。奥さんが「きょうはずうっと鳥が騒いでいるの。地震でもくるのかしら?」と言った。

 その直後である。弱い横揺れがはじまった。「あ、地震」と思ったら、それがいきなり強い縦揺れに変わった。びっくりである。サスケは仰天して床に飛び降り、そのまま腰を抜かしてすわりこんでしまった。地震は数秒でおさまったが、サスケは立ちあがれない。暴れ者のくせに、気の小さいサスケ、本領発揮である。

 とりあえず、家の中を調べた。自転車は問題なし。書斎の本も大丈夫。フィギュアが1体だけ床に落ちていた。これは拾ってもとの位置に戻し、おしまい。テレビに速報がでた。都内で震度5弱。多摩東部は震度4。サスケは1時間ほど、おどおどびくびくしたままだった。その後はニュースを見ながら、夜まで執筆をした。

 ●調布市花火大会。

 行くのが面倒なので、ケーブルテレビの生中継で見ていた。うん、これで十分じゃないか(本当か?)。「50」という数字が夜空に浮かびあがる花火がちょっとすごかったな。

 ●きょうのツール。

 すばらしいステージだった。TT(個人タイムトライアル)でこんなにおもしろいレースってはじめてだなあ。ランスのライバルたちががんばると、レースはこんなに盛りあがる。ラスムッセンの悲劇は残念だったが、これもまたある意味ではエンターテインメントである。終わりよければ、すべてよし。あすは熾烈なマイヨ・ベール争いを除けば、華やかな凱旋パレードだ。7連覇を果たして引退。現役最後のランスをじっくりと見ておこう。しかし、起きていられるのだろうか。

 2005/07/22 (Fri)

 ほとんど曇り。でも、陽射し少しあり。気温が低く、涼しい。でも、湿度高し。依然として睡眠不足。よろよろと多摩サイを走って、帰宅。昼食を食べてから、フォールディングバイクで再外出する。東八道路近くの店をまわってきた。天気、悪化している。完全な曇りになった。

 午後は執筆。BGTVは競輪中継。準々決勝だけど、選手の顔ぶれがすごい。これ、土曜日の準決勝、日曜日の決勝は、関東では群馬テレビでしか放送されないんだよな。もちろん、見られない。tvk、なんとかしてくれよ。

 夜はTDF。淡々としたレース。最後の勝負はあしたのTT(個人タイムトライアル)である。よほどのことがない限り、総合優勝はランスだろう。興味はランスがステージ優勝するかどうかだけ。きっとすると信じている。零時40分に就寝。

 2005/07/21 (Thu)

 晴れ。でも、涼しい。気温は午前中で30度前後かな。おかげで、いまひとつ足がまわらない。明らかに睡眠不足である。帰宅して書斎。気がつくと意識がない。執筆が進まず、そのままTDFの放送に突入。1時に就寝した。

 ●笑ったニュースの追記。

 読み返したら、シボレーなどのユーザーさんにちょっと悪い書き方をしていることに気がついた。スポーツ自転車は5万円からといわれ、高級と呼べるのは、まあ、見方にもよるが、おおむね30万円以上からということになっている。20万円台まではエントリーマシンね。その流れで、高級に対応する言葉として安物と表現してしまったが、これは粗悪品という意味ではない。無印自転車とは異なり、必要な品質管理はなされている(と思う)。というわけで、とくにクレームもきていないのだが、自身の判断で、ここに追記を入れておく。よろしくぅ。

 LINKページに第45回日本SF大会、ずんこんへのLINKを追加した。

 2005/07/20 (Wed)

 曇り。午後から晴れ。休修行日なので、午前中はわりとのったり。忙しい状態もある程度脱した。で、昼前に外出して駅前に行き、自転車雑誌を買ってくる。とはいえ、多忙の余波でまだ読む時間はあまりない。午後はドラッグストアに行って、ちょっとした買物。あとは、ずうっと書斎にこもって原稿を書いていた。夜、駅前で友人と会い、コーヒーを飲む。帰宅して、21時25分からTDFの放送開始。就寝したのは1時過ぎ。寝入ったのは2時過ぎだった。

 ●笑ったニュース。

 外国製高級自転車を狙って盗み、ネットオークションで売りまくって260万円を荒稼ぎしていた窃盗犯が捕まったというニュースを日テレでやっていた。おお、被害に遭ったのはコルナゴデ・ローザか? と思ってニュースに目をやったら、「シボレーなどの外国製高級自転車」という言葉が流れたので、ひっくり返りそうになってしまった。で、画面に映っているのはプジョージャガー。言うまでもなく、これらの自転車は、まったく高級ではない。プジョーはまあまあとしても、シボレーやジャガーはスーパーで投げ売りしている、なんちゃってMTBの安物自転車だ。外国製だけど、生産地は主に台湾である。こんなニュースを見ると、笑うしかないね。しかし、それはそれとして、この犯人、ぜひ厳罰に処していただきたい。ふさわしい量刑は、もちろん死刑である。

 ちなみに、21日の産經朝刊にも記事が掲載されていた。同紙紙面から引用しておこう。

 ◆「失業隠したくて…」 高級自転車盗んで転売
 米・シボレー社製など外国製高級自転車を東京・六本木や表参道の路上から盗み、インターネットの「ヤフー・オークション」で売りさばいていたとして、警視庁荻窪署は窃盗の疑いで、東京都港区西麻布、無職、柳沼卓志容疑者(41)を逮捕した。柳沼容疑者は「高値で売買されているのを見て思い付いた。職を失ったことを家族に隠し通したかった」と供述している。
 調べでは、柳沼容疑者は1月28日未明、自宅近くの歩道から会社員男性(25)のシボレー製高級自転車(ネット販売価格1万5千円)を盗み、ヤフー・オークションで転売した疑い。一昨年秋ごろから77台(同計260万円)を売買したと自供しており、余罪を追及する。

 やっぱり高級自転車って書いてしまうのね。>産經新聞

 ●ひどいニュース。

 夕方に放送されたテレビ朝日「スーパーJチャンネル」で、京都の暴走自転車特集というのをやっていた。でも、これ、レポートがでたらめである。どうやら、ここのスタッフは道路交通法をいっさいご存じないらしい。まいったね。頼むから、こういう特集をやるのなら、その前に道路交通法を熟読してくれよ。でないと、全国的にただ馬鹿をさらすだけで終わってしまうぞ(事実、そうなっていた)。

 こういうふうに、いいかげんにニュースをつくっている局は、他のニュースも同じくいいかげんにつくっている。そう考えざるをえない。先日の報道ステーションも同様だが、この局のニュースは悲惨なことになっているなあ。トップも含めて、根こそぎ社員を入れ替えたほうがいいんじゃないの。

 ●きょうのツール。

 最終日のパリ凱旋パレードのような状態になっていた。メイン集団は、もうレースの体をなしていない。心搏数60%くらいで、なかよくツーリング。景色もいいし、天気もいい。まったり走るのには、最高の1日だったに違いない。……というわけで、わたしの興味は、つぎのブエルタ・ア・エスパーニャでディスカバリーのどの選手が総合優勝するのかに変わった。ルビエラかなあ。

 2005/07/19 (Tue)

 曇り。ちょっと陽射しありという感じ。気温は30〜32度くらい。あまり高い感じがしない。この程度の気温なら、楽勝である。足は、あまり楽勝ではなかったが。梅雨明けしたんだから、もっとすっきり晴れてほしいね。やっぱり、ぎんぎんの陽射しがないと、夏に走っているという充実感が欠けてしまうよ。

 帰宅してからは、またもや大忙し。すぐにママチャリに乗り換えて、駅前に行く。食事をして、スーパーで買物。いったん戻って自転車を替え、神金さんまで家内の自転車を引き取りに行く。メンテ後の自転車は、すごく走りやすい。メンテ前とは別物である。

 家内の自転車を家に置き、入浴。それから、再外出。耳鼻咽喉科でいつもの点鼻薬をだしてもらい、またもや駅前に向かう。今度は夕食用にハンバーガーを買う。きょうもTDFの放送開始が早いんだよ。帰って、18時過ぎまで小休止。19時前にハンバーガーを食べて、テレビ視聴準備を完了。きょうはビールも用意した。就寝は1時。睡眠不足の日々は、もう少しつづく

 2005/07/18 (Mon)

 梅雨明けである。晴れ。気温も高い。気持ちよく足がまわる。やっぱり、からだにいい季節はだね。しかし、家庭の事情で、いまはめちゃくちゃ忙しい。帰宅してすぐに、また外出。あっちに行って、こっちに行って、めまぐるしく移動。あっという間に夕方になり、夕食を食べる。で、風呂に入って、ERを見て、23時に就寝。原稿? ちょっとだけ書いたよ。ちょっとだけ。TDFが休養日で放送がなかったのが、少しだけ幸いした。

 2005/07/17 (Sun)

 眠かったけど、起きた。きょうはすごく忙しい。午前中は家族総出で溜まった段ボール箱の片づけ。午後はスーパーをまわってから、家内の自転車のメンテを頼みに神金さんに行く。その合間に洗濯やら、家事やらを手伝う。夕方、入浴。TDFは19時50分から。それまでにすべてをすませておかなくてはいけない。で、食器洗いも含めて、すべてをすませることができた。かまってもらえないサスケが、ものすごくうるさかった。

 ●きょうのTDF。

 ランスが「とりに行く」と宣言していた山頂ゴールステージだったので、かなり期待していたが、大逃げが成功して、ジョージ・ヒンカピーが優勝した。これはこれで、すばらしい。ヒンカピーはいい仕事をした。自転車競技で仕事をするというのは、所属しているチームに対してのものである。いま一緒に走っている集団のためではない。ヒンカピーはランスのことだけを考え、自分がすべき仕事を完璧にこなした。最後の最後でヒンカピーに敗れたオスカル・ペレイロもそのことはよく承知していた。

 仕事をきちんとした上で勝つ。ヒンカピーはアシストの鑑だね。この優勝、心から祝福したい。でも、やっぱり、圧倒的なパワーでランスに勝ってほしかったなあ。

 2005/07/16 (Sat)

 いつもどおりに起きて、9時半に家をでる。11時にみなとみらい駅に到着。改札に横浜美術館1時間15分待ちのプレートを持った人が立っている。ルーブル展最終日前日の土曜日だ。予想どおりとはいえ、がっくり。でも、行く。美術館に着いたら、1時間30分待ちになっていた。たしかにすごい行列である。万博、ディズニーランドに匹敵するね。でも、並ぶ

 行列、わりとスムーズに進み、50分で館内に入った。まっすぐにアングルの「泉」の前に行って、そのまま10分間、凝固。隅々まで見て満足したところで、Uターン、出口に向かった。40年前、美術の教科書で見て以来、どうしても原画を見たかった1作。50分、1500円なんて、フランスまで行くことを考えたら、ゼロも同然である。

 そのまま、美術館からでるつもりだったが、常設展示室のひとつが目につき、ちょいと立ち寄った。大観が展示されている。こちらはほとんど人がいない。ぱっと見て気に入った作品を数点、じっくりと鑑賞した。

 横浜美術館のあとは、HAMACON2の会場であるパシフィコ横浜に向かって進む。途中で回転寿司に入って食事。そのあと、ロイホスでコーヒーを飲んで時間調整。約束どおり13時半に大会会場のグリーンルームに入った。嶋田洋一さん、山田正紀さんらと世間話。野田昌宏さん、小松左京さんにも会う。やっぱりSF大会の雰囲気はいいなあ。

 14時になったので、企画の部屋に移動。わたしがでる企画は鈴木陽悦さんの「おもしろ秋田を探せ」。とはいえ、話をしたのはほとんど陽悦さんである。わたしはただすわっていただけ。向こうは元テレビ局の人気アナウンサー。しゃべりのプロだもんなあ。わたしはときおりネタをはさむことくらいしかできない。というか、聞いていたほうがおもしろい(おい)。

 15時半、終わって部屋の外にでると、ダーティペアのコスプレをしている女性がいた。一緒に写真を撮る。その後はグリーンルームに戻り、チーズケーキなどを食べて、時間待ち。16時半に銀座に向かって出発。打ちあげ宴会の会場に向かった。場所は銀座8丁目の「なまはげ」。早く着いたので、そのまま陽悦さんと飲みはじめた。これがあとで響いたよ。

 けっこう長い時間ふたりで飲んだところで、他の参加者が集まってきた。そこから一気に本格宴会に突入。すでに下地ができあがっていたので、一瞬にして、食べすぎ、飲みすぎになる。20時、なまはげ登場の予告があり、20分後に店内にふたりのなまはげがでてきた。大受け。いいね、このなまはげショー

 20時半、予定より30分遅れで、わたしだけ退席。帰路についた。家に戻ったのは、1時間後くらいだったかな。すぐにTDFを見る。ちょうど超級の山に進もうというタイミングだった。ばっちりだね。そのまま風呂にも入らず、ゴールまで見つづけてしまった。就寝は1時

 ●きょうのTDF。

 超級山岳の登り、どう見てもランスは8割の力しかだしていない。当然だろう。勝負は1級山岳の登りゴールで、その前に下りがあるというときに、フルパワーをだすわけがない。思わず、そのことをJスポのBBSに書こうかと考えたが、ちょっと書きづらそうなBBSなので、やめる。

 で、期待していた1級山岳、ウルリッヒとバッソがだめだめでいまひとつ盛りあがってくれない。ランス、ふたりのどちらかがアタックをかけるのを待っているのに、ふたりともいっぱいいっぱいである。ふたりが仕掛けなければ、ランスは何もしなくても総合が安泰になる。だから、自分からは絶対に攻撃しない。攻撃しないと、必然的に先行しているトーチニヒが逃げてしまう。かなりいらつく展開だ。わたしが見たいのは、フルパワーのランス。そのためには、ライバルがランスをおびやかさなくてはいけない。

 結局、ランスは1級のほうも8〜9割の力で走りきってしまった。フルパワーで走っていたら、間違いなくトーチニヒは抜かれていただろう。ライバルがふんばらないと、ランスは本当の力を見せてくれない。なのに、この不甲斐なさはなんなのだ。バッソひとりでもまともに走ってくれていたら、あの10倍くらいはおもしろくなっていたステージだったと思う。引退する選手が8割くらいの力で圧勝できるレースって、考えられないぞ。いいのか? これで。

 2005/07/15 (Fri)

 晴れ。いい天気。朝からもう気温が高くなる予感がしている。とりあえず、全身に陽焼け止めを塗って出発。さすがにきのうほど足はまわってくれない。というか、きのうがまわりすぎ。疲労が残っている。帰宅して、昼食。書斎に入って……何をしたんだっけ? ほとんど記憶がない。気がつくと夜になっていて、TDFがはじまっていた。まいったね。就寝は、たぶん1時だったと思う。

 2005/07/14 (Thu)

 朝は霧雨状態。とりあえず、朝食を食べて、すぐに執筆を開始する。昼までに一段落。で、外を見ると、雨がやんでいる。道路も乾きはじめている。これはいいやというので、軽めに昼食をとり、14時前に多摩川に向かった。多摩川、風がない。ほぼ無風である。足はけっこうまわってくれた。気温は低め。だから、UVカットアームカバーをしていった。道路の乾き具合もよくて、快適な走行だった。

 帰宅して、すぐにお風呂に入る。もう夕方だ。夕食をすませてTDFの観戦態勢に入った。オンエアは19時50分から。しかし、きょうのツールは、つまらなかった。とくに最後はうんざり。わたしがエディ・メルクスだったら、アクセルを勘当するね。人喰いの血を引くものが、こんなチキンなレースをするなんて、許されることではない。がっかりである。零時半に就寝した。

 2005/07/13 (Wed)

 曇り。休修行日。朝、起きるのがつらい。午前中は、仕事のコピーが届くのを待ちながら、TDF(ツール)の録画をDVD-Rに焼きながら、アニメの在庫を処理しながら、執筆をする。きょうはTDFの放送スタート時間が早い。18時50分からだ。それに合わせて、あれこれを片づけていく。アニメは「かみちゅ!」の第3話がとくによかった。おもしろい。この作品は、すごくわたしの好みに合っている。演出リズムが実に気持ちよくて、今後が楽しみである。

 夕方、外出。ホームセンターで洗剤を買ってから、書斎で食べる夕食をモスバーガーで調達する。ハンバーガーなんて食べる機会がほとんどないから、こういうときでもないと味わうことができない。帰宅後、さっさと入浴。それから、放送がはじまるのを待ちつつ、夕食。海老カツバーガーが、おいしかった。これは、またいつか食べたいな。

 夜はずうっとTDF。はじまったとたんに眠けが襲ってくる。疲れが溜まっているなあ。それでも、なんとか意識を失うことなく、ゴールまで見て、ベッドに転がりこんだ。就寝は零時45分くらいだったろうか。よく覚えていないぞ。

 2005/07/12 (Tue)

 いつもは寝つくのに最低でも10分以上かかるのだが、昨夜は枕に頭を載っけたら、もう眠っていた。で、目覚ましが鳴るまで、一度も目を覚まさなかった。これは数か月……いや、数年ぶりかもしれない。通常は朝までに3回は目を覚ます。パジャマを着替えたりする。まじに疲れていたんだなあ。

 朝は、いつもどおり多摩川に行く。疲労は2日目にどどっとくるのだ。 足、ぜんぜんまわらない。へろへろになって帰宅。しかし、昼食後に、また外出。リカーショップをまわってきた。

 家に戻ってからは、書斎にヒッキー。昨夜見られなかったツールのビデオを流しながら、原稿を書こうとする。でも、書けない。というか、頭が動かない。気がつくと、になり、きょうのツールがはじまっていた。ランスがマイヨを取り戻して就寝。寝たのは午前1時を過ぎていたと思う。

 2005/07/11 (Mon)

 6時半に起きた。体調は最悪。アルコールがぜんぜん抜けていない。むりやり立ちあがって、帰宅準備をはじめる。食欲は皆無。コンビニでゼリー飲料を買い、新幹線に乗る。8時24分、名古屋発ののぞみだ。動きだしてすぐ、眠りに落ちた。そのまま新横浜まで熟睡。これで、少し気分がよくなった。

 11時半前に帰宅。軽食をとり、コーヒーを飲む。14時、調子が戻ったので、5500に乗って多摩サイに行く。明るめの曇りで、気温は33度。足、まわらないだろうと思っていたが、予想に反してけっこう調子がいい。33度って気温がからだに合っているのかな。暑いという感じはしない。16時過ぎに帰宅。風呂に直行。それから、溜まっているあれこれをする。きょうはツールがない。あれこれもそこそこ片づいていく。夜はERを見て、すぐに寝た。

 ●橋本真也選手急死。

 大ショックである。一報を見たときは心臓だと思った。でも、脳幹出血だったんだね。ご冥福を心から祈る。

 にしても、日刊スポーツのサイトで読んだ古舘伊知郎キャスターのコメントはひどかった。一部を同紙の記事から引用しよう。

 古舘キャスター「橋本さんは殉職」
 急逝した橋本さんの現役時代に何度もテレビの実況をした古舘伊知郎キャスター(50)は、11日夜、テレビ朝日「報道ステーション」の生中継で「本当にいい選手でした」と早すぎる死を悼んだ。
 中略
 映像後に、古舘キャスターは「(現在のプロレスは)受け身を取りずらい技を連発するようになった。それに歓声を上げるファン。リング上は、それに応えるようにヒートアップする。彼は殉職だと思います」と厳しい表情で話した。

 ニュースでもワイドショーでも、専門医がインタビューに答え「脳幹出血と外部からの衝撃はいっさい関係がない。原因は高血圧がほとんどで、ほかには血管の奇形などが考えられる」と言っていたのに、これである。古舘キャスターは専門家の言葉をまったく聞かなかったのだろうか。それとも、勝手に無視して強引に持論を展開したのだろうか。いずれにせよ、このコメントは今回の橋本選手の死に適したものではない。

 古舘キャスターの言動には批判がすごく多い。でたらめを言い散らしているなどと書かれた記事も目にしたことがある。しかし、報道ステーションをまったく見ていないわたしは、それを確認したことがなかった。今回、このコメントを読んだことで、なるほどと思った。こんな雑な姿勢でコメントを述べているのなら、他の報道も推して知るべしである。こういう仕事をしていちゃだめだね。がっかりしちゃったよ。

 2005/07/10 (Sun)

 いつもどおり起きて、10時半に家をでた。天気はけっこう明るい曇り。東京駅で食事をする。ワンタンメン。ちょっと物足りなかったので、パンをひとつ買い、のぞみに乗ってから牛乳で流しこんだ。正午過ぎに名古屋着。Yさんがホームで待っていてくれた。改札をでたところで、他のコスプレサミットスタッフの人たちと合流、ホテルにチェックインした。

 16時前くらいにホテルを出発。コスプレサミット中部地区予選会場に向かう。会場の待合室で、いろいろな方々と名刺交換。受付に時間がかかっていて、なかなか予選がはじまらない。1時間前後スタートが遅れたんじゃないかな。何時にはじまったのかは忘れた。コスプレはレベルが高かった。ただ、会場にきていたコスプレイヤーで、これはよくできていると思った人が出場していない。ただの観客である。惜しい。みんな、出場すればいいのに。

 審査が終わったのは19時。団体部門のルパンIII世一家がとくによかった。ガンダムグループもすばらしかった。個人のほうは、怪傑ゾロリさんがナイスだったね。表彰式のあと、とりあえずわたしひとり、先にホテルに戻った。他のスタッフは撤収作業である。部屋で、インターネットにアクセス。ツールのクイズに応募し、タオルとボディソープを袋に詰めて、外出。ホテルの近所に銭湯(金時湯)がある。そこに向かった。

 金時湯は、ちょっとすごかった。ネット情報に「レトロな銭湯」と書かれていたが、半端なレトロじゃないね。'70年代……いや、'60年代あたりから時間が止まっているんじゃないかという湯屋だ。不潔な感じはしないが、とにかく何もかもが古びている。番台も男湯と女湯の真ん中にある。料金は380円。でも、銭湯は銭湯である。古いタイル張りであっても、広い湯船はやはり気持ちいい。じっくり使って、外にでた。

 ホテルに戻ったところで、撤収を完了したYさんと電話。ロビーで落ち合い、打ちあげ会場に行く。名古屋駅裏の居酒屋だ。ビールと酎ハイを飲みまくり、焼鳥などのつまみも食べまくる。23時過ぎに閉店。ホテルの近所にあった昭和食堂という店に移動する。ここは朝5時までやっているという名古屋とは思えない店だ。またビールを飲みまくる。ちょっと過ごしすぎてしまった。零時半ころ宴会終了。ホテルに帰る。他の人たちは、河岸を変えて朝4時まで続行していたらしい。わたしは1時就寝。ランスがマイヨジョーヌを(予定どおり?)明け渡していた。

 2005/07/09 (Sat)

 曇り。朝、息子と一緒に多摩川をママチャリで走る。昼前に帰宅。昼食をとり、スーパーとホームセンターをまわる。本屋にも行く。シュレッダーを新調した。特価品だけど。

 午後はあしたの名古屋行きの準備。荷物をバッグに詰める。執筆もしたいが、ばたばたしていて落ち着かない。更新も暫定ということでおこなっておく。もしかしたら、このままですませてしまうかも。

 ●KENZO SUZUKI解雇。

 怪我で休んでいたKENZO、結局、今回の大リストラをかわすことができず、WWEを解雇されてしまった。奥さんのヒロコも一緒に馘首。詳しくはこちらを読んでいただきたい。残念である。でも、最近のWWEは本当につまらない。シナリオが悪いんだね。わたしはKENZOのためだけに見つづけていたので、KENZOがいなくなるのなら、もう見る必要はない。すっぱりと視聴をやめることにしよう。

 2005/07/08 (Fri)

 起きたときは曇り。が、いざ着替えて多摩川に向かおうとしたら、ぽつぽつと雨が降ってきた。これは室内走行のほうがいいかなと思い、ホイールを交換して準備をはじめた。しかし、ふと外を見ると、雨がやんでいる。ネットで雲の様子を見ても、関東に雨雲はない。これなら、走れちゃうかもということで、またもやホイールを交換し、もとに戻す。ばたばただね。ミッドウェイの空母状態である。梅雨の天気は、これだから困るのだ。

 多摩サイは予想以上に濡れていた。水溜まり状態のところもある。ところが、府中を過ぎたら、いきなり路面が乾いている。「雨、なにそれ? 降った? 嘘でしょ」といった感じである。どうやら、ぱらついた雨はすごく限定的なものだったらしい。で、降ったところはかなり降った。それで、水溜まりができた。そういうところだね。

 帰ってきたら、自転車は泥だらけ。急いで雑巾で汚れを拭きとり、昼食。それから、再外出の準備。今度はママチャリで、分倍河原の税務署に行く。書類の提出だ。で、そこから、今度は東小金井へ。作品の打ち合わせ。17時に帰宅。目がまわりそう。21時25分から、例によってTDFで、寝たのは1時だった。くたくただよ。

 ●プロアトラスSV。

 電子地図、プロアトラスの最新バージョン。届いたので、夕食前にインストール作業をはじめた。まず、Cドライブのバックアップをとる。そのつぎにインストール。しかし、ついうっかり忘れていたことがあった。プロアトラスのインストールはめちゃくちゃ時間がかかるのだ。

 夕食と入浴をはさみ、21時を過ぎた。しかし、インストールはまだぜんぜん終わっていない。このままだとTDFがはじまってしまう。そもそも、ほかの作業がまったくできない状態になっている。ものすごくまずい。

 22時。まだ終わらない。えんえんとファイルをコピーしている。クイズの締切は23時半、それまでに完了するのだろうか。少し不安になる。

 23時。インストール終了。まるまる4時間かかった。急いでクイズに応募(でも、外れた)。その後、レースを見ながら、プロアトラスSVを試用してみる。画面がすごくきれい。地図も精密になった。……しかし、遅い。動作が、えっと思うほど重い。起動も、地図の切り換えも、けっこう待たされる。こんなにとろいソフトを使うのは久しぶりだなあ。

 2005/07/07 (Thu)

 雲が多めの晴れ。まずは多摩川。帰宅して昼食。それからリビングのテレビの前にすわる。NHK衛星第2で放送された「怒れ! 力道山」を見るためだ。昭和31年の東映作品である。85分くらいかな。見終えて虚脱状態に陥る。ラッキー・シモノビッチ選手がよかったなあ。芝居がうまい。プロレスラーとしては二流だったけど。

 虚脱状態から立ち直り、執筆に入る。例によって、進行が遅い。のたのたとやっていたら日が暮れ、になった。睡眠不足が、けっこう響いている。

 夜はTDF。またまたゴール直前に声をあげてしまった。今回は悲劇的な落車が多い。ものすごくドラマティックだ。それで、レースそのものは盛りあがるが、見ているもののショックは小さくない。やや昂奮状態で、零時半に就寝した。

 2005/07/06 (Wed)

 降りは弱かったが、雨。ひたすら眠かったんだけど、7時に起きる。毎日そうなのだが、朝はサスケがうるさい。一晩を孤独に過ごしたあとの反動である。足もとにまとわりついてくるので、しばしば踏みそうになる。というか、しっぽなどを踏むこともある。きょうは多摩川を走らないので、しっかりと朝食をとり、新聞を読み、それから書斎に入った。

 昼前に外出。雨はやんでいる。近所のコンビニに行き、テレビ番組雑誌を調達。帰宅して、また書斎。あとは、ずうっとヒッキーになった。でもって、きょうで「フタコイ オルタナティブ」全13本の視聴を完了。意欲作だが、かなり荒削りな演出と構成。途中は中だるみしていた。とはいえ、二子魂川が気に入ったので、おおむねオッケイ。いろいろな意味で若い作品であった。

 夜は、もちろんTDF。ゴール直前で、またもや落車。勝ったマキュアンのガッツポーズ映像に合わせて「ローブ・ヴァーン・ダーム」と叫んでしまった。1時、就寝。

 2005/07/05 (Tue)

 曇り。朝は道路がまだ濡れていた。でも、多摩川に向かうころにはおおむね乾いていた。体調はいまいち。原因は睡眠不足である(断言)。帰宅して、椅子の上でうつらうつらする。目が覚めたところで執筆開始。でも、またすぐにうつらうつら。1日中、その繰り返しになった。

 TDFは21時25分から。CSCのゴール直前で、久しぶりに声をあげてしまった。あそこで落車があるとは思わなかったなあ。クイズはむずかしすぎる。優勝チームのゴールタイムを秒まで当てるってのは、ちょっと酷な課題だ(でも、7人も正解がいた)。これは語呂合わせしかないあと思い、思いついた数字を書いたが、結果は「いいわ、サンキュー」で1時間10分39秒。その語呂合わせは浮かばなかったよ。

 ●郵政法案。

 いやあ、久しぶりに国会中継見ながら、心臓ばくばくしてしまったよ。わたしは官僚、公社の無駄遣いをかねてから苦々しく思っているので、もちろん、民営化に賛成である。反対している連中は省庁の権益にぶらさがっていた族議員ばかりだ。郵政公社がなくなったら、自分が大損するから、必死で反対する。そういう連中である。それは道路公団がいまどうなっているのかを見れば、明らかである。天下りで高額の報酬を手に入れ、さらには談合で莫大な税金を自分たちの懐に放りこんで、肥え太っていく。そういったくそ官僚の裏に、くそ国会議員が隠れている。今回、どの議員がくそであるか、完全にあぶりだされた。メディアはかれらの名前選挙区を一覧表にして世間にさらしてほしい。それが、メディアの仕事である。

 2005/07/04 (Mon)

 7時起き。雨がどしゃどしゃと降っている。想定内の状況ね。もちろん、きょうも眠い。予定どおり、多摩川走行は中止。午前中はビデオの在庫整理をする。午後からは執筆。ときどき、うとうと。特筆すべきことは、何もない。

 夜はツール・ド・フランス(以後、TDF)。ERはビデオ録画にまわす。淡々としたレースだったが、最後のスプリントはものすごくおもしろかった。こういうのが見られるから、TDFは侮れない。就寝は1時近くになった。あしたも眠くなるはずだ。ほぼ確実に。

 2005/07/03 (Sun)

 6時起き。3時間ちょっとしか寝ていない。でも、起きる。でもって、多摩川に行く。天気予報がよくないのだ。月曜日は確実に雨になるらしい。火曜日もあぶないという。ならば、本来避けている日曜日に走っておくしかない。しかし、日曜日の多摩サイは混雑する。じゃあ、早朝ならどうだ。昼間よりはましなんじゃないかな。

 そんな発想で、むりやり6時に起きた。ウェアを着替え、多摩サイに行った。さすがに予想どおりとは行かず、けっこうローディや散歩の人が多い。やはり5時起きくらいじゃないとだめかな。それでもまあまあの混雑コンディションで走行完了。天気も曇りのまま、なんとかもってくれた。

 帰宅して汗を流し、一息つく。プロテインも飲む。「メルヘヴン」も見る。それから書斎に入り、執筆開始。眠くて、進まない。ときおり、意識が消える。いろいろと記憶がない。

 で、になった(おい)。きょうは21時からツールの放送がはじまる。風呂は夕方に入った。細切れだが、昼寝もした。ゴールまで見て、就寝は零時半。あしたは気温が低そうである。

 2005/07/02 (Sat)

 曇り。なぜか5時くらいに目が覚め、そのあと寝直しがうまくいかなかった。まずい。午前中は、最後のHDDレコーダー整理。はっきりいって、ぜんぜん進んでいない。というか、きのう外出したぶんが増えている。まずい。

 で、夜までは素直に書斎で執筆その他。午前零時からツール放送開始。2時少し前にランス・アームストロングがスタート。ランス、いきなりクリートが外れ、ペダルを空振りする。これ、数秒……たぶん5秒くらいロスしたね。これが結果に響かなければいいがと思っていたら、トップに2秒遅れの2位でゴールした。ああ、やっぱり。競馬では首差とか鼻差というのがあるが、こいつはさしずめ「ペダル差」ってところか。惜しいことをした。就寝は2時半。最後は眠かったよお。

 ●プロテイン。

 バルクをつけたくないため、プロテインの摂取は控えてきたが、きょうふらりと立ち寄ったドラッグストアにザバスの自転車(ロード)用プロテインというのがあったので、ためしに買ってみた。プロテインを飲むのは久しぶりだ。相変わらずまずい。でも、しばらく飲んでみよう。

 2005/07/01 (Fri)

 昼にという予報だったので、1時間早く起きて、多摩サイに行った。これが大当たり。曇りだったが、途中では陽射しがでるほどの天気になっていたのに、帰宅して、ふと窓の外を見ると、雨が降っている。11時ころだ。いつもなら、まだ走っている時間帯である。やったねという感じだ。

 午後は13時くらいまで書斎。その後、外出準備をして家をでる。雨なので、バスに乗り、吉祥寺に行く。バス、ぜんぜん動かない。吉祥寺の手前でストップ。最近は自転車でないと、移動時間が読めなくなっている。道路を利用する公共交通は危機に瀕していると言っていいんじゃないかな。地域によるんだろうけど。

 少し遅刻し、16時半前から、渋谷で仕事の打ち合わせ(平身低頭。>関係者各位)。なかなか充実した内容になった。そのあと、某誌の編集長ご一行と合流。けっこうな勢いでお酒を飲んでしまう。ちょっと飲みすぎだったかも。19時に帰路につき、20時過ぎに帰宅。夕食をとり、風呂に入る。あとは、もう寝るだけ。いろいろやるのは土日にしよう。あすはツール・ド・フランスが開幕だ。