日々是口実

日々是口実

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 2005/06/30 (Thu)

 朝は。それも、かなりの降り。でも、すぐに弱くなり、昼には完全にあがった。これは予報どおりである。当然、それに備えて準備をしていたので、13時過ぎに多摩川走行のため家をでた。で、16時前には帰宅。その後は書斎にヒッキー。執筆も、そこそこ進んだ。夜は23時過ぎに就寝。あしたに備えた。

 ●グラブのトラブル。

 バイクグラブの縫い目がほつれた。右手の指のところ。夏用指切りグラブ、わたしはずうっとパールイズミのレーシング用を使っている。いまのは3代目。1シーズンでだめになる。しかし、それは人工皮革や布がだめになるのであって、縫い目がほつれ、ほどけてしまうからではない。そういうことは、これまで1度も起きなかった。ところが、きょう、多摩川から帰ってきてグラブをとったら、なぜか指のところがぱかぱかしている。見ると、右手グラブの中指と薬指にかけての糸が完全にない。こんなことはじめてだなあ。

 で、夜、家内から針と糸を借りて縫おうとした。しかし、けっこうむずかしい。時間がかかる。やむなく途中から家内に代わってもらったら、すぐに終わってしまった。トホホ。はめた感じは、まったく違和感なし。パールイズミさん、もう少し縫製をちゃんとしてね。1シーズンだけもってくれればいいんだから。

 2005/06/29 (Wed)

 朝から雨。休修行日なので、あまり関係はない。気がつくと午後になっていて、雨もやんでいた。そのままアイデア構成やHDDレコーダーの整理をしていると、になった。書くこと、何もないね。夜は少し涼しくなり、寝苦しさからはちょっとだけ解放された。でも、パジャマは3回替えた。このくらいの気温でも寝汗はでてしまうのである。

 2005/06/28 (Tue)

 晴れ。微風。走っていて、やけに暑い。とくに後半、暑さで少しへばった。気温34度でも平気なのになぜだろうと思いながら走り、帰ってテレビをつけたら、11時に35度を突破したと言っていた。なるほど、それじゃ、暑いと感じるはずだ。水もボトルの3分の1くらい飲んじゃったよ。

 帰宅後は、まず食事。それからシャワー。本当は逆にするはずだったのだが、ちょいと家の都合でこうなった。それから書斎に入り、もろもろきのうのつづきをする。午後、15時ころにフォールディングバイクで外出。「じてつう3」の掲載が、いきなり決まった。漫画家さんは、すぐに原稿を描かなくてはいけない。そこで、緊急打ち合わせをすることになった。知人に自転車の取材も頼んだ。

 漫画家さんのお宅に着き、打ち合わせ。自転車の取材も無事にすんだ。協力していただいた知人に深く感謝。掲載誌は7月25日発売のビジネスジャンプ増刊「BJ魂」である。購入とアンケートの応募をぜひお願いしたい。今回がラストチャンスだとはっきり編集部から宣告されている。

 家に戻ったのは、17時くらい。気温はぜんぜん下がらない。風呂に入り、ビールを飲んだ。そのあとで夕食。だれきっているね。あしたは、もう少し気を引き締めて原稿を書こう。

 2005/06/27 (Mon)

 天気予報では曇り、微風だったが、外れ。晴れ、ちょっと風強しである。とくに風が強いのにはまいった。南風なので、往復とも向かい風の部分がでてくる。軟弱無比のわたしは、ぐったりと疲れてしまった。

 午後は執筆と並行して、HDDレコーダー整理のつづき。なんだか、ひたすら眠い。それでもふんばる。きょうも、あっという間にになった。

 ●サイエンス・オブ・ランス・アームストロング。

 ディスカバリー・チャンネルがランスのチームのスポンサーになったことを記念してかどうかは知らないが、ツール・ド・フランスを前にしてランスの特番を緊急放送した。これが、すごくおもしろい。地上波でも放送して、より多くの人に見てもらいたいね。わたしはもちろん、今年もランスを応援する。練習中に落車したというニュースが入ってきたが、大丈夫だろう。あの癌を克服した人に、克服できない怪我なんてないはずだから。

 2005/06/26 (Sun)

 晴れ。朝から気温が高い。午前中はドンキホーテに猫のトイレ砂などを買いだし。帰ってからは、書斎で執筆しながら、せっせとHDDレコーダーの整理をする。7月2日からのツール放送に備えてのことだ。DVD-Rに焼いたり、消したりしていたら、あっという間に夜になった。

 ●ドスペ2。

「僕の中のリング 坂口征二 坂口憲二 アメリカ・プロレスの旅」25日放送。テレビ朝日。すばらしい番組。3回くらい涙がでそうになってしまった。坂口親子がアメリカに行き、プロレスに関わるいろんな場所を見てまわるという内容だが、わたしのような力道山以来のプロレスファンなんかが見ると、もうたまんない構成だね。いまは亡き団龍彦くんにも、これはぜひ見せたかったなあ。アメリカではフランク・ゴッチも、ハッケンシュミットも、絞め殺しルイスも、胴締めステッカーも、まだ忘れられてはいない。できれば、ビッグダディ・リプスコンブグレート・ガマなんかも紹介してほしかったな。って、そういう番組じゃないか。

 2005/06/25 (Sat)

 ウエムラパーツの東京大即売会が池袋のサンシャインシティでおこなわれるというので、友人たちに声をかけてみた。しかし、みな都合がつかない。かわりに、午後から同じサンシャインシティで開催されているアウトドアフェスティバルに行くという友人があらわれた。じゃあというので、ウエムラの即売会にはひとりで行くことにし、アウトドアフェスティバルの友人とは、正午に現地で合流しようというになった。

 で、をでたのが午前8時。「絶対少年」も見ずに出発する。サンシャインシティははじめてなので、池袋駅からどう行くのかがいまひとつ判然としない。それでも、9時15分には会場に着いた。会場は、すでに長蛇の列である。廊下にすわりこみ、自転車ムックを読みながら、開場を待った。開場は10時の予定だったが、少し早くひらき、9時50分くらいには商品をあさっていたようながする。

 入口で買物かごを受け取り、会場を動きまわった。まず少しでもほしいと思った品を手あたり次第にかごに放りこむ。とりあえず、吟味はしない。悩むこともしない。どんどん入れる。

 ほしいと思うものがなくなったところで、チェックを開始する。総予算と使用頻度、緊急度を考慮しつつ、今回はいいやと判断したものを売場に戻していく。このときは、さすがにちょっと悩む。悩むが予算はひじょうに少ない。高い商品は優先的に戻す。安いものだけを残す。ちなみに、1000円以上を高いという。けっこうシビアなのだ。

 買うものが決まったところで、レジに並んだ。この列が長い。かなり並ぶことになる。いつものことなので、驚かない。即売会でいちばん時間がかかるのが、この支払いタイムなのである。

 レジを終え、会場の外にでたのが、10時30分くらいだった。待ち合わせ時間の正午まで、まだかなり余裕がある。いったん地下に降り、ユニクロに立ち寄る。ソックスなどを購入。それから、ドトールに入ってコーヒーを飲んだ。正午少し前に待ち合わせ場所に行く。が、誰もこない。おかしいなと思ったら、べつの友人がきた。乱入である。肝腎の待ち人は、こない。電話をするが携帯は留守電モードである。25分ほど過ぎたところで、電話がかかってきた。どうやら、待ち合わせ場所がちょっと違っていたらしい。フロアは同じだが、位置がずれていた。はじめての場所はよくわからないんだよ。それに乱入の人がわたしのいるところにきたのだから、ずれたのは、あながち、わたしのせいだけではないと思う。

 なにはともあれ、合流はできた。さっそく食事にしようというので、ナンジャタウンに行った。サンシャインシティなら、やっぱ餃子だよねということだ。

 餃子スタジアムは混んでいた。空腹だったので、なにはともあれ、客のいない店に入った。これが失敗。博多の鉄鍋餃子は、はっきりいっておいしくない。客がいないのはいない理由があるからだ。よくわかった。そこで、宇都宮餃子に行き、口直しをした。うん、やっぱりこのほうがいいね。

 食事のあとはデザート。東京シュークリーム畑というイベントをやっていたので、そちらに移動した。小さめのシュークリームとウインナーコーヒーを注文した。しばらく友人たちと談笑。明るい話題はない。不景気だという愚痴ばかりになった。

 けっこう休んだので、再出動。アウトドアフェスティバルのバーゲン会場に行った。安い。でも、ほしいものがない。1980円のサンダルにちょっと心が動いたが、買うまでには至らない。結局、何も買うことなくにでた。出口でオロナミンCをもらった。「元気はつらつぅ?」である。実際は、足だるだる。腰痛も少しでていた。

 アウトドア友人と別れ、乱入友人とふたりでサンシャインシティをあとにした。つぎの行先は東急ハンズ。ハンズの入口で乱入友人とも別れ、ひとりで上の階にあがる。洗剤を買った。

 帰路につき、調布に戻ったのが、16時ちょっと前だった。家に入るなり、着替えて足を休足時間で冷やした。ああ、気持ちいい。外の気温は32度。夏である。あとは書斎でぐったりとして過ごす。まじに疲労困憊だね。だれきっていたら、夜になった。

 2005/06/24 (Fri)

 晴れ。でも、雲がけっこう多い。気温は30度目前(走っているうちに越えたらしい)。きのう、気合を入れすぎたため、きょうは足がへろへろ。走りだしたとたんに「ああ、まわらない」と実感できたほど。

 途中、時速30キロくらいで流して多摩サイを走っていた、ウェアすべて(ヘルメットからレッグウォーマー!まで)ミヤタスバルレーシングの茶髪ライダーを関戸橋の手前で抜いた。自転車はKOGA MIYATA。もしかして、この人って、チームの選手じゃないのかなあ。そうでなければ、栗村修監督のフリークスとか(それは、ないな。たぶん)。でもって、すごい勢いで抜き返されるのではと思いながら、その後は走行。しかし、満願寺渡船場跡に着いたときには、もう姿がなかった。どこで降りたんだろう。

 ●戒告処分だと?

 愛知県警東海署の交番勤務の地域課巡査(29)が、上司に無断で仕事に使っていた私物パソコンから、被害者の氏名などの個人情報の含まれた捜査資料がインターネット上に流出していたことが24日、県警の調べで分かった。
 県警は、個人情報が漏れた被害者らに謝罪し、同日付で巡査を懲戒処分(戒告)、上司の同課警部補(50)を所属長注意とした。
 中略
 私物パソコンにはファイル交換ソフト「Winny(ウィニー)」が入っており、この巡査は、署長に無届けで私物パソコンを一昨年9月ごろから仕事に使い、資料をハードディスクに保存していた。自宅でネットに接続した際、ウイルス感染し、流出したとみられる。
 中略
 県警は内規で、公務に使った私物パソコンを自宅などに持ち帰る際は上司の許可を得るようにしており、公務に使うパソコンのネット利用を禁止している。
 読売新聞ニュースから引用。

 どうして懲戒免職じゃないんだ。こんなやつを警察に置いておくなよ。とっとと追いだせよ。流出以前に、ウィニーを使っていたというだけで処分するのが当然だろ。とにかく、何をダウンロードしていたのかも調べ、きちんと公開してほしい。とんでもない、最低の警官である。

 ●ケロロ軍曹。

 うーん、トラウマが無限増殖し、その質量(あるのか?)で重力崩壊が起き、ドロロくんが内部からブラックホール化していくというオチにしてほしかったなあ。

 2005/06/23 (Thu)

 朝は雨。昼前にあがって、薄い陽射しも見えてきた。行けると思い、すぐに着替えて、多摩川に出発。いつもどおりのコースを走ってきた。途中、ぽつぽつと降ってきたときもあったが、すぐに消え、まあまあのコンディションで走ることができた。梅雨の合間の走行はたいへんだよ。でも、今年は空梅雨という予想もあり、微妙な状況になっている。あしたはどうかな?

 帰宅後は、書斎でアイデア構成。きのうでたアイデアを再構成する。さらに細かい部分を詰めていく。地味な作業がしばらくつづくね。

 ●クレジットカード。

 昨年だったかな。ちょっとカードの数を減らそうと思って、あまり使っていなかったカードをいくつか解約した。その中の1枚が、アメリカのパソコンソフトなどをインターネット経由で買うのに使っていたマスターカード。いやあ、いいタイミングだったなあ。解約していなかったら、間違いなく不正使用の対象カードになっていた。

 ●感動の光景。

 コンフェデレーションズ杯のニュース映像。国家演奏のところで、三都主アレサンドロ選手が胸に手をあて、君が代を口ずさんでいる姿にぐっときてしまったね。さすが帰化した人は、国歌に対するマナーをちゃんとわきまえている。日本の教育はだめだめなので、この手の世界的常識がまったく身についていない。こういうシーンは、もっとどんどん流そう。とりあえず、試合は見ていない。でも、いい試合だったらしい。よかった、よかった。

 2005/06/22 (Wed)

 朝から雨。休修行日なので、とくに問題はない。ツール・ド・スイスを見ながら、朝を過ごす。昼前から仕事開始。ひたすらアイデア構成。ときおり自転車雑誌に手が伸びるのは愛敬である。うなり、苦しんでいるうちに、そのまま夜になってしまった。書くことが、何もないね。

 夜、とつぜんアイデアがでた。なかなかいい。22時からツール・ド・スイス。45分だけ見て、リビングに移動。ちょいと家の用を片づけ、23時半に寝た。寝つきがいつもより、少し悪かった。アイデアがでると、寝るときにそれを無意識に吟味してしまうのだ。痛し痒しである。

 2005/06/21 (Tue)

 きのうと同じような天気。多摩川走行は曇りの時間帯。しかし、暑い。むしむしと暑い。風邪はまだ完治していないが、かなりよくなった。鼻の奥のわだかまりと、喉のいがいが感が消えたら完璧なんだけどなあ。

 帰宅してからは書斎でヒッキー。アイデア構成をしながら、自転車雑誌を読む。書き忘れていたが、きのうの昼すぎに駅前の書店に行き、買ってきたのだ。アイデアは、ちょっといいのがでてこない。ファミレスあたりで呻吟したいが、体調がいまの状態ではちょっと無理。まで粘った。

 夜は、22時からのツール・ド・スイスを少し見てから寝ようと思っていたが、野球がまだ終わっていない。20分ほど遅れた。30分だけ見て、寝る。つづきはあしたの朝の再放送である。

 2005/06/20 (Mon)

 午前中は曇り。午後から晴れ。多摩川走行は、いつもどおりの時間帯。いろは坂に向かうため、関戸橋を渡ろうとしたとき、通りかかったトラックが荷台から角材を落とした。廃材のような角材で、けっこうでかい。後続車が乗りあげたりして、すごく危険。オートバイがいたら、かなりまずいことになっていたと思う。トラックは落としたことに気付かず、そのまま行ってしまった。

 いろは坂を終え、また関戸橋に戻ってきたら、パトカーがいて、角材を回収していた。横を通るときに「それ、さっきトラックが落としたやつですよ」とおまわりさんに声をかけたら、「これひとつでしたか?」と訊かれた。「ひとつだけです」と答え、先に進んだ。いや、こういうのって、やはりたいへんなことになるんだね。

 帰宅して、家族にこのことを話した。すると、風邪で臥せっていた息子が「それ、ラジオの交通情報でやっていた」と教えてくれた。そうか、交通情報で流すほどの事態だったのか。トラックのナンバーも覚えていないが、これからは、こういうことがあったら、なんとか記憶するようにつとめたい。でも、だめだろうな。短期記憶がぜんぜん保持できないからだになってしまっているから。

 帰宅後は、書斎。アイデア構成をやろうとするが、何もでてこない。夜はER。見終えたところで、とっとと寝た。

 2005/06/19 (Sun)

 雲の多い晴れ。午後、息子が発熱。これで、家族全員が風邪にやられてしまったことになる。わたしはとりあえず、安静。家からでない。昼寝もした。鼻水がとにかく止まらない。洟をかみすぎて、鼻血をだしてしまったよ。

 午後も完全ヒッキー。やたらとだるく、眠い。昼寝もした。でも、鼻水とくしゃみは止まってくれない。22時からのツール・ド・スイスも30分で切りあげ、22時半に寝た。

 2005/06/18 (Sat)

 7時起き。午前中は曇り、午後から晴れ。きのうの外出後遺症でからだがだるい。喉はまあまあ。しかし、くしゃみ鼻水がひどい。薬で抑える。

 午後、少しすっきりしたので外出。ママチャリで多摩川を走って大回りして、ホームセンターに行き、帰宅。ちょっと疲れた。戻ってからは書斎にヒッキー。しかし、どうにも頭が動かない。くらくらしている。気力の萎えたまま、23時に寝た。今回の風邪は、癒ったようで癒らない。朝起きたら、すっきり全快というのを期待するのは無理みたいである。

 2005/06/17 (Fri)

 曇り。5時には起きれるかなと思っていたが、結局7時まで寝てしまった。喉の痛みはかなり軽減された。多摩川走行に復帰したいが、体調が心配。しかし、ふっと気がついた。きょうは外出し、人ごみの中にでる。でれば、風邪がぶり返すことも十分に考えられる。ならば、先に走っておいて外出し、ぶり返しても、結果は同じこと。悪化するときは悪化する。

 というわけで、着替えて5500に乗り、多摩川に行った。久しぶりという感じである。通常どおり走り、帰宅。とくに症状が悪化した兆候はない。でも、かなり疲れた

 15時に歯医者。きょうで治療は終了。家に戻って、出発準備をする。赤坂プリンスホテルで、日本漫画家協会の協会賞贈賞式がある。会員ではないが、吾妻ひでおさんの受賞となれば、当然行く。何があっても、行く

 18時少し前に会場に着いた。さっそく吾妻さんに挨拶。「写真では知っていたけど、実際、実物を見てみると、すごい痩せ方だなあ」と言われる。そういう吾妻さんも、ネズミ講でお金を集めまくった詐欺師のような風貌になっている(おい)。

 18時にがはじまった。すごい数の出席者である。会場、超満員。その中から知人を探す。安彦良和さん、永井豪ちゃん、とり・みきさん、川又千秋さんなどを発見。弘兼憲史さんは、名前を名乗るまで「どちらさまですか?」と怪訝な表情をされていた。で、名前を聞いたとたんに「嘘でしょ?」と言われた。「癌じゃないですよ。自転車で痩せたんですよ」と説明すると「本当でしょうね」と念押しされた。本当なんだよお!

 式とパーティは、20時にお開き。すぐに帰宅した。家に着いたのは、21時くらいだったかな。メールの処理などをして、23時半に寝た。

 吾妻ひでおさん やなせたかしさん

 携帯電話を使ってポーズをとる吾妻さん。携帯を持っていたら、失踪はむずかしいかも。もう1枚は、開会挨拶をされるやなせたかしさん。

 賞の授与

 吾妻ひでおさんに大賞を授与するやなせたかしさん。協会の方針ということで、贈賞者が壇の下に立ち、壇上にいる受賞者に賞状を渡す。授けるのではなく、受け取っていただく賞なのだそうだ。

 2005/06/16 (Thu)

 雨。ひたすら寝ている。12時間寝て、9時に起き、午後、また3時間寝た。からだが睡眠を欲している。おかげで、喉もかなり楽になった。熱っぽい感じはまだとりきれていないが、これも、あと少しでなんとかなりそうである。きょうもさっさと寝よう。あしたは外出予定がある。これをキャンセルするのはむずかしい。ここまできたら、気力勝負だね。ぜいぜい。

 ●最低国家?

 ヤフーニュースに14日時事通信発として載っていた記事。引用してみよう。

 日記風の簡易ホームページ「ブログ」の中国語サイトで、「自由」「デモ」などの言葉の使用を禁止する動きが広がっている。以前から米グーグルやヤフーが中国政府のブログ検閲に協力していると批判されてきたが、ソフト最大手の米マイクロソフトも検閲を実施していることが14日までに明らかになった。  マイクロソフトは先月、中国政府との合弁企業を通じて、中国版ブログの作成サービスを開始。そのブログサイト上で、「民主主義」「人権」「台湾独立」など、抗議行動や治安悪化を連想させる用語を入力すると、「禁止語を削除してください」と表示される。

 すごいね。中国には「自由」「民主主義」「人権」がないんだ。禁止されているんだ。言葉がないということは、その概念もないということである。こういう国をやたらと持ちあげている政党、国会議員、新聞、テレビ局が日本にはある。つまり、そういうメディア政治家(評論家や作家にもいるなあ)は「自由」「民主主義」「人権」を嫌っているのである。そうとしか考えようがない。しかし、これはひじょうにいい目安だ。かの国を礼讃し、擁護する組織、人びとの正体が一発で明らかになるのだから。実名を挙げたいくらいだね。いや、必要ないか。みんな知っているんだもん。

 2005/06/15 (Wed)

 7時起床。……と思っていたら、目覚し時計を修正し忘れていて、5時に起きだしてしまった。気がついたのは、8時近くになってから。馬鹿である。天気はよくわからない。陽射しが見えたような気もする。

 とりあえず、体調が回復していないので、9時前から寝直し。3時間くらい寝た。起きてから執筆。夕方に終わって、21時に寝た。寝直しているので寝られないかもと思っていたが、すぐに熟睡できた。とにかく病原菌との戦いで肉体が疲れているね。こういうときは素直に寝まくるに限る。しかし、しんどい

 2005/06/14 (Tue)

 曇りに近い晴れ。熱が引いていたら、多摩川走行をしたかったが、すっきりとは引いていない。寝汗で一時的に下がっただけという感じだ。7時に起きて、書斎にこもり、原稿を書く。しかし、能率があがらない。夕方に近づくにつれ、じりじりと体温があがっていく。夕方、ついにダウン。4、50分ほどベッドに入って汗を流し、強引に体温を下げた。

 は、また書斎に戻り、執筆のつづき……をしようとするが、頭が動かない。ぼおっとして過ごす。ベッドに入ろうにも、布団乾燥中である。結局、22時45分に寝た。あしたは7時までゆっくり寝よう。

 2005/06/13 (Mon)

 昨日のヒルクライムコースをJさんとふたりで登る予定だったが、起きたら、喉の痛みが予想以上に悪化していた。がひどく、明らかにがある。とても坂を登れる状態ではない。予定を変更し、すぐに帰宅することにした。家に着いたのは、11時ごろ。天気がよかったので、走れなかったのが、すごく心残りであった。

 2005/06/12 (Sun)

 5時に起きた。例によって、布団が湿地帯になっていた。喉の痛みと咳はべつとして、とりあえず動けるようになっている。いよいよレースだ。体調どころではない。おいしい朝食を食べ、Jさんを送りだす。けっこう緊張しているらしい。わたしたちは、歩いて、林道入口まで行った。

 林道入口には大会スタッフが何人かいた。あと、どこかのチームの連れ。全部で10人、いたかなあ。道路端に場所をとり、選手がくるのを待つ。林道入口に着く少し前に、実業団クラスがスタートした。号砲や歓声が響いてきた。

 スタートから15分ほど過ぎたころだろうか。実業団のトップの選手がやってきた。そのあとに、ぞくぞくと選手がつづく。ゼッケンで選手を確認しようとするが、それ、けっこうむずかしい。実業団の選手は、坂でも速いんだもん。

 実業団驀走

 とりあえず、みんなで声援を送ることにした。応援の仕方は、ツールの中継などでしっかり学んでいる。静かに見ているだけでは、選手もさびしいだろう。

 さらにしばらくすると、一般参加者も陸続と走りこんできた。チーム名や自転車名を叫び、励ます。ふと思いついて、「がんばれ、あと11キロ!」と怒鳴ったら、選手の力が抜けた。仲間に「その声援はだめだよお」と叱られてしまった。やっぱりね。

 40分くらいして、Jさんがきた。写真を撮り、きびすを返す。今度はゴール地点で選手を待つのだ。ゴンドラとロープウェイを乗りついで、1200メートルの標高差を一気に飛び越えた。

 ゴールに着くと、そこは自転車だらけになっていた。午後に決勝のある実業団選手は、もういない。一般参加選手が自転車を地面に横倒しにして、たむろしている。その隙間を抜けて、ゴール手前に行き、そこでJさんを待った。

 ゴール地点

 Jさんがゴールしたので、撮影地点から離れ、帰途についた。ロープウェイ駅に行き、売店を覗く。「ここだけで売っているものないかな」とつぶやいたら、レジのおっさんが「あるよ。これだよ」と言って、饅頭を指差した。試食してみると、なかなかおいしい。さっそく購入した。

 いま一度景色を堪能しつつ、ロープウェイとゴンドラで下に降りる。上と下とでは、気温がはっきりと違う。宿に戻ると、Jさんがいた。13時から実業団の決勝がスタートするので、それを見ることにする。で、その前にカレーライスで昼食。おかわりまでしちゃったよ。

 ゴンドラ

 スタート地点には車で行った。選手が集まっている。テレビのレース解説でお馴染みの栗村修監督(ミヤタスバルレーシングチーム)もいる。観客は朝よりも多い。というか、やはり、チームスタッフがほとんどなのだが。

 とりあえず、適当な位置に陣取り、スタートを待った。個人TT形式なので、ひとりずつ30秒置きにスタートしていく。スタート直後のシフトチェンジの音が甲高く響く。意外な選手が意外な順位にいて、とてもおもしろい。

 100人弱の選手が1時間ほどでスタートし終わり、観戦は終了。つぎは表彰式である。宿に戻って一息つき、小谷村社会体育館というところに行く。ここは、きのうゼッケンをもらいにいった場所だ。中に入るが、ほとんど人がいない。Jさん、完走証明書をもらい、写真を買う。実業団の表彰式は15時40分から。ぶらぶらと待った。

 時間になっても、観客はまばらだった。体育館に入り、床にすわりこんで、表彰式を見る。入賞者の副賞は米である。優勝者でたったの15キロ。かなりせこい。1俵くらいだしてもいいんじゃないの。

 表彰式が終わり、友人夫妻が東京に帰る時間になった。白馬駅に行ったら、ちょうど長野駅行きのバスがきた。みごとなタイミングである。滑りこむように乗車。夫妻を見送ったあと、わたしとJさんは宿に戻り、またまた温泉に行った。今度は近いところにある源泉。ここも、いいお湯だった。客がいなくて、ほとんど貸切り状態である。

 宿では、Jさんと祝勝会。勝ったわけではないのだが、予想以上の好タイムだったので、気分は圧勝である。体調がかなり下降していたため、夜は21時過ぎに寝た。翌日は、11キロの林道コースをJさんと登ることにしている。でも、雰囲気は、相当に微妙であった。

 野寺秀徳選手

 実業団レース決勝スタート直前の野寺秀徳選手。このレース、実業団レーサーは午前中に17キロの予選ヒルクライムをおこない、午後に11キロの決勝ヒルクライムをおこなう。信じられないスタミナだね。

 表彰式

 栂池高原の小谷村社会体育館で素朴におこなわれた表彰式。実業団1〜6位の選手である。観客はひじょうに少ない。副賞は長野コシヒカリ(お米)。総合優勝した野寺選手は15キロのお米をかかえて、ちょっとよろめいていた。

 別府匠選手

 2位入賞の別府匠選手と愛車のピナレロドグマ。表彰式のあと、わざわざ陽射しのあるところまで移動してポーズをとってくれた。別府選手に感謝。もらったお米は10キロ

 以上、公式記録はこちらを見ていただきたい。

 2005/06/11 (Sat)

 5時に起きた。微熱は消えた。喉の痛みは、そのまま。まあ、いいや。動きだせば、なんとかなるだろう。ということで、乾燥機を借り、布団を乾かした。

 きょうは朝から雨。ほぼ予報どおりである。例によってめちゃくちゃおいしくて量の多い朝食を食べ、昼まで原稿を書いた。リゾート地で執筆をするというのは文豪気分である。道具がノートパソコンだから、雰囲気がでてないけど。

 午後、そろそろ友人のK夫妻が到着するというので、Jさんと出発した。 白馬駅までお出迎えである。予定時刻の5分前に遭遇。長野からのバスがすごく順調だったらしい。さっそく昼食をとろうということになり、イタリア国旗を掲げている店に入った。ここのパスタ、うまい。朝食べすぎたので、ちょっと控えめにし、宿に戻った。

 夫妻の荷物を置き、わたしとJさんの自転車を見せ、それから、また温泉に行った。今度はちょっと遠いところにした。道の駅に付属している温泉だ。ここは湯温もばっちりで、ひじょうにいい温泉だった。喉をいたわるため、蒸気をたっぷりと吸いこみ、ゆっくりと湯につかった。

 宿に帰って、酒盛り開始。夕食はこれまた最高である。あしたヒルクライムに挑むJさんだけダイエットコーラを飲んでいただく。これは当然の処置だね。きのうと同じく22時に寝た。

 2005/06/10 (Fri)

 喉の痛み、丸1日の安静ではおさまらなかった。かすかだが微熱感覚もある。とはいえ、朝5時に起きて、やる気は十分。なんとかなるだろうという気分だ。

 6時半過ぎに友人のJさんが車を駆ってやってきた。このJさんが、つがいけサイクル2005に出場する。距離17.1キロ、標高差1200メートルのヒルクライムだ。わたしはその応援のために同行する。でも、5500は持っていく。レースは厳しいが、そういうコースは、ちょっとだけ走ってみたい。あくまでも、ちょっとだけ。

 荷物を積み、出発した。喉飴をひたすらなめ、中央高速を車は走る。青木湖に着いた。湖からちょっと先のレストハウスの駐車場で5500をおろし、わたしひとりが自転車ウェアに着替えた。ここから栂池まで、単独自転車走行するのだ。道をJさんに教わり、スタートした。県道はすごく走りやすい。メーター読み43キロくらいで進む。これはもちろん、いつもの巡航速度ではない。下りだったんだろうか(そういう感じはしなかったけど)? なんにせよ、調子よすぎである。

 栂池が近づき、道がだんだん登りになってきた。でも、足はよくまわる。が、いよいよ栂池スキー場目前となると、さすがにきつくなった。ひいひい言いながら登る。と、Jさんの車が行手に見えた。宿に荷物を置き、わたしを回収するため、引き返してきたのである。しかし、こちらはまだ走れる。そのまますれ違い、走りつづけた。Jさんの車につづき、しばらく登り下りしていると、宿に到着した。

 宿は、Jさんのお姉さんの嫁ぎ先である民宿「びわくぼ」だ。すごくいい宿である。詳細はこちらをご覧いただきたい。

 荷物を部屋に入れ、Jさんのお姉さん夫婦に挨拶をした。天気は晴れ。すぐにJさんも着替え、ふたりで走りにいった。まずは、レースのメインコースである林道を5キロほど登ってみる。最初は栂池まで走った直後だったので、ややしんどい感じがしたが、じきに楽になった。理由は不明。クランクがよくまわる。平均斜度は7%くらい。

 林道5キロが快調だったので、国道コースにある10%の坂道も試してみることにした。まず、その坂を下る。え、ここを登るのという印象だ。絶対にだめだと思った。でも、登ってみたら、それほどつらくはなかった。結局、青木湖からのライドも含め、20数キロを走って初日走行は終了となった。坂ばかりなので、多摩川修行の55キロと負荷に差はまったくない(と思う)。実に気持ちよかった。しかし、わたしって、けっこう登れるのね。毎日のいろは坂が効いているのかなあ。正直、びっくりした。

 宿に戻り、着替えて温泉に行くことにした。近所の温泉にしたら、お湯がめちゃくちゃ熱い。わたしは熱い湯にわりと強いほうだが、それでもこれはだめ。足先を突っこんだだけで、悲鳴をあげてしまう。ホースで水道の水を引き、その脇で入浴した。間違いなく45度以上あるね、これは。高血圧だったら、死ぬよ。

 夕食は18時から。すごくおいしい。量が多い。ばくばく食べてしまう。喉、ますます痛い。でも、食べる。飲む。22時に寝た。しかし、1時間で目が覚めてしまう。汗がだらだら流れだすからだ。微熱があるので、からだがそれを抑制しようとしている。当然、こうなるはずだと思っていたので、パジャマの下にTシャツを着て寝ていた。そのTシャツをつぎつぎと替える。1時間ごとに起きて着替えだ。熟睡しているひまがない。寝汗との戦いは、朝5時までつづいた。

 2005/06/09 (Thu)

 6時半起き。曇り。喉が痛い。少し炎症を起こしているようだ。きのう走ったので、きょうは休修行日。しっかりからだを休ませることにする。あしたから、しばらく外出だ。ここの更新も、一時中断する。

 で、朝から外出準備。3泊4日なので、荷物が多い。ものすごく多い。ずうっと詰めこんでいるのに、終わらない。これじゃ、引越荷物だよ。しかし、天気予報が悪いのが気になるなあ。とりあえず5時に起きて出発なので、とっとと更新して寝ることにする。まだぜんぜん眠くないけど。

 2005/06/08 (Wed)

 きのうと似たような天気。しかし、きょうは忙しい。とりあえず6時に起きて行動開始である。まずは多摩川。帰宅して、駅前のスーパー。戻って、通常のもろもろ作業。で、気がつくと、すでに16時。あわてて喪服に着替えた。

 友人が死んだ。ダイナミックプロに所属しているKくんだ。団龍彦のペンネームで小説を書いていたから、知っている方も多いだろう。学年でわたしより3つ上だから56歳である。

 35年前、日本SF大会、TOKON5で知り合った仲間たちと永井豪ファンクラブをつくり、会員を募集した。そこに入会希望のぶ厚い封書を送ってきたのがKくんだった。Kくんはすごい永井豪フリークスであった。文章もうまく、抜群の才覚を持っていた。わたしはすぐにKくんとコンタクトをとり、ファンクラブのスタッフに入ってもらった。

 Kくんの体調が悪いんだ、と永井豪ちゃんから聞いたのは、それほど前のことではない。症状が重く、入院している。しかし、見舞いは、誰にもきてほしくないと言っている。闘病中の姿をあまり親しい人たちに見せたくないんだろう。そういう話だった。

 訃報は6日に届いた。わたしは弔辞を依頼された。今朝の多摩川では何を語ろうかとそのことをずっと考えながら走っていた。35年前の出来事がつぎつぎと脳裏に浮かんできた。

 お通夜は18時にはじまった。帰宅したのは22時である。少し昂っていたので、寝たのは24時近くになってからだった。

 2005/06/07 (Tue)

 晴れ……うーん、曇りかな。微妙である。きょうの多摩川、RDは完全に復調していた。で、今度はシートポストの高さを微調整。2ミリあげた。ただし、これでいいのかどうかは、まだはっきりしていない。1ミリあげたら「おお、違うぞ」なんてわかるレベルの人間じゃないからね。結論がでるのは、あした以降だろう。

 午後はちょっとだけ再外出する。駅前まで買物だ。ドラッグストアで薬を買い、西友で食料品を買う。帰宅してからは、書斎。スマックダウンをBGTVにして、原稿を書いた。非小説だが、あまり進まない。もう少し辛抱したら、動きだす予感がある。それまでがしんどいんだよね。しかし、昨今のスマックダウンはつまらないなあ。スーパースターの名にふさわしいレスラーがぜんぜんいないような気がする。

 2005/06/06 (Mon)

 晴れ。気温も高い。風も、ほとんどない。顔と足に陽焼け止めを塗って、多摩川に向かった。ちょっとRDの調子がよくない。4、5速あたりでチェーンがときおり踊る。無理をせず走り、走行を終えてから、そのまま神金さんに直行した。調整をしてもらって回復。家に戻った。

 午後はアイデア構成をしながら、ビデオの消化も少しする。「焼きたて!!ジャぱん」に塩も砂糖も使わないカステラパンというのがでてきた。で、ローソンの「焼きたて!!ジャぱん」シリーズに「カステラ風蒸しパン」があるというCMをやっている。もしかしてこれかな? と思い、ローソンに行き、さっそくそれを買ってきた。げ、思いきり砂糖を使っているじゃないか。別物だよ、これ。でも、とりあえず、食べた。ふわふわしていて、おいしかった。にしても、このローソンのシリーズ、竹炭クロワッサンにしたってクリームなんかを中に入れていたりして、いまひとつ買おうという気が起きない。アニメタイトルを冠するのなら、テレビででてきたそのままのパンを売ってくれないかな。よけいなことはしてほしくない。

 はジロではなく、ER。スーパーブルーを飲みながら、見る。その後、眠けがこないので、23時半までリビングでテレビを見ていたら、家内に「きょうは寝るのが遅いわね」と文句を言われた。すごすごと寝室に行き、ベッドに入った。

 2005/06/05 (Sun)

 思ったよりもいい天気になった。で、午前中に近所のユニクロに行き、新宿店で買いそこなった商品を購入。帰宅して、午後からは5500の整備(と、それに伴う室内走行。試乗なので、長くはまわさない。20分くらいで終了)。それからアイデア構成のつづきをする。そのまま、夜へと突入した。

 ジロはきのうと同じく、20時からの放送。早めに風呂に入り、視聴準備をした。山岳ステージに入っているので、ここ数日はけっこうエキサイティングな展開である。クネゴがふるわない。バッソも沈んだ。結果はとっくにでているのだが、情報遮断をしていて、目に触れないようにしている。新聞やテレビのスポーツニュースがまったく報じてくれないのが幸いしているね。喜んでいいことじゃないと思うけど。

 2005/06/04 (Sat)

 薄曇りに近い雰囲気の曇り(なんや、それ)。午前中は書斎で調べもの。お昼からは外出。新宿に行き、ユニクロにも寄る。ユニクロ新宿店、けっこう広いわりには商品がない。お上品につくりすぎだね。天気予報で、午後から雷雨と言っていたので、をすませたら、とっとと帰宅。そのわりには神金さんに寄ってしまったけど。

 家に戻ったのは、16時くらいだったかな。よく覚えていない。書斎に入って、アイデア構成。外出したせいか、いったん止まっていた鼻水がまたでてくるようになった。いかんなあ。夜はジロを見て、ダイエットコークハイを飲んで寝た。

 ●ガードレールの金属片。

 90%は自動車がこすったあとだよと断定しようと思っていたら、世間もその方向で落ち着きはじめてしまった。こうなると、ちょっと逆に残念。現場付近の草むらを丸く踏みつぶしておくとか、血抜きをした牛の屍体を転がしておくとか(無理)、近所の人には、なんとか一工夫をしていただきたかった。世の中、受けてなんぼである(嘘)。

 2005/06/03 (Fri)

 曇り。体調がいまひとつすぐれず、多摩川は臨時休業(行)。午前中はおとなしく安静で過ごし、仕事で見ておかなくてはいけなかった洋画2本をリビングで見る。どちらも尺が2時間半弱。長すぎるよ。多摩川走るよりも疲れてしまった(ような気がする)。

 午後は15時に歯医者。ホームセンターもまわって、夕方帰宅。その後は書斎に入り、細かい仕事を片づける。洋画2本のダメージが大きい(出来の問題ではなく、ただひたすら長かったというだけなんだけど)。ジロを途中まで見て、少しアルコールを飲み、さっさと寝た。

 2005/06/02 (Thu)

 曇り。予報で正午には降りだしそうなことを言っていたので、いつもより30分早く起きた。多摩川にも45分早く向かった。でも、だめだった。途中で雨がぽつぽつと降ってきた。なんでやねん。まだ10時前やで。

 とはいえ、雨は限りなく小雨である。帰るのはしゃくなので、そのまま最後まで走りきった。家が近づくと、雨がほとんどやんだ。これならいいやということで、神金さんに寄った。今年つくったオーダージャージを見せるためである。ばっちりと受けた。このジャージ、調布の人間には、けっこう受けるのである。

 帰宅して昼食。一息ついてからママチャリで雨の中、再外出。市役所とホームセンターとスーパーをまわった。スーパーはお目当ての商品が品切れで、空振りに終わった。

 夕方以降は、書斎にこもる。作家クラブの原稿書き。とりあえず、初稿はできた。で、気がつくと、もうである。早起きしたわりには、内容の乏しい1日であった。

 2005/06/01 (Wed)

 予報では快晴といっていたのだが、起きたら曇っていた。雲は薄いが、青空が少ない。鼻風邪は8分くらい癒った。まだちょっと鼻水がでるけど、体調が悪いという感じは、ひとまず消えた。パジャマ5着は、すべて使いきった。寝汗をかけば風邪は癒る……こともあるのさ。

 午後は新宿で打ち合わせ。まず東急ハンズに寄り、頼まれた買物をする。それから、待ち合わせ場所に。新宿から滝沢が消えたため、出版社は喫茶店の確保に苦労している。滝沢の跡はルノアールになるらしいが、そこが打ち合わせに向いた環境になるかどうかは微妙。とにかく、早くなんとかしてもらいたいものである。

 帰宅したのは、16時半過ぎ。少し鼻水、くしゃみがぶり返している。薬を飲み足して、書斎に入る。きょうも早く寝ないとだめだね。

 ●衣更え。

 6月になったので、サイクルウェアの衣更えをした。仲間内でつくったチームジャージをきょうから着る。でも、UVカット用アームカバーはちゃんとつける。日光に素肌をさらすのはまずいんだよね。レーパンもスパッツタイプで、脛には陽焼け止めを塗った。

 ●標識。

 耳すまロータリーの一方通行標識だ。確認してきた。すごく高い位置に掲げられていた。たしかに「自転車を除く」になっている。信じられないが、これは事実だ。さすがは自転車を車道から締めだそうなどと考えるお役所のやることである。安全とか、そういうことは何も考えていない。担当者はロータリーの逆走がどういうことなのか、ちらとでも想像したことがあるのだろうか。やになっちゃうね。とりあえず、先の言のうち、ロータリー逆走については取り消しておく。あれは違反ではなかった。

 ●二子山親方。

「昭和の名大関逝く」といった表現を各マスコミが使っているが、あれ? と思ってしまう。わたしの記憶に残っている貴ノ花関の新聞記事は「今場所もクンロク大関、だらしがない」とか「またもや、ぎりぎりで勝ち越し。見苦しい」といったものばかりだった。あの罵倒記事を書いた記者たちはどこに行ってしまったのだろう。いい機会だから、全員でてきて、親方のことを本音で語ってくれないかな。ちゃんと素顔をさらして。

 ●産經新聞に載っていた小話。

 中国特派員の福島香織さんによる外信コラム、「北京春秋」は「お人よしニッポン」のタイトルで、メールで流れてきた小話を紹介している。すごくおもしろいので、そのまま引用しよう。

 六カ国協議で日本がトイレに席を立ったあとの会話。
 中国「日本を本気で怒らせてみたいが、難しい。潜水艦で領海に入っても怒らない」
 韓国「独島を占拠しても怒らない」
 ロシア「北方領土を返さなくても怒らない」
 北朝鮮「なら、おれが核ミサイルをぶち込んでみようか」
 米国「よせ、それはもうおれがやってみた」

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