日々是口実

日々是口実

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 2009/06/30 (Tue)

 6時起き。曇り。神経痛は残っている。消えていない。再び、近所の治療院を予約した。14時があいていた。録画用HDDの整理をして、その時間を待つ。ツール対策だ。昼食後、13時半に家をでて、治療院へ。

 15時前に治療終了。治療中にくしゃみがではじめた。帰宅すると、鼻がずるずる。くしゃみも止まらない。どうやら、治療中に風邪がぶり返してしまったらしい。あわてて薬を飲むも、すでに手遅れ。夜まで、ひたすらくしゃみと鼻水になる。

 夕食後、症状はいよいよ悪化。こういう状態でたけしの家庭の医学を見ているのは、ちょっとシュールである。……なんてことは言ってられないので、鑑定団を諦め、寝ることにする。21時に店仕舞いして、21時20分に就寝。一晩で癒したいなあ。神経痛もまだおさまっていないし。

 ●またまたサスケの門番。

 なぜか、サスケがかまってくれと、朝からうるさい。無視していると、書斎の入口にすわりこみ、恨めしげな目でじっとこちらを見ている(暑いので、ドアをあけ放しているから。まだ冷房は使わないのだ)。

 サスケの門番1

 頼むよ。かまってくれよと懇願するが、こちらはいろいろと忙しい。放置していたら。

 サスケの門番2

 ふてくされた。でも、無視しつづけると。

 サスケの門番3

 だれた。

 サスケの門番4

 だらしのない門番である。

 2009/06/29 (Mon)

 6時起き。意外にも晴れ。いい天気である。脚はだるだる。腰はぎくしゃく。かすかに神経痛。この状態でも、晴れてしまえば、話はべつ。きょうは平日なので、無理に尾根幹に行く必要もない。最高28キロ縛りで多摩サイに行く。

 多摩サイ、梅雨の間の晴れのせいか、やけにローディが多い。その中をのんびりと走る。しかし、ときどき人も自転車もいなくなる。するとついついまわしてしまう。まずいなあ。

 結局、ちょっとまわしすぎの感じで帰宅。以降は書斎でアイデア構成をしつつ、夜までうだうだ。ヒカルの碁から、和風総本家SPを見て、店仕舞い。22時過ぎに寝た。

 2009/06/28 (Sun)

 起きたのが7時過ぎと遅く。その後も、おおむね書斎にこもって、からだを休めていた。いつまでもへろへろではいられない。早く復活しないとね。ぐったりしながら、広島でおこなわれている全日本選手権男子エリートのテキスト中継を見る。福井記念競輪の準決勝も気になる。

 全日本選手権は、西谷泰治(愛三工業レーシング)選手が優勝。福井は、応援していた新田康仁選手がおしくも3位で優出ならず。ひじょうにくやしい。2着権利で3着はないと確信していたからね。HBをとっての先行になるとは予想していなかったなあ。北津留選手をまくって勝つと思っていた。残念。

 夕食後、疲労でダウン。21時に店仕舞いして、21時半に寝た。疲労回復は、サプリよりも、マッサージよりも、寝るのがいちばん。これは間違いない。

 2009/06/27 (Sat)

 強引に6時起き。晴れ。強引に尾根幹に行く。梅雨の晴れ間は貴重なのだ。しかし、体調的に、ちょっと無謀だった。1往復でダウン。周回コースに移動してみたが、そこも挫折。東八道路にでて、正午に帰宅した。もう完全によれよれ。休むべきだったね。

 午後、ホテルニューオータニに向かう。谷甲州さんのデビュー30周年記念パーティ。盛況だった。知り合いが多いパーティは、気が楽である。帰りに本屋に寄って「Odds GP!」を買い、21時くらいに帰宅。脚も、腰も痛い。就寝は23時過ぎになった。

 2009/06/26 (Fri)

 朝からへろへろのまま。ぜんぜん回復しない。しかし、溜まっているもろもろは片づけておかないといけない。夕方まで、がんばる。テレビは、マイケル・ジャクソン急死のニュース一色。弟も、来宅。その後、家をでて池袋に向かう。まずは、早めの夕食。

 ネットで調べて、ラーメンとたい焼きの店、福義に行ってみた。ラーメンとたい焼き2個で750円である。たい焼きは、ネットの評判ほどはうまくなかった。あんこが甘すぎて、味がくどい。ラーメンはむかしながらの醤油ラーメンだが、具がいまいち。たい焼き、ラーメン、たい焼きの順番で食べた。

 食べ終えて、西武の地下に行く。夢枕獏さんと寺田克也さんの共同サイン会だ。得意技の乱入である。寺田さんには、今回無事に「ヒルクライマー」のカバーイラストを描いていただいた。そのお礼も述べてきた。

 20時半くらいに帰宅。疲れきっている。再びもろもろを片づけ、23時に寝た。

 2009/06/25 (Thu)

 某自転車雑誌の企画で東京近郊の峠まわり。朝8時に家をでて、19時に帰宅。かなり疲れている。神経痛は、まだ完治宣言をだせない状態。とにかくへろへろである。

 2009/06/24 (Wed)

 依然、安静中である。

 きのうも痛みを抑える目的で、多摩サイをゆっくりと走ってきた(途中で、オムアリさんにも会った)。今度はけっこう効いたね。かなり楽になった。ロードでの走行は、肩、首の血流改善に高い効果がある(と思う)。で、17時からカイロの治療院に行った。状況が状況なので、調布で探した。カイロの治療院は、腕の差がはっきりでるからむずかしい。

 結果的に、いい治療を受けることができた。これでほとんど痛みが消え、あしたの朝には完治しているはずと確信したのだが、それはちょっと甘かった。夜のむし暑さが、すべてを台なしにした。

 とにかく暑い。寝汗のすごさでは自信のあるわたしだが、昨夜のそれは半端じゃなかった。パジャマを着たままシャワーを浴びたかのようになった。使ったパジャマは6着くらいかな。それでのたうっていたら、また首の調子が悪くなり、完治には至らなかった。残念。でも、これくらいなら、タイプできるようになった。少しはましな状態である。

 話は変わって。

 いやな噂を聞いた。ノーブレーキピストを扱った映画ができるらしい。内容は「ノーブレーキピスト、最高。かっこいい」になるんだとか。車やオートバイだと、こういう作品は、むかしから漫画でも映画でもよくつくられている。暴走族ものとか、不良番長ものとかね。あの手の作品の登場人物は、みな犯罪者である。犯罪者が主役で、それを讃美するように描いていても、出版社や映画制作会社はべつに自粛なんかしたりはしない。がんがん公開するし、がんがん増刷する。

 だから、ノーブレーキピスト礼讃映画がでてきても、不思議なことは何もない。こういうのが流行って事故が増えようが、人が死のうが、それもどうでもいいのである。重要なのは、それが金になることだ。要するに、ノーブレーキピストは金になると判断されたんだな。本当に金になるかどうかは知らないけど。

 とりあえず、うんざりである。

 2009/06/23 (Tue)

 神経痛、おさまらない。治療院は月火と休み。そこで、きのうは走って回復することを期待して尾根幹を2往復。症状は軽くなったが、完全には癒らず、今朝、またほぼもとに戻っていた。ひじょうに痛い。

 2009/06/22 (Mon)

 持病の大後頭神経痛がひどくて、ほとんどキーボードを打てない(打っていると悪化する)。痛みがおさまるまで、更新は休ませていただく。

 2009/06/19 (Fri)

 きのうは「ツール・ド・フランス 君が教えてくれた夏」の出版記念オフで帰宅は深夜。その後、日本SF作家クラブ会員の中里融司さんの訃報が入り、いま現在、更新ができる状態になっていない。とりあえず、現況だけを記しておく。

 2009/06/16 (Tue)

 6時10分起き。曇り。たっぷり寝ても、腰は痛い。食事をして書斎へ。もろもろを片づける。で、9時半過ぎに家をでて、駅前の喫茶店に行く。インタビューを受け、特売の豆大福を買って、11時前に帰宅。

 昼食をはさんで、午後まで書斎。ドーフィネを片づける。でないと、ツール・ド・スイスが溜まっていく。14時から1時間ほどローラー台。脚の様子を見る。あまり疲れてはいない。やはり栂池では腰痛がネックになったんだね。

 15時過ぎから、また書斎でドーフィネ。見ながら、アイデア構成をやる。頭、働きが悪い。いつものことだけど。夕食後は、ぐったり。テレビはたけしの家庭の医学から鑑定団。見終えたところでそそくさと店仕舞い。サスケを振りきって、22時10分に寝た。

 2009/06/15 (Mon)

 昨夜、栂池から帰宅した。

 栂池1週間くらい前から持病の腰痛が悪化し、腰ベルトが欠かせない状態になっていた。でも、自転車に乗れば平気だし、ヤビツの練習でも痛くなることはなかったので、走れば大丈夫かなと思っていた。

 だが、人生、そんなに甘くはない。栂池は別格なのである。最初の急坂区間は慎重に走ったので、なんとかなったが、短い下りが終わって、再び登りはじめたあたりから症状がでた。激しく痛みだし、林道に入ってからは、吐き気がするほどの痛みになった。

 こりゃ、今回はだめかなと思ったが、下ハンドル走行に切り換え、我慢して登りつづけた。今回は、残り10キロの95%を下ハンドル、5%をダンシングで走ったんじゃないかな。

 状況が変わったのは、中間地点をすぎてしばらくしたあたりからだった。痛みが麻痺して、下ハンドル&ダンシングで走っていれば、耐えられるレベルになった。いちばん痛いときは、時速8キロまで落ちていた速度も、最高で16キロくらいまで戻った。

 タイムは悪かったけど、この状態で完走できたから、今回はとりあえずよしとしよう。しかし、このままだと、来年は厳しいことになるかも。どこかに胸椎骨折の後遺症と、椎間板ヘルニアと、脊柱間狭窄のいい治療法はないものだろうか。

 腰は帰宅してからも痛くて、湿布薬をべたべたと貼って寝たが、一夜明けてもおさまってくれない。あと、下ハン走行をつづけたため、首も痛い。満身創痍である。鼻風邪のほうも完治はしていない。しみじみと年齢を感じるなあ。

 2009/06/12 (Fri)

 4時40分起き。目が覚めたところで起きた。睡眠不足であるが、きょうは忙しい。あしたは栂池に向かうのだ。その準備をしなくてはいけない。あ、脚の準備もいる。てなわけで、朝食ともろもろの片づけをすませて、9時過ぎに家をでる。多摩サイで、調整走。自転車は5500。50×21でケイデンス95〜100縛り。時速は28〜30キロってとこ。心拍数は130〜140くらい(ふつーの人は110〜120かな)。

 1往復したけど、少し物足りなかったので、追加走行していたら、オムアリさんとばったり会った。雑談をする。さらに、オムアリさんの友人も加わって、立ち話。それで時間になったので、11時に帰宅した。調整はばっちりである。たぶん。

 午後は14時から脚のマッサージに行く。これで、すべての準備は完了。風邪薬を飲んでいるので、ドーピングもばっちりさ。エフェドリンがちゃんと入っている。15時に帰宅して、書斎へ。荷物詰めを開始する。6.9の洗車と整備もする。

 準備、夜までかかった。20時に終了。このあと店仕舞いである。しかし、店仕舞い前に、ここの更新をしておく。あした早いからできそうにないので。栂池、天気が心配である。晴れてほしいよ。

 2009/06/11 (Thu)

 5時50分起き。よく寝たが、寝た気はしない。1時間ごとにパジャマを着替えていたから。ベッドの脇には、パジャマの山ができている。しかし、このおかげで、体調は7割くらい戻った。鼻水もくしゃみも止まった。とりあえず、夕方までは安静を保つ。しかし、その前にベッドの乾燥と、パジャマの洗濯をしておかないといけない。

 食事をして、書斎へ。もろもろの片づけをしてから、ドーフィネを見る。アイデア構成もやろうとする。「IQ84」というタイトルを思いついた。似た装幀にしておいたら、間違って買う人がいるかも。ペンネームは「村土春樹」がいいかな。なんてことを考えているということは、まだ体調不良なのである。たぶん。

 少し昼寝して、16時に家をでる。東京會舘で萩尾望都さんの漫画家生活40周年記念パーティがある。18時からスタート。参加者の顔ぶれが豪華。体調がよくないので、早めに失礼するつもりでいたが、楽しいので、最後までいすわってしまった。抽選も大当たり。萩尾さんの肉筆サイン入り複製原画をいただいてしまった。うれしいなあ。

 21時過ぎに帰宅。書斎に入って、もろもろの片づけ。いろいろと溜まっていた。テレビも見ずに処理をする。結局23時過ぎまでかかった。就寝は23時半。眠いよ。昼寝しておいてよかった。

 2009/06/10 (Wed)

 5時45分起き。曇り。ちょっと体調が悪い。鼻水とくしゃみが止まらない。症状的には、アレルギーではない感じがする。食事をして薬を飲み、書斎へ。もろもろを片づけて、8時半に家をでる。駅前の皮膚科。薬をもらって、10時くらいに帰宅。

 着替えて、出発準備。脚の調整で、多摩サイを1往復。しかし、きょうは先を行くロードにつられて、ついペースをあげてしまった。失敗。未だ木鶏たりえないなあ。深く反省する。

 で、帰路で多摩サイを横切る青大将に遭遇した。1.5メートルはあったね。うねっていたから確認できてないけど、伸ばしたら多摩サイの幅くらいはあったような気がする。こいつを踏まないようによけて、しっぽのほうを離れて走ったら、何か感じたのか、すれ違う瞬間に鎌首をいきなりこちらに向けてきた。あぶないなあ。頭を轢いたら、困るだろ。こっちは轢きたくないよ。

 正午前に帰宅。天気予報に間に合った。見ながら着替え、昼食を食べる。午後は、書斎でアイデア構成。BGVはドーフィネ・リベレ。鼻水とくしゃみ、いよいよひどい。やっぱり走ったら癒るということはないんだね。

 午後、ぜんぜんだめなので、早寝することを決める。夕方に入浴。18時に食事。19時半に店仕舞い。20時15分に寝た。起床時間は決めない。体調が改善したら、起きる。癒ってくれないと、困るんだよ。

 2009/06/09 (Tue)

 6時起き。曇り。食事をして書斎に入りもろもろを片づけて、9時半に家をでる。きょうは某出版社のカメラマンさんと野川公園入口でも待ち合わせ。で、そのまえにちょっと走ろうと思って家をでた。しかし、途中でサイコンの速度表示がでなくなっていることに気がついた。きのう、ホイール交換したときは、たしかに表示されていた。ちゃんと交換後にチェックした。

 停めて、調べてみた。以前にも起きたことがあるが、そのときは磁石とセンサーの位置が少し狂っていた。今回はその様子もない。電池切れと判断し、時間に余裕もあるので、いったん家に戻ることにした。

 帰宅して、電池交換。でも、復活してくれない。うーん。ちゃんと交換後のセンサーリセットもしたのに。もしかして、センサーIDが狂ったかなと思い、再照合をしてみる。これが大当たり。表示が復活した。理由は不明だが、とにかく復活したから、すべてよしとする。

 再出発して、尾根幹に行く。1往復する時間もないので、11時まで往路。そこでUターン。約束の12時ちょい前に野川公園入口に到着した。きのうの予定だった写真撮影が朝の雨のため、きょうに延期されたのだ。

 いろいろあったが、撮影は13時過ぎに無事終了。そのまま神金さんに行き、6.9の点検をしてもらう。栂池用だ。13時45分に帰宅。ラーメンをたっぷりと食べる。その後は書斎で、もろもろの片づけ。午前中のぶんをすべてやるので、ぜんぜん終わらない。京王閣に行くつもりだったが、無理。しかし、これがあとで大後悔のもととなる。

 夕方、京王閣記念の結果を見る。優勝は後閑信一選手。うわあ、これは見たかった。優勝の瞬間に京王閣にいたかった。くやしい。けど、どうしても無理だったんだよな。ああ、きのうの朝、雨さえ降らなければ、きょうは行っていたのに。

 夜もアイデア構成。テレビはたけしの家庭の医学から鑑定団。ここで店仕舞いしてリビングに移動。ガイアの夜明けを見る。テーマは自転車。22時20分まで見て、寝室に移動する。22時35分に寝た。

 2009/06/08 (Mon)

 6時起き。雨。食事をして、もろもろの片づけ。8時半に家をでて、眼科へ。雨がやみ、曇りになっている。眼科、患者はわたしひとり。あっという間に終わった。帰宅し、一息ついてからまた外出する。今度は調布の駅前だ。書店とスーパーをまわって家に戻る。書斎に入って、ドーフィネ・リベレを見る。第1ステージのTTである。

 昼食をはさんで、ずうっとドーフィネ。午後、見終えて、ホイールのスプロケット交換。それから京王閣記念を見る。見ながら、夜までアイデア構成。ほとんど進まない。難渋もいいとこである。19時半からヒカルの碁。20時から和風総本家。21時はニュース。21時50分に店仕舞いし、22時15分に寝た。

 2009/06/07 (Sun)

 5時52分起き。6時起きのつもりだったが、ちょっとだけ早く目が覚めてしまった。晴れ。すごくいい天気。Mt.富士ヒルクライムは、最高のレース日和だね。食事をして書斎に入り、もろもろの片づけ。

 10時から11時までアニメタイム。その後、アイデア構成など。昼食後、一休みして着替え、6.9で調整走を1時間ほどする。東八道路でLSDだ。途中で黒塗りの覆面パトカー4台(5台?)に護衛されたトヨタセンチュリーに遭遇。信号で横に並ぶと、覆面パトカーの窓から黒服が上半身を乗りだして、前にでろと怒鳴る。自転車といえども、車列の横には並ばせないという態度だ。当然、自動車もどかされる。車、その意味がわからず動かないでいると、覆面、いきなり赤灯をだして威嚇する。

 誰が乗っているんだろう。信号は守るので、何度もセンチュリーに追いついてしまう。そのたびに、車列の前にでる。そのときセンチュリーの中を覗こうとするが、助手席の黒スーツねーちゃんが邪魔をする。鋭い目つきで、こっちを睨みつける。射殺されたくないので、身許確認は諦めた。

 15時前に帰宅。書斎に戻ってちょっと調べてみる。自民党のサイトに、告知がでていた。「6月7日、14:30〜15:30。JR吉祥寺駅北口。出席:麻生太郎総裁」……これだね。たぶん。たしかにあのセンチュリーは左折し、吉祥寺方面に向かって走っていった。時間は14時くらいだったかな。麻生総理が乗っていたのなら、あの警護は納得だね。でも、なぜ府中方面から走ってきたかは不明。

 納得したので、京王閣記念を見る。夕方以降は、書斎でもろもろの片づけをしたり、アイデア構成をしたりする。テレビは適当。夜はテレ東の旅と温泉。天地人もちょっとだけ見る。21時45分に店仕舞い。22時ちょいすぎに寝た。

 2009/06/06 (Sat)

 6時起き。雨。きのう寝すぎたので、さすがに眠りが浅かった。食事をして、書斎へ。ジロの録画を見ながら、もろもろの片づけをする。途中、ちょっと抜けだして、小雨の中をコンビニまで往復。

 10時からローラー台を1時間。脚の調整なので、負荷をかけない。ひたすら軽くまわす。このくらいの負荷だと、減量効果も高いんじゃないかな。正午に昼食をとり、午後からゲラを読む。夕方まで、ずうっと読む。読み終えて、京王閣記念を見る。本場に行きたいのだが、いまのスケジュールだと、ちょっと厳しい。最終レース、後閑信一選手がいい感じで勝った。

 夕食後もジロ。ようやく第21ステージにたどりついた。見終えて最終結果を知り、22時に店仕舞い。22時半に寝た。

 2009/06/05 (Fri)

 6時起き。いやあ、よく寝た。こんなに寝たのは何年ぶりだろう。おかげで、かなりすっきりした。マッサージの効果もでているような気がする。しかし、外は雨。冷たい雨。とりあえず10時半までもろもろの片づけやらなんやらをして、ローラー台を1時間。午後は、ゲラの到着を待ちながらジロ録画の消化。

 ゲラ、夕方に届いた。さっそくチェックをはじめる。いろいろ考えながら、夜まで。テレビはポチたまくらい。あとは適当。まだ通常の日常生活に戻ることができない。そういえば、4泊5日の外出なんて、すごく久しぶりなんだよね。以前はしょっちゅうやっていたんだけど。22時半に寝た。

 2009/06/04 (Thu)

 6時10分起き。曇り。10分粘った。正午、マッサージに行く。今度は駅からちょっと外れた商店街にある治療院。30分の半身コースがあったので、行ってみた。なかなかいい感じである。しかし、帰ってからぐったり。反応がでたんだろうか。頭もぜんぜん動かなくなり、夕食前にダウン。なんとか食事をして、20時半に寝てしまった。

 空白を埋める作業のつづき。

 6月1日。

 4時起きである。早起きも、ついにここまできた。でも、早すぎるので、寝直した。そもそも5時起きでも早すぎるのである。しかし、5時には起きた。テレビを見ながら、荷物詰め。当然、終わっても時間が余る。コンビニに行き、昼用のパンを買いこんできた。

 荷物の一部を宅配便で送り、ザックを軽くする。が、あまり軽くならない。7時半にチェックアウトして、駅に向かった。8時7分の特急に乗る。座席、進行方向に対していちばんうしろを指定して買ったのに、いちばん前だった。調布パルコのJTB、また間違えた。秋田のときも、これをやられた。車掌に訊いたら、いちばんうしろの席があいていたので、そこに替えてもらえた。というか、席はがら空きである。この時間帯は狙い目だね。

 名古屋でのぞみに乗り換え。座席、進行方向に対していちばんうしろを指定して買ったのに、いちばん前だった。調布パルコのJTB、またまた間違えていた。しかし、のぞみで間違えるかなあ。ふつう。車掌に訊いたら、いちばんうしろの席があいていたので、そこに替えてもらった。というか、席はがら空きである。大丈夫か? JR。

 12時過ぎ、東京着。天気は曇り。東京駅から自走で帰るかどうかで迷う。結局、ザックの重さに負けた。こいつを背負って10キロ以上は走れない。首と腰をやられる。……というわけで、中央線に乗った。がら空きである。このまま三鷹まで行こうかと思うが、それだと、ちょっと走り足りない。いろいろ考えて、高円寺で降りた。駅前で自転車を組み立て、走りだす。

 雨が降ってきた。

 またかよ。

 濡れて帰った。調布に入る手前くらいでやんだ。14時に自宅着。最後まで雨に祟られたツアーであった。ザックは重かった。

 5月31日。

 5時に起きた。外は雨。予報では、昼にはやむと言っている。それを信じたいが、外はざばざばと降る雨だ。10時、車で高山まで送ってもらう。高山で昼食を食べ、ホテルに行く。自転車を預かってもらって、家内と留之助商店に行く。日本SF作家クラブ会員、中子真治さんのお店だ。

 その後、高山を少しだけ散策。雨がやんだ。東京に戻る家内と別れ、ホテルに行く。こうなったら、多少の雨はどーでもいいという気になったのだ。預けた自転車を戻してもらい、トイレでレーパンとジャージに着替えた。

 駅前で自転車を組み立てる。組み立て終えたら、雨がざあっと降ってきた。またかよ。でも、今度は引きさがらない。そのまま平湯峠に向かって走りはじめる。雨の中、坂道を淡々と登る。坂道といっても、勾配はゆるい。あと、しょっちゅう下りがあらわれる。雨は小降りになったりもするが、やむことはない。気温は低いが、服装は初冬レベルくらいにしてある。でも、指切りグローブ。

 雨に耐えて、10キロ経過。15キロ経過。少しずつ寒さが増してくる。当然だ。びしょ濡れなんだもん。だが、登りだから、さほど気にはならない。問題は下り。それを考えると、平湯まで行くのは無理である。凍えて帰れなくなる。

 大鍾乳洞入口をすぎた。悩みながら進み、20キロを越えたところで、もういいやという気分になった。信号待ちを含めた走行時間は1時間弱。実走行時間は不明。Uターンして帰路についた。ウインドブレーカーを着たが、やはり下りは寒い。指先と膝下が寒い。おまけに、追い抜くバスが水を盛大に跳ねあげる。

 速度を抑え、ペイントと金属板を踏まないようにして40分ほどで駅前到着。雨はまだ降っていた。16時ちょい前くらいだったかな。ホテルにチェックインし、着替えた。窓から外を見ると、外が明るい。青空がある。じゃあというので、夕食を食べに行った。さっきすごい行列ができていたラーメン屋に入った。店名は「鍛冶橋」。17時に入ったら、客はわたしひとりだった。日曜日の午後である。観光客はもう帰った。

 食べ終え、ホテルに帰る道すがら、家内推薦の水まんじゅうを買った。ついでに、飛騨牛コロッケも食べてみた。水まんじゅうはホテルで食べた。水まんじゅうがいちばんよかったね。そのつぎがコロッケで、外れがラーメン。どうして、行列ができていたんだろう。天気は完全に回復したが、やることもないので、20時に寝た。

 5月30日。

 5時に起きて、8時7分発の特急に乗った。最初は各停で行くつもりだったが、3時間以上かかるというので、急ぎ特急の指定席をとった。そのため、輪行には向かない席だったが、車椅子用のスペースがあり、きょうはそういう客がいないので、好きに使っていいですよと車掌に言われ、事なきを得た。

 10時過ぎ、高山着。ずうっと雨。姪の結婚式に出席し、マイクロバスで家内の実家に移動。家内の実家泊。ひとりでさっさと21時に寝る。自転車をかついで移動すると、心底疲れるのである。

 2009/06/03 (Wed)

 6時起き。曇り。きょうは尾根幹を走った。足だるだるで、ひどい状態。LSDにすれば、よかった。反省である。帰宅後は、ゲラ読み。夕方まで読んで、発送。それ以外は、ひたすら録画在庫の消化である。ジロを見終えないと、いろいろとまずい。でも、終わらない。早寝するつもりだったが、ベストハウスを見てしまい、就寝は22時半になった。

 少しずつ空白を埋めていこう。

 5月29日。

 5時に起きた。カーテンをあけると、青空がある。晴れている。しかし、夜中に降ったらしく、道路が乾いていない。ホテルのモーニングサービス(けっこうちゃんとしていた)を食べて、7時過ぎまで待った。

 道路が乾いたので、自転車をだし、7時20分くらいに走りだした。まずは金華山ドライブウェイである。このコース、登りは2.6キロと短いが、最大勾配は11%である。平均は6〜7%くらいかな。

 天気はいいが、生い茂った木々の葉で陽が差さず、道路はぜんぜん乾いてない。しかも、路面に濡れた落ち葉が積もっていて、下りがひじょうに怖い。2.6キロ登ったあと、数百メートル下って展望台で折り返し、またスタート地点に戻る。これを3本繰り返した。

 3本目でタイムを測定した。2.6キロに10分30秒かかっている。遅い。でも、これが心地よいペースなので、無理はしない。3本目が終わったところで、岐阜中心部を1周するように走って、長良川に向かった。長良川サイクリングロードを走る。うーん、この道はいまいちだなあ。車道と交差しすぎである。道も狭いし、自転車専用じゃないし。

 10時半、走行をやめて、ホテルに戻った。着替えて、加藤慎平選手に電話。車で迎えにきてくださると言う。恐縮である。11時、わたしの要望により、加藤選手一押しのラーメン屋に行く。

 激辛ラーメンと炒飯を食べる。うまい。ラーメンも炒飯も、すごくうまい。さすがは加藤選手推薦の店である。岐阜のラーメン、堪能させていただいた。で、そのあとは岐阜競輪場。加藤選手は選手会に行き、わたしは場内で車券を買う。決勝戦は、永井清史選手が優勝。みごとな勝ちっぷりであった。

 夜も、加藤選手と食事。永井選手の祝勝会に行かれるのではと思っていたら、わたしに付き合ってくださるという。これはもう超恐縮。感謝の言葉もない。夕食後は、長良川の夜景などを見せていただき、20時前にホテルへと戻った。就寝は、きょうも21時。朝走ったので、気持ちよく熟睡できた。

 5月28日。

 朝6時半、Uさんに送ってもらって東京駅まで。朝の上り電車に輪行袋を持ちこむ勇気はない。ひかりに乗って、名古屋に行く。乗り換えて、朝11時前に岐阜駅に到着。

 岐阜は雨が降っていなかった。曇っているけど、空はけっこう明るい。これなら走れる。そう思って、駅構内にあったミスドに入り、補給。ついでにトイレでレーパンに着替えた。で、いよいよ自転車を組み立てようとして駅の外を見たら、雨が降っている。

 がーーーーん。

 諦めて、ホテルに行き、輪行袋に入った自転車と荷物を預かってもらう。で、駅近くのバス停に行き、無料バスで岐阜競輪場に行く。客、わたしを入れて4人しか乗っていない。競輪場についたら雨があがり、晴れ間がでてきた。トホホ。

 岐阜競輪場はF1レースの2日目である。特観席に入り、少し車券を買う。……いつものことだが、当たらない。無料バスで駅に戻って、ホテルにチェックイン。着替えて、夕食。雨、ぜんぜん降らない。やることもないので、21時に寝た。

 2009/06/02 (Tue)

 岐阜・高山結婚式参加(なぜか5500帯同)ツアーから、きのう帰ってきた。やらねばならぬことが山積みで、ここの更新はかなり優先順位が低い。詳細はあとでまとめて書くことにする。とにかく岐阜では加藤慎平選手に、ものすごくお世話になった。何よりもまずそのことを記しておく。加藤選手、本当にありがとうございました。心からお礼申し上げます。

 ●ひねもすポタ暮らし

 LINKページに、みいこの自転車生活ブログ、「ひねもすポタ暮らし」を追加した。