日々是口実

2002年1月分

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 2002/01/31 (Thu)

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 パーティ4連戦の最終戦、「角川書店 アニメ・コミック事業部 新春感謝会」である。今回は事前に安彦良和さんが主賓として挨拶をするという話を耳にしていた。あの人前を苦手としている安彦さんの挨拶。これを見逃しては一生の不覚である。痛む腰を叱咤し、その様子をちゃんと撮影してきた。しかし、若い人が多い。先日の小松さんの出版記念会の年齢層がけっこう高かったので、今回は、とくにそれを強く感じた。そのためか、料理がなくなるのも異様に早い。あっという間に消えていった。

 2枚目の写真は、カトキハジメさんと安彦さんである。おふたりは、これが初対面(らしい)。けっこう貴重なツーショットになった。

 3枚目は、もりたけし監督。ここを読んでおられるという。アニメ界の現状、監督としての信念、作品構成をする上での心構えなど、いいお話をいろいろと聞かせていただいた。映像評価となれば、現場の人への取材は必須である。しかし、ヒッキーなので、関係者と直接会って話をする機会はそれほど多くない。GAINAXの新年会同様、今回もたくさんの収穫を得ることができた。こういうことがあると、外出も悪くないね。でも、すごく腰に響く。いまは、相当につらい。さっさと寝てしまおう。ビデオの在庫がかなり溜まっているが、それらはすべてあとまわしである。

 2002/01/30 (Wed)

 昨夜は大あわてであった。例の田中外相更迭ニュースである。字幕で流れる速報を見て、即座に編成が変わると判断し、すべてのビデオ予約をいつでも修正できる状態にした。結果、一歩ちゃんもシュガーも予想どおり放送時間がずれて、修正作業は効を奏した。でも、困るよねえ。すごく面倒だし。人事をいじるのなら、昼間にやってくれないかな。総理や官房長官が真夜中に働くなんて、おかしいよ。

 で、その外相更迭だが、前にわたしはここで以下のように書いた。

「……重要なのは、田中外相の去就ではなく、外務官僚の首である。外務官僚の総替えが達成されるのなら、田中外相が残る必要はまったくない。さっさと消えていただくのに賛成する。だが、官僚たちがそのまま居残り、田中外相だけ罷免というのはだめ。納得できない。(中略)局長レベルの官僚すべてと一部の大使が駆逐され、それと同時に田中外相も身を引く。これは理想の展開である。……」

 けっこう理想に近い決着になったんじゃないかな。馘首になる外務官僚がひとりだけってのはすごく不満だけど。できれば、あと5人くらい道連れにしてほしかった。ま、それについては、元外相が執筆中といわれている暴露本の出版を待つことにしよう(ガセっぽい情報なのが問題ね)。内閣から離れたら、この人、絶対に暴れはじめるぞ。

 ●amazonから本が届いた。

「自転車生活の愉しみ」疋田智著。東京書籍。ISBN4-487-79696-2。「週刊文春」に紹介されていて、ちょっと読んでみたいなと思い、書店へ買いにいったのだが、どこにも在庫がない。書店が危機に瀕しているいま、本はできるだけ店で買いたいと考えている。が、さすがにこうなると、ちょっとつらい。帰宅してamazonにアクセス。即納状態になっている。そのまま注文して、中1日で届いた。もちろん、送料は無料である。うーん、やっぱり町の書店状況はとっても厳しい。覗いた書店のひとつは駅前のパルコブックセンターだった。こういう規模の大きな書店でも、店員にタイトルを示すと、書棚までその人が探しにいく。システム端末で、ささっと検索ということはしない。これでは、客をえんえんと待たせてしまう。しかも、本当にその本が店になかったのかもはっきりとしない。うろ覚えのタイトルであっても、すぐにほしい本が見つかってしまうamazonには、こういうところでも差をつけられている。流通と書店の在庫管理システム、その両方が改善されないと、町の書店は、間違いなく全滅しちゃうね。しみじみと、そう思ってしまった。

 2002/01/29 (Tue)

 またHDDの入れ替え。今度はすんなりと作業が完了した。しかし、マシンの中のわたぼこりがすごい。3か月に一度くらいは、徹底的に掃除しないと、だめだね。きれいにしたら、マシンの騒音が心もち静かになった(ような気がする)。

 ●あさりさんの顔、続報。

「千と千尋」の頭(かしら)そっくりとなったあさりよしとおさんの顔写真、「わたしの技術では、加工不可能」と書いたら、ここの読者の方(匿名希望だそうです)から、「やってみました」というメールとともに、gifファイルが届いた。すばらしい出来である。さっそく掲載させていただくことにした。あさりさん、完璧ですぜ。Kさん、ありがとう
asari.gif

 ●梅宮辰夫さんの初孫の名前。

 アンナさんの亭主は「あかり」を主張し、梅宮さん本人は「あんず」を主張、そして、決まった名前は「ももか」。……って、みんなアニメのキャラじゃないか。この一家は、きっと隠れおたに違いない。そうだといいな。

「コメットさん☆」2002年1月27日放送 テレビ東京 毎週日曜日9時30分〜10時

 いい作品であった。タイトルこそ「コメットさん」だが、これは「メテオさん」の物語である。だから、佳作になったのだと思う。単なるよい子というだけで、他には何ひとつとりえのないコメットさんが主役をつとめ、それがゆえにのメテオさんが光る。そして、作品の質そのものが向上していく。このパターン、質の向上を除けば、実写版テレビドラマではけっこう多い(汚れ役をさせたくないアイドルタレントを主役に起用するからではないかと推察している)。しかし、低年齢児童向けアニメでは少し珍しいんじゃないかな。アニメの場合、男児向けでも女児向けでも、どじでおっちょこちょいで勉強のできない子が主役になるケースが不思議に目立つ。「セーラームーン」とか「どれみ」とか「ポケモン」とか。あ、「ドラえもん」もそうだね。意図したかどうかは不明だが、目いっぱいメテオさんを輝かせ、最後まで物語をきちんと見せてくれたことを、今回は高く評価する。最終回のメテオさんも、ひじょうに魅力的であった。

 2002/01/28 (Mon)

「幻の小松左京 モリ・ミノル漫画全集の発刊を祝う会」に行ってきた。モリ・ミノルは、もちろん小松左京さんが漫画家だった当時に使われていたペンネームである。その作品は幻の著書と言われていたが、このたび、所有者である松本零士さんの尽力で、それが小学館から復刻されることになった。全4冊の1巻本で、定価は4800円(税別 ISBN4-09-179421-1)。いますぐamazonに行って注文しよう。この値段は、絶対に高くないと思う。

 saitotakawo.jpg cake.jpg

 でもって、写真である。最初の1枚は、発刊を記念して挨拶をされるさいとうたかをさん。劇画の巨匠、お元気でなによりである。そのつぎの写真はバースディ・ケーキ。1月28日は、小松さんの誕生日である。したがって、この祝う会は誕生日パーティでもあった。

 hagiokomatu.jpg nanbakomatu.jpg

 つづいて、恒例のツーショット。萩尾望都さんと小松さん。ビッグ・カップルである。もう1枚のツーショットは難波弘之さんと小松さん。難波さんの求めに応じ、高画質に切り換えて撮影したが、光線の具合がすごく悪くて、写りがいまいち、いや、いまにくらいとなってしまった。難波さん、申し訳ない。この場を借りて、お詫び申し上げます。

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 で、最後は、あさりよしとおさん。ゆえあってスキンヘッドにしたら、「千と千尋」にでてくる頭(かしら)そっくりになってしまったと言われる。たしかにそのとおりだ。映像を加工して首だけにし、顔を緑色に染めたら、絶対に受けるという話をしたが、わたしの技術では、加工不可能ということが判明した。したがって、そのまま掲載する。それでも、異様に似ている。いいなあ、素顔でコスプレができちゃうなんて。ちょっちうらやましい。

 2002/01/27 (Sun)

 きょうは終日、ゲラのチェック。合間にMPEG4エンコード。また、あしたパーティがあるので、肝臓を休ませておかないといけない。なぜか、も休ませているような気がする。

「NHKスペシャル アフリカ21世紀 迷走・ソマリア〜内戦地帯を行く」2002年1月27日放送 NHK総合 21時〜21時50分

 3回シリーズで、アフリカのいまを描くドキュメンタリーの1回目。今回は1960年に独立し、その後、果てしのない内戦に陥っているソマリアからのレポート。アフガニスタンの状況を見ても同じだと思うのだが、内戦のつづく国家は、日本の戦国時代とそっくりである。部族の長(戦国大名)がそれぞれの領地を持ち、覇を競っている。こういう場合、そのうちの誰かが他の部族のあらかたを武力で支配下に納め、首都に上洛して政権を打ち立て、この内戦は終わる。そして、それがなったとき、これらの国は封建時代へと入る。ところが、先進諸国は、そういう過程を経て国家がゆっくりと成熟していくことを許そうとしない。アフガンでは一気に民主主義国家を形成させようと、各国々があれこれ画策している。無理なんじゃないの、これ。日本も、ヨーロッパのいわゆる民主主義国家も、中世の混乱期から無段階でいまのような政府ができあがったわけではない。ものには、順序というものがある。部族の王たちが、力で天下統一を果たし、それにより、中央集権体制ができあがる。その強力な政府が、検地とか、刀狩りとか、人別帳の作成とか、税制の確立とかをおこない、ひとつの国家としての下地がようやく完成する。選挙制度が生まれ、議会ができ、国民主権になっていくのは、その後のことである。いっさいのインフラ整備抜きで、いきなり荒地に大都会を建設しようとしても、それはむちゃってものだよ。
 で、この番組で紹介されているソマリアの現状も、日本の戦国時代のそれと大差がない。違っているのは、外国の勢力が介入していることだろう。こうなると、ほぼ確実に内戦は泥沼化する。後ろ楯になった外国勢力が、降伏して配下になることを認めないからね。日本も、江戸時代末期にこういう危険な状態の一歩手前までに陥ったことがある。自分たちの歴史を省みて、内乱だろうが、戦国時代だろうが、国内の様相をその国の好き放題にさせておくのも、解決策のひとつになるかもしれない。お節介を身上としている人道主義者さんたちは、すごくいやがるかもしれないけど。

 2002/01/26 (Sat)

 月末外出第2弾。仲間うちの新年会である。会場は新宿。当然、まずヨドバシカメラに入った。DVDを3枚ほど購入し、息子のG-Shockのベルト交換のため、CASIOのサービスセンターに行く。10分くらいですむはずと思っていたのが、大間違い。「30分ほどかかります」と言われ、じりじりしながら待つはめに陥った。待っていると、ベルトの交換のために係の人が入った作業場から声が響く。

「あっ!」

 何ごとかと、思わず腰が浮いた。びびるよ。ふつうこういう声を耳にしたら。その後も「うーん」とか「ううっ」とか、呻き声のようなものが聞こえてくる。気になってしようがない。たかが腕時計のベルト交換に、何をしているんだろう。
 20分を過ぎたところで、さすがにこらえきれなくなり、べつの人に「まだ、かかりますか?」と尋ねてしまった。で、その人が様子を見にいくと、すぐにベルト交換の終わったG-Shockが届いた。当然、じっくりと仕上がり状態を眺めてみる。が、とくにおかしなところはない(ように思える。でも、全体がゴムカバーで覆われているため、その下がどうなっているのかは不明)。とりあえず、ベルトは新品に変わっている。それはたしかだ。ということで料金を支払い、新年会の会場に向かった。時間はぎりぎり。途中から走っちゃったよ。ああ、疲れた。腕時計のベルト交換、ちょっと侮れないものがあるね。

 2002/01/25 (Fri)

 きのうの反動で、きょうはヒッキー。あれこれ、適当に雑事を片づけている。テレビのほうも、これといったタイトルがなく、ただ横目で眺めるだけ。「ウリナリ」の狂言修行の中にあった正座のコツと着物の話がちょっと参考になった。

 2002/01/24 (Thu)

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 GAINAXの新年会に行ってきた。会場に入ると、

 猫がいた。

 猫は司会をやったり、乾杯の音頭をとったり、いたいけな少女を襲ったりしていた。しかし、その正体は、武田康廣さんで、少女は、かれと菅浩江さんの娘、悠乃ちゃんであった。めでたし、めでたし。

 って、終わってどうする。写真をもう1枚、載せよう。

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 庵野秀明監督である。今朝、産經の朝刊をひらいたら、かれの顔があった。サントリーのウイスキー、山崎のCMである。なかなかかっこいいコメントが使われている。だが、本人曰く、

「最初、ラッパ呑みしているってコメントしたら、それはだめって変えられてしまった。残念」

 だそうである。ここまできたら、つぎはネスカフェであろう。ぜひ、違いのわかる男を目指してほしい。
 解散後、そのまま帰るつもりだったが、つい誘われて二次会にも行ってしまった。園田健一さんとアニメの話などをした。若手の漫画家さんとも言葉を交わした。いろいろと参考になった。同人誌ももらった。収穫の多い1日であった。めでたし、めでたし。

 2002/01/23 (Wed)

 HDDの容量アップが必要になり、緊急外出。新宿から秋葉原。帰宅してすぐにHDDを入れ替える。

 トラブル多発。

 ようやく一息ついた。ああ、もう何もする気がしない。寝よう

 2002/01/22 (Tue)

 うって変わって、温暖な晴天。ちょっとでかけようかと思ったが、面倒なのでやめた。新聞やサイトのテレビ番組表を見ると、「シュガー」の放送時間が3分だけずれている。「サバイバー出場者募集」が割りこんだせいなのだが、わずかに3分というのが、いかにも中途半端だ。TBSの編成、なんとなくおちゃめ

「たけし&所の“和風”リフォーム対決 前編」2002年1月22日放送 テレビ朝日 毎週火曜日20時〜20時54分

 ワフーと言えば、マクダニエル。これ、プロレスファンのお約束ね。今回は「築100年の長屋を天才建築家が3日間低予算で大改造」という謳い文句で、日米の専門家がリフォーム対決をしている。アメリカ側はMIT出の一級建築士、日本側は資格なしの主婦(でも、カリスマ・リフォーマー)。なんの気なしに見ていたのだが、つい引きこまれてしまった。とにかく与えられた家がひどい。京都と大阪の古い町家なんだけど、どちらもぼろぼろ。それを予算100万円以内、実質72時間でリフォームしなくてはいけない。当然、バラエティなんだから、そのあたりの条件についてはかなり適当にやっているのではと思うのだが、雰囲気としては、「TVチャンピオン」くらい真面目な感じである。リフォームの考え方、処理の仕方も、見ていていろいろと参考になる。結果がどうなるのか。来週の後編がすごく楽しみだね。でも、あれは絶対に100万円じゃできないと思う。外壁塗り替えだけだって、100万円以内で納めるのはめちゃくちゃ厳しい。ましてや、数部屋の全面リフォームである。できれば、勝敗だけでなく、収支決算もきちんと報告してほしいなあ。

 2002/01/21 (Mon)

 雨の1日。雷もけっこう派手に鳴った。むろん、外出はしない。湿度もほどよくて、喉が楽。あとは気温だけだな。

「ワールドドキュメンタリー ハイジャック機で何が起きたか〜テロと戦った英雄たち」2002年1月20日放送 NHK衛星第1 23時〜23時50分

 アメリカの番組かと思っていたら、フランスの局がつくったドキュメンタリーだった。2001年9月11日の航空機テロでピッツバーグ郊外に墜落した旅客機(UA 93便)に乗っていた乗客たちとその家族のレポートである。それと、容疑者の家族とその生活も少し紹介されている。「うちは原理主義者じゃない。息子は無実だ」と容疑者の父親が訴える。こういったときの家族の反応は、どこも同じだ。ワイドショーでもよく見かける。しかし、説得力はない。我が家でも、趣味や嗜好はみんな異なる(アニメを見ているのは、わたしひとりだ。というか、せがれはほとんどテレビを見ない)。離れて暮らしている息子は、むかしのままの息子、「自爆テロなどするはずがない」と親は言う。そう思いこみたいのだろう。そんな断定、できるはずがないのに。アメリカのヒーローとなった犠牲者たちの家族よりも、かれらのほうが強く印象に残った。

「ラーゼフォン」2002年1月21日放送 フジテレビ 毎週月曜日16時25分〜16時55分

 アニメ新番組。ここを開設して以来はじめて、放送前に監督から要望が届いた。
 ぶっちゃん曰く

「視聴中止になってほしい」

 微妙な注文である。
 どんな意図があるのだろう。

 ・そう言えば、意地でも見つづける。
 ・本当に見てもらいたくない。
 ・絶対に理解不能な内容につくってある。
 ・単なるネタ。

 うーん、どれかなあ。……と考えていたら、某アニメ雑誌から「応援の一言を」という声がかかった。そう言われたら、応援せざるをえない。そこで「Takachiho Notesでは、この作品を特別扱いする」とコメントしてしまった。
 宣言した以上は、特別扱いしなければならない。
 どうしよう。
 アニメは通常、1話と最終回しか取りあげない。そういう方針を持っている。それを破り、毎回評価しようかと思った。しかし、それもねえ。あまり実のあることとは思えない。たとえば、わたしは「アクエリアンエイジ」の第1話で「シナリオがうまい」「絵コンテもうまい」と書いた。だが、2話では、そう感じなかった。へたとまでは言わないが、まあ並みのレベルである(作画品質がかなり落ちていたから、体感的にはかなり低くなっていたけど、シナリオ、絵コンテのみについていえば、その程度であろう)。これは、予想されたことだ。一部の例外を除いて、連続放送されるアニメのシリーズは、1話ごとにスタッフが変わる。シナリオライター、演出、作画監督、それぞれがおおむね毎回入れ替わる。世の中、うまい人ばかりではないから、エピソードごとのばらつきは、当然のこととして生じてしまう。それをいちいちあげつらっても、さしたる意味はない。そういうばらつきも含め、監督がどのように全体を構成し、13話なら13話、26話なら26話で、どう作品をひとつにまとめあげていくのかを注視するほうが、より重要なことだ。

 というわけで、特別扱いの範囲を決めておこう。

 ・理解不能でも、なるべく視聴中止にはしない。
 ・何か、おもしろそうなネタがエピソードの中にあったら、そのつど、それを書く。

 こんなところかな。まじに破格の扱いだよ。ぶっちゃん。
 で、第1話を見て……。

 感想は、また今度。いつになるかは不明。

 2002/01/20 (Sun)

 大寒である。しかし、あまり気温は低くないという。でも、わたしは寒い。一歩も外にでたくない。当然、でなかった。

 ●死亡宣告されてから生還。

 50代の女性患者。午後5時40分に心停止。投薬、心臓マッサージによっても回復せず、6時10分に死亡宣告。しかし、6時半ごろに自発呼吸をはじめ、完全に生き返ったという事件(というのかな)が起きた。回復後は、脳などの臓器にもいっさい損傷がなく、患者はまもなく退院するらしい。医者は「30分間、心停止していた。体温がひじょうに低く、そのため心臓が止まっても、脳細胞などに影響がでなかったのだろう」と語っている。脳内出血や脳浮腫の患者に用いられる低体温療法に似たケースだけど、感じとしてはむしろ、冬眠のそれに似ている。考えてみれば、2001年にはコールド・スリープが完成していて、宇宙飛行士や学者が木星に向かっていなければいけないんだよね。これをきっかけに、冷凍睡眠の研究が盛んにならないかな。って、どこかで盛んにやっているかもしれないんだけど。

「ワールドドキュメンタリー 密輸される古代遺跡〜スウェーデン」2002年1月19日放送 NHK衛星第1 24時〜24時50分

 スウェーデンのドキュメンタリー。自国の不正を徹底的にただそうとしている。切り口が、実に鋭い。この国は、自国の歴史的遺物や文化遺産、埋蔵品の発掘、持ちだしを厳しく禁じている。しかし、他国からの盗掘品、窃盗仏像などの輸入には何も制限を加えていない。それを禁じる条約にも調印していない。駐ペルー大使は赴任先で盗掘遺物をごっそりと購入し、その品々をスウェーデンに持ち帰って、自国やニューヨークで売却したりしていた。美術館、博物館も同様である。出所のはっきりしない、盗掘品、略奪品とおぼしき文化遺産をつぎつぎに買いあさり、それを堂々と展示している。インタビューに答えている大使、嘘つきまくりね。番組は、まず大使のインタビューを見せ、つぎに、それが嘘であることを証拠を示してあばいていく。それを交互に映しだす。実におもしろい構成だ。このあと、この大使はどうなったんだろう。おとがめなしだとしたら、スウェーデンの文化的意識もたいしたことないね。かなりモラルの低い国ということになる。バーミヤン遺跡の破片を買いまくっている日本も似たようなものなんだけど、さすがにこの番組にでてくる私設博物館の館長のような人は、あまり見かけない。この人、公式の会見では、すべて合法的に集めたようなことを言いつつ、隠し撮りされている映像の中では、平然と密輸したことを口にし、その方法を自慢げに説明している。国外流出が禁じられている遺物を中国から持ちだすときはドル煙草をカートンで用意しておけなんて、とってもナイスなアドバイスね。鞄の中に入りきらないサイズのものは買うなという一言も参考になった。スウェーデン、したたかな国である。

 ところで、この番組、声優の中に緑川光さんが入っていた。いいねえ。渋めの男性声優ファンとしては、アニメ以外でもかれの声を聞けるというのが、とてもうれしい。むかしから、そういう人たちの声がすごく好きだったんだよね。小林清志さんとか、納谷悟朗さんとか、千葉耕市さんとか。もちろん、中村正さん、若山弦蔵さん、若手(もう中堅かな)では置鮎龍太郎さんといった甘い美声系の人も贔屓にしているのだが、少しくせのある渋めの声の魅力には、どうやっても抗しがたいものがある。緑川さん、今後はナレーション等も含めて、どんどん仕事の幅を広げていってほしい。

「NHKスペシャル アジア古都物語 第1集 路地裏にいきづく皇都〜中国 北京」2002年1月20日放送 NHK総合 21時〜21時50分

 アジア各国の古都を取材し、その地の物語を紹介していく6回シリーズのドキュメンタリー。このあとは、インドのベナレス、インドネシアのジョグジャカルタ、ネパールのカトマンズ、イランのイスファハン、日本の京都とつづいていく。第1集の北京は、よく知られた名所旧蹟ではなく、町の路地裏の様子を描いている。たしかに、こういう場所の紀行は珍しい。いいところに目をつけたね。路地は中国語で胡同(フートン)という。元の大都建設時につくられた。その後、時代を経るごとにフートンは拡大され、城外へと大きく広がっていった。番組では、そのさまをCGで見せてくれる。このCGがすごく精密。むかし、NHKで放送した「大モンゴル」でも大都のCGがでてきたと思ったが、今回のそれは当時の出来の比じゃないね。思わず、身を乗りだしちゃったよ。で、このフートンだが、いまは消滅寸前の状況にある。2008年の北京オリンピック開催に伴う再開発で、ほとんどすべてのフートンが取り壊され、新市街になるらしい。なんだか、1960年代前半の東京みたいだ。中国は、やることが大胆だから、はじめたら、徹底的にやる。どういう構想になっているかは知らないけど、新宿西口みたいになったら、それはそれですごそうだ。でも、きっと文句を言う人が、世界中にいるんだろうな。

 *再放送情報(変更の可能性あり)

「NHKスペシャル 日本人はるかな旅 第1集〜第5集一挙放送」2/3 NHK衛星第2 13時〜17時10分

 2002/01/19 (Sat)

 一気に冷えこんだなあ。こういう寒い日は、ストーブの前でヒッキーに限るよ。

「新エネルギー革命! 異端児が世界に挑む」2002年1月19日放送 テレビ東京 16時〜17時15分

 ものすごくへんな番組。あまりに奇抜で、世間になかなか受け入れられないでいる発明品を普及させようとする人びとのレポート。紹介されている発明品は、超低電力で動くという「磁力回転装置」、ふつうの油とは根本的に性質が違う「スーパー潤滑油」といった「ブードゥー・サイエンス(邦題 わたしたちはなぜ科学にだまされるのか ロバート・L.パーク著 栗木さつき訳 主婦の友社 ISBN4-07-228921-3)」という本の中で「邪悪な科学」として扱われているものの類似品ばかり。しかし、これらの発明品はちゃんと複数の国々の特許がおりているし、専門家の検証も受けている(らしい)。そういう点では、明らかに「邪悪な科学」とは異なっている。でも、まったく売れない。企業にも、その効能を認めてもらえない。完全に「ブードゥー・サイエンス」に描かれている永久機関や重力シールド装置の世界である。とくに「磁力回転装置」のほうは、地方をまわり、講演会、実演会をやってみせているところなど、本当によく、そういった事例に似ている。番組は、それらの発明品を生みだした人、販売代理店となった人たちに密着し、それが少しずつ売れていく様子をじっくりと描写する。それはもう、とても真面目な描写の連続。この手の番組にありがちな発明品や発明家をおもしろおかしくからかうというカットはひとつもない。にもかかわらず、そこはかとなく漂う胡散臭さは最後まで払拭されなかった。テレビ東京、どうしてこういう番組をつくり、放送したんだろう。企画意図や意味がぜんぜん理解できない。これを書いているいまも、不思議な番組だったなあと述懐している。そういう内容であった。

「NHKスペシャル 徹底討論 2002年 日本経済は再生できるか」2002年1月19日放送 NHK総合 19時30分〜20時45分 21時〜22時

 タイトルどおり、二部構成の経済問題討論会。出席者は経済関連大臣、大阪府知事、企業経営者、労働組合幹部といった顔ぶれ。これが、おもしろい。思わず、やりとりに聞き入ってしまう。で、見ていて、ふと気がついた。こういう番組がおもしろいときって、国の状況がすごく悪いときなんだよね。あれこれがひじょうに悪いから、討論が真剣になり、おもしろみが増す。早く、こういう番組がつまらなくなるようになってほしいなあ。しみじみ。
 ところで、改革に伴う痛みは民だけでなく官も負担しろという話が番組内ででていた。賛成である。そして、その代表として、まず国会議員にそれを強く求めたい。具体的に言えば、議員総数の大幅削減である。とりあえず二院制は現状のままでいい(基本は参院廃止だけど)。問題は人数だ。選挙区は都道府県を単位とし、一都府県に衆院3人、参院3人。これで数は十分である。北海道だけ、その広さを勘案し、各5人ずつとする。したがって、衆参両院とも、議員数は合計で143人となる。断言しよう。日本の国会は、この人数で絶対に運営できる。立派に機能する。これ以上は要らない。嘘だと思ったら、やってみればいい。何も問題は起きないはずである。

 2002/01/18 (Fri)

 久しぶりに外出。自宅の敷地外にでたのは何日ぶりだろう。銀行、医者などをまわり、帰宅。冬型気圧配置のはずだけど、春みたいな陽気だったな。

「VANDREAD the Second Stage 最終回」2002年1月18日放送 WOWOW 毎週金曜日18時30分〜19時

 シリーズを通して見ていて、S・キングの「シャイニング」を読んだときのことを思いだしてしまった。 「シャイニング」は傑作ホラーだが、前半の第1巻を読むのには、かなりの忍耐を要した。それはもう本当に退屈で退屈で、何度も投げだそうとした。しかし、「週刊宝石」の書評という仕事で読んでいたため、それができなかった。そして、その状況は後半の第2巻に入って一変した。おもしろい。物語の中にずるずると引きこまれていく。1巻で淡々と描かれていた人びとの半生、性格、環境ががっちりと作品の土台を支え、みごとな世界を、読む者の前に現出させている。頁を繰る手が止まらない……。
「VANDREAD」の前のシリーズは、「シャイニング」の前半ほど退屈な出来ではなかった。が、感心するところも、さしてない作品であった。一方の「the Second Stage」は「シャイニング」の後半ほどの大傑作ではない。が、作品として、相当に高いレベルで構成がなされていた。

 前半と後半、併せてひとつの完全な作品となる。

 そうやって見てみると、この作品は、十分に佳品だ。そのように断言できる。わたしの脳裏に「シャイニング」が浮かびあがってきた理由は、そこにあった。
 制作チームを組み、2クールで完結する作品の骨格を事前にきちんと構築する。その作品を、品質を高く保つために、まず1クールぶんだけつくる。つぎに、しばしの間を置いて、疲弊した制作態勢を立て直し、残りの1クールを、理想とされる品質を保ちながら、またじっくりとつくる。事実かどうかはまるで知らないが、そういう雰囲気だね。これだと、当然、伏線を張り、物語を広げるためだけの役割しか持たない前半1クールは、作品として評価が低くなる。というか、作品の体をなさなくなる可能性すら生じる。「VANDREAD」がそこまで行かなかったのは、スタッフの能力と努力によるものであろう。あるいは、ただの僥倖だったのかもしれない。
 いずれにせよ、スタッフの目論見は成功した。少なくとも、わたしはそう感じた。

 でも、今度これをやるときは、1クールの最終回に、2クール目の派手な予告をぜひ入れてほしいね。後半につづいていくってことをはっきりと示してほしい。と、書いてから気がついた。この作品には予告篇がなかったんだ。ま、それはそれで、逆に最終回にだけくっつく予告篇というのは、より強いインパクトを持つ。より印象的に受け止めてもらうことができる。まじに、これはやったほうがいいんじゃないかな。
 なお、3D-CGと2Dアニメ絵との融合については、前シリーズ同様、最後まで違和感がつきまとった。内部情報によると、この制作会社は、方針としてCGとアニメ絵を乖離させたままにしているらしい。それが方針であり、信念であるのならば、とくに要望をだす必要はない。この点に関しては、黙って失格点をつけつづけるのみである。それが、評価する側のまっとうな対応というものであろう。

 2002/01/17 (Thu)

 あれから7年……。
 そう。わたしが肺腫瘍の手術をしたあの日から、はや7年である。関西地方の人、申し訳ない。でも、わたしにとっては、どうしてもあの大手術のほうが印象が強い。これはもう、どうしようもないことだ。ああ、今夜も傷がうずくぜ。

 ●外出予定。

 どどどっと月末に集中してしまった。ひじょうにまずい。前にも書いたけど、アニメを週に30本見ても、ヒッキーをつづけている限り、仕事にはほとんど響かない。会社で8時間労働している人が往復の通勤で2時間使っていた場合、わたしはその2時間を使って週に28本の30分番組を見ることができる(土日が休みじゃないから)。しかも、在宅しているあいだのほとんどはパソコンに向かいっぱなし。ロス時間が皆無である。だが、外出が連続すると、この状況は一気に悪化する。家にいない時間帯の番組はビデオの在庫となり、それがつぎの視聴スケジュールを激しく圧迫する。いまから対策を立てておかないと、窮地に陥ることは間違いない。なんか、いい手を考えよう。

「Hellsing 最終回」2002年1月16日放送 フジテレビ 毎週水曜日26時25分〜26時55分

 視聴中止(って言うのかな。こういうの)。

 2002/01/16 (Wed)

 ●きょうの読書。

 高島俊男さんの「漢字と日本人」。文春新書。ISBN4-16-660198-9 720円。「お言葉ですが…」にはまっているものとしては、これを読まないでおくわけにはいかない。中国語学、中国文学を東大大学院で専攻された漢字の専門家である高島さんが「漢字の多い文章を書く人は、無知な、無教養な人である」とずばり書かれているのは、実に小気味がいい。高島さんの見識とご意見に感服し、深く敬意を表する。しかし、だからといって、その言わんとされていることを完全に実行することは、実際問題として、はなはだむずかしい。そもそもそれだけの知識がない。とはいえ、そんな有様でも、わたしの表記はここ数年で大きく変化した。「クラッシャージョウ」をはじめとする諸作品の書き直しも、その最近の表記に従っておこなっている。が、さすがにこのあたりが限度じゃないかな。いま用いているかな漢字配分が、いちばん読みやすいのではと、わたしは思っている。これ以上、漢字は減らせないなあ。

 ●日本独自の有人宇宙船構想その後。

 いかにも決定したかのように書かれていた産經の記事が、実は構想レベルのものでしかないということまでは、あちこちから情報をもらってわかったけど、不思議なことに、広く公開された続報がなかなかでてこない。期待しているのは、使い捨て派のさらなる攻勢である。企画ってのは、だしたらあとは天命を待つというのではだめだと思うんだよね。国の機関ってのは、方法論が大きく違っているのかなあ。民間会社の場合、企画が通らなかったら、即だした者の死活問題になる。社員なら給料やボーナスにも響くし、ときによっては社内の地位、あるいは出処進退にまでかかわってくる。だから、必死で企画を通そうとする(……と思う。実は、わたしはあまり企画をだしたことがない。高千穂になってからアニメの企画をだしたことは一度もないし、それ以前も、だして通った記憶がない。自作のアニメ化は、すべて他者の提出した企画である。たぶん、今後もアニメ企画をだすことはないだろう。企画書作成だけなら単なる編集作業だから、まだできるかもしれないが、企画提出は、前述したようにそこから先が勝負である。それは、わたしに向いた仕事ではない)。
 というわけで、わたしは産經の一面に、この件であらたな記事が登場するのをここしばらく待っていた。でも、でてこない。新聞の一面トップでああいう記事をやられたら、他の企画提出者は致命的なダメージを受ける。自分のだした企画が本当によりすぐれていると信じているのなら、ここはなんとか、早い機会での反論、まき返し、新主張の開示を強く望みたい。その場所は、もちろん、産經の一面トップである。また、他新聞の一面トップも奪ってほしい。賛意を示した構想が、正面切っての議論、プレゼンテーション抜きに消えてしまうってのはちょっと納得できないもんね。

 2002/01/15 (Tue)

 毎週買っている雑誌の発売日なので、せめて書店くらいには行こうかと考えたが、結局、家人に頼んでしまった。したがって、きょうもヒッキー。これという番組もないし、書くことは、これで全部。あ、ステッパーを再開した。久しぶりなので、30分くらいからと思っていたが、結局45分ほど踏んでしまった。しかし、話題がこれひとつではちょっとさみしいので、Q&Aの追加でも載せておこう。といっても、まるでたいしたことではない。「対象読者とは、どういうものなのか?」と訊かれただけのこと。見え見えの穴埋め稿である。すまん。

 Webというのは、言ってみれば、かつてのミニコミ紙だ。個人的な雑誌、新聞のたぐいである。雑誌や新聞は、おおむね読者層を想定してつくられている。「たのしい幼稚園」「少年サンデー」「ビッグコミック」「週刊文春」「新潮45+」「ヴァンサンカン」「an・an」「仏教こども新聞」「日経流通新聞」……どれもそう(アニメの企画書にも、必ず対象年齢層というのが記されている)。でないと、どういう内容をどういう言葉で伝えていくのかということが、うまく定まらない。これはミニコミ紙=Webも同じ。でも、だからといって、その対象者だけが読んだり、見たりするものではない。対象者というのは、あくまでもつくり手側の都合で想定されるものだ。わたしは、友人知人や仲間たちに読んでもらうことを考えて、あれこれ書いているけれど、それは読む側にはなんの関係もない。先の回答で用いた「(専門)用語云々」なんて表現も、質問に使われていたから流用しただけ。実際の話、このページには専門用語とか、業界用語とか、そんなふうにわざわざ銘打つほどのものはほとんど入っていない。それらしきものも、ちょっとネットで検索すれば、すぐに意味がわかる。そういうレベルで書かれている(というか、そのレベルでしか書けない)。んなわけで、対象読者というのは、その程度のものである。しかし、厳然と存在する。そして、つくり手側は常にそれを意識している。そういうことね。

 ●新型ウイルスJS.Gigger.A@mm情報。

 件名が「Outlook Express Update」で、本文に「MSNSofware Co.」と書かれている。そして「Mmsn_offline.htm」という添付ファイルが付属

 というメールが届いたら、添付ファイルをひらくことなく、削除しよう。Windows9xやMeでこの添付ファイルを実行してしまうと、AUTOEXEC.BATが書き換えられ、再起動したときにCドライブフォーマットされてしまうらしい。「やられた」と思ったら再起動せず、まずWindowsのシステムエディタなどを使い、AUTOEXEC.BATをひらいて「Echo y | format c:」という記述を取り除く。本格的な駆除は、それから。

 詳しいことは、ウイルス駆除ソフトのサイト等を参照のこと。感染力は弱いが、症状はかなり悪質だと報じられている。

 2002/01/14 (Mon)

 きょうもヒッキー。食事とトイレ以外ではパソコンのモニター前から動かない。喉の痛みがわずかに残っているため、ステッパーを踏むのも、ここしばらく中止したまま。原稿はちゃんと書いているのに、とっても怠惰という感じね。スケジューラの外出予定は、月末近くまで真っ白である。

「ホリデードキュメント アニメ界の機関士 大塚康生〜動きに取りつかれた男の人生」2002年1月14日放送 テレビ東京 12時〜12時55分

 いや、本当にテレビ東京は油断がならない。こんないい番組をこういう時間帯にひっそりと流すんだもん。大塚康生さんは、わたしが懇意にしていたバイク屋の支店(いまは、もうない)の近くに居を構えられていて、その店でバイクを購入された。店の社長に「大塚さんというアニメの人にバイクを買っていただいたんですよ」と言われたときは、まじに心臓が高鳴った。この番組は、多彩なゲストの証言も交えて、大塚さんという名アニメーターの半生を実に丹念に描いている。見終えたあと、また頭からビデオで見直しちゃったよ。民放ドキュメンタリーとしても、出色の出来である。ひとりでも多くの人に見てもらいたい。早急の再放送を望む。できれば、午後8時とか9時がいい。カットした(であろう)ソースを加えて再編集し、2時間枠で流してもらえるのなら、もっといい。地上波が無理なら、BSジャパンという手もある(全国放送になるという意味では、このほうがいいかな)。真剣にお願いしておく。

「世界魔術大博覧会」2002年1月14日〜16日放送 BS-i 20時〜21時54分

 BS-i開局1周年記念番組のひとつ。マジックの歴史を3回シリーズで放送する。ホストはMr.マリック。本来なら、シリーズが完結してから取りあげるべきだが、こういう長い番組の場合、ちょっとタイミングをしくじると、書く時期を完全に失してしまう。BBC WORLDの「ホーキング博士の宇宙」がそうね。最初の番組紹介では1時間(実質は45分くらい)の5回シリーズだったのに、いつの間にか6回シリーズになり、ごっそりとビデオを溜めてしまった。はたして、いつ完全に見られるのやら。
 というわけで、こういうシリーズものであっても、書けそうならば、第1回から書いてしまうことにした。しかし、わたしって、本当に手品が好きね。この手の番組があると、ついつい見てしまう。おまけに、今回は資料的な価値も十分にある「マジックの歴史」の紹介だ。貴重な古いマジック映像も、ふんだんに取り入れられている。海外ロケも、たっぷりと入っている。第1回は、レジナルド・スコット(英)からロベルト・ウーダン(仏)まで。堪能、堪能。あしたが楽しみだなあ。

 2002/01/13 (Sun)

 外出する気でいたら、家人が買物にいくという。ついでだから、こっちの用も頼んでしまった。というわけで、きょうも自室にひきこもり。思えば、先輩作家たちはよく外にでていた。エッセイなどを読むと、みなさん、毎日のように家をあけている。徹夜麻雀、銀座のバー、××××(どこだよ?)。その合間に原稿を書いておられる。そういうわたしも、いちばん仕事をしていたときは、相当にあちこちをうろうろしていた。バイクツーリング、スキー、テニス。いまは、ぜんぜん出歩かない。試写会もパス。ゲームもやらない。電話もかけない。もちろん、移動時間は皆無。そのかわりにテレビを見ている。だから、仕事をする時間はむかしよりも長くなってしまった。でも、その割りに執筆枚数が少ない。理由は内緒。とりあえず、からだが弱いためだとしておこう。くらくらくら。あ、また持病の眠けが……。

「唐招提寺・三尊解体〜動く!巨大仏像群」2002年1月11日放送 BS-i 20時〜21時54分

「デジタルTVガイド」では「パレスチナvsイスラエル」となっていたが、放送されたのは、これ。なんとなく再放送という気がするが、定かではない。とりあえず初視聴なので、よしとしよう。こういう割りきり方ができないと、BSデジタル放送には付き合えないね。で、内容は、傷みきっていた唐招提寺金堂の解体修理の記録。金堂だけでなく、仏像も修理された。どれも国宝ばかり。興味深かったのは、屋根をどう改修するかの検討過程。江戸時代、明治時代の2度におよぶ大改修で、唐招提寺金堂は創建当時の姿と大きく異なっている。これをどう直すかがポイント。クリープ現象(木材の経年変形)の確認など、丹念な調査と仕事が詳しく描写されている。なお、この番組は2000年12月中旬、修理する仏像を作業場に運びこんだところで終わった(ナレーションは「2001年夏、金堂解体がはじまった」と言って締めくくっているが、その絵はない)。修理完了予定日はその2年後である。今年の暮れってことね。完成記念の続編があるとしたら、来年の春かな。ぜひ放送していただきたい。

「ウイークエンドスペシャル 世界のIT戦士たち China 夢は世界制覇〜肖 建国」2002年1月11日放送 NHK衛星第1 22時〜22時50分

 この国、著作権法、特許法などの整備や、その管理体制の構築、それと裁判制度の改革って、どうなっているんだろう。経済発展を狙い、IT関連事業に力を入れるのはいいんだけど、そのあたりに、どうしても不安が残ってしまう。でもまあ、それはそれとして、この番組は、中国のスーパー敏腕実業家、肖建国氏の密着レポートである。この人の会社「方正電子」は、新聞発行に関する総合ソフトが主力商品。そのシェアは実に90%以上。その上で、北京大学コンピュータ研究所の教授もつとめている。方正電子の大口出資者は北京大学。完全な産学(&国家)共同体ね。この点に関しては、日本よりも中国のほうが世界の常識に近い。登場する若い技術者たちの感覚も、資本主義国家のエグゼクティブのそれとそっくり。それどころか、成功への意欲、貪欲さはアメリカの起業家よりも強いんじゃないかな。見ていて、まじにびびっちゃったよ。しかし、いくら急速に技術が進んでいても、この国は他国のホームページを違法に改竄する犯人ひとり摘発することができない。公開されているすべてのサイトを、国民が自由に見ることも許されていない。こういう閉じられた国家そのものに対する先進国の不信感をどこまで払拭できるか。世界制覇が夢というのなら、肖氏にはそこまで言及してほしかったなあ。巨大国家の硬直したシステムに風穴をあけていくのは、この人たちなんだから。

「究極の2002年ラーメン大辞典 ラーメン'75」2002年1月13日放送 テレビ朝日 16時〜17時25分

 東京近郊の新しいラーメン店75軒を田崎真也さんをはじめとするトップ・ソムリエたちが味見して紹介する番組。ホストは丹波哲郎翁。音楽はもちろん、全編「Gメン'75」。地図を横目に、でてくる店の位置をチェックしていく。うーん、近所にはぜんぜん店がないなあ。拙宅近辺は、ラーメンの砂漠地帯かもしれない。

「NHKスペシャル データマップ日本〜再生の手がかりを探る」2002年1月13日放送 NHK総合 21時〜22時30分

 さまざまなデータを日本地図に載せ、そのデータをもとに日本の“いま”を読み解いていくという内容。これ、すごくいい番組。ひじょうに参考になった。個人所得伸び率日本一の村、老人医療費が日本一低い県、公共事業費の人口比が日本一の島、出生率の日本一と最低の地区。そういった場所のレポート、状況の比較、人びとの生活が、一目で理解できる。ゲストに鳥取県の片山知事がでていたけど、この人も、しきりに感心していた。もっともっと多くのデータで、日本を見たいね。1回じゃ、物足りない。1時間枠10回シリーズくらいってのはどうだろう。今度はぜひゲストに小泉首相石原都知事も呼んでほしい。あと、油断して録画しなかったので、再放送もよろしく。>NHK。

 2002/01/12 (Sat)

 今度はQ&Aを載せておく。いつだったか訊かれたけど、そのままになっていたもの。こんな内容である。

 ●アニメ番組のところ、専門用語を説明なしで使っていたりして、よくわからない。それと評価や見解も、自分とぜんぜん違うところを見ているので、とまどってしまう。こういう見方が必要なのか?

 プロだから、仕事で執筆以来がくれば、その要望や掲載する雑誌のカラーに合わせて原稿を書く。対象となっている読者のことも配慮する。
 しかし、ここは、わたしのページだ。自分が決めたもの以外の制約はひとつもない。対象読者も自分で設定できる。基本的には、2002年1月10日の冒頭に記した「常連客」が対象である。わたしが「読んでね」と声をかけた人たちだ。同業者、編集者、アニメ関係者、親しい友人。……おおむね業界人ばかりである。対象者がこうなっているから、用語などの選択も「かれらに通じればいい」というレベルになる。また、内容も、かれらに伝えたいことだけを書くようにしている。一般的な視聴者のために、べつの視点を書き加えておく余裕は、残念ながらない。

 そもそも、こういう評価、一般の視聴者には完全に無用である。かれらは、自由に作品を楽しむことができる。その権利を有している。うだうだと作品構造などを分析する必要は皆無だ。自分がいいと思った作品、自分が好きになった作品、それが世界最高の作品になる。他人が何を言おうと関係ない。それは、その人にとって絶対的な評価だ。誰も侵すことができない。大声で「俺はこいつが気に入ったぞ!」と叫べばいい。誰も、それを否定できない(当然、他者に押しつけることもできないが)。作品を好き勝手に見て、むかついたり、楽しんだりする。それが一般視聴者の持つ無二の特権だ。十分に享受していただきたい。でも、それは逆に、わたしにとっては無用の領域となる。これは自明の理だよね。ものの見方は、目的によって、適したほうを採用すればいい。それは個人が決めることである。

 で、つぎは、これ。

 ●ネットで公開されている「映像とシナリオ」を読んだら、「自分(高千穂)は、映像作家に向いていなくて、シナリオを書く資質もない」といった意味のことが書いてあった。それでも、シナリオの評価や映像の評価ができるのか?

 これは、答えるまでもないこと(でも、とりあえず答えてしまう)。大きな業績を残している文芸評論家で、小説が書けない人はいくらでもいる。野球選手でないのに野球の評論をやっている人もけっこう多い。というか、漫画、格闘技、美術、演劇、どれもがそうである。作品をクリエイトする能力(もしくは、体技を演じる能力)と、クリエイトされた作品(もしくは、演じられている技術)を分析、評価、指導する能力はまったく別物である。スポーツで「名選手、名指揮官にあらず」と言っているの、耳にしたことがないだろうか。まわりを見まわせば、この手の事例はいくらでもある。こういう疑問は、まず自分のまわりをよく見て、自力で解決してほしいね。ただ、「映像とシナリオ」でも書いているように、何かを評論、評価しようとする人は、その対象物の現場を絶対に体験しておいたほうがいいと思う。クリエイターである必要はない。マネージャーとか、進行とか、アシスタントとか、居候でもオッケイ。格闘技なら、名手の技を自分のからだで受けるだけでも、世界が変わる。一観客では見えなかったものが、いきなり見えたりする。評価という行為は、そこからはじまっていくんじゃないかな。

「フィギュア17 つばさ&ヒカル」2002年1月11日放送 テレビ東京 毎週金曜日27時10分〜28時10分

 アニメ新番組。CSで先行放送されていたものが地上波にまわってきたらしい。ま、新番組は新番組である。今回はオープニングスペシャルで、1時間枠。ただし、2本をまとめて放送したわけではない(と思う)。構成が1時間枠に合わせられている(次回は30分枠だが、「前編」と表示されていた。全話が1時間枠構成でつくられているのかもしれない。事前情報を遮断していると、こういうところで想像するしかなくなってしまう。ポリシーを持つのも、痛し痒しね)。
 作品のつくりは、いろんな意味でひじょうに丁寧。ヒロイン(つばさ)の環境をじっくりと描いてから、話を先に進めるようにしている(といっても、第1話でたどりついたのは導入部の入口あたりまでだけど)。学校に行くとき、つばさは家の鍵をかけていく。北海道の原野にある牧場に付属した家だ。これだけで、この少女が都会から引っ越してきた子だということが推察できる。スタッフ同士で意見を交わし、じっくりと練りこんだ企画なのだろう。ただし、1話を見た限りでは、演出やアニメーティング等において、とくに注目すべき部分はない。もっとも、これだけ丁寧につくられていれば、ことさらにそういう技術を追求する必要もなかろう。あと、いくつかのカットで、つながりの悪さを感じた。どうやら、地上波移行にあたって、あれこれいじられたみたいね。裸になっていると思われるヒカルはあからさまにトリミングされていたし。テレ東は、本当に作品を作品と思っていないんだなあ。

 2002/01/11 (Fri)

 ひとつ書くと、あれも掲載しておけよこれも入れておけよ、という話がきてしまう。ま、リニューアルもしたことだし、これをいい機会として、ひととおり記しておくのも悪いことではないだろう。そういえば、きょうは、ここに書くようなことが何もない1日だったなあ(終日、自室にこもって読書。石原藤夫さんの「卑彌呼と日本書紀」。600頁の大著。傑作である。栄光出版社。ISBN4-7541-0041-7)。

 ●なぜ、映像作品の代表としてアニメを選択したか。

 週に30本近いテレビアニメを見ていると言うと、あきれる人がいる。「50歳にもなって、どうして?」と問う人もいる。そういう人に「じゃあ、50歳で児童文学を毎日読み、それを評論している人にも同じ質問をしますか?」と問い返すと、すぐに黙る。要するに、それはその程度の、ひじょうに次元の低い疑問なのだ。むかし、漫画がいまのアニメの立場にあった。「いい年して漫画ばかり読んで」というのは、当時の常套句だった。それがいつの間にか、大学の講義でも漫画が文化考察の対象として用いられるようになり、漫画評論も、その立場をはっきりと確立した。

 アニメも同じである。

 日本のアニメの映像技術レベルはひじょうに高い。ハリウッドが丸写しにするほどに高度な技が多く使われている。アメリカではアニメーションは子供の見るものという認識が強い。コミックもそうだ。事実、中身もそうなっていることが多い。対するに、日本においては漫画もアニメも、おとなの目に耐えうるように創作されてきた。作家の能力がその高い位置を支え、すぐれた作品をどんどん送りだしてきた。が、漫画に後れをとり、アニメはなかなか正当な評価を受けることができなかった。ずうっと子供の見るものとされ、まともな評論が書かれることもまれであった。

 だから、わたしはアニメを見る。

 見なければ、何も言えない。何も書けない。評価もできない。これは、アニメ愛好家の人なら、すぐに理解していただけることだと思う。だが、驚いてはいけない。なんとアニメファンを自称している人の中にも、わたしのことを「いい年して、週に30本もアニメを見ているへんな人」と言う人がいたりするのだ。これは、なんだろう。アニメをガキのお遊びコンテンツと見ているアニメファンがいるということだろうか。日本のアニメは、世界から注視されている高度な文化だ。わたしや、わたし以上の年齢の人がどんどん見て、その内容を評価、検証するに足るすばらしい存在である。わたしは、そう判断して、日本の創作映像作品の代表をテレビアニメとした。寝ぼけて、黴の生えた常套句を吐いている識者や勘違いアニメファンは、早く目を覚ましてほしいね。見られる限りの作品を見て、アニメを積極的に語っていく。それが、かつて手塚治虫さんの「フィルムは生きている」を読んで、「アニメをやりたい」と思った者の義務だと、わたしは強く信じている。

「アクエリアンエイジ」2002年1月10日放送 テレビ東京 毎週木曜日25時15分〜25時45分

 アニメ新番組。シナリオがうまい。びっくりした。絵コンテもうまい。と、こう書くと、どこがどううまいのかを説明しないといけないが、シナリオは、それがむずかしい。手もとに現物か、せめてアフレコ台本でもあれば、必要部分を引用しながら解説可能になるけど、そういうものは持っていない。とりあえず、ひとつだけ記しておこう。
 会話は現実の場合、やりとりが素直につづいていくことはない。思いついたことを互いが勝手にしゃべり、けっこう噛み合わないままにちぐはぐしながら言葉が流れていくのがふつうである。しかし、創作ではそうはいかない。そんなことをしていたら、作品が成立しなくなる。どこまで話題をつづかせ、どこで内容を入れ替えてつぎのカットにつなげていくか。このテクニックがひじょうに重要な意味を持つ。これが、このシナリオはうまい。感心しながら、見てしまった。
 絵コンテは、捨てカット止めにうまさを見た。カットつなぎの要としての捨てカットといえば、庵野秀明監督が第一人者だと思っているけど、この作品の大橋誉志光監督も、すごくうまいね。的確な位置にぽんぽんと入れてくる。
 でもって、止めのほうは日本のアニメ特有の技術だ。要するに、作画枚数を減らすためのテクニックである。静止画だけを映し、せりふや効果音でカットを維持する(たまに一部をリピート的に動かしていることもある)。制作予算がないから、こういう貧者のテクニックが発達する(古典的なものだと、ハーモニーなんかもそう)。しかし、止めは勇気が要る。紙一重で、単なる手抜きになりかねない。技が滑ったら、それはもう悲惨なことになる。アニメの仕事をしていると、止めに入るのと同時に秒数をカウントする癖がつく。前に、このことを河森正治さんに話したら「あ、ぼくもそうなんですよ。ついかぞえてしまいます」と言われ、大笑いしたことがある。カウントするとわかるが、止めの秒数は多くの場合、視聴者が感じているよりもずっと短い。長いぞと思っても、20秒以内がほとんどである。34秒(SE、せりふ付きだったが)なんて「エヴァンゲリオン」の40秒につぐ記録なんじゃないかな。しかも、止めの意味もちゃんとある。あとにつづく同じ構図の初日の出シーンが、この長い止めにより十分に印象的になった。この作品、作画も含めて最後までこのレベルが保たれるのなら、意外な(失礼)収穫になるような気がする。次回の放送が楽しみだ。

 *再放送情報(変更の可能性あり)

「NHKスペシャル空海の風景 前篇 大唐渡海の夢」1/14 NHK総合 24時15分〜25時5分
「よみがえる源氏物語絵巻」1/14 BS-hi 25時〜27時
「NHKスペシャル 空海の風景 後篇 弘法大師への道」1/15 NHK総合 24時15分〜25時5分
「空海の風景」1/15 BS-hi 25時15分〜26時57分
「NHKスペシャル よみがえる源氏物語絵巻」1/21 NHK総合 24時15分〜25時15分

 2002/01/10 (Thu)

 知人から「アニメ新番組がはじまる時期になったら、そのつど、ここの原則を掲載したほうがいいんじゃないの」と言われた。前は、ちょこちょこ載せていたんだけど、いまは常連客ばかりになったと判断して、そういう説明はすべて省略していた。でも、やはり要るのかな? とりあえず、今回はまとめて書いておこう。

 ●連続して放送されるアニメは、1話最終回で触れることとする。1話では、見た直後のストレートな感想を率直に書く。最終回では、完結したひとつの作品に対してのトータルな評価を、その理由とともに書く。原則だから、放送途中で個別に意見、感想を書くこともあるけど、それは例外とする。1話のそれと最終回のそれでは、述べる姿勢がまったく異なるので、意見や評価が正反対になっていることもある。が、これはまあ、当り前といえば、当り前だよね。

 ●評価に関しては極力、個人の好き嫌いを排除する。これは感想のレベルでも貫こうと努力している方針。したがって、好きな作品でも酷評することがあるし、あまり好みでない作品でも絶賛することがある。「好みでない」と表現したのは「嫌いな作品」ってのが、ほとんどないから。あと、嫌いな映像作家、アニメーター、ライター、漫画家、小説家というのも、ほとんどいない。建前とか、かっこづけで言うのではなく、本当にすべてのクリエイターの才能に敬意を表している。

 ●「視聴中止」は作品の評価ではない。基本的な意味は、わたしが能力的に評価できない作品であるという表明だ。評価は、なぜこういう評価をするのかを言葉できちんと示さなくてはいけない。でないと、ただの悪口になってしまう。しかし、作品には、どうしても理解できないものというのが存在する。人には人の「評価をするための論理的基盤」というものがあり、そこから外れた作品は結果として理解不能となる。テレビでよく映画評論家が「なによ、これ、あたしにはぜんぜんわかんない話。こんな映画、ついていけないわ」などと言っているシーンを見るが、これがその状態である。こうなったとき、わたしは何も書かない。また、見ることもしない。素直に「視聴中止」とする。たまに「そんなに低い評価しかしない作品をなぜ見つづけるんだよ?」と訊く人がいるが、低い評価をしているということは、評価ができるということである。そういう場合、わたしは見つづけて書くようにする。見ないで「あれはひどい作品だ」などというのは、クリエイターに対して失礼である。作品、とくにアニメシリーズをつくるというのは、たいへんな作業だ。作品は制作され、完成しただけでも、そこに高い価値がある(「作品」ならばね)。見ないで何か言うことはできない。とはいえ、理解できないまま、見つづけるということも相当にむずかしい。そこで「視聴中止」となる。ただし、ものには例外があり、あまりに作品内容がつらいので「視聴中止」にするケースもまれに発生する。そのことを記して視聴中止にすることもあるし、黙って、ただ「視聴中止」とのみ書くこともある。どれが例外なのかは、流れで推察していただきたい。なお、いったん「視聴中止」にしてしまった作品は、何かの拍子で視聴を再開しても、もう触れることはしない。中抜けであれこれ言うのは、クリエイターに対して礼を失した行為になってしまうから。

 ●最初から触れない作品もある。これは、個人的に決めた指針に沿って、そうしている。時間的に、オンエアされているアニメ作品を全部見るのは不可能だ。そんなことをしたら、わたしがもっとも視聴しているドキュメンタリー作品を見ることができなくなってしまう。そこで、事前に見る作品、見ない作品を決めている。見ない作品については何も語らない。その中には、すごくいい作品もあるよと、よく言われるのだが、決めちゃったんだもん。どうしようもない。

 ●原作は読まない。これは、いちばん多くここで書いている方針じゃないかな。むかし読んでしまったものはべつだが、読んでいない作品は、アニメを見はじめたからといって、原作に目を通すことはしない。映像作品は、映像作品として独立した存在である。それ自体で完結した、ひとつの作品として仕上がってなくてはいけない。そう考えているからだ。わからないところは原作を見てくれというつくりの映像作品は、映像作品として失格である。実際の話、原作を読んでいる映像作品の評価というのは、かなりむずかしい。意図的に原作を知らない状態で見るようにするという姿勢を保とうとするのだが、現実に読んでいるから、どうしても、それが脳裏に浮かんでくる。そして、ついそれに触れてしまう。これは、今後の大きな課題だね。わたしは、ある目的があって、ここに映像作品の評価を書いている。そのためにも、つぎつぎとでてくる課題をなんとか克服していきたい。

「七人のナナ」2002年1月10日放送 テレビ東京 毎週木曜日18時〜18時30分

 アニメ新番組。すごく久しぶりという感じだね。炸裂する今川演出。あいかわらず、映像リズムのよさが際立っている。アニメの場合、のりで見せてしまうというのは、かなりの高等技になる。作画、演出、音響、どれひとつが狂っても、こういうリズムは簡単に壊れてしまうから。この作品の場合、作業の多くを今川監督自身がこなすことで、これが達成できているのかな。そのあたりをたしかめながら、以降は見ていくようにしたい。
 ところで、本人が声も担当されていたひげ男だが、今川監督にそっくりだったなあ。作画は誰が担当したんだろう。

 ●追記。

 業界筋から、絵コンテではパンチラ連発だったのに、キー局が決まったとたんにそれがすべて消えたという情報をもらった。絵的にはたしかに不自然だったけど、べつになくてもいいじゃんという内容だったので、個人的にはぜんぜん気にならない。でも、これはそういう問題じゃないんだよね。今川監督もよく我慢したなあ。

「おねがい * ティーチャー」2002年1月10日放送 WOWOW 毎週火曜日18時30分〜19時

 アニメ新番組。描きたいことがきちんとうまくまとめられている、よくできた構成の第1話。しかし、本当に導入部だけという感じだから、作品についてはまだ何も言えない。もう少し話が進んで全体像が見えてきたら、また取りあげてみよう。

 2002/01/09 (Wed)

 サンライズからチケットをもらったので、映画「犬夜叉 時代を越える想い」を見てきた。事前にいい評判をあまり耳にしていなたかったが、退屈するような出来ではなかったと思う。ただし、ふたつの点で問題あり。
 ひとつは「キャラデがテレビ版と違いすぎる」こと。別人のようなかごめになっている。テレビ版のファンには、これがつらい(注・本橋さんの作画が悪いという意味ではない。あくまでも違っているということだけが焦点)。
 ふたつめは、「テレビ版を見ていないと、設定や人間関係がまるでわからない」こと。この手の作品の宿命みたいなものだが、これだと、新規の客は絶対にこない。当然、館内はがら空きだった。女性客は1000円という水曜日割引きの日だったためか、予想していた「10人以下」というほどではなかったが、20人はいなかったんじゃないかな。なんらかの工夫がない限り、テレビアニメの劇場化は、どんどん厳しくなっていくような気がする。
 というわけで、この作品、「テレビ版のファンは、キャラで拒否反応がでる」、「新規にきた観客は、とてもついていけない内容になる」って、不幸な状況に陥ってしまっていた。はっきりいって、すごく残念。
 あと、口セルのおかしなずれとか、そういう作画のミスもけっこう多かった。ゼロ号、初号ででる、ごく単純なリテイクが20か所くらいそのままだったという感じ。DVDにするときは、可能な限り修正しておいてほしい。

 ●川中島納豆つづき。

 映画のあと、ちょいと仙川に寄った。そこに「QUEEN'S ISETAN」というスーパーがあったので、覗いてみた。納豆売場に、

 川中島納豆が置いてある。

 あら、びっくり。でもって、その値段が

 1パック198円

 だったのにもびっくり。
 た、高い。特売のおかめ納豆なら、6パック買えるぞ。長野でも、こんな値段で売っているのだろうか。それだったら、近所で売ってなくてもいいなあ。この値段では日常の食材ではなく、ハレの食べ物になってしまう。

「フルメタル・パニック!」2002年1月8日放送 WOWOW 毎週火曜日18時30分〜19時

 アニメ新番組。驚くほどつまらない第1話である。この監督、素人なんだろうか? せりふや動きのタイミングが、すべてずれずれ。ヒロインが良家のおしとやかなお嬢さまだと男のほうで勝手に想像するのなら、そのお嬢さまレベルを演出ではっきり示してよ。でもって、想像と現実とのギャップも、ちゃんと表現してよ。寿蘭ほどでもない、まっとうなねーちゃんにがっくりされても、その落胆は視聴者にまるで伝わってこない。あれは、日本のどこにでもいるふつうの女子高校生である。いや、ずうっとましなレベルの女子高校生かな。監督がいまを見据えていないと、こういうことが起きる。戦闘シーンのつなぎの悪さも含め、海よりも深く反省して、今後の演出をおこなっていっていただきたい。放送延期など、いろいろあったのに、原作者もさぞがっくりされていることであろう。作品を渡すときは、きちんと監督の力量を見極めておきたいね。

 2002/01/08 (Tue)

 ●川中島納豆。

 2001年2月28日にテレビの報道か何かで全国納豆鑑評会の様子が映され、その中で最優秀賞農林水産大臣賞に選ばれたのが、長野の

 川中島納豆

 である。以来、約1年。それがようやく手に入った。長野出身の友人が帰省したときに買って、送ってくれたのである。ああ、うれしい。

 持つべきものは、長野が故郷の友人。

 というわけで、ここ数日は、その川中島納豆を食している。使われている信州大豆は大粒で、味は、

 極めてまろやか。

 くせのない感じは、わらづと納豆のそれによく似ている。スチロール容器でわらづと並みの風味をつくりあげた逸品ということであろうか。長野では近所のスーパーでふつうに売っている銘柄なんだから、東京でもマルエツや西友で置くようにしてくれないかな。その場合、豆は小粒のほうがいいかもしれない。

「ランク王国」2002年1月5日放送 TBSテレビ 毎週土曜日26時10分〜26時40分

 今年最初の放送である。例のラルフの声をじっくりと聞き直してみた。

 やはり、声が違っている。

 そうとしか思えない。家人も別物だと言っている。しかし、クレジットは依然として、

 ラルフの声:嶋村薫

 と表示される。これまで、むりやりつくっていた声を、より自然な発声に変えただけなのだろうか。でも、それにしてはあまりにも変化が大きい感じがする。うーん、誰か真相を知らないかなあ。気になって、夜も眠れないぞ(嘘)。

 ●おまけ

 趣味で選ぶ2001年下期ベストアニメソング

 ベスト:「Butterfly Kiss」米倉千尋(RAVE)
 次 点:「Get Over」dream(ヒカルの碁)
 次々点:「Sugar Baby Love」石田燿子(ちっちゃな雪使い シュガー)

 次々点には「Believe」Folder 5(ワンピース)も考えたが、少し前の曲なので、座をシュガーに譲った。なお、趣味で選んでいるため、女性ボーカルしか選考対象になっていない。男性ボーカルの曲は、男性ボーカルというだけで落選する。

 2002/01/07 (Mon)

 ふうちゃんに猫用ホットカーペット〈ペットマット〉が与えられた。気に入ったようで、夜はずうっとそこで寝ている(昼は人間用ホットカーペットの上で熟睡)。温度はほんのりと暖かいレベルだが、これは低温やけど対策のためらしい。ふうちゃんも人間年齢換算で、80歳を超えた。完全に隠居生活である。

 ●読書。

 執筆が一息ついたところで、本を読む。選んだのは「数学嫌いな人のための数学」小室直樹著。東洋経済新報社刊。ISBN4-492-22205-7 である。去年読んだ本のベストワンが、同じ著者の「痛快!憲法学(集英社インターナショナル ISBN4-7976-7031-2)であったから、今年もこの線で狙ってみた。で、これは「数学的思考の勧め」という感じの本ね。この技を身につけると、こんなにもすばらしい世界が広がるんだぜという内容。具体的には論争経済に強くなるということか。あまり一般的な「すばらしい世界」ではない。でも、おもしろかった。とくに後半は圧巻である。「痛快!憲法学」で味をしめた先生と生徒の架空対話方式を用いて、経済学の講義をおこなっていく。これがいい。これを読んでからテレビ東京の経済ニュース「ワールドビジネスサテライト」のコメンテイター討論会なんかを見ると、どの人がどういう理論で自分の説を組み立てているのかが、ある程度理解できる。とはいえ、問題はこの架空の生徒。この人、「憲法学」のシマジくんより数段以上、頭がよい。したがって、生徒以下の頭脳の読者(わたしのことだよ)はかなりつらくなる。できれば、もう少し劣等生を相手に講義をしてほしかった。本の厚さが倍くらいになってしまうかもしれないけど。

「ドラマ愛の詩 エスパー魔美」2002年1月5日放送 NHK教育 毎週土曜日18時〜18時30分

 学芸会ドラマである。いや、ドラマですらない。予告を見て、気になるところがあったので、放送も見てみた。わたしは、映像化において、原作はいくら変えてもいいと主張している。ただし、絶対に変えてはいけないところもあると述べた。当然だろう。すべてを変えるのなら、原作は要らない。最初からオリジナル作品としてつくればいい。にもかかわらず、あえて原作を採る意味は何か。その作品でなくてはならない部分が、原作にあるからだ。「魔美」の場合も、そういうところがいくつかある。「ヒロインが父親の絵のヌードモデルになっている」も、そのひとつだ。原作において、これは本当に衝撃的なシーンであった。藤子Fさんのほかに、誰がこのような設定を採用しえたであろうか。絵はアートである、ヌードはその画材としてひじょうにポピュラーな存在だ。それを本当に自然な形で、藤子Fさんは漫画の中にぽんと置いた。その描写にあって、屈託はまったくない。アトリエに入った魔美は平然と服を脱ぎ、父親は淡々と筆をとる。その数コマがアートについて語る雄弁さは、なまじの評論など足もとにも及ばない鋭さである。
 この番組は、その藤子Fさんの神技にも等しい鮮烈な描写を土足で踏みにじった。そのシーンで、魔美にレオタードを着せた。このいやしさ。この鈍感さ。この無神経さ。すべてが原作を台なしにしている。へたくそな演技。棒読みのせりふ。たどたどしいカット割りなど、もうどうでもいい。それ以前に、この番組は作品であることを放棄してしまったのだから。
 と書くと、「NHK教育で少女の全裸などだせるわけがない。仕方ないことだろ」と思う方がおられるかもしれない。そんなことは、わかっている。わたしも、そのシーンをストレートにだせと言っているわけではない。だせないならだせないで、工夫をすればいいのだ。魔美の姿は肩か足先だけを映す。あとはキャンバスなどで隠す。そのキャンバスには裸像の輪郭の一部だけを描いておく。そこに父親が色を塗り重ねている。それだけで、この状況は十分に表現できる。番組コードにはいっさいひっかからない。これを「演出」という。ある場面を映像として描きたい。しかし、それをそのまま映像化したら、メディアの制約に反してしまう。ならば、どうするか? それを考え、工夫して条件に見合った形で描く。これが演出だ。「じゃあ、レオタードを着せちゃおう」というのは、演出ではない。ただのごまかしだ。そこにはなんの閃きも、工夫もない。この番組の担当者は、演出を捨てた。これは敵前逃亡である。映像作家として、万死に値する
 はっきり書いておこう。演出を拒否し、作品であることを放棄した番組はもはやドラマではない。それは、ただのである。ゴミである。ゴミを放送されたんじゃ、視聴者はたまったもんじゃないね。こういう粗悪品は、さっさと打ち切ってほしい。それがNHKの良心の表明というものだ。

 2002/01/06 (Sun)

「銀河帝国への野望」改訂版脱稿。あと何冊で改訂作業が終わるんだっけ。とりあえず、今年は早めにこれを終了させたい。できれば、合間に他の小説も書きたいけど、それをやろうとすると、全体的にみんな遅れてしまうんだよね。ひとつひとつ、こつこつと完成させていくしかないかな。

「生命38億年スペシャル特別編 家族とは何だ!?」2002年1月6日放送 TBSテレビ 14時〜15時24分

 2000年の11月に放送された番組から派生した番組。家族をキーワードに、取材したソースを再編集したらしい。本編と併せて見れば、映像作品における「切り口」の意味を考察できるかもしれない。やらないけど。で、登場する脳障害の症例は、どれも興味深いものがある。しかし、切り口が切り口だから、演出がべたべた。もう少し冷静に見せてくれてもよかったんじゃないかな。民放だから、こうするしかなかったんだとは思うけど。

「NHKスペシャル よみがえる源氏物語絵巻」2002年1月6日放送 NHK総合 21時15分〜22時15分

 BS-hiで放送された2時間番組の短縮版だと思う。ハイビジョンバージョンは2002年1月14日に再放送される予定になっている(そういえば、同時間帯にNHK衛星第2で放送されていた「夢の美術館〜決定版イタリア美術100選」も2001年12月22日にBS-hiで放送された番組じゃないだろうか。NHKのドキュメンタリーはBSハイビジョン先行がけっこうあるね)。この復元作業は、これまでもちょくちょくレポートされてきたので、それほど目新しい情報は入っていなかった。もっと目の覚めるような完全復元絵巻を一気にじっくりと見せてほしいなあ。

 2002/01/05 (Sat)

 寒い。霰らしきものがちょっとだけ降った。でも、夕方前には快晴になった。7日には、いまやっている原稿をすべて入稿したいので、ひたすら執筆。作家になった気分である(作家だろ!)。

「甦る伝説の都 女王クレオパトラの海底宮殿」2002年1月2日〜4日放送 BS-i 21時〜22時54分

 エジプトの海底で、古代アレキサンドリアの街なみが発見された。沈んでいた地点は、わずか10メートルほどの深度だったが、見つかったのは、つい最近のことである。世界七不思議のひとつ「ファロスの灯台」「クレオパトラの宮殿遺跡」などがその中には含まれている。世紀の大発見だ。こんな浅い場所なのに、これまで確認されていなかったのは、ナイルデルタから流れでる泥水で海が濁っていて、視界が利かなかったことと、近くにエジプト海軍の基地があり、潜水禁止になっていたためらしい。
 そこに、TBSが取材クルーを送りこんだ。しかし、全部で約6時間のドキュメンタリー大作である。それだけでは内容がもたないのではと思っていたら、NHKが2000年の8月12、13日に前後編の形で放送した海外ドラマ「クレオパトラ」の映像を借りたり、エジプト史を映像でつないだりして、けっこう工夫した構成を見せてくれた。でも、ドラマ映像の流用はよくなかったよ。あの作品そのものが凡庸だったから。

「NHKスペシャル 空海の風景」2002年1月4日〜5日放送 NHK総合 21時〜21時50分

 2002年1月2日にBS-hiで先行放送された番組の地上波版。こちらの視聴スケジュールの都合もあり、NHKスペシャルのほうを見ることにした。司馬遼太郎さんの著作の映像化である。あの長編をうまく圧縮した。ちょっと駆け足かなという感じもするが、それは原作を読んでしまっているからだろう。映像作品としての構成は、ひじょうによくできている。ただ、和紙人形はいまひとつぴんとこなかった。趣向に流されたという印象を持った。それ以外は申し分なし。唐での生活を中心とした別バージョンもつくってくれると、もっとうれしかったりする。

 2002/01/04 (Fri)

 仕事始めである。書き初めがそれだったんだけど、まあ、それはそれ、これはこれ。でも、ほとんどの会社は、きょうも休んで土日をはさみ、7日から仕事を開始するんだろうな。

「今年も最後に大興奮!ビートたけしの世界はこうしてダマされた!? 超常現象丸秘ファイル」2001年12月31日放送 テレビ朝日 21時〜23時30分

 基本的にはいい番組である。どんどんこうやって、オカルト系詐欺師たちの正体をあばいていってほしい。出色は、やはりナポレオンズ超能力マジック根こそぎネタばらし。南米のキャトルミューティレーションは、「ゴルゴ13」を読んでいる人なら、みんなオオアリクイが犯人ではと思ったんじゃないかな。でも、オオアリクイが吸血するなんて話は、手持ちのどの資料にも書かれていない。あれって、本当のことなんだろうか?
 で、問題は与那国島の海底遺跡レポートのコーナーである。実にもう詰めが甘い。旧TV Watchでも取りあげた、BS-iの6時間にも及ぶ力作番組「謎の海底遺跡 三部作」をスタッフには見ておいてほしかった。柱穴と称されているものは、自然現象で穿たれた穴だと、ほぼ断定されている。台座上の丸い巨石は、いまは、もうそこにはない。台風で落下し、台座の下に転がっている。ということは、あれは最初からそこにあった石ではないのだ。発見されたとき、たまたま台座(っぽい感じの平たい石)の上に載っていたにすぎない。たとえば、いま、あの遺跡が発見されたとしよう。そうすると、あれは海底に落ちているだけの、ただの大きな丸い石だ。それ以上の扱いは受けない。そういうことである。テレビ朝日、真面目に取材せず、在庫の映像素材を適当に編集しただけだね。そういう代物で、紅白に対抗しようというのはちょっと無理だよ。企画や狙いはすごくいいのだから、取材もきちんとやっておくべきだろう。そうでないと、逆に、この番組がいいかげんなオカルトもどきになりかねない。
 なお、最後の討論会は時間の無駄。意味不明の珍説をわめきちらしているノストラダムス信奉者には、もう飽きた。頭の不自由な人たちをさらしものにして笑いをとろうというあざとい手法、そろそろやめてもいいんじゃないかな。

「ワールドプロレスリング 新春スペシャル」2002年1月4日放送 テレビ朝日 19時〜20時54分

 これといい、昨年暮れの「猪木ボンバイエ」といい、しょっぱい試合が多い。真剣勝負ってのは、おもしろいときはすごくおもしろいんだけど、滑るときは思いっきり滑る。その点、相手の技を受けることが前提として存在するプロレスは、外れが少ないね。でもって、今回は構成が悪かった。いちばん盛りあがった秋山vs永田戦を最初に放送して、あとはみごとな尻つぼみなんだもん。最初がよくても、あとがしらけると、放送全体が力を失ってしまう。今回は、その典型的な例となってしまった。でも、本当に秋山選手はよかったね。つぎは中西選手とやってほしいな。

 2002/01/03 (Thu)

 午後1時前から自宅で新年会。親しい友人たちが集まって6時間余、ひたすら飲み、食べる。苦しい上、へろへろになった。しかし、しばらく気絶していたら、午後9時過ぎには回復してしまった。いや、ちょっと頭が痛いかな。

 宴会の間を利用して、昨夜、パソコンで録画したNHKスペシャルの再放送「信長の夢 安土城発掘」を編集、MPEG2での再エンコードをおこなった。が、2度フリーズ。実にもうパソコンというか、ソフトというか、とにかくどこかの機嫌が悪い。結局、3度目の挑戦で成功した。新年早々、たいへんである。

 2002/01/02 (Wed)

 書き初めの日である。要するに原稿を書いたってこと。執筆の合間に「料理の鉄人 JAPAN CUP 2002(フジテレビ)「超超オフレコ!豪華版 Mr.マリックVS芸能人(TBSテレビ)「壬生義士伝(テレビ東京)などをちらちらと見ている。前2番組はあれこれ書くような内容じゃないね。たらたらと、ただ眺めているだけでいい。一方、「壬生義士伝」は「ながら見」で何か書いたら失礼になりそうな力作なので、これも評価はパス。でもって、21時からはBS-i開局1周年記念番組の「甦る伝説の都 女王クレオパトラの海底宮殿」を見た。3回シリーズの第1回目である。したがって、こちらも感想等を書くのは1月4日以降ということになった。正月番組は、いろいろたいへんなんだよね。どれもが長尺だから、最初から最後まで途切れることなく見つづけるのがけっこうむずかしい。思考もからだも、だれきっているし。ああ、正月なんだなあ。しみじみ。

 2002/01/01 (Tue) 追記

 ●近所で初詣。

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 いつもは「ゆく年くる年」が終わってからすぐに行っていたのだが、今年は元旦の午後にまわしてしまった。やはり、陽射しのある時間に行くと、少し暖かい。で、最初は深大寺。本堂が改築中である。風情がいまいち。しかし、人出はかなりのもの。この時間になると、もう鐘をついている人はいない。甘酒を呑み、一息ついてから、布多天神へと移動する。こちらも、参詣客がずらりと並んでいた。最後にいちばん近い琥珀神社に寄って、今年の初詣は無事完了。いい年になってねと、しみじみお願いしてきた。

 2002/01/01 (Tue)

 あけましておめでとうございます。

 2002年になりました。昨夜は紅白がはじまったころからビールを飲みはじめ、年越しのときにはへろへろになっていました。今年はできる限りアルコールを控えるようにしたいなあ。

 ●日本独自の有人宇宙船構想つづき。

 昼近くになって起きだし、産經新聞を見たら、一面トップが「日本製シャトル宇宙へ 政府、年内に計画 有人飛行を実現」という記事になっている。あらららら。先日じっくりと読んだ「使い捨て構想」のほうは、もう却下されちゃったんだろうか。記事では、こうなっている。一部を2002年1月1日付 産經新聞東京朝刊より引用する。

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 日本人が日本のロケットで宇宙に飛び立つ。
 政府は今年中に、スペースシャトルタイプ(往還機)による有人宇宙飛行計画を具体化する。米国やロシアなど宇宙先進国に追いつく姿勢をとることで、小泉政権の主要政策である科学技術立国を推進する。当初は米国と技術協力を行う方向で、次の日米首脳会談で提案するが、十〜十五年後には一般人の宇宙観光旅行も視野に入れており、国民の宇宙への夢は一気に広がりそうだ。
 政府は今年中に計画の骨格を決め、十五年度から予算化する方向で調整する。想定されているのは、小型で使い捨ての「カプセル型」ではなく、米国のスペースシャトルのような「往還機型」だ。
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 予算的にはどうなんだろうね。記事には「開発期間は十〜十五年、全体の予算は五千億〜七千億円、単年度では数百億円となる見通し」と書かれているのだが、詳細ははっきりとしていない。本当に、その予算で納まるのかしらん?

 とりあえず、決定する前に「使い捨て派」「シャトル派」によるテレビでの公開プレゼンテーションをやってくれないかなあ。「プレゼンタイガー」の2時間スペシャル番組なんて形で。企画書を受けつけてくれるのなら、日本テレワークの社長に話をしてみたいところである。