日々是口実

日々是口実

HOME
BACK NUMBER

 2005/03/31 (Thu)

 晴れ。気温も高め。南風がけっこう強い。多摩川は帰路が向かい風になり、ちょっとしんどかった。花粉は、もちろん大量飛散中。帰宅後はそのまま書斎に入る。よほどのことがない限り、今月いっぱいはこういう生活が主体になるね。

 ●きょうの産經。

【石原語録】というのが定期的に載る。今回は「花粉症対策 命がけでやります」という発言が入っていた。石原都知事、今年からスギ花粉症になったらしい。そのとたん、24日の記者会見で対策表明をおこなった。曰く……。

「都はカバーできる範囲で金も出す、枝打ちする、(杉と)違うものを植える」
「首都圏なり大都市の環境行政を考えれば、国が乗り出さないと駄目だと思いますよ。実態を国に持ち込んで」
「花粉症は本当にひどいものだな。命がけでやります」

 自分が発症すると、これである。これまでは患者たちがどれほど窮状を訴えても無視されてきた。これじゃ石原都知事、薬害エイズや水俣病問題を非難できないね。結局、自分の痛みにならないと、誰も何もしてくれないのである。しかし、罹ればやってくれるという実情も、はっきりした。今後はぜひ国会議事堂の空調設備にスギ花粉をたっぷりと流しこみ、議員全員をスギ花粉症患者にするよう、有志に働きかけたい。って、有志ってだよ。

 産經新聞を購読して石原都知事の語録を定期的にチェックしようという人はこちらへ。そんな人、いるとは思えないけど。

 2005/03/30 (Wed)

 晴れ。北風がちょっと強い。水曜日なので、多摩川はお休み。そのまま書斎にこもる。しかし、数日前から耳が痛むようになっていたので、10時に家をでて、耳鼻科に向かった。耳鼻科、めちゃくちゃ混んでいる。花粉症患者が待合室にひしめいている。1時間以上待たされて、ようやく診察。「たいしたことじゃない」の一言で、あっという間に終わってしまった。でも、これだけでは待った時間が惜しい。ついでには耳の掃除をしてもらい、鼻スプレーもだしてもらう。かなり疲れた。

 ぐったりして帰宅。即座に書斎へ直行。あとはもうトイレと食事以外に、そこからでない。くしゃみと鼻水と目の痒みに耐えながら、執筆を続行。あとひと月ちょっとか。檜もあるので、例年、花粉症は5月の連休明けまでつづく。まだまだ先は長いなあ。

 ●再放送情報。

 4月2日12時10分〜14時。
「美しき大宇宙〜統一理論への道」1、2。
 4月3日13時10分〜14時。
「美しき大宇宙〜統一理論への道」3。
 NHK衛星第1。深夜ではなく、お昼だよ。

 2005/03/29 (Tue)

 快晴のつもりで起きたら、どんよりと曇っている。話が違うじゃないか。でも、とりあえず、予報が「雨は降らない」と言っているので、多摩川に行った。走行中にぱらぱらと降ってきた。おいおおいである。とはいえ、本降りにはならない。少し走ると、すぐにやむ。中途半端な天気だ。

 帰宅して、すぐに再外出。打ち合わせで高田馬場。好天ならママチャリで往復しようかと思っていたが、空は黒く曇ったまま。気温も高くない。仕方がないので、電車で行ってきた。こういう天気なのに、花粉は全開である。ああ、つらい。

 家に帰ったら、強い疲労感に襲われた。原因は、間違いなく花粉症。くしゃみの連発やえんえんとつづく目の痒みは全身を疲弊させるのだ。33年間、ずうっと味わってきた症状である。集中力が皆無になったため、いつもより早くベッドに入った。

 ●産經新聞の記事。

 米議会調査局専門官ラリー・ニクシュ氏に聞くと題された記事が掲載されていた。その最後に、記されていたのが、この一言である。29日付けの記事から、そこを引用しておこう。

 同氏は日韓両国間の竹島の領有権紛争については「この島自体には戦略的価値がほとんどないため、日韓両国があまり激しく争うことは危険が多く、国際司法裁判所への持ち込みが最も適切だろう」と語った。

 第三者が見ても、こういうことになる。当然だろう。しかし、韓国は徹底して国際司法裁判所に持ちこまれることを嫌っている。なぜかなあ。平和を愛し、自分が絶対に勝てると自信を持っているのなら、これが最善の方法なのにね。

 産經新聞購読を希望される方はこちらへ。

 2005/03/28 (Mon)

 朝からである。おかげで、鼻も目も少しは楽になっている。しかし、消耗がひどい。首から上がずどーんと重いんだよね。

 午後から室内走行。いい機会なので、ペダリングをあれこれチェックしてみる。終了後は、書斎にヒッキー。そのまま夜まで一気である。書くことは何もないね。放送がはじまった「ER X」を見て、店仕舞いした。

 2005/03/27 (Sun)

 天気よし。風もまあまあ。気温は高め。でも、日曜日である。おまけに花粉が全開状態。まったく家からでる気が起きず、きょうは完全ヒッキー。一度も玄関をくぐらなかった。ずうっと書斎にこもりきりである。しかし、だるい。眠い。花粉症の症状のひとつだね。パソコンのモニターに向かっていると、ときおり、意識が消える。とくにコーヒーを飲んだ直後があぶない。1日に5杯は飲むから、5回くらいはまずい状態に陥る。1回で、10〜20分くらいは眠っているなあ。

 ●「レジェンズ〜甦る竜王伝説」最終回。

 よくできた最終回だった。すべてをきちんと説明し、すべての問題をきちんと片づけ、ちゃんとハッピーエンドに持っていった。すばらしい。ただし、途中のストーリーというか、設定は、まったく評価できない。地球46億年の歴史に対して、ほとんどないも同然の人類文明を地球の脅威なんてものにするという牽強附会でレジェンズの存在理由を語っても、説得力は皆無である。いいかげん、人類の居住環境破壊というものはあっても、地球環境破壊などというのはどこにもないってことに気がついてくれないかなあ。すっごく簡単なことなのに、ひとつの思考法に頭が固着して視野が狭くなると、地球史全体を常に見渡して考察するという基本的な態度が失われてしまう。人類至上主義をこれでもかと見せつけられるのは、本当に苦痛だよ。

 ●「ザ・リサーチャー2」

 携帯メールやFAXなんかで投票やら意見募集やらをして、ひとつのテーマをゲストコメンテータとともに討論していくフジテレビの生放送番組。きょうのテーマは「フジテレビ vs ライブドア」。つぎつぎとフジテレビに厳しい意見が紹介される。やるじゃない。フジテレビ。でも、司会の小倉智昭さんがぜんぜんだめ。「(インターネット派で)テレビは見ないと言っている人たちも、きょうばかりはネットサーフィン(!)をやめて、このテレビを見ているんでしょうね」などと寝ぼけたことを言う。まったくわかっていないね。で、だめなのは、そのわかっていないことに気がつかないまま、堂々とこういうテーマのMCをつとめてしまっているってこと。趣向テーマもいいのに、これでは番組全体が空振り状態になってしまう。今回は、木村太郎さんにまかせたほうがよかったんじゃないかな。

 2005/03/26 (Sat)

 晴れ。朝はちょっと冷えこんだが、午後は気温があがった。午前中は書斎。お昼は家族とイトーヨーカ堂に行く。買物と食事。ひとり先に帰って、書斎に戻る。目が痒い。鼻がぐずぐず。思考能力がゼロなので、スポルティーフのペダルの調整をした。からだを動かしていると、意識がそちらに移って症状が少し楽になる。

 16時、友人に借りていたものを返すため、ペダルを調整したスポルティーフで、味スタまで行ってきた。友人夫婦は味スタでFC東京の試合観戦である。試合は引き分けで終わったらしい。返すついでに、味スタのロイホスでちょっと歓談でもと思っていたが、店は満席。諦めて、花粉舞う中、店の外のテーブルで話をする。けっこう大胆な行動だ。

 17時過ぎに帰宅。ちょっと探し物をする。しかし、見つからない。かわりに、以前かなり探して見つからなかったものがいくつかでてきた。「何かを探すと、それ以外のものが必ず見つかる」という法則は嘘ではない。適当なところで切りあげ、書斎に入った。探し物をしているときは、やはり花粉症が気にならなかったなあ。でも、椅子に腰を置くと、とたんに鼻水がでて、くしゃみが止まらなくなる。まぶたも腫れあがる。作家という職業、花粉症患者には、もっとも向いていないもののひとつかもしれない。

 ●きょうの産經新聞。

 ライブドアの堀江社長へのインタビューが掲載されている。「2月15日以降、ライブドアに対し、電話と電子メールで再三にわたり堀江社長へのインタビューを申し込んできた。今回、初めてインタビューが実現したが、時間が15分間に限られたため、メディア論を聞くにとどまった」ということなのだそうだ。

 この中で堀江社長が産經新聞に文句を言っている。要約すると、精度が落ちるので、全文引用する。 

「産経新聞でね、堀江支持のコメントがひとつも出てこないというのは、新聞をすべて比較して読んでいればわかるわけですよ。おかしい、どう考えても産経新聞はおかしいって。(比較して読めば)わかるんだけれども、誰もそんなことをするわけないじゃないですか。一般の人が新聞を五紙もとっているわけがないわけですよ。だいたい一紙しかとらないわけですよ。一紙しかとっていない人は、『なんて堀江はひどいやつだ』と思っちゃうかもしれない。産経新聞だけを読んでいたら。それは非常に危険なことですよ」

 これに対する産經の答えは以下のとおりだ。

 堀江社長は「堀江支持のコメントが一つも出てこない」と述べているが、産経新聞ではライブドア側の考えを的確に伝えるため、2月19日と3月1日の2回にわたり、共同通信による堀江社長のインタビュー記事を全文掲載した。折に触れて有識者らの見解も紹介しているが、ライブドア側を支持、あるいは評価する意見も掲載している。

 これは、産經の言うとおりである。堀江社長、産經新聞をきちんと読んでいないらしい。しかし、産經も胸を張って言い返せるような記事掲載はしていない。産經の反論記事を読み、「自分たちの意に添ったコメンテータの意見を2〜3本とライブドア支持の意見を1本だけ載せている。これは産經と対立関係にあるA新聞がよくやる手法で、いかにも中立を装いながら、実は相手を叩くだけという、これまでさんざん非難されてきた汚いやり方だ。産經って、自分たちに火の粉が飛ぶと、こういう見苦しい手法を平気で使うんだなあ。がっかりだよ。失望した」と言ったのは、我が息子である。

 産經が堀江社長に正論路線を否定され、立腹する気持ちはよくわかる。しかし、たしかにそれとこれとはべつの話だ。正論路線を堅持し、報道機関の公共性を強調するのなら、記事もそれに見合った品位を保たなくてはいけない。だが、この騒動が起きてからの産經新聞は、そういう毅然とした姿勢をとっているとは、とても言いがたい状況にある。主張や産經抄にライブドアへの反論を書くのは問題ない。だが、記事として書くときは、報道機関としての矜恃を失わないよう、より配慮すべきではないだろうか。そうすることで、さすがは産經という読者の強い共感も生まれてくる。いまのままでは、「なんだ。産經もこの程度だったのか」という失望感しか読者に与えない。A新聞のマネをする産經など、誰が歓迎すると思うのだろう。

 実際、27日の朝刊でも、産經はちょっとどうかと首をひねるような記事掲載をおこなっていた。「企業データをライブドアの子会社が無断転売した」という内容の記事だが、このありふれた事件、なんと6段組での報道である。感想は一言「やれやれ、またか」でしかない。どういうつもりで、こういうことをしているのかは不明だが、これでライブドアを糾弾しているつもりなら、それは明らかに逆効果である。これを読んで読者が思うのは、「産經、何をむきになっている。いやしい記事だなあ」と、これだけである。永年にわたる産經読者として、いまの産經新聞に望むことは、ただひとつだ。

 誇りと尊厳を取り戻し、早く以前のような凜とした新聞づくりをしてくれ。

 これ以外にない。

 産經新聞購読を希望される方はこちらへ。いまなら、産經も我を忘れるとこうなるんだという紙面を見ることができる(かもしれない)。

 2005/03/25 (Fri)

 北風がひじょうに強い、冬晴れの朝。気温も低い。花粉は多い。すごく多い。それでも、修行を再開したので、いつもどおり多摩川に行く。往路が厳しい。かなりの向かい風だ。逆に帰路は快適。ただし、3月ということで、多摩川もあちこちでやたらと工事をしている。これが本当にうっとうしい。これだけ非難されていても、期末の駆けこみ工事をやめようとしないんだね。石原都知事にどう思っているのか、訊いてみたいよ。

 で、帰宅してからは地獄。いや、走っているときから、もう半ば地獄状態だった。とにかく、ひたすらくしゃみがつづく。まったく止まらない。まぶたも腫れあがった。薬はまったく効かない。この状態が夜までつづいた。原稿? なにそれと言うしかない。

 2005/03/24 (Thu)

 早めに寝たけど、眠い。しかし、レイオフはきのうで終わり。きょうから、また多摩川修行の日々である。朝は曇り。しかし、すぐに陽射しがでてきて、家をでるころにはまあまあの晴天になっていた。気温も高い。ただし、風もけっこう強い。

 足は予想以上にまわってくれた(といっても、わたしの足だから、たかが知れている)。やはり、疲労がとれたなあって感じがするね。名古屋日帰りの影響で、からだそのものには疲れがあるが、足の筋肉は、それなりに回復していたらしい。一応、あしたまた走ってから土日を休むことができるスケジュールにしたので、もう少し休息を得られるんじゃないかな。しかし、本当に1日中、眠いぞ。

 2005/03/23 (Wed)

 起きられなかった。完全にへたばっている。これじゃ、レイオフにならないね。とにかくひたすら眠く、だるい。天気は雨。でも、花粉の症状がけっこうでている。がんばって書斎にこもり、キーボードに向かうも、集中力はゼロ。ぜんぜん進まない。

 午後、ライブドア裁判の結果を待っていたら、寝てしまった。脳味噌、とろとろだよ。なぜか、右の足首も痛い。これは、たぶん革靴のせいだね。……というわけで、とっとと寝た。

 ●テレビとインターネット。

 ぜんぜん融合していない。すごく不満。きょうも、それをしみじみと感じた。フジのスーパーニュースでニッポン放送社長の記者会見を見ていたのだが、その放送が、途中でいきなり打ち切られてしまった。これは本当にいきなりで、「時間がきたので、これまで」という告知すらなかった。テレビは放送を流す時間帯が決まっている。しかし、重要な会見は、そんなことにはおかまいなくおこなわれる。それをきちんと、すべて生で見せてほしいのだが、テレビには、そういうことができない。カメラも、記者も、レポーターも会見会場にいるのに、その中身が、リアルタイムでは、視聴者にまったく伝えられないことになっている。

 そこで、インターネットだ。せっかく局のサイトがあるのだから、つづきはインターネットテレビで流してくれないかなあ。放送の時間制限は時間制限として、重要な情報は、放送時間にとらわれることなく他のメディアで流す。これがどうやってもできない時代ならいざ知らず、いまはやろうと思えばできるのだ(プロ野球なんかと違って、記者会見なら、ややこしい契約も要らないだろうし)。でも、やってくれない。やる気があるようにも見えない。フジ単独でインターネットを活用できていると言うのなら、やってよ。口だけでなく、実践してよ。とにかく、あの記者会見はずうっと見ていたかったんだ。かなり興味深い質問がでて、その答えが聞けるかなと思った瞬間に放送打ちきりじゃ、フラストレーション募るばかりだね。

 2005/03/22 (Tue)

 天気は曇り。すぐに小雨が降りはじめる。名古屋行きの準備をはじめ、正午過ぎに家をでる。おや、雨が降っていない。一瞬、自転車で行こうかと思ったが、夜また雨になるという予報だったので、徒歩で駅に向かった。あとで、これが痛い失敗に結びついてしまうことになるのだが、そのときは、まだわかってない。

 まず新宿にでた、みどりの窓口で、新幹線のチケットを購入。つぎにヨドバシカメラで買物をする。ケーブルとか照明器具の小物とかを買った。それから、東京駅に向かう。早めに着いたので、東京駅でコーヒーを飲んでから乗車。16時22分に名古屋駅到着。やけに警官や駅員の姿が多い。地球博の予行演習でもしているのかなと思ったら、どうやらわたしが到着する少し前に皇太子殿下がこられたためだったらしい。かち合っていたら、たいへんなことになっていたね。

 名古屋駅で中央線に乗り換え、大曽根まで。そこから地下鉄。目的地は小牧である。いつの間にか、地下鉄と名鉄がつながっている。というか、交通機関の流れが、記憶とぜんぜん違う。30年以上経っているのだから、当然なんだけど。とまどいながら、小牧に着いた。

 小牧はだった。本降りである。歩いて斎場に行く。久しぶりに従兄弟(従姉妹)に会う。かなり外観が変化しているので、「どなたですか?」と訊かれるのを心配していたが、それは杞憂だった。ふたりほど「BS漫画夜話」を見ていたから。従兄弟のひとりは、仕事で出向していたため、上海で見たと言う。NHKのBS放送は上海で見られるんだね。びっくりである。一般人も視聴オッケイなのかな。

 通夜はつつがなく終わり、19時過ぎに斎場をでた。急いで小牧駅に戻って、名鉄に乗る。帰りは地下鉄中心で移動し、名古屋駅に着いたのが、20時10分である。新幹線のチケットを買わないといけない。満席になっていなくて、いちばん早いのが24分発ののぞみだった。ただし、喫煙車しかあいてない。まあ、2時間弱のことだし、喫煙車でもいいかなと思ったのが、大間違い。乗ったら、車内に煙が渦巻いている。車輛の向こう端がかすんでいるんだもんね。乗客のうちの喫煙者がみな、この車輛に集められている。いくら強力な換気装置を備えていても、これでは対処しきれない。いや、まいった。花粉用マスクをしたまま乗っていたけど、これは、効果なしだなあ。もう2度と喫煙車を侮らない。深く反省した。

 帰宅したのは、23時半くらい。調布駅に着いたら、雨がやんでいた。しまった。これなら、行き帰りとも自転車で大丈夫だったじゃないか。夜中にとぼとぼ20分も歩いて帰るのはつらいんだよね。おまけに履き慣れない革靴である。足が痛くなっちゃったよ。失敗だった。へとへとになったので、さっさと入浴し、寝た。

 2005/03/21 (Mon)

 快晴。朝はちょっと冷えこみ、風も強かった。その中をコンビニまで行って、宅急便だし。帰宅後は書斎にヒッキーである。昨夜は体調がいまいちで、早めに寝た。きょうは花粉の症状を除けば、まあまあである。ひたすら執筆に励む。進まなくても、励む。ああ、くしゃみのしすぎで、が痛い。

 親戚に不幸があったため、急遽、名古屋に行くことになった(22日昼出発)。日帰りになる予定で、かなりあわただしい。雨の予報だから、花粉は少なくてすむかな。症状が軽くなることを強く願っている。

 2005/03/20 (Sun)

 曇り。冷えこんでいる。10時に家をでて、ちょいとママチャリで散歩。寒さと花粉で、すぐに帰宅。帰ってテレビを見ていたら、地震の速報が流れた。急いでチャンネルをNHKに替える。視聴料不払いをしている人は、これができないんだよね。不祥事に対する正義感で不払いをしている人に、視聴料を踏み倒してNHKを見るなんて卑怯なやつはいないはずだから。でも、こういうとき、民放だけってのはつらいんじゃないかな。わたしは不祥事と視聴料は無関係だと思っているので、不払いはしない。きちんと支払う。

 というわけで、地震情報を見るため、執筆の手が止まった。津波がなかったのが幸いだ。しかし、北九州で地震とは、意表を衝かれたなあ。

 午後は、地震情報を見ながら、リビングの録画機器の配置替えをする。8ミリデッキが不調だ。映像、音声にノイズが乗るし、本体のチャンネル切替スイッチも動作しなくなっている。だが、これがけっこうたいへんな作業。背面がスパゲッティ状態である。実際、今回の作業中に、録画なんかへの影響はまったくなかったけど、明らかな配線ミスがひとつ見つかった。時間がかかり、すごく疲れたけど、それなりの成果はあったということか。とはいえ、今回はつなぎの作業。4月になったら、本格的に接続し直す。……つもりである。

 2005/03/19 (Sat)

 冬型の快晴。昨夜は北風が吹き荒れて、外がうるさかったなあ。で、今朝は一転して穏やかな雰囲気。きのうに引きつづき、気温もぐんぐんあがり、きょうも絶好の花粉日和となった。たまんないよ。まじに。

 午後、外出。本屋とスーパーをまわった。いろいろあって、こんな状況でも家からでてしまう。帰宅したら目が腫れあがっていた。もちろん、くしゃみも止まらない。レイオフ初日にして、もうへろへろだね。花粉症特有の、全身がだるくなる症状が顕著にでている。ひいひい言いながら、夜まで原稿を書いた。しかし、進まない。

 ●アメリカの牛肉。

 どうして、輸入を再開しないのだろう。食べる人はほとんど気にしていないじゃない。現にアメリカや香港に行って吉野家の牛丼を食べている人がたくさんいる。先日ストック牛肉で1日だけ吉野家が牛丼を販売したときも、なんらチェックすることなく輸入していた時代のアメリカ牛肉なのに、みんな店に押し寄せて、あっという間に食べきってしまった。産地表示さえしてあれば、食べる人は食べるし、食べない人は食べないんだから、どんどん輸入すればいいんだよ。アメリカが不快感を抱くのは当然だね。国民すべてが、渡米したときでもいっさい牛肉を食べないなんて態度を貫いているのならいざ知らず、そうじゃないんだもん。むしろ、行ったら、喜んで食べているだろ。ハンバーガーでも、ビーフボウルでも、ステーキでも。食の安全の問題なんていくら言っても、誰も信じないね。それ以外の裏理由があるはずだと思うのが、ふつうだよ。外食で牛丼はまったく食べないけど、この件、わたしはかけらも納得できないね。

 2005/03/18 (Fri)

 昨夜のうちに雨がやみ、いい天気になった。風はちょっと強めの南風。絶好の花粉日和である。トホホ。案の定、多摩川は悲惨なことになった。雨で飛ばなかったぶんが、きょうのぶんと一緒に飛んだのだろう。感じとしては、いつもの1.5倍くらい飛んでいたような気がする。根拠ないけど。おかげで、通常、多摩川走行中はまったくでなかったくしゃみが、やたらとでてしまう。ほとんど連発状態だ。マスクも薬も、ぜんぜん効果なし。いやもう、たいへんだった。帰宅して、すぐにヒッキー。いよいよあしたからレイオフである。じっくりからだを休ませ、外出も可能な限り避けたいが、そうはいかないんだよなあ。

 ●「美しき大宇宙〜統一理論への道」再び。

 3回目、最終回である。まとめはやはり「膜宇宙」、つまり「M理論」であった。2002年6月28日にNHK教育で放送された「ドキュメント地球時間 あなたの知らない宇宙」でも紹介されていた「M理論」だが、あの番組では、はっきりいって、何がなんだかさっぱりわからない代物だった。しかし、今回は違った。3回シリーズということもあり、わからないことはわからないなりに、ひじょうに懇切丁寧に説明がなされていた。とにかく、映像がすごくいいんだよね。こういうドキュメンタリーをつくらせると、アメリカはうまい。「M理論」の「M」の意味が不明になっていることまで、詳しく教えてくれた。能力のある人なら、これで何本も作品を書くんだろうが、わたしはちょっと厳しい。若い理系作家に期待しよう。

 2005/03/17 (Thu)

 どんよりとした曇り空を予想して起きたら、けっこう晴れ間がでていた。しかし、予報は10時くらいから雨と言っている。多摩川には行かない。食事をして、仕事に入る。ちょっとだるくて、眠い

 午後、家をでて小松左京事務所イオに向かう。16時前に着き、森下一仁さんとともに小松さんにインタビュー。早く終わるはずだったが、例によってそういうことはなく、帰路についたのは22時だった。当然、帰宅は23時過ぎ。くたくたである。すぐに入浴して、そのまま就寝。小雨でも、電車に乗るとくしゃみがでる。花粉はあらゆる場所にひそんでいるね。この疲労感の半分は、花粉との戦いによるものであろう。

 2005/03/16 (Wed)

 よく晴れた朝だったので、早い時間帯は、少し冷えこんだ。しかし、10時を過ぎると、気温が上昇し、急速に暖かくなった。で、きょうは多摩川を走る。南南東の風がちょっと強い。帰路が向かい風だ。帰宅して、昼の軽食。それから書斎。夕方、ちょっと駅前まで行き、また書斎に戻る。その後は、何もないいつもの1日となった。

 ●爆笑記事。

 産經新聞に、大笑いしてしまう記事が載っていた。誰が読んでも笑う。その日のうちにこれをネタにして受けをとっているサイトもあった。わたしもこれは、すぐに更新して紹介したかったなあ。

 以下、産經(2005年3月16日付)の記事から一部を引用する。

 …………
 社民党から財政難を理由に解雇を通告された党本部職員三人が労働組合「SDP(社会民主党)ユニオン」を結成し、「不当解雇だ」として福島瑞穂党首に団体交渉を申し入れていることが十五日、明らかになった。(中略)「労働者の味方」を旗印にしてきた政党内に労組が旗揚げされ、労使交渉を要求されるという前代未聞の事態に執行部は頭を抱えている。(中略)

 十八日に行うように申し入れている団体交渉では、解雇の撤回を強く迫るほか、党本部内に事務所を設置することや党との間で労働協約を締結することなども要求していく方針。党側が団体交渉を拒否した場合、法的措置も辞さない構えだ。(中略)

 党側は「『労働者の党』として無視はできない」と困惑しているが、党内には「解雇通告した職員は仕事もろくにしないで、いつも権利ばかり主張してきた」(幹部)と嘆き節も漏れている。
 …………

 自業自得というか、子供は親の背中を見て育つというか。結局、口先だけで、実体はこんなものとか、まあ、あらゆることを言われているね。わたし自身の感想は、ただひとつ。

 「これが社民党だよ」

 この一言に尽きるね。さっさと解散したほうが世のため、人のためじゃないかな。

 産經新聞購読を希望される方はこちらへ。

 2005/03/15 (Tue)

 今朝も冷えた。起きるのがつらい。起きてからも眠い。多摩川修行は中止にした。これは寒さのせいではない。スケジュール調整のためだ。今週末から来週頭にかけて、レイオフをとることにした。それに備えてのことである。

 レイオフは経済用語として一般的になっているが、わたしがはじめてこの言葉を覚えたのは、ボディビル用語としてである。30年以上前の話だね。

 ボディビルダーは定期的にレイオフ期間を設ける。なんと訳せばいいのだろう。完全休養期ってことになるのかな。1年に1週間から10日くらい、連続してトレーニングしない期間を入れるのだ。ふだん過酷なトレーニングをしているコンテストビルダーの場合、その期間はひと月近くに及んだりする。こちらを見ていただきたい。

 プロのローディも、これは同じである。ツアーが終わると、かれらは完全休養状態に入る。選手にもよるが、2週間くらいは何もしないという。極端な人は自転車に乗らないどころか、散歩すらせずヒッキーとなり、2週間を、ただひたすらごろごろするだけで過ごすらしい。

 わたしも、多摩川修行をはじめたころは、けっこう定期的にレイオフをとっていた。というか、とらざるをえないはめに陥っていた。風邪をひいたり、インフルエンザに罹ったりしていたからだ。そうなると、4〜5日は確実に臥せることになり、それがそのままレイオフの代わりとなっていた。しかし、なぜか、わたしはここ1年以上、床に臥せるような病気をしていない。インフルエンザも免れている。そのため、ほぼ完全に走行ローテーションを守り、多摩川修行をつづけてきた。

 これは、よくない。事実、このところ、かなりの疲労感をおぼえている。自然にレイオフがとれないのなら、強制的に自分でレイオフ期間を設けなくてはいけない。そういう状況が生じた。でも、それってむずかしいんだよね。ボディビルダーには、筋肉が落ちることに対する恐怖でレイオフをとれなくなり、運動性慢性疲労を発症して、入院治療しなくてはならなくなる人がたくさんいる。トレーニングの教則本には、そういう痛い目に遭ったビルダーの手記なんかが掲載されていたりする。継続、習慣は力なりだが、逆に一種の麻薬的作用もあるってことだ。いったんやめて、トレーニングを再開できるのだろうかという不安も、心の中に浮かんできたりする。で、それに負けると、オーバーワークになり、運動性慢性疲労により入院という道をたどることになる。

 キャッチコピーは「休養も運動のうち」。本当は10日以上とりたいが、わたしはアスリートといえるほどの運動をしていないので、とりあえず、4日ほど連続して休むことにした(天候によっては延長あり)。要するに、風邪で休むくらいの長さだね。これで様子をみて、今後は病気で倒れることがなかったら、年齢も年齢なので、半年に1度くらいは短めのレイオフをとるにように心がけたいと思っている。

 ●美しき大宇宙〜統一理論への道。

 NHK衛星第1で、きょうからはじまったドキュメンタリー。3回シリーズの1回目である(22時10分〜23時)。めちゃくちゃおもしろい。わからないところも、すごく多いけど。再放送は翌日の午前10時10分から。1回目は一般性相対理論と量子力学。2回目はひも理論だ。理解できる自信はまったくない。導入説明からして、意味不明だぞ(やれやれ)。

 2005/03/14 (Mon)

 寒かった。朝5時くらいに寒くて目が覚めたくらい寒かった。ちょっと暖かくなってからの再冷えこみが、からだにこたえるんだよね。でも、陽射しがあったので、いつもどおりに家をでて多摩川に向かった。多摩川に着いたら、にわかに雲が広がりはじめた。途中から、陽射しがなくなり、どんどん寒くなっていく。それにつれて、足もまわらなくなっていく。いやもう、いいかげん春になってくれないかなあ。スギ花粉だけ春真っ盛り状態というのは、どうにも納得いかないぞ。

 帰宅後は書斎にこもりっぱなしになる。ネタも話題もないヒッキー状態だ。したがって、特筆すべきことは、何もない。ずうっと原稿を書いていた。あまり進まなかったけど。

 ●NIFTY、解約。

 正式にNIFTYを解約した。永年にわたって世話になったNIFTYであるが、パソコン通信がなくなってしまったのでは、もはや用はない。あれだけがNIFTYとの絆だったのだ。とりあえず、ひと月半ほどメールアドレス置き換えのため猶予期間を設けて契約をつづけてきたが、それももう必要なくなった。いまNIFTYから転送されてくるメールはジャンクばかりである。それも、下ネタ系の本物の屑メールだけだ。これがあしたからすっぱり消えてくれるというのは、実に気持ちがいい。さらば、NIFTYだね。とくに感傷はないけど。

 2005/03/13 (Sun)

 よく晴れて冷えこむという予報。でも、そんなに冷えこんだという感じはしなかった。で、まずは10時を過ぎたところで、駅前に行く。もちろん、完全武装。食品などを買って、すぐに帰宅。以降はヒッキーとなる。13時までに短い原稿を2本執筆。こういう原稿ばかり1日に20本くらいずつ書いて生活できたら楽かなあと思うが、実際、そうなったら地獄だろうね。すぐにネタが切れてしまうに違いない。物事はほどほどがいちばんである。

 午後は名古屋国際女子マラソンを横目で見ながら、執筆。マラソンが終わってしばらくしてから、森下一仁さんが来宅。SF作家クラブ関連の件について打ち合わせ。その後、執筆に戻り、夕方から5500の掃除をする。雨で濡れた路面を走っているので、今週は汚れがけっこうひどい。チェーンのグリスも塗り直す。夕食前に終了。執筆を再開。夜までつづけた。しかし、花粉で能率の低下がはなはだしい。本格的にスギ花粉が飛びはじめてから、執筆ペースが10分の1に落ちた。予定、丸狂いである。月頭には、そろそろスパートだと思っていいたのだが、ちょっと無理だね。思考能力が、ぜんぜんないよ。

 2005/03/12 (Sat)

 きのう休んだので、起きてすぐに走った。土曜日はいやなんだけど、仕方がない。早い時間ならいいかなと思って8時ころに出発したが、考えてみると、それはそんなに早い時間帯ではない。天気は春っぽい晴れ。けっこうがかかっている。でも、富士山は見えた。多摩サイ、最初はすいていて、土曜日もそんなに悪くないじゃんと思っていたが、9時半過ぎから混みだした。10時過ぎはもう雑踏である。こういうのを避けたかったら、6時くらいに家をでないとだめだな。冬は無理だけど、夏ならできるかもしれない。とはいえ、基本は平日走行である。週末は家にこもるのが正しい生き方だ(嘘)。

 午後は、執筆の隙間を縫ってで駅前まで買物。花粉がかなり飛んでいるのでどうしようかと思ったが、とりあえず完全武装で家をでた。ついでに、つつじヶ丘のライフをまわって帰宅。すぐにうがいと洗顔。そして目薬。以降は書斎でヒッキーとなった。ティッシュの減りが早いぞ。

 ●「失踪日記」情報。

 イースト・プレスさんがいつもの吾妻さんのデータをもとに初版部数を決めたので、ぜんぜん足りないという状況に陥っているらしい。いま、必死で増刷しているという噂なので、入手できなくて切歯扼腕している人も、もう少し我慢すればなんとかなるだろう。耐えて、待て。

 *また、ころっと更新を忘れていた。なかなか慣れないなあ。

 2005/03/11 (Fri)

 小雨。やったあ、きょうは花粉が楽だ。と思っていたが、そうはならない。きのう家の中に入りこんだ花粉を思いきり吸いこんでしまっている。半日くらいは、くしゃみ、鼻水、目の痒みでたいへんだったよ。もう少し薬が効いてくれないかなあ。

 というわけで、きょうは多摩川も休んで、終日、書斎にこもっていた。しかし、光回線不通騒動で、かなり時間を無駄にしてしまったね。毎日、本当にいろいろなことが起きるよ。

 ●光の事故。

 10時過ぎに、もう一度回線が切れた。しばらくして、自然に復旧。応急処置のせいだろうか。それとも、13時にやるといっていた復旧工事を前倒しでやったのだろうか。よくわからないが、かなり不安定である。光はADSLなど問題にならないくらい安定していると言っていたのに、大嘘じゃないか。

 で、13時を過ぎても、回線がぜんぜん切れない。根本的な復旧作業が終わったのかどうかがはっきりしないと、安心してインターネット接続ができないから、ちょっと困る。やむなく、再びNTTに電話して確認した。返答は、修理工事はすでに完了しているというものだった。やはり、10時過ぎの切断がそれだったのかもしれない。とりあえず、これで安心できたけど、NTTさん、いまひとつ対応に気配りがなかったね。

 2005/03/10 (Thu)

 花粉すごい。きょうは曇りだが、スギ花粉は大量飛散がはじまったら、もう雨の日以外は必ず飛ぶ。多摩川には、ゴーグルとマスクで防備を固めてから向かった。走っている間はくしゃみがでない。目も痒くならない。緊張しているからだろうか。鼻水は大量にでるけどね。

 帰宅後は、家の用で外出。もちろん、防備は固めたまま。鼻ずるずるでドンキホーテも覗き、16時ころ帰宅。げ、ポケットに家の鍵が入っていない。多摩川から帰ったあと、鍵を普段着のほうに戻すのを忘れていたのだ。しかも、こういうときに限って、家には誰もいない。仕方がないので、誰か帰ってくるのを待つ。家内がすぐに帰ってきた。やれやれ助かったぜ。花粉渦巻く外界にいつまでも突っ立っていたら、生命にもかかわる(嘘)。急いで書斎にこもった。

 ●緊急事態。

 今朝(3月11日)、更新しようとしたら、インターネットに接続できない。光終端装置やルータを見ると、接続関係のランプがすべて消えている。げ、Bフレッツが死んでるってことじゃないか。当然ひかり電話も不通になるので、あわててPHSを使ってNTTに電話。9時半ころに接続が復活した。でも、NTTから連絡があり、「これは応急処置で、完全復旧には局外修理が要る(電柱とか、そういうとこに取りつけられている機器の故障なんだね)。午後、それをおこなうので、またしばらく不通になる」と言う。やれやれ。おかげで、更新が遅れた。詳細は、またつぎの更新で書くつもりだ。

 2005/03/09 (Wed)

 晴れ。気温、極めて高し。花粉、全開である。起きて、玄関まで新聞をとりにいったら、もう鼻水が止まらなくなった。目も痒い。気力が萎えていく。本格的に花粉が飛んでしまうと、薬は無力だね。でも、外出しなくてはいけない。ゴーグルをかけ、マスクをして駅前まで行く。銀行とドラッグストアをまわって帰宅。すぐに頭部全体を水洗いする。こういうとき、スキンヘッドは楽だ。当然、きょうはもう家の外にはでない。書斎にこもる。ああ、つらい

 ●王道の狗。

 今度は、安彦良和さんの「王道の狗」全巻セットが届いた。連載で描ききれなかった部分を加筆修正しての全4巻完結である。「BS漫画夜話」における「虹色のトロツキー」に関するいしかわじゅんさんの発言に対して、詳細な反論を記したあとがきもついている。なかなかに興味深い。例によって、ネット書店で注文される場合、アマゾンはこちらである。一応、第4巻にリンクしたけど、「失踪日記」同様、これ1冊だけじゃ送料が無料にならないね。お勧めは全巻一気購入である(おい)。

 2005/03/08 (Tue)

 きょうも快晴で、暖かい1日だった。スギ花粉の被害だが、いまのところ薬がよく効いているらしく、目立った症状はでていない。しかし、目はかなりしょぼしょぼしはじめているね。

 朝は、起きてすぐに執筆開始。多摩川を走って帰宅してからは、また執筆。午後からはアイデア構成になった。苦悶の時間が、夜までつづいた。

 ●献血禁止。

 あ、わたし、ひっかかっている。95年の8月に、イギリスはグラスゴーでひらかれたワールドコンに参加していたから。しかも、現地での主食はバーガーキングだったんだよね。牛肉、食べまくりじゃないか。幸い、いままで一度も献血をしたことないので、何かあったとしても、誰にも迷惑はかけていないと思う。たぶん。

 ●告知。

 LINKページに、吾妻ひでおさんの公式サイト「吾妻ひでお official homepage」を掲載した。

 2005/03/07 (Mon)

 快晴。放射冷却で寒い。しかし、午後に向かうにつれ、気温があがった。細かい用事を朝のうちにすませ、いつもどおり多摩川に行く。帰路が向かい風。陽射しは暖かいが、空気そのものはまだ冷たいね。帰宅して、すぐに執筆再開。気がつくと、もう夜だった。1日が短いなあ。……あ、もう書くことがない。

 ●朝の更新。

 おっと、忘れてた。いま思いだして、あわててやっている(午前10時)。9時にはすませておきたかったのだが。

 2005/03/06 (Sun)

 いまいちの天候という予報だったが、窓から見た感じでは、そこそこにいい天気の1日だったようだ。終日完全ヒッキーだったので、本当にそうだったかどうかはわからないけど。

 朝から執筆。9時過ぎに友人が来宅した。ちょっとした用である。あっという間に帰っていった。その後、執筆を続行。午後にもべつの友人が来訪。こちらもすぐに用をすませ、帰宅した。本当はいろいろ話をしたかったのだが、尻火なので、それができない。残念である。

 で、夜も執筆。寝る直前まで書く。当分、こういう生活がつづく予定である。

 2005/03/05 (Sat)

 朝、起きてすぐに執筆開始。きのう走らなかったので、きょうは走りたいが、問題は土曜日だということである。5500では行く気にならない。で、とりあえず原稿を書く。午後になって、まずママチャリでドンキホーテまで。トイレ砂の買いだしである。

 帰宅して、スポルティーフに乗り換え、多摩川へ。短縮コースを走り、きょう開幕戦を迎える味の素スタジアムをちらりと見てから、神金さんに寄り、家に戻った。そして。それは神金に向かう途中で起きた。

 いやあ、今回はまじにだめかと思ったよ。

 甲州街道の歩道をスポルティーフで走っていたのだが、脇道からいきなりトラックが飛びだしてきた。甲州街道にでるため、思いきり頭を突きだしたんだね。こういうとき、自動車は歩道があることを忘れている。それはよくわかっている。そういう意味では、わたしも油断していた。

 あっと思ったときは、もうわたしの左横にトラックのノーズがあった。フロントガラスがすぐ近くまでぐわっと迫ってきて、「こりゃよけられない。あかん」と覚悟しちゃったよ。でも、そこで諦めたら、本当におしまいだから、ぐいと一漕ぎを加え、加速した。それが効を奏したのか、するりと前にでた。とはいえ、その時点ですでにトラックの鼻先が、わたしのからだと接触している。上着の腕と脇がトラックのノーズをこすって、ぞうきんがけをしたのだ。衝撃はまったくない。向こうもぎりぎりで停まったんだろうね。そうとしか考えられない。ユニフォームをかすめてもデッドボールはデッドボールであるから、これは、明らかな衝突だ。衝突だけど、被害はなかった。でも、タイミングがちょっとでもずれていたら、わたしは甲州街道に吹き飛ばされていて一巻の終わりだったと思う。甲州街道、大型車が走りまくっているんだもん。

 というわけで、危機一髪であった。命びろいしたって感じである。今後はもっと慎重に走ることを誓いたい。脇道があったら、減速して様子を見る。これを欠かしちゃいけないね。背すじがかなり冷えたけど、いい経験になった。

 ●ケロロ軍曹。

 パロディにはとくに興味がないが、巨大女の声が榎本温子さんだったことに驚いた。絶対にあの人だと思って見ていたから。いまでも、本当に榎本さんなの? という気分である。いやあ、びっくりした。しかし、巨大女って役名も、ちょっとすごいな。

 2005/03/04 (Fri)

 雪である。激しい雪である。当然、多摩川は中止。しかし、日本SF作家クラブ総会と日本SF大賞贈賞式は中止にならない。で、行く準備をした。そのあいだに、雪がどんどん小降りになっていく。天気予報も、昼にはやみ、天気は回復すると言っている。家をでるのは正午過ぎ(新宿で買物を頼まれていたりするから)。その予報に期待しよう。

 というわけで、本当に雪がほとんどやんだ。湿った雪なので、道路に積もっていたぶんも、どんどん溶けていき、正午にはおおむねなくなってしまった。じゃあというので、ママチャリに乗り、駅前まで行く。駐輪場に停め、京王線で新宿まで移動した。

 ヨドバシカメラで買物。それから喫茶店に入り、原稿のアイデア構成をやる。かなり真剣にやった。寒いのでトイレが近い。駅で入り、ヨドバシで入り、喫茶店で入る。犬の散歩みたいだなあ。マーキングかよ。

 15時、会場の東京會舘に向かった。総会は盛況。贈賞式は18時から。こちらも盛況である。ばたばたしているうちに終了。会場をでて、喫茶室に行き、そこで夢枕獏さんや萩尾望都さんたちとしばし歓談をする。帰宅したのは22時半だった。

 ●滝沢消滅。

 新宿の「談話室 滝沢」が完全閉店する。業界人御用達の喫茶店だ。ここがなくなると、打ち合わせ難民が続出すること間違いない。わたしもすごく困る。西口店がなくなったときは、しばし茫然と立ちつくしたものである。これからはどこで打ち合わせをすればいいんだろう。まいったなあ。

 2005/03/03 (Thu)

 きょうは電話が「ひかり電話」に切り換わる日。NTTの話では、朝10時くらいに替わるので、電話が不通になったら、すぐにモジュラーケーブルを挿し直してくれということだった。しかし、多摩サイに行く10時半になっても、まだ不通にならない。やむなく、電話を放置し、修行に向かった。多摩サイは、帰路が向かい風。けっこうきつかった。マスクをして自転車に乗っている人が増えたね。

 帰宅したら、電話が不通になっていた。どうやら、わたしが家をでてすぐに工事がおこなわれたらしい。急いでモジュラーをルータに接続し直す。作業はそれでおしまい。これで、ひかり電話が使えるようになった。さっそく1本かかってきたが、音声は明瞭である。違和感はまったくない。

 で、午後はずうっと書斎でヒッキー。ニュースは西武グループの堤前会長逮捕の話題でもちきりである。いろいろな内部エピソードも公開されている。その中に、堤前会長がスキー場にくるときの話も入っていた。ヘリでくるのだが、その前に、いっせいにスキー場の整備に入り、雪もピステンで完全に踏み固められるという内容だ。わたし、この状況をよく知っている。みつまたに入りびたっていたとき、居酒屋に顔をだしていたスキー場の従業員が「今夜はたいへんだ。雪を固めなくちゃいけない。あしたも朝一でやるんだよ」とぼやきまくる日があった。「なぜ」と訊いたら、「くるんだよ、堤さんの息子が」と言われた。そう。スキー場が大騒ぎになるのは前会長本人がくるときだけではないのだ。息子がくるときも同じことをしなくてはいけなかったのだ。でも、おかげで、翌日は最高のゲレンデコンディションで滑ることができた。従業員はたいへんだったと思うけど、客はけっこう余禄があったなあ。

 2005/03/02 (Wed)

 Bフレッツが開通した。とくに問題もなくつながり、これで光生活三昧だ……と思ったら、Windows Updateができない。マイクロソフトのサポートに電話して、いろいろチェックしたら、どうもファイヤウォールソフトとBフレッツがコンフリクトしているらしいということがわかった。アッカのADSLとは、細かいところで違いがあるみたいだね。

 で、今度はBフレッツのサポートに電話。「ファイヤウォールとウイルスチェッカーはなんですか?」と訊かれ、「ソースネクストのウイルスセキュリティです」といったら、露骨にいやそうな声で「ソースネクストですかあ」と言われてしまった。なんでも、やたらとBフレッツと相性が悪いのだそうだ。アッカ相手には、なんら問題なかったのに。

 で、今度はソースネクストのサイトに行き、サポートフォームに事情を書きこんだ。そして、それを送信しようとしたら……できない。ウイルスセキュリティのファイヤウォールが送信の邪魔をしている。こりゃ、笑うしかないね。あと、添付ファイルのあるメールの送信もできないことがわかった。こうなると、さすがに日常利用に影響がでるので、ウイルスセキュリティのファイヤウォールを殺し、XP SP2のファイヤウォールをオンにした。それで、やってみると、Windows Updateも、ソースネクストサポートへの専用フォーム送信も、添付ファイルありメールの送信も、すべてオッケイになった。うーん、ゾーンアラームをまた入れてみるかな。一応、もうウイルスセキュリティのファイヤウォールは復活させないことにした。

 ●失踪日記。

 吾妻ひでおさんの新刊、「失踪日記」が届いた。傑作である。すばらしい。背すじも凍る佳品である。これは、ぜひひとりでも多くの人に読んでほしいね。星雲賞もあげたいなあ。って、ぜんぜんSFじゃないんだけど。ネット書店で注文される場合、アマゾンはこちらである。

 2005/03/01 (Tue)

 曇りという予報だったが、外れて、晴天になった。風は北東。かなり強い。ひいひい言いながら、多摩サイを走った。風が冷たかったなあ。

 帰宅し、軽食を食べてから外出。新宿の東急ハンズで花粉用ゴーグルを買った。さすがは東急ハンズで、マスクからメガネ、ゴーグルまで、花粉対策用品がずらりとそろっている。買ったゴーグルは、相当に大仰なやつだ。今年はこれくらいのものでないと、防ぎきれないような気がしている。だから、わざわざ東急ハンズまで行ったのだ。

 家に戻ったのは、17時少し前。WWEの日本公演を見ながら、執筆。あしたは、朝からBフレッツ導入工事の予定である。この2日間、ADSL解約によって常時接続が断たれ、ずうっとPHSでインターネット接続していた。不便だよ。いまさらこういうアクセスってのは。すでに、ひかり電話対応のルーターも届き、接続準備は完全にととのった。トラブルが起きないことだけを切に願っている。